魔拳のデイドリーマー

osho

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15巻

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 第一話 邪魔


 冒険者チーム『邪香猫じゃこうねこ』が依頼のため訪れたリアロストピア共和国。
 不運にも国家全体に及ぶ権力闘争に巻き込まれ、敵のアジトに連れ去られたエルク・カークスは、敵であるハイエルフの青年、クラウドから聞かされた事実に驚愕きょうがくを隠せなかった。

「ミナトが……あいつが、王子様だっての!?」

 そこで知らされたのは、いつも隣にいた少年ミナト・キャドリーユの、予想だにしなかった……というより、まるっきり信じられない秘密だった。

(ミナトが、ほろぼされた旧王家の生まれって……ミナトの母はお義母リリンさんでしょ? 突然変異とはいえ、『夢魔サキュバス』の力まで受け継いでるんだし。なのに、なぜ王位継承権を示す『鏡』が反応を……ただの間違い? またミナトの『否常識』っぷりが発動して、法則を無視しただけ? それともまだ何か秘密が……)

 エルクはまだ、ミナトがリリンに『出産』されることになった裏話……拾われ、退化し、お腹に収まったという、ミナトが言うところの『代理出産エピソード』を知らなかった。

「マジックアイテムである鏡――『ユミルの目』の判定に間違いはない。彼は確かにベイオリア王家の血を引いている」

 クラウドは淡々と、無感情に告げる。隣の牢では、やはり動揺と驚きを隠しきれない様子で、同じくさらわれた旅芸人一座の少女、レジーナとステラが聞き入っていた。

「我々は現政権と協力関係にある。無用な火種に出てこられては困るのだ」
「だから……ミナトとレジーナを殺そうとしたってわけ?」
「そういうことだ。現政権のかじを取っている人間達の望みでもある。もっとも……それは理由のひとつでしかないがな」
「へえ、どういう意味それ? そこは私も聞いてないなー?」

 レジーナがやや挑発的な口調で問いかける。
 しかし反応したのは召使いの女達だけだった。当のクラウドはどこ吹く風である。

「おい! ハイエルフ! ここにいるのか!?」

 その時、階段の上から唐突に怒鳴り声がして、誰かが下りてきた。
 軍服とは違う豪華な服を着た、恰幅かっぷくのいい中年の男だった。運動が得意ではないのか、少し駆け足で下りてきただけで息を切らしている。

「……立ち入り無用と伝えておいたはずだぞ。人間」
「何ィ!? 私はこの国の……ええい、どうでもよい! そんなことよりも、一体この結果はどういうことなのだ!? 威勢よく啖呵たんかを切っておいて、壊滅状態ではないか!?」

 つばを撒き散らしながらわめく男と、変らず無表情のクラウド。面白いぐらいに対照的な二人のやりとりを、エルクは黙って聞いていた。

「我々の軍の一個大隊が、丸ごと壊滅したのだぞ!? どう責任を取るつもりだ!?」
「責任……? 貴様らの修練がりなかっただけだろう。我々のどこに責任がある?」
「何ぃ!? 貴様ら……亜人あじんの、しかも傭兵ようへいの分際で、なんだその口のき方は!? 我々の庇護ひごがなければ、種を存続させることすらできない、行き場のない難民同然の身の上で、恩知らずめ!」

 男がそう言い放った刹那せつな、一瞬だけ、クラウドの目元がぴくりと動いたように見えた。
 しかし、表情がそこから変わることもない。気のせいか、とエルクは思った。

(協力関係って言ってる割に、仲がいいわけじゃなさそうね? 人間……というか、『リアロストピア』の方はハイエルフを見下してるみたい。逆にハイエルフは無関心というか、どうでもいいような態度に見える)
「部下から聞いたぞ! 我が軍の巻き添えを考えずに、攻撃魔法を放ったそうだな!」
「あの程度の攻撃を避けることも防ぐこともできない方が悪い。動きを止めるくらいしか能がないなら、土嚢どのうでも積んでおいた方がいくらかましだったかもしれんな」
「ふん! いつもいつも気に食わん奴だ……ん? なんだそいつらは?」

 そこで初めて、貴族風の男がエルク、ステラ、レジーナに目を向けた。最後にレジーナを見たところで、何かを思い出したようなそぶりをする。

「その茶髪の女は……なるほど、そいつが忌々いまいましい旧王家の生き残りか」

 下卑げびた笑みと嫌悪感けんおかんを前面に浮き上がらせた、ある意味器用な表情で、男はレジーナを見下ろし、ふんっと鼻を鳴らす。

「残念だったな。貴様らの動きなど、スパイからの情報で筒抜けだったんだよ……旧王家の再興などという馬鹿げた夢も、ここまでということだ」
「……っ!?」

 仲間にスパイがいた。
 動行を知られていた理由を理解し、ステラとレジーナの顔にショックの色が浮かぶ。

「驚いたか? バカめ……我ら新政権を出し抜こうなどとおろかなことを考えるからいかんのだ。どうだ、くやしいか? 夢破れ、未来が閉ざされ、我々を憎むのか? 無力な名前だけの王族よ……ああ、今は名前すらないのだったな、ベイオリアなどという国、もう無いに等しいのだから」
「何が、夢……っ! 誰も、そんなこと、望んだりなんて……っ!!」

 レジーナがうつむいてつぶやく。その言葉は、ほとんど誰にも聞こえることはなかった。あまりにも声が小さく、唇も動いているようには見えなかったために。
 聞こえたのは、クラウドとエルクの二人のみ。
 男はそんなことも知らず、うつむいたレジーナが、自分の言葉に絶望を覚えたのだと勝手に勘違いして、少し機嫌をよくしていた。

「ふん! せいぜいおびえるがいい……今、もう一人の生き残りとやらのところにも、追っ手が向かっている。すぐに二人仲良くあの世に送ってやるから、大人しく待っていろ!」

 男は次に、別の牢にいる捕虜ほりょを見て、下卑た笑みを浮かべた。
 下心のにじみ出た視線を受けて、エルクとステラは身をこわばらせる。

「ふむ……おいハイエルフ。こいつらはついでに捕虜にでもしたのか? もしいらんなら、私がもらってやっても……」

 だが、男が言いかけた瞬間、横合いから、抜き身の刃が目の前に割り込んできた。

「そこまでだ、人間。勝手な真似は許さん」
「なっ、なっな……」
「……よせ、ステファニー。それはやりすぎだ」

 突然のことに舌が回らない様子の男と、女戦士――ステファニーと呼ばれた彼女をたしなめるクラウド。ステファニーはうなずいて剣をさやに戻した。

「申し訳ありません……未来の奥方様に何かあってはと思い、勝手をいたしました」
「……はっ!?」

 あまりにも唐突に……しかも、ちらっとエルクの方に視線を向けて放たれたその言葉に、エルクはきょとんとほうけた顔になった。レジーナとステラも同様である。
 三人が三人とも呆けている間に、貴族風の男は、よくわからない罵詈雑言ばりぞうごんを口にしつつ、地下室から退散した。それが見えなくなった頃、ようやくエルクの頭は言葉の意味を理解した。

「ちょっと……今の、どういう意味よ?」
「さっき説明しようとしたことのひとつがそれだ。緑髪の人間。お前は……ただ、そこにいる茶髪の人間と一緒にいたからここに連れてこられたわけではない」

 クラウドがエルクに向き直って続ける。

「エルク・カークス、お前には……私の妻になってもらうつもりだ」


 ☆☆☆


 ミナト・キャドリーユ。Sランクの冒険者。
 キャドリーユ家の十一男で、二十六人兄弟の末っ子。
『邪香猫』のメンバーを始めとした、ここにいる者達にとっては周知の事実である。
 しかし、それに反する内容……ミナトが亡国ぼうこくの王子であるという話を、旅芸人一座の団長カルバンから聞いて、全員がエルクと同じ困惑を抱いていた。
 旧王家の関係者でもあるカルバンは、彼らの表情が純粋な驚愕……自分達の仲間に亡国のやんごとなき血筋がいたことを驚いているだけのものだと解釈し、言葉を続けた。

「今……リアロストピアと名を変えられた国の民達は、苦しんでおります。一部の者だけが富み、その他の者は極端に貧しい暮らしをいられる。戦後復興のため、過激派への対処のためなどとうたった増税すら……実際は貴族共の懐に入っているのです……」

 拘束された状態のまま、力強く、訴えるように語るカルバン。
 対して周囲の目は冷ややかだった。
 それに気づいていないのか、はたまた気づいた上であえてなのか。カルバンは、息継ぎする暇すら惜しいとでも言いたげな勢いで、話し続けた。
 先ほどからミナトが、小声で何か言っていることにも気づかずに。

「もはや現政権の打倒以外に手はありませぬ! 全てはこの国の民のため、そして無念のうちにこの世を去られた、今はき国王様方のとむらいのため……ミナト様! 我らと共にお立ち上がりくださいませ! しき者共から、この国を解放し、再びかつての栄華を取り戻すために!」
「…………」
「現政権に不満を持つ者、かつての王家の時代を懐かしむ者は大勢おります! ミナト様、あなたは彼らを率いるにふさわしいお方……あなたが立ち上がってくだされば、従う者が大勢現れましょう! 何よりあなた自身、比類なき強い力をお持ちの上に、強き配下を従えておいでだ!」
「……ちょっと、静かにしゃべって」
「これは運命です! そのお力を、祖国のためにお使いください! 共に戦い、あの現政権の悪しき恥知らずの愚か者共を打ち倒すのです! この暗黒時代に終止符を打つのです!」
「だから、ちょっと黙ってって、うるさ……」
「何を迷うことがあります!? 今まであなたがどこでどのようにお暮らしだったのかはわかりませぬが、おそらくはいばらの道を生きてこられたのでしょう。ご苦労、推察申し上げます……しかしそれももう終わりです、いつわりの身分と名を捨て、本当のあなたを取り戻す時が来たのです! これはいわば、あなたの宿命の戦い……」

「だーから、うるさいからちょっと黙ってろっつーの!」


 べちぃん!!

「ブがっ!?」

 目にも留まらぬ勢いで、すくい上げるように一閃いっせんされた、ミナトの平手打ち。
 その一撃はカルバンの顔面にキレイに決まり……彼は拘束されたまま宙を舞い、薄い木製の扉をぶち破り、隣の部屋へと飛んでいった。
 その光景に、全員が呆気あっけに取られて絶句。部屋の中は、ミナトが望んだとおりにちょうどいい具合の無音となった。

「これでよし……さて、リュドネラ? 続きをお願い。え? いや、こっちにちょっとやかましいのがいてよく聞こえなくてさ……ほら、クラウドとかいうハイエルフがなんだか妄言くっちゃべったところからリピート報告よろしく、うん」

 ☆☆☆


 場面は再び地下牢に戻る。クラウドがエルクの質問を無視して、『用がある。今日はこれまでだ』の一言と共に、立ち去ってしまったところだった。
 わけがわからない。しかし間違いなく厄介事に巻き込まれている気配を、エルクは感じ取った。
 が、さらに一石を投じる出来事が起こる。

「……さて、と。これでよし」

 先ほど一緒に来たハイエルフの女戦士が一人だけ、クラウドと一緒に地下牢を出ていかず、見張り役として残っていた。しかしどうにも様子がおかしい。
 ハイエルフの女戦士は、今ちょうど防音のマジックアイテムを作動させたところだった。
 これで、地下牢の音が外に漏れることはなくなった。

「さて、とりあえず説明から始めなくっちゃね。あとは……エルクちゃんが無事だったって、ミナトに連絡もしなきゃだし……やること意外と多いな」
「……? あ、あの、あなた一体?」
「んー? ああ、あはは、やっぱりわかんないか。見た目全然違うもんね。魔力とかに違和感もないはずだし……そういう風に作ってたからね。ミナトと、我が半身が」
「半身、って!?」

 その言い回しにエルクははっとする。

「あんた……リュドネラ!?」
「大、正、解っ♪」

 ミナトの助手、ネリドラの別人格であるリュドネラは、一応美人と言えるハイエルフの女戦士の顔のまま、にかっと笑って指でVサインを作った。


 ☆☆☆


 ……まずは状況を整理しようか。
 エルクが転移魔法で拉致らちされた後、パニックになりかけた僕――ミナトは、白色の光の玉がとんでもない魔力を放ったことで我に返った。
 とっさに光の玉を地面に叩きつけて自分の体で覆い、どうにか甚大じんだいな被害を出すような爆発は起こさずに済んだが、僕もさすがに無傷ではいられず、全身に火傷を負った。
 脱皮回復式否常識魔法『リヴァイヴ・リボーン』を使って表面の傷を治し、めったに使う機会のない手持ちの魔法薬をがぶ飲みして傷をいやした。
 そのまま移動したわけだが、気絶もせずに歩いている僕を、セレナ義姉さんらは信じられないといった目で見ていた。
 ……変なことを言うようだけど、『気絶してる余裕がなかった』だけなのだ。
 エルクが心配、これからどうすればいい、あいつら何者だ、エルクはどこに行った、今すぐ追いかけたい、でもここを離れていいのか、体は満足に動ける状態か、etc……。
 そのせいで逆に気絶『すら』できなかった僕の精神を呼び戻してくれたのは……ネリドラの機転による、死中に活を求める絶妙な一手だった。
 現在、囚われの身であるエルクのそばには、見張りであるハイエルフの女戦士……の体を借りた、リュドネラがついている。
 僕とネリドラが作っていた狂気のマジックアイテム、『悪霊のくぎ』を使ったのだ。
 名前はただ単に、僕が厨二病を発揮してつけたものなんだけど……このアイテム、ちょっとばかり怖いというか、気持ち悪い効能を持っているのだ。
 死霊術師であるミシェル兄さんの助力を受けて完成してしまった……生物に打ち込むことで、その者の体を魂レベルで占領してしまえる悪魔の武器。
 僕が以前作った釘打ち用マジックアイテム『ネイルガン』にそれを装塡そうてんし、エルクがさらわれる間際に、ハイエルフの女戦士に向けてばしゅっと撃った。
 後頭部の頭蓋骨ずがいこつを貫通して脳に達すると、一撃で女戦士を絶命させ、同時に刻み込まれていた術式がその魂を押しのけ……すかさずリュドネラが入り込んだ。
 結果は成功。リュドネラは女戦士の肉体を乗っ取った。
 そして、彼女自身が勉強して身につけた『念話』に、『釘』の補助機能のいくつかを上手く組み合わせることにより、僕のところまで念話を飛ばしてくることに成功した。
 そのおかげで、エルクとその周囲の様子は、飛んでくるリュドネラからの念話によって、リアルタイムで僕に報告されているのである。
 さっきは、その報告の最中にぴーぴーうるさいからカルバンをぶっ飛ばしたわけで。

『何かわかったら逐一ちくいち報告してね、リュドネラ』
『了解……対策、頑張がんばって。とりあえずこっちは、エルクちゃんにも説明済ませとく』

 その言葉を最後に、リュドネラとの念話を終えた。そんな僕に、隣の部屋から戻ってきたカルバンが声をかけてきた。

「ミ、ミナト様……何を、なさいます……私は、私達は、心よりあなたのことを」
「えーっと……なんだっけ用事? 時間ないから三十字以内で簡潔にお願いできる?」
「は? で、ですからミナト様! どうか我々と共に、現政権打倒のために戦……」
「やだ」
「……はっ?」
「だから、やだ。めんどくさい、パス。お断り。他当たって。以上」

 言い終わらないうちに、とりあえず僕は帯からスマホとタブレットを取り出し、必要な魔法プログラムの構築を始めた。
 隣にいるネリドラに手伝ってもらい、皆に指示を出す。

「ミュウ、今から三十分後に『オルトヘイム号』呼び出して。電話でターニャちゃん達には話つけとくから。ナナ、クロエ、現政権軍の……生け捕りにした兵士何人かいたよね? 尋問じんもん……いや、自白剤でいい。一番強力なの使って、情報全部吐かせて。あと……」
「お、お待ちくださいミナト様! い、今一度、今一度我々の話にお耳を傾けてくださいませ!」

 いつくばった姿勢のまま――ああ、両手縛られたまま隣の部屋から戻ってくるっつったら、這うくらいしか方法ないか――再びしゃべり出すカルバン。

「何? まだ何かあるの?」
「ま、まだ何かも何も……まだ納得できるお答えをいただいておりません! 『やだ』とはどういうことです!? あなたの使命たる戦いを、そのように軽く……聞いておられるのですか!?」
「うるっさいなー、ちゃんと『聞き流してる』から。話すなら話しなよ」

 視線は『タブレット』に向けたまま口だけで返事。
 繰り返すが、時間がないのである。集中したいのである。……早く黙ってくんないかな。
 ……黙るどころか、他の『忠臣』の皆さんも何やら喚き出したぞ?

「聞き流すなどと……なんということを! ご自分の使命をなんだとお考えなのです!?」
「今のお言葉はさすがにあんまりですぞ、ミナト様! 今までどれだけの民達が、我らの同志達が、平和と復興を夢見て戦い、こころざし半ばで散っていったと思っているのです!?」
「あなた以外にいないのです! どうか、いるべき場所にお戻りくださいませ!」

 無視して作業進めるけど……終わる気配がない。
 それどころか、激しくなっていくような……口調も、さとすようなものから、責め立てるようなものに変わっていってない? ……だんだん腹立ってきたな。

「先の襲撃の折、現政権の者達はミナト様という、旧王家の生き残りの存在を完全に把握していました。となれば……自分達の統治をおびやかしかねない火種となりうるミナト様を、放っておくはずがございません。あらゆる手段を使って捕らえようと、あるいは殺そうとするでしょう」
「ふーん」
「あなただけならばまだいいかもしれません。しかし、被害はあなたの周囲の方々にも及ぶでしょう。ちょうど、今回のように……」
「…………」
「もはや逃れることは叶いません。ミナト様、周囲の皆様を巻き込んで逃げ続けるか、立ち上がって戦い、全てを終わらせるか……どうか、ご英断くださいますよう」

 まあ一理あるな、その理屈にも。
 実際、高確率で『現政権』とやらは僕を目のかたきにするんだろう。権力争いの火種として。
 それはそれとして……あんた、まさか……。

「レジーナにも、そういう風に『説得』して了解させたわけだ?」

 念話越しに、リュドネラからは……どうやらレジーナは、当初、自分がなりたくて『旗印』になろうとしてたわけじゃない、って聞いた。
 たぶんレジーナは、本当に歌と踊りが大好きな、普通の少女だったんだろう。
『フラワー』に入ったのも偶然で、普通に楽しくやってたに違いない。王家の義務、国のために戦う宿命とかいう、負の遺産に捕まるまでは。
 自分だけじゃなく、友達なんかにまで魔の手が及ぶかもしれない、そんな風に言われたとしたら……とんだ『説得』だ。それじゃまるで、人質でも取ってるみたいじゃないか。
 カルバンは答えなかったが、肯定も同然の沈黙だった。
 そーかい、そーかい。そっちがそういう手で来るなら……こっちにも考えがあるぞ。

「よくわかったよ。僕の、いや、僕らの立ち位置ってもんがさ」
「おぉ。ご決断いただけますかな、ミナト様!」

 僕が呟くように発したセリフを、いいように解釈して喜びを滲ませるカルバン。

「…………ミナト?」

 それとは逆にセレナ義姉さんは、ただならぬ気配を感じ取ったような、不安げで、微妙に震えた声をこぼしていた。
 長くうちの家系に関わってたから、わかるのかもね……嫌な予感が。


「……つまり、こういうことだ。僕や皆が平和に暮らすには――『リアロストピア』も『ベイオリア』も、どっちも邪魔なわけだ」

「…………は?」

 きょとんとした感じの表情になる、カルバン。
 視界の端に……僕の心中を察したらしい義姉さんの顔が、『まさか』といった感じで青ざめていくのがよく見えた。

「あー、そうだ、一応知らせといた方がいいか。ネリドラ、あとで手紙書いといてくれる? 王都のドレーク兄さんあたりに」
「? いいけど……内容はなんて?」
「シンプルでいいよ。『ちょっと隣国滅ぼす』って」



 第二話 百五十年の因縁


 王子だの宿命だのやかましい話を切り上げ……というか、正確にはいつまでもやかましいので、昏倒こんとうさせたカルバン達を廃墟はいきょの部屋に押し込んでから、いくばくかの時間が過ぎた。
 他の準備を全て済ませたところで、ミュウによって『オルトヘイム号』が召喚されたので、今、僕とネリドラはその最深部にある『ラボ』に向かっている。
 船に入った時、青い顔して心配そうに駆け寄ってきたターニャちゃんとシェーンには、心配してくれていることに礼を言いつつ、他の皆の手伝いをしてくれるよう頼んである。
 何やら、療養中のオリビアちゃんがいろいろ独自に動いているらしいんだが……まあいい。

「リュドネラへのデータ転送の残り時間は?」
「周囲のハイエルフ達に気取られないようにペースを調整しているから、およそ二十分弱。さらに向こうで設定をいじくるから、エルクと話せるようになるのは約三十分後くらいだと思う」
「そっか、わかった。じゃ、その間にこっちで準備を進めよう。つっても、保管庫からマジックアイテム引っ張り出してくるだけだけどね……ヤバいのも含めて」

 ここでエルクかセレナ義姉さんあたりが聞いてたら、『普段作ってんのはヤバくないとでも言うのか』とかツッコミを入れてくる気がするけど……あえて言おう。
 普段、僕が作ってるものなんて、これから僕が引っ張り出そうとしてるものに比べたら百倍マシ。むしろ、自重じちょう謙遜けんそんに満ち溢れた平和なツールでしかない。

「……ところで、やっぱり師匠帰ってなかったね」
「シェーン達が言うには、一回帰ってきたらしいけど、すぐに出かけたって。『やることがあるから』って。あと、ミナトに……『好きなだけやりすぎろ』って言ってたとか」

 あ、そう。なるほど……言われなくてもそのつもりだよ。
 僕は、たった今到着した『ラボ』の扉のロックを解除して開け、中に入る。
 そして奥の奥、危険どころじゃないものが保管(というか封印)されている部屋の扉を開ける。
 扉の先は、テニスコートくらいの広さの、何もない部屋になっている。
 壁や床、天井は、模様もなく灰色で、ワックスがけがされているかのようになめらかな表面。
 それだけ。他には何もない。飾り気のある家具も、窓も、換気口さえない。
 けど、僕がこの部屋の真ん中に立って、ぱちんと指を鳴らすと……一変する。
 床が開き、壁がりあがり、天井が割れ……その向こうから、亜空間収納に加えて、厳重な『封印』の施された、自作のマジックアイテムのたぐいがこれでもかと出てくるのだ。
 ものの数秒で、何もない部屋は博物館顔負けのにぎやかなスペースになった。
 僕はその中から、必要になりそうなものを片っ端から取り出していく。
 最終的に部屋にあったマジックアイテムの半分近くを、戦仕度いくさじたくのために『収納』したところで、リュドネラから連絡が入った。


 ☆☆☆


 再び姿を見せたクラウドは、牢の中に捕らわれているエルクに視線を向ける。
 まるで路傍ろぼうの石でも見ているかのような視線に、エルクは緊張の中に……うっすらと苛立いらだちや嫌悪感を覚えるに至った。

「何か用? さっきのたちの悪いジョークを撤回しに来てくれたのかしら?」
「お前を妻にする、という話のことを言っているのなら、冗談でもなんでもない。本当のことだ」
「あっそう……その割には、熱っぽい視線も愛の言葉も何もないのね? あってもいらないけど」
「当然だ。これは、私が自らに課した試練なのだから」

 突如としてクラウドの口から飛び出した意味のわからない言葉に、思わず「はぁ?」と聞き返してしまうエルク。
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