魔拳のデイドリーマー

osho

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第16章 摩天楼の聖女

第316話 帰り道

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時は少しさかのぼり……ある夜。
具体的には、テロリスト『蒼炎』の襲来や、『アバドン』の大量発生といった事件が起こった……その日の夜。

聖都の夜は、常はないほどの闇と静寂に包まれていた。

ミナトが効いたところの『聖都は遊ぶことには事欠かない』とまで言われたとおり、ここシャルクレムは、夜だろうと様々な施設が開いており、訪れる客に様々な娯楽を提供している。

現代の地球ほどではないが、それゆえに道……表通りを中心としたそこらは明るく、普通に人々が行き交っている光景が見られる……いつもならば、だが。

さすがに、あれだけの事件があった後でも、たくましく営業を続けている……というような店はなく、今日ばかりはどの店も明かりを落とし、夜の闇の中、沈黙を貫いていた。

そんな闇の町を、高台から見下ろしている男がいた。

フード付きの外套ですっぽりと体を覆い、体もほとんど露出がない。パッと見ただけでは、男か女かすら判別するのは不可能だろう。
ただ、女にしてはがっしりした体躯をしていることと、フードの下から、わずかに無精ひげの生えた顔が見えていることが、その者の性別を判別可能にしていた。

「朝日と共に起き、日暮れと共に寝る……原始的と言うべきか、健康的と言うべきか。宗教を重んじる国家としては……欲にまみれた不夜城よりも、この方が規範的でいいのかもしれんがな」

「興味も関心もないくせによく言うものよ」

その背中に、よくとおる声で声がかけられる。次いでもう1人分、

「シリアルキラーとしては、人間とかはうじゃうじゃいた方が眺めはよく感じるのかニャ? そうやってただ突っ立ってるだけなら……物静かな感じも相まって、やたら落ち着いた雰囲気が似合う感じがするんニャけど」

「ふっ、驚いたな……褒めてもらえているのか? この俺などが、天下に名高い『牙王』殿に」

特徴的な語尾で誰だかすぐわかる彼女、エレノアに、振り向きながら視線を向け……同時に、男はフードをぱさりと脱いで素顔をさらす。

それを見て、エレノアと、もう1人……その横に立っているテーガンは、わずかにだが、眉間にしわを寄せた。

「やっぱりお前……死んでなかったニャ、『骸刃』」

つい数時間前、エレノアの爪の一撃を受け、たしかに八つ裂きにされて死んだはずの男……『骸刃』リュウベエが、そこに立っていた。
その時と同じ、落ち着いた、しかしどこか狂気を感じる薄ら笑いを顔に張り付けて。

顔や背格好はもちろん、服装も、外套を除けば昼間と同じ。どう見ても同一人物だった。

違うのは……エレノアとテーガンが感じている、目の前の男の『威圧感』や『存在感』、あるいは……『気配』そのものが、やたらと希薄なこと。
そして、顔や服装以上に印象的な、あの長くて目立つ野太刀がどこにもないことだ。

「しかし何だか最近、不死身の奴によく会う気がするのう……流行っとるのか?」

こちらも数時間前に戦った、斬れども突けども殺せなかった男の顔を思い出しながら、テーガンはため息をついた。

「不死身などとは畏れ多い。まあ確かに死ににくくはあるが、別に俺は死なないわけではないさ。何なら、試してみるか? 『覇王』殿?」

「ほざけ、今の貴様を斬ったところで、チリになって消えるだけじゃろうがい……その体、偽物……いや、抜け殻じゃな?」

「……つくづく驚かされる。一見でそこまで見抜くとはな」

「私らも無駄に年食ってるわけじゃないってことニャ。それで……お前、もうこの国からは手を引くのかニャ?」

「そのつもりだ。もともとチラノースにくっついてきただけだしな……ああなった以上、国に戻らんでも別によかろうし、給料分は働いた。また今まで通り、放浪の旅にでも出るとする……ああ、その前に力を取り戻すまでは、しばらく休養だがな」

そう言い終わらないうちに、突如、リュウベエの体が……ひび割れて細かく崩れていく。
その光景はまるで、砂で作った城が、乾いて風に吹かれて崩れ落ちていくかのようだった。体がさらさらと粒子状に分解され、大気に混じって消えていく。

「ドレークの奴や、あの黒髪の奴に伝えてくれまいか? 『また会おう』とでも」

「断る。というか、来るな。迷惑じゃ」

と、テーガンが最後まで言うよりも先に、目の前にいた……リュウベエの形をしていたものは、全て完全に、それこそ服すらも含めて、崩れ去ってチリになった。

そのまま、どこに行ったのか……今はもう、奴本人を除き、誰にもわからない。


☆☆☆


―――ゴトンゴトン、ゴトンゴトン、ゴトンゴトン……

電車の揺れって、単調なリズムと振動、それに座席のやわらかい感触も相まって、眠気を誘うってのは……この異世界に来ても変わらないんだな。

行きと同じように、帰りも僕の『ナイトライナー』に乗って、帰宅地点であるそれぞれの国に向かっている途中なわけだが……乗っているVIPの皆様、見事なまでに陥落してしまっている。

リンスも、ルビスも、エルビス王子も、レジーナも。
他国の重鎮が一緒にいるのに、さらには部外者が一緒にいると言うのに、部防備なことこの上ない感じの寝顔をさらし、すやすやと気持ちよさそうに夢の中。

……色々あったからな、気疲れしてた、っていう部分もあるんだろう。
この電車に乗って、あの国を出て、ひとまず安全な場所に来れた……ってことで、安心してこうなったのかもしれない。

起きてるのは、ドレーク兄さんを含む、それぞれの国の護衛とか補佐枠の人たちと……VIP枠からはただ1人、オリビアちゃんだけだ。
今、対面式の座席で僕の向かいに座って、書類作成の仕事を進めている最中だ。

「オリビアちゃんは寝なくて大丈夫? 皆と同じで疲れてるでしょ」

「ご心配なく、拠点に戻ってからきちんと休ませていただきますから。今は……というか、今のうちに少しでも、色々と仕事を進めておきたいのです」

と、視線だけこちらによこしつつも、手は動かし続けて仕事を続行している。

なお、使っているのはペンと紙とインクではなく、彼女専用のノートパソコンである。
彼女は僕らの拠点において、既に勉強してパソコンその他事務用機器(を模したマジックアイテム)の使い方を一から十までマスターしている。指輪の収納に入れていたんだろう。

ブラインドタッチでカタカタカタカタ……と、結構な速さでキーボードをたたいている彼女の姿は、服装こそファンタジーだが、やり手のキャリアウーマンを彷彿させるものがあった。

すると、そんな彼女の背後から、トイレに行っていたエルクがスタスタと歩いてきた。
その両手には……使用人室で待機しているターニャちゃんに頼んで入れてもらったのであろう、お茶らしきものが入れられたポットを、カップと一緒にお盆に乗せて持っていた。

「お疲れ様。飲む?」

「あ、エルクさん、ありがとうございます。いただきます」

と、オリビアちゃん。
エルクはそれに応えて、人数分カップを用意し、ポットからお茶を注いで、受け皿に乗せる。

そして……僕とオリビアちゃんの目の前に、テーブルの上に置くような感じで……しかし、机も何もないところに、ふわっとそのカップを浮遊させた。

例によってこのカップはマジックアイテムである。机がなくてもふわりと空中に浮かせて『置く』ことができ、さらに入れた飲み物が冷めにくくなる性質を持たせてある。
それによって適温に保たれているお茶を、オリビアちゃんは仕事の合間に飲んでいた。

なお、2人分のお茶を入れた後、エルクは自分の分を用意した上で、僕の隣に腰かけている。

「しっかし……今回の旅も大変だったわね……」

「だね……最初からある程度のトラブルは覚悟で行ったけど、まさかまた国家転覆とかの場面に出くわすなんてさ。前回のアレは僕が主犯だったけど……今度は横から見てる側だったし」

と、ため息交じりにエルクが言う。窓の外の景色を眺めながら、ホントに疲れてる感じで。
今回エルクは直接動いて戦ったりする場面は少なかったけど、主に宿待機組の通信司令的な立場で色々頑張ってくれたからな。

その他に、要所要所で、ここから『邪香猫』としてどうトラブルに関わっていくべきかとか、他国の要人たちも交えて話し合う場には必ず同席してもらってたし……彼女も気疲れしただろう。

「なんていうか……私たちが行く先々で、想定外のトラブルやら何やかんや起こったりするわよね。もう何か、呪われてるんじゃないかって最近思えて来たわ」

「ホントに呪いなら僕がどうにでもするけど……ここまでくるとアレだね、お約束的なもんを感じるよ」

「またわけのわからんことを……そんなんで毎度毎度旅程を引っ掻き回されちゃたまんないっつの。……まあ、今の所その都度対処できてるから……よしとするしかないのかしらね」

エルク、またため息。ごめんねトラブルに事欠かないチームで。

師匠曰く、『規模はともかくペース的には、俺らが現役の頃よりひどい』だそうだ。
どんだけの頻度で面倒ごとに巻き込まれてるんだ、って話だよね。僕ら。

と、そんなことを考えていると、ぱたん、と音がする。
見ると、どうやら仕事をひと段落させたらしいオリビアちゃんが、ノートパソコンの電源を落として閉じたところだった。

エルクが入れて持ってきたお茶を一口飲み、ほっと一息ついて、

「横から聞いておりましたが……ミナト様、今回は本当にお疲れ様でした。あれだけの大事件があったにも関わらず、私達の護衛任務を見事に完遂していただいたこと、重ねてお礼申し上げます」

そう言って、ぺこりと一礼。

「いやいや、いいってそんなの。仕事をきちんとしただけだし……ぶっちゃけ、オリビアちゃんみたいに仲いい奴なら、そうでなくても守ってたし」

まあ確かに、怒ったことの規模その他を考えれば、アレの中心部にいてなお、戦闘要員じゃないにも関わらず、きちんと無傷で帰ってこれたってのは、護衛という点では偉業かもだけど。
それでも、僕からすれば、そうしようと思ってやったことに過ぎないわけだし。

……むしろ今回のことで、僕の方こそ、自分の力の程度っていうか、限界……まだまだ力不足だってことを痛感させられた感じがする。

「……ごめん、ちょっとミナト、私の耳がおかしくなったのかもしんない。もっかい言ってくれる? 何か今、あんたが『まだまだ力不足だ』とか何とかトチ狂ったこと言ったように聞こえたんだけど」

「と、トチ狂ったってちょっと酷いんじゃない? 聞こえたも何も、そう言ったけど」

「あんたこれ以上強くなってどうする気よ……今でさえ国家レベルで警戒されてんでしょうが」

と、呆れながらエルクが……おっとジト目ごちそうさまです。
向かい側では、たら~っと額に汗を流しながら(冷汗だろうか)、オリビアちゃんが何とも気まずそうな表情になっていた。何も言わないが、とりあえず同じ意見とみてよさそうである。

……まあ、そういう方向の自覚もなくはないので、彼女達が言ってることもわかる。

こないだの『リアロストピア』の一件以降特に顕著だけども、各国……というか、主に親交のある『ネスティア』『ジャスニア』『フロギュリア』『ニアキュドラ』の4国からだけども、まるで国を相手にするような和平戦略じみた扱い受けてるからな。

この上さらに強くなったら、各国もっと扱いに困るだろう。

ちらっと聞いた話だと、僕らを危険視してる……いわゆる『排斥派』みたいなのも、今の状態でも各国に少数いるらしいし。
もっとも、そいつらがきっかけで何かあったらたまらないので、各国全力で押さえつけてるらしいが。僕にちょっかい出さないように。

そして戦闘力以外にも、マジックアイテム開発やら何やらでも僕の名は知れ渡っている。
無論、強くなるだけじゃなく、そう言った分野の知識や技術もより一層高めていくつもりなので、そっち方面でもさらに評価が更新されることになるだろう。いずれ。

……まあ、それらを加味した上でも、自重するつもりは微塵もないんだがね。

「微塵も?」

「微塵も」

そもそもというか、努力に躊躇だの遠慮だの持ち込んでどうするって話だ。
強くなりすぎないようにとかいちいちそんなこと気にしてたんじゃ、出来る成長も逃してしまう。その場その場できちんとやること全部やって、全力で強くなってなんぼだろう。

技術も同じこと。できることを、可能性を前にして二の足を踏むつもりは僕にはない。
バイオハザードやテクノハザードが怖くてマッドサイエンティストがやれるか。

「何か今の前提条件がおかしくなかった?」

マッドサイエンティストは前提なの? ってエルクが聞いてくるけど……ぶっちゃけ今更だと思う。あの師匠に色々教わって、しかも気が合ってる時点で何かに気づかなきゃいけないと思うんだ。

ゆくゆくは……まだ身の丈に合わない大言壮語だけど、本当の意味で師匠たちと同じステージに立ちたいもんだ。
あの時目にした、あのエレノアさんが立っているような……今の僕をしてなお別次元の領域に。

(アレを見たことや、ウェスカーがさらに強くなってたこと……『ダモクレス財団』の人体改造技術についての情報……そして、『アバドン』みたいな、未知の魔物の数々……それが、僕が今よりももっと強くならなきゃ、って思った理由だ。おそらく今後、いくらでも強い力は必要になる。その必要になった時に『足りませんでした』じゃ……笑えない)

だから、さらに磨く。さらに鍛える。さらに考えて、さらに作って……さらに上へ行く。

「まずは現状完成している9つの『フォルムチェンジ』に加えて、そのさらに上位の『ジョーカー』シリーズの安定と完成。装備品やそのパーツに使っているデバイスについても順次アップデートして……『縮退炉』は複数連動型にしてさらに出力を……いや、魔法で再現を試みるか、あるいはもっと別な魔法式の動力炉……。『CPUM』も実験段階のがまだまだいるし……各部門の力を安定させたもっと強力な……」

「あ、ダメだコレしばらく戻ってこないわね」

「そのようですね……この後少しお話したいことがあったのですけど、また後日にした方がいいかしら?」

「? 何、話って? 伝言で済むなら伝えとくけど」

「いえ、後でいいです。元々、ほとんど私の予想に過ぎないものですし……そもそも、フロギュリア連邦も含めて、各国で色々と協議した上で……ミナト様に通知することになるでしょうから」

「…………???」

エルク達が何か話してたっぽいのは……その時、思考に没頭していた僕では気づけなかった。



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