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第16章 摩天楼の聖女
第318話 4つの依頼と各国の思惑
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今回で第16章はラストになります。
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今日は特に仕事もなく、朝から僕はのんびりと過ごしている。
朝起きて、一緒のベッドで隣で寝ているエルクの寝顔を見ながら、もうちょっとだけゆっくりして……エルクが起きるのと大体同じタイミングで、今度こそ起床。
そのまま、着替えてトレーニングルームに向かい、日課の早朝トレーニングをすませる。
シャワーを浴びてダイニングに行くと、ちょうど食事の時間になっているくらいなので、そこで皆で朝ご飯を食べる。
で、その後は思い思いに過ごすわけだけど、それから僕はずっと、リビングでゆっくりしているわけだ。ふかふかのソファに座り、背もたれに全力で体重を預けて、ぐでーっと……。
修行に研究に、色々やるのもいいけど……たまにはいいよね、こういう、何もしないでダラダラ時間を浪費するだけの過ごし方も。
「とかいいつつ、あんた何読んでんのそれ?」
と、向かいのソファに座っているエルクが、僕がさっきからじっと眺めている紙を見て、気になったのか聞いてきた。
「コレ? レジーナからきた手紙。シャワー浴びて部屋に帰ったら届いてた」
「ふーん……やけに枚数多くない?」
「報告書とかも同封されてたからさ。ほら、レジーナって、ニアキュドラの隠し役職で、僕相手専門の外交担当してるみたいな感じじゃん? だから、あの国の政治がらみで何かあったりすると、こーやってレジーナ経由で僕んとこに届くんだよ」
言いながら、僕はエルクに、持っていた手紙をはい、と渡す。
エルクはそれを受け取りながら、
「私が読んでも大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。知ってること……っていうか、『邪香猫』内で情報共有してることしか書いてないからさ」
それを聞いて納得したかどうかはわかんないけど、エルクはそのまま、受け取った手紙に目を落とし、読み進めていく。
ちなみに、書いてある事柄は、主にニアキュドラの現在の情勢についてとか、政治的な問題点、紛争の状況、それに……国内における僕の認識とか扱いについて。
『リアロストピア』から名前の変わったあの国は、最近は落ち着いてきてるけど、革命直後はまだ僕に色々とちょっかい出したがる輩があちこちに居たそうだからな。
レジーナもそうだけど、元『ベイオリア』の王家の末裔ってことで、政治的なカードにしようとか何とか。
もっとも、ちょっかい出したら大変なことになる、って、その政権交代当初のかじ取りメンバーがきっちりわかってたから、不干渉、あるいは最低限の干渉で済んで、今はもうほとんどそういう波風もなくなったそうだ。僕的にも、レジーナ的にも一安心と言える。
で、そういう事情があったので、レジーナからは不定期だけど、そういった国内の状況なんかを、近況報告的に記した、手紙と言う名の報告書が定期的に届くんだよね。
まあ、それもここ最近は、今言った通り波風収まってきてるから、何も特に注目すべきところはない内容だったんだけど……今回ばかりは違う。
2つほど、いつもの手紙とは違うところがある状態で届いた。
1つは、こないだの『シャラムスカ』での騒ぎや、その時に明らかになった『ダモクレス財団』の主目的が明らかになった剣で、国として色々と対応に動いたり、備えたりすることになったという報告。
これについては、ネスティア王国とかも同じだけど、今後間違いなく、あいつらがよからぬことを引き起こすってことで、多方面の情報網を強化して警戒レベルを上げるそうだ。
ニアキュドラは、つい最近革命を成し遂げて、平和と安定を築き始めたばかりの国だから、そんな状況でさらに他人から引っ掻き回されるなんて、たまったもんじゃないだろう。
……もっとも、その革命を裏から支援してたのも『ダモクレス』だった気がするけど……いやまあ、これは別に今は考えなくてもいい、かな?
政権内部に、スパイとかでもいない限りは……
で、もう1つ、いつもと違う内容の報告。
同じく『シャラムスカ』絡みであり、どっちかっていうと僕はこっちの方に興味を持っていたというか、心配していた部類に入る問題だった。
何かと言うと……おっと、どうやらエルクも丁度その部分に差し掛かったらしい。
「あら、あの『義賊』……フーリーだったっけ? 引っ越し後も上手くやれてるみたいね」
「だね。多分、シャラムスカの方にも話は届いてるだろうから……ネフィ達も安心してるんじゃないかな」
さて、話は少し前……『シャラムスカ』の一件で、『義賊・フーリー』ことソニアが、まだ僕らのところに捕まっていた時にまでさかのぼる。
あの時ソニアは、テロの一件はともかくとして、それ以前から『義賊』としての活動で、色んな悪徳商人とか貴族の恨みを買っていたソニアは、偉い人達からの圧力で、近く行政府に引き渡されることになっていた。
内政干渉になりかねないので、それを止めることは、他国にはできない見込みだった。
なので、ネスティア王国をはじめとするこの一件の関係者は、『確実にシャラムスカの法によって裁くこと』『その後で必要な事情聴取等を自分達にもさせること』という条件を付けて、彼女を引き渡すことになった。
もっとも、そんな約束したところで、守られるとはだれも思っていなかったが。
にも関わらず、ソニアをあっさり引き渡してしまったわけだが……その後、事態は急変する。
ごく簡単に説明すると……受け渡しの場では、他国の干渉がないようにする、って名目で、現地の担当者が用意した人員だけを連れた護送チームにソニアは引き渡された。
その際、ソニアは僕が作った『拘束服』を着ていた。
手錠とか足枷みたいに、体の一部分だけを拘束して動けなくするわけじゃなく、体全体を動けなくすることで効果を高めたものである。手も足もろくに動かせなくなる上、鍵じゃなく、外側からベルトを締めることで拘束できるので、お手軽かつ厳重な品だ。
ただこの服、逆に言えば……ベルトを緩めるだけで解放できてしまうのがそのまま弱点でもある。
どういうことかと言うと……だ。
例えば、どっかのバカな貴族か何かが、拘束されている状態のソニアにいやらしいことをしようとして、ベルトの留め金をちょっと緩めてしまったりしたら……わかるね?
ちなみにその時、ソニアの引き渡しは彼女が意識がない状態で行われた。
僕が投与した薬品で眠らせてあるから、って言っておいたので、それを信じたバカが、バカなことを考えてバカやったわけだ。
以下、全てが終わった後でソニア本人に聞いた、護送中の連中が言っていたバカなセリフの一部である。
『薬で眠ってるなら大丈夫だろう』
『今のうちにちょっと楽しんでも……』
『気づかれたらあの冒険者たちが先に使ってたことにすれば』
そんな感じでお楽しみタイムのために拘束を緩めた瞬間、迫真の狸寝入りをしてそれを待っていたソニアが即座に脱出、その場にいた貴族の私兵たちを全員倒し、逃走した。
……そして、もうわかってるだろうが、ここまで全部こっちの思惑通りである。
こないだの面会の時にオリビアちゃんが言ったことを覚えているだろうか?
『もし、貴方さえ良ければ……その『義賊』、続けてみませんか? それも今度は、この国だけでなく……大陸全てを又にかけて』
この提案の内容にモロ関わってるんだけども……はい、じゃ、ちょっと回想入ります。
☆☆☆
ある日、まだ日も高い時間帯。
僕は、『シャラムスカ皇国』内のある場所の林道……というよりは獣道とか言った方がよさそうな、木々の枝葉が踏み固められた結果としてできた場所。
『待ち合わせ場所』に設定したそこで、僕はじっと待っていた。
「……! 来たか」
しばらくして、誰かが走って近づいてくる物音が聞こえて来た。パキパキと、木の枝を踏んで折るような音や、落ち葉を蹴っ飛ばすようなカサカサという音が。
ほどなく姿を現したのは、期待というか予想した通りの待ち人。ソニアだった。
その恰好は、今が昼間だってことを差し引いても、あまりにも不自然。
部屋着と肌着の中間、って感じの、粗末な薄い布の服。地味なベージュの、七分丈のシャツとズボン。この国で、囚人に着せられるのがこういう服なんだそうだ。
彼女は、『拘束服』の下にコレを着ていた。逃走の際、見られても不自然に見えないように。きちんと犯罪者として引き渡すつもりだったということで、そうしておいたのだ。
その他には持ち物はなし。長い髪は紐で簡単に束ねられているだけ。靴すら履いておらず、足は裸足だ。
もっとも……『スローン族』の強靭な肉体ゆえか、この悪路を裸足で走ってきたにも関わらず、足に傷一つついていないようだけど。土とか泥で汚れてるだけだ。
けど服は……普通の布生地だから、枝とかに引っ掛けて所々破れてるな。
で、そんな状態のソニアが、僕の『待ち合わせ』の相手なわけだけども。
「すまない、遅くなった……追跡されないように、わざと遠回りしてきたんだ」
「それでこんだけ早く着ければ大したもんでしょ。それより……はい、服と荷物」
言いながら、僕は『収納』から、大きめの肩掛け鞄を1つ取り出す。
中に入っているのは、今言った通りのもの。ソニアの服と、私物、その他諸々だ。
「……かたじけない」
渡して中身を確認してもらった後、彼女は手早く服を着替えていく。
着替えると言っても、『義賊』の装束にじゃなく……どこにでもいる旅人のような、ありふれたデザインの旅装に、だ。あんな目立つコスプレみたいな服、『逃亡生活』送るのに着てられないし。
粗末な上と下の服は脱いで、質素だけど生活で機能的な服に着替える。
着替えたおかげで、わたした肩掛け鞄をそのまま背負っても何も違和感とかなくなったな。
なお、当然ながらその間、僕は後ろを向いている。
「……いいのか、見ていなくて?」
「いや、何言ってんの。まずいでしょうがそんなの……年ごろの女の子でしょ君」
女の子の着替えを間近で鑑賞するようなことは、一部例外を除いてやる気はありません。
例外? まあ、その……嫁、とか。
「いやお前こそ、犯罪者を相手にそんな配慮してどうする……逃げられでもしたら困るだろう?」
「質問に質問で返すけどさ……逃げられる気でいるの?」
後ろを向いたまま、そんな軽口の会話。
ちょっと挑発的な感じで言ってみたけど、あっちは割とマジな感じで受け取ってしまったらしく、わずかにごくりと唾を飲み込むような音が聞こえた。
「……心配せんでも、恩人であるあなた方に後ろ足で泥をかけるような真似はしないさ」
「ならいいでしょ。さっさと着替えちゃって」
「もう終わったぞ」
そうして、さっき言った感じの服装になったソニア。
最後に、僕が用意したマジックアイテムで、髪の毛の色と質感を変えて、認識阻害も同時に発動させて……よし、これで帽子を目深にかぶれば、よし。と。
「うん、どこからどう見ても普通の旅人だね」
「この格好で、隣国……『ニアキュドラ』に逃げるわけか」
「そういうこと。現地での隠れ家とか物資、資金その他諸々は、レジーナ経由で当局――ニアキュドラ政府上層部に話は通ってるからさ。接触があるまでしばらく隠れ住んでおいて」
「わかった。そういうのは得意だからな……不慣れな土地ではあるが、この国のスラムより暮らしづらいということもあるまい」
今言った通り、これから彼女……ソニアは、ニアキュドラに逃げる。
そしてそこで、レジーナ達が用意した潜伏用のアジトに居を構えて隠れ住み、ある程度期間を開けて……また、『義賊』としての活動を再開してもらう。
ただし、その狙うターゲットについては……今まで通り彼女自身で下調べの上、判断して選ぶものだけじゃなく、各国の上層部からの依頼や情報提供によって『指定』してきたターゲットを含むことになる。
これが、オリビアちゃんが言ってた、『大陸全てを又にかけて』という言葉の意味だ。
ソニアを……『義賊・フーリー』を見逃す代わりに、今後は各国上層部からのオーダーを受けて動いてもらう。要するに、証拠がなくて摘発できない汚職貴族とか相手の、強硬摘発要員だ。
具体的には、政治運営上害悪になっているような、汚職やら何やらやらかしている政治家や貴族の裏情報を流してもらい、それを元にして襲撃、派手に暴れてものを盗むことで、行政が介入する口実を作り出し、証拠を上げてそのターゲットを糾弾・断罪する。
そして、盗んだものはそのまま――ただし、まずいものが混ざってる場合は確認の上引き取ることもある――報酬としてソニアがもらう。
そういう『契約』で、これからも『義賊』を続けることになったのだ。癒着してだけど。
これから国外逃亡することになる彼女は、しばらくは……具体的には、今回の一件から『シャラムスカ皇国』自体がある程度立ち直るまで、ネフィアットとソフィーには会えないけど、その辺は我慢してもらうしかない。
そう言ったら、『またいつか和える見込みがあるだけで十分だ』とのこと。
投獄や奴隷落ち、極刑すら覚悟していた彼女からすれば、そのくらいどうってことはない、ということなんだろう。伊達や酔狂で義賊なんかやってないってことかね。
そういうわけで、後は僕が彼女を、移動時間の計算上どう考えても間に合わないような場所まで『ライオンハート』で送って、そこで乗合馬車か何かで『ニアキュドラ』に逃がせば、この逃亡計画は完了だ。つまりはアリバイ工作である。
スローンである彼女なら、普通の人じゃGがきつすぎて死ぬコレでの移動にもある程度ついてこれるはずだし。
座席の後ろに彼女を乗せ、きちんとシートベルトで固定した上、力場を発生させて保護、さらにちょっと恥ずかしいけど、僕に抱き着かせて吹っ飛ばないように万全を期した上で、いざ出発しようとして……ふいに、ソニアが口を開いた。
「ミナト、今回のこと……改めて礼を言わせてくれ。ネフィを助けてくれて、さらには、ソフィーや私にまで、こうして手を差し伸べてくれて……本当に感謝する」
抱き着いてるから、ほぼ耳元でそう、呟くように。
……距離が距離だから、ちょっと、耳に吐息とかがかかって気になるんですが……まあいいか。
「それについてはもう何度も言ったように、僕らも思惑あって、きちんとメリットとデメリット天秤にかけた上でやったことだから、そこまで気にしなくていいって。実際、これから君のこと各国で利用する気でいるし、現『聖女』様に対してのパイプにもなったわけだしさ」
「それでも、だ。1人の女として言っておきたかった。私達が受けた恩を思えば、摘発用の暴れ役ぐらい安いものだ。……ミナト、君も何か困ったことがあったら言ってくれ、私は……この拳と、一族の名と、かけがえのない友との絆にかけて、全力で君の力になることを誓う」
「そっか……うん、わかった、ありがとう。何かあったら頼らせてもらうからさ。……ところで、何かかっこいいね、今の……決め台詞みたい。自分で考えたの?」
と、僕が聞くと、ちょっと動揺したような雰囲気になると共に、
「い、いや……その、親から口伝で伝え聞いたもので、私の一族……おそらくは、『スローン族』の伝統的な口上だ……と、思う。色々あるんだ、こういう、その……古臭いしきたりとか、掟みたいなものが。もっとも、誰に気兼ねするわけでもなし、別にあんまり守ってもいないんだがな」
「そっか。じゃあそろそろ……行こうか?」
返事の代わりに、ソニアはぎゅっと僕の腹の方にまで手を回してだきついてきた。
みにゅ、と、僕の背中に柔らかいものが押し付けられて変形する感触。
務めてそれは気にしないようにしつつ……
「何度も言うけどしっかり捕まってて。走行中は下噛むから極力喋ろうとしないで。風とかきついから僕になるたけ密着するように!」
「はははっ、問題ないさ。体の頑丈さには自信があるからな。秘匿性さえ確保できているなら、思い切り飛ばしてくれて構わん」
「この乗り物、本気出すと音より早く動くけどいいの?」
「………………」
とりあえず、ケガにつながらない程度の速さで走って彼女を逃がしました。
とまあそんなわけで、僕らはソニアを逃がした。しばしのお別れである。
で、その潜伏先の『ニアキュドラ』でも元気にやっている、という報告が届いたわけだ。
にしても……いつか来るのかな? 彼女の手を借りる時なんて。
確かに、彼女は強い。戦闘能力で言えばかなり高レベルだし、冒険者ランクに換算して……文句なくAAは確実にある。
装備さえ相応のものに整えれば、それ以上だろう……僕の予想では、うちのシェリーとかナナと同格である可能性すらある、と見ている。
けどそれでも……彼女、立ち位置が微妙だからなあ。各国公認とはいえ、堂々たる犯罪者だし。
それにこう言っちゃなんだけど、ソニアの戦闘スタイル、僕と微妙にかぶってるし。
戦闘能力を考えると、彼女、言ってみれば僕の下位互換なんだよね……彼女にできて、僕にできないことって……それこそ、性別や性格の違いからくるものくらいだし……。
単純に人手が必要なときか、あるいは……彼女にしかできないこと。
僕が彼女にやってほしい、やってもらえると助かること……
……だめだ、そんなすぐには浮かばん。
いいか、その時はその時、ってことで。
☆☆☆
そんなわけで、この件には今後僕らはノータッチでおk。
絡んでる大国4つが上手いこと調整するだろうからね。
「……あ、その『大国4つ』ってので思い出した。確か、また新しく依頼来てたわよね?」
「あー、うん。昨日までに……ネスティア、ジャスニア、フロギュリア、シャラムスカの4つ全部から、それぞれね。はー……あらかじめ聞いてはいたけど……また『冒険者』からかけ離れた感じの仕事内容に戻っちゃったな、すっかり」
数か月前、『冒険者らしい仕事がしたい』という僕の欲求から、未開の地やダンジョンを探検してその成果を持ち帰る、という感じの、そのまんま『冒険』という意味になる仕事を再開した。
その時は、フロギュリア連邦にいって色々とやったわけだが……そのあとすぐに、シャラムスカでの『シャルム・レル・ナーヴァ』に招待されて、その関係の準備やら何やらで全部うやむやになっちゃったんだっけ。
で、元に戻ってしまい……今こうして舞い込んできている依頼も、『冒険』とはちと縁遠い物ばかり。
ただ内容自体は、何らかの形で僕にとっても利になるようなものになっている。
兄さんにこないだ聞いた通り、僕という最強のフリーランスとの間に、少しでも有効な関係を築いておきたい、っていう各国の思惑がよくわかる感じだな。
(えーっと、どれどれ……)
スマホを取り出し、データ化して保存しているそれらの依頼(暫定)を、呼び出して……内容を今一度確認する。
・王国正規軍の軍事演習の相手
依頼人:ネスティア王国政府
場 所:王都・ネフリム
備 考:一般兵、特殊部隊、将官クラス以上等の区分で別々に実施予定
・王室儀礼用アイテムの作成・納品
依頼人:ジャスニア王国政府
場 所:王都・エルジャスディア
備 考:来訪の際、ジャスニア国王への謁見を願いたい
・環境観測基地の整備班の護衛
依頼人:フロギュリア連邦政府
場 所:連邦北西部・アイスマウンテン
備 考:チラノース帝国国境付近につき越境注意。していなくてもいちゃもん等つけてくる可能性ありのため
・辺境部族との政治的交渉における護衛
依頼人:ニアキュドラ共和国政府
場 所:共和国南東部・山間地帯
備 考:これまで交流のほとんどなかった部族や、亜人種族を含む
軍事演習の相手に、物品の発注・納品、さらに護衛依頼2件、か……護衛はまだしも、前2つ、ネスティアとジャスニアのが何とも独特な……
ネスティア軍への刺激のための、訓練の相手、ね……いろいろ打合せとか必要になるっぽいし、ただ戦えばいいだけっていう単純なもんじゃないことは確かだな。
まあ、その分僕にとってもいい刺激になりそうだ。それは楽しみではある。
けど……何だコレ、特殊部隊とかの相手まで企画されてんのか。
特殊部隊……あいつらだよな? うわ、面倒くさそう……今から不安。
ジャスニアは……冒険者にする依頼じゃないだろコレ。どっか専門の業者とかに発注しろよ……王室ならそういうお抱えの製作所くらい持ってるんじゃないのか。こちとらもっぱら作るのは実用品だから、ただきらびやかなもん作れって言われても逆に不得意だし。
というか、備考欄……これひょっとして、ただ依頼を口実にして王様に会わせたいだけじゃないだろうな?
思えば、ネスティアのアーバレオン国王に、フロギュリアのファルビューナ女王、ニアキュドラは……国王はいないけど、政権運営を担う閣僚級がいて、そのいずれとも僕は会ったことがある。どの程度親しいか、つながりがあるかには差はあるけど。
現時点において、ジャスニアだけは、僕と王様との間に面識がない。それを気にしたか……? いや、さすがに僕の自意識過剰かもしれないけども。
権力絡みで面倒くさいことにならなけりゃいいな……
んで、フロギュリアのこの護衛任務は、一件普通の危険区域での護衛だけど……あの北の国の国境付近ってのが気になるわ……ちょっかい出してこないことを祈る。
時期的に、寒さはこないだほど過酷じゃないだろうから、まだ少しは安心と言うか、気楽に挑めるけど……いや、それでも油断はせずにのぞむけどもね? もちろん。
で、最後にこのニアキュドラの方の護衛依頼……。
辺境の部族、ね……先住民のネイティブ的な感じだろうか?
それくらいならまだしも……『亜人』ってのが気になる……。
あの国の亜人連中には、いい思い出ないからな……。
ぶっちゃけ、相手がハイエルフじゃなきゃ大丈夫、だと思う……けど……いや、威張りくさって相手してくるようだったらまた違うよな。
殲滅にシフトしないようにだけ祈っとこう。
この4つが、割と短い期間で連続して起こる……忙しいような、息抜きになるような。面倒ごとのような、利益にもなるような……。
いずれにせよ、考えるべきことが多い……
冒険者ってさあ、もうちょっと気楽にやってられる職業じゃなかったかなあ……?
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今日は特に仕事もなく、朝から僕はのんびりと過ごしている。
朝起きて、一緒のベッドで隣で寝ているエルクの寝顔を見ながら、もうちょっとだけゆっくりして……エルクが起きるのと大体同じタイミングで、今度こそ起床。
そのまま、着替えてトレーニングルームに向かい、日課の早朝トレーニングをすませる。
シャワーを浴びてダイニングに行くと、ちょうど食事の時間になっているくらいなので、そこで皆で朝ご飯を食べる。
で、その後は思い思いに過ごすわけだけど、それから僕はずっと、リビングでゆっくりしているわけだ。ふかふかのソファに座り、背もたれに全力で体重を預けて、ぐでーっと……。
修行に研究に、色々やるのもいいけど……たまにはいいよね、こういう、何もしないでダラダラ時間を浪費するだけの過ごし方も。
「とかいいつつ、あんた何読んでんのそれ?」
と、向かいのソファに座っているエルクが、僕がさっきからじっと眺めている紙を見て、気になったのか聞いてきた。
「コレ? レジーナからきた手紙。シャワー浴びて部屋に帰ったら届いてた」
「ふーん……やけに枚数多くない?」
「報告書とかも同封されてたからさ。ほら、レジーナって、ニアキュドラの隠し役職で、僕相手専門の外交担当してるみたいな感じじゃん? だから、あの国の政治がらみで何かあったりすると、こーやってレジーナ経由で僕んとこに届くんだよ」
言いながら、僕はエルクに、持っていた手紙をはい、と渡す。
エルクはそれを受け取りながら、
「私が読んでも大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。知ってること……っていうか、『邪香猫』内で情報共有してることしか書いてないからさ」
それを聞いて納得したかどうかはわかんないけど、エルクはそのまま、受け取った手紙に目を落とし、読み進めていく。
ちなみに、書いてある事柄は、主にニアキュドラの現在の情勢についてとか、政治的な問題点、紛争の状況、それに……国内における僕の認識とか扱いについて。
『リアロストピア』から名前の変わったあの国は、最近は落ち着いてきてるけど、革命直後はまだ僕に色々とちょっかい出したがる輩があちこちに居たそうだからな。
レジーナもそうだけど、元『ベイオリア』の王家の末裔ってことで、政治的なカードにしようとか何とか。
もっとも、ちょっかい出したら大変なことになる、って、その政権交代当初のかじ取りメンバーがきっちりわかってたから、不干渉、あるいは最低限の干渉で済んで、今はもうほとんどそういう波風もなくなったそうだ。僕的にも、レジーナ的にも一安心と言える。
で、そういう事情があったので、レジーナからは不定期だけど、そういった国内の状況なんかを、近況報告的に記した、手紙と言う名の報告書が定期的に届くんだよね。
まあ、それもここ最近は、今言った通り波風収まってきてるから、何も特に注目すべきところはない内容だったんだけど……今回ばかりは違う。
2つほど、いつもの手紙とは違うところがある状態で届いた。
1つは、こないだの『シャラムスカ』での騒ぎや、その時に明らかになった『ダモクレス財団』の主目的が明らかになった剣で、国として色々と対応に動いたり、備えたりすることになったという報告。
これについては、ネスティア王国とかも同じだけど、今後間違いなく、あいつらがよからぬことを引き起こすってことで、多方面の情報網を強化して警戒レベルを上げるそうだ。
ニアキュドラは、つい最近革命を成し遂げて、平和と安定を築き始めたばかりの国だから、そんな状況でさらに他人から引っ掻き回されるなんて、たまったもんじゃないだろう。
……もっとも、その革命を裏から支援してたのも『ダモクレス』だった気がするけど……いやまあ、これは別に今は考えなくてもいい、かな?
政権内部に、スパイとかでもいない限りは……
で、もう1つ、いつもと違う内容の報告。
同じく『シャラムスカ』絡みであり、どっちかっていうと僕はこっちの方に興味を持っていたというか、心配していた部類に入る問題だった。
何かと言うと……おっと、どうやらエルクも丁度その部分に差し掛かったらしい。
「あら、あの『義賊』……フーリーだったっけ? 引っ越し後も上手くやれてるみたいね」
「だね。多分、シャラムスカの方にも話は届いてるだろうから……ネフィ達も安心してるんじゃないかな」
さて、話は少し前……『シャラムスカ』の一件で、『義賊・フーリー』ことソニアが、まだ僕らのところに捕まっていた時にまでさかのぼる。
あの時ソニアは、テロの一件はともかくとして、それ以前から『義賊』としての活動で、色んな悪徳商人とか貴族の恨みを買っていたソニアは、偉い人達からの圧力で、近く行政府に引き渡されることになっていた。
内政干渉になりかねないので、それを止めることは、他国にはできない見込みだった。
なので、ネスティア王国をはじめとするこの一件の関係者は、『確実にシャラムスカの法によって裁くこと』『その後で必要な事情聴取等を自分達にもさせること』という条件を付けて、彼女を引き渡すことになった。
もっとも、そんな約束したところで、守られるとはだれも思っていなかったが。
にも関わらず、ソニアをあっさり引き渡してしまったわけだが……その後、事態は急変する。
ごく簡単に説明すると……受け渡しの場では、他国の干渉がないようにする、って名目で、現地の担当者が用意した人員だけを連れた護送チームにソニアは引き渡された。
その際、ソニアは僕が作った『拘束服』を着ていた。
手錠とか足枷みたいに、体の一部分だけを拘束して動けなくするわけじゃなく、体全体を動けなくすることで効果を高めたものである。手も足もろくに動かせなくなる上、鍵じゃなく、外側からベルトを締めることで拘束できるので、お手軽かつ厳重な品だ。
ただこの服、逆に言えば……ベルトを緩めるだけで解放できてしまうのがそのまま弱点でもある。
どういうことかと言うと……だ。
例えば、どっかのバカな貴族か何かが、拘束されている状態のソニアにいやらしいことをしようとして、ベルトの留め金をちょっと緩めてしまったりしたら……わかるね?
ちなみにその時、ソニアの引き渡しは彼女が意識がない状態で行われた。
僕が投与した薬品で眠らせてあるから、って言っておいたので、それを信じたバカが、バカなことを考えてバカやったわけだ。
以下、全てが終わった後でソニア本人に聞いた、護送中の連中が言っていたバカなセリフの一部である。
『薬で眠ってるなら大丈夫だろう』
『今のうちにちょっと楽しんでも……』
『気づかれたらあの冒険者たちが先に使ってたことにすれば』
そんな感じでお楽しみタイムのために拘束を緩めた瞬間、迫真の狸寝入りをしてそれを待っていたソニアが即座に脱出、その場にいた貴族の私兵たちを全員倒し、逃走した。
……そして、もうわかってるだろうが、ここまで全部こっちの思惑通りである。
こないだの面会の時にオリビアちゃんが言ったことを覚えているだろうか?
『もし、貴方さえ良ければ……その『義賊』、続けてみませんか? それも今度は、この国だけでなく……大陸全てを又にかけて』
この提案の内容にモロ関わってるんだけども……はい、じゃ、ちょっと回想入ります。
☆☆☆
ある日、まだ日も高い時間帯。
僕は、『シャラムスカ皇国』内のある場所の林道……というよりは獣道とか言った方がよさそうな、木々の枝葉が踏み固められた結果としてできた場所。
『待ち合わせ場所』に設定したそこで、僕はじっと待っていた。
「……! 来たか」
しばらくして、誰かが走って近づいてくる物音が聞こえて来た。パキパキと、木の枝を踏んで折るような音や、落ち葉を蹴っ飛ばすようなカサカサという音が。
ほどなく姿を現したのは、期待というか予想した通りの待ち人。ソニアだった。
その恰好は、今が昼間だってことを差し引いても、あまりにも不自然。
部屋着と肌着の中間、って感じの、粗末な薄い布の服。地味なベージュの、七分丈のシャツとズボン。この国で、囚人に着せられるのがこういう服なんだそうだ。
彼女は、『拘束服』の下にコレを着ていた。逃走の際、見られても不自然に見えないように。きちんと犯罪者として引き渡すつもりだったということで、そうしておいたのだ。
その他には持ち物はなし。長い髪は紐で簡単に束ねられているだけ。靴すら履いておらず、足は裸足だ。
もっとも……『スローン族』の強靭な肉体ゆえか、この悪路を裸足で走ってきたにも関わらず、足に傷一つついていないようだけど。土とか泥で汚れてるだけだ。
けど服は……普通の布生地だから、枝とかに引っ掛けて所々破れてるな。
で、そんな状態のソニアが、僕の『待ち合わせ』の相手なわけだけども。
「すまない、遅くなった……追跡されないように、わざと遠回りしてきたんだ」
「それでこんだけ早く着ければ大したもんでしょ。それより……はい、服と荷物」
言いながら、僕は『収納』から、大きめの肩掛け鞄を1つ取り出す。
中に入っているのは、今言った通りのもの。ソニアの服と、私物、その他諸々だ。
「……かたじけない」
渡して中身を確認してもらった後、彼女は手早く服を着替えていく。
着替えると言っても、『義賊』の装束にじゃなく……どこにでもいる旅人のような、ありふれたデザインの旅装に、だ。あんな目立つコスプレみたいな服、『逃亡生活』送るのに着てられないし。
粗末な上と下の服は脱いで、質素だけど生活で機能的な服に着替える。
着替えたおかげで、わたした肩掛け鞄をそのまま背負っても何も違和感とかなくなったな。
なお、当然ながらその間、僕は後ろを向いている。
「……いいのか、見ていなくて?」
「いや、何言ってんの。まずいでしょうがそんなの……年ごろの女の子でしょ君」
女の子の着替えを間近で鑑賞するようなことは、一部例外を除いてやる気はありません。
例外? まあ、その……嫁、とか。
「いやお前こそ、犯罪者を相手にそんな配慮してどうする……逃げられでもしたら困るだろう?」
「質問に質問で返すけどさ……逃げられる気でいるの?」
後ろを向いたまま、そんな軽口の会話。
ちょっと挑発的な感じで言ってみたけど、あっちは割とマジな感じで受け取ってしまったらしく、わずかにごくりと唾を飲み込むような音が聞こえた。
「……心配せんでも、恩人であるあなた方に後ろ足で泥をかけるような真似はしないさ」
「ならいいでしょ。さっさと着替えちゃって」
「もう終わったぞ」
そうして、さっき言った感じの服装になったソニア。
最後に、僕が用意したマジックアイテムで、髪の毛の色と質感を変えて、認識阻害も同時に発動させて……よし、これで帽子を目深にかぶれば、よし。と。
「うん、どこからどう見ても普通の旅人だね」
「この格好で、隣国……『ニアキュドラ』に逃げるわけか」
「そういうこと。現地での隠れ家とか物資、資金その他諸々は、レジーナ経由で当局――ニアキュドラ政府上層部に話は通ってるからさ。接触があるまでしばらく隠れ住んでおいて」
「わかった。そういうのは得意だからな……不慣れな土地ではあるが、この国のスラムより暮らしづらいということもあるまい」
今言った通り、これから彼女……ソニアは、ニアキュドラに逃げる。
そしてそこで、レジーナ達が用意した潜伏用のアジトに居を構えて隠れ住み、ある程度期間を開けて……また、『義賊』としての活動を再開してもらう。
ただし、その狙うターゲットについては……今まで通り彼女自身で下調べの上、判断して選ぶものだけじゃなく、各国の上層部からの依頼や情報提供によって『指定』してきたターゲットを含むことになる。
これが、オリビアちゃんが言ってた、『大陸全てを又にかけて』という言葉の意味だ。
ソニアを……『義賊・フーリー』を見逃す代わりに、今後は各国上層部からのオーダーを受けて動いてもらう。要するに、証拠がなくて摘発できない汚職貴族とか相手の、強硬摘発要員だ。
具体的には、政治運営上害悪になっているような、汚職やら何やらやらかしている政治家や貴族の裏情報を流してもらい、それを元にして襲撃、派手に暴れてものを盗むことで、行政が介入する口実を作り出し、証拠を上げてそのターゲットを糾弾・断罪する。
そして、盗んだものはそのまま――ただし、まずいものが混ざってる場合は確認の上引き取ることもある――報酬としてソニアがもらう。
そういう『契約』で、これからも『義賊』を続けることになったのだ。癒着してだけど。
これから国外逃亡することになる彼女は、しばらくは……具体的には、今回の一件から『シャラムスカ皇国』自体がある程度立ち直るまで、ネフィアットとソフィーには会えないけど、その辺は我慢してもらうしかない。
そう言ったら、『またいつか和える見込みがあるだけで十分だ』とのこと。
投獄や奴隷落ち、極刑すら覚悟していた彼女からすれば、そのくらいどうってことはない、ということなんだろう。伊達や酔狂で義賊なんかやってないってことかね。
そういうわけで、後は僕が彼女を、移動時間の計算上どう考えても間に合わないような場所まで『ライオンハート』で送って、そこで乗合馬車か何かで『ニアキュドラ』に逃がせば、この逃亡計画は完了だ。つまりはアリバイ工作である。
スローンである彼女なら、普通の人じゃGがきつすぎて死ぬコレでの移動にもある程度ついてこれるはずだし。
座席の後ろに彼女を乗せ、きちんとシートベルトで固定した上、力場を発生させて保護、さらにちょっと恥ずかしいけど、僕に抱き着かせて吹っ飛ばないように万全を期した上で、いざ出発しようとして……ふいに、ソニアが口を開いた。
「ミナト、今回のこと……改めて礼を言わせてくれ。ネフィを助けてくれて、さらには、ソフィーや私にまで、こうして手を差し伸べてくれて……本当に感謝する」
抱き着いてるから、ほぼ耳元でそう、呟くように。
……距離が距離だから、ちょっと、耳に吐息とかがかかって気になるんですが……まあいいか。
「それについてはもう何度も言ったように、僕らも思惑あって、きちんとメリットとデメリット天秤にかけた上でやったことだから、そこまで気にしなくていいって。実際、これから君のこと各国で利用する気でいるし、現『聖女』様に対してのパイプにもなったわけだしさ」
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「そっか……うん、わかった、ありがとう。何かあったら頼らせてもらうからさ。……ところで、何かかっこいいね、今の……決め台詞みたい。自分で考えたの?」
と、僕が聞くと、ちょっと動揺したような雰囲気になると共に、
「い、いや……その、親から口伝で伝え聞いたもので、私の一族……おそらくは、『スローン族』の伝統的な口上だ……と、思う。色々あるんだ、こういう、その……古臭いしきたりとか、掟みたいなものが。もっとも、誰に気兼ねするわけでもなし、別にあんまり守ってもいないんだがな」
「そっか。じゃあそろそろ……行こうか?」
返事の代わりに、ソニアはぎゅっと僕の腹の方にまで手を回してだきついてきた。
みにゅ、と、僕の背中に柔らかいものが押し付けられて変形する感触。
務めてそれは気にしないようにしつつ……
「何度も言うけどしっかり捕まってて。走行中は下噛むから極力喋ろうとしないで。風とかきついから僕になるたけ密着するように!」
「はははっ、問題ないさ。体の頑丈さには自信があるからな。秘匿性さえ確保できているなら、思い切り飛ばしてくれて構わん」
「この乗り物、本気出すと音より早く動くけどいいの?」
「………………」
とりあえず、ケガにつながらない程度の速さで走って彼女を逃がしました。
とまあそんなわけで、僕らはソニアを逃がした。しばしのお別れである。
で、その潜伏先の『ニアキュドラ』でも元気にやっている、という報告が届いたわけだ。
にしても……いつか来るのかな? 彼女の手を借りる時なんて。
確かに、彼女は強い。戦闘能力で言えばかなり高レベルだし、冒険者ランクに換算して……文句なくAAは確実にある。
装備さえ相応のものに整えれば、それ以上だろう……僕の予想では、うちのシェリーとかナナと同格である可能性すらある、と見ている。
けどそれでも……彼女、立ち位置が微妙だからなあ。各国公認とはいえ、堂々たる犯罪者だし。
それにこう言っちゃなんだけど、ソニアの戦闘スタイル、僕と微妙にかぶってるし。
戦闘能力を考えると、彼女、言ってみれば僕の下位互換なんだよね……彼女にできて、僕にできないことって……それこそ、性別や性格の違いからくるものくらいだし……。
単純に人手が必要なときか、あるいは……彼女にしかできないこと。
僕が彼女にやってほしい、やってもらえると助かること……
……だめだ、そんなすぐには浮かばん。
いいか、その時はその時、ってことで。
☆☆☆
そんなわけで、この件には今後僕らはノータッチでおk。
絡んでる大国4つが上手いこと調整するだろうからね。
「……あ、その『大国4つ』ってので思い出した。確か、また新しく依頼来てたわよね?」
「あー、うん。昨日までに……ネスティア、ジャスニア、フロギュリア、シャラムスカの4つ全部から、それぞれね。はー……あらかじめ聞いてはいたけど……また『冒険者』からかけ離れた感じの仕事内容に戻っちゃったな、すっかり」
数か月前、『冒険者らしい仕事がしたい』という僕の欲求から、未開の地やダンジョンを探検してその成果を持ち帰る、という感じの、そのまんま『冒険』という意味になる仕事を再開した。
その時は、フロギュリア連邦にいって色々とやったわけだが……そのあとすぐに、シャラムスカでの『シャルム・レル・ナーヴァ』に招待されて、その関係の準備やら何やらで全部うやむやになっちゃったんだっけ。
で、元に戻ってしまい……今こうして舞い込んできている依頼も、『冒険』とはちと縁遠い物ばかり。
ただ内容自体は、何らかの形で僕にとっても利になるようなものになっている。
兄さんにこないだ聞いた通り、僕という最強のフリーランスとの間に、少しでも有効な関係を築いておきたい、っていう各国の思惑がよくわかる感じだな。
(えーっと、どれどれ……)
スマホを取り出し、データ化して保存しているそれらの依頼(暫定)を、呼び出して……内容を今一度確認する。
・王国正規軍の軍事演習の相手
依頼人:ネスティア王国政府
場 所:王都・ネフリム
備 考:一般兵、特殊部隊、将官クラス以上等の区分で別々に実施予定
・王室儀礼用アイテムの作成・納品
依頼人:ジャスニア王国政府
場 所:王都・エルジャスディア
備 考:来訪の際、ジャスニア国王への謁見を願いたい
・環境観測基地の整備班の護衛
依頼人:フロギュリア連邦政府
場 所:連邦北西部・アイスマウンテン
備 考:チラノース帝国国境付近につき越境注意。していなくてもいちゃもん等つけてくる可能性ありのため
・辺境部族との政治的交渉における護衛
依頼人:ニアキュドラ共和国政府
場 所:共和国南東部・山間地帯
備 考:これまで交流のほとんどなかった部族や、亜人種族を含む
軍事演習の相手に、物品の発注・納品、さらに護衛依頼2件、か……護衛はまだしも、前2つ、ネスティアとジャスニアのが何とも独特な……
ネスティア軍への刺激のための、訓練の相手、ね……いろいろ打合せとか必要になるっぽいし、ただ戦えばいいだけっていう単純なもんじゃないことは確かだな。
まあ、その分僕にとってもいい刺激になりそうだ。それは楽しみではある。
けど……何だコレ、特殊部隊とかの相手まで企画されてんのか。
特殊部隊……あいつらだよな? うわ、面倒くさそう……今から不安。
ジャスニアは……冒険者にする依頼じゃないだろコレ。どっか専門の業者とかに発注しろよ……王室ならそういうお抱えの製作所くらい持ってるんじゃないのか。こちとらもっぱら作るのは実用品だから、ただきらびやかなもん作れって言われても逆に不得意だし。
というか、備考欄……これひょっとして、ただ依頼を口実にして王様に会わせたいだけじゃないだろうな?
思えば、ネスティアのアーバレオン国王に、フロギュリアのファルビューナ女王、ニアキュドラは……国王はいないけど、政権運営を担う閣僚級がいて、そのいずれとも僕は会ったことがある。どの程度親しいか、つながりがあるかには差はあるけど。
現時点において、ジャスニアだけは、僕と王様との間に面識がない。それを気にしたか……? いや、さすがに僕の自意識過剰かもしれないけども。
権力絡みで面倒くさいことにならなけりゃいいな……
んで、フロギュリアのこの護衛任務は、一件普通の危険区域での護衛だけど……あの北の国の国境付近ってのが気になるわ……ちょっかい出してこないことを祈る。
時期的に、寒さはこないだほど過酷じゃないだろうから、まだ少しは安心と言うか、気楽に挑めるけど……いや、それでも油断はせずにのぞむけどもね? もちろん。
で、最後にこのニアキュドラの方の護衛依頼……。
辺境の部族、ね……先住民のネイティブ的な感じだろうか?
それくらいならまだしも……『亜人』ってのが気になる……。
あの国の亜人連中には、いい思い出ないからな……。
ぶっちゃけ、相手がハイエルフじゃなきゃ大丈夫、だと思う……けど……いや、威張りくさって相手してくるようだったらまた違うよな。
殲滅にシフトしないようにだけ祈っとこう。
この4つが、割と短い期間で連続して起こる……忙しいような、息抜きになるような。面倒ごとのような、利益にもなるような……。
いずれにせよ、考えるべきことが多い……
冒険者ってさあ、もうちょっと気楽にやってられる職業じゃなかったかなあ……?
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