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14巻
14-3
しおりを挟む第三話 紫紺の美少女
ローザンパークに来て一夜が明けた今日、ただ今僕は食べ歩きの最中である。有言実行。
邪香猫メンバー皆で、ショッピングも兼ねた食い倒れツアーの真っ最中なわけだが……いや、ホント色々あって飽きないね。
食堂やレストランで食べるタイプから、食べ歩き出来るファストフードまで。色んな国と地域の物が揃っている。
Sランクの冒険者チームともなれば、自画自賛だけど相応に実入りは多い。暇つぶし感覚でクエストをさくっと消化する日々なので、お金は有り余っている。
その財力を武器に、皆思い思いに食べたいものを食べ、欲しいものを買って楽しんでいた。言うまでもなく僕は、食べ物に関してはもう片っ端からって感じだ。
それでもなお、この町は一日二日じゃあ回り切れる気がしない。気に入った店をリピートしたりすることを考えれば、一週間は欲しい。
まあ、姉さんの案件もそのくらいかかるらしいから、なんとかなるだろう。
「そんだけの期間、ずっと食べ歩きを続けるつもりか、あんた……」
呆れ顔&ジト目のエルク。いやまあ、言わんとすることは分かる。
いくら何でもひたすら食っちゃ寝してたんじゃ、不健康というかなんというか褒められた生活じゃないしね。
「それ以前に、確実に太るわよ……ぶっちゃけ、私もちょっとその、ここの食事は美味しくて、食べすぎてる気がするというか、抑えるのにちょいちょい失敗してるというか……」
「ですよね……食べた分動かないと、その……そろそろ……」
エルクとナナの言葉に、シェリー以外の女性陣が俯きつつ頷いた。
ああ、まあ……女性には、切実な問題ではある、よね。
ちなみに、例外的に『?』な表情を浮かべているシェリーは、世の女性が羨望する食べても太らない体質であるらしく、嫉妬の視線を一身に受けながら、僕同様好きなように食べまくっています。
しかし確かに、食べてばっかりってのもアレだな、体が鈍りそうだ。日々のトレーニング、その積み重ねによる成長は、おろそかにしていいものじゃない。
この辺りは、転生してからの生活で染み付いてるので、僕もサボるつもりはなかった。
……でも、ここギルドの支部も何もないしな。どうしようか……そこらへんで適当に魔物でも狩るか? 素材は売れるかな、ここで。
「こんなこともあろうかと」
待ってましたとばかりのセリフと共に、後ろを歩くセレナ義姉さんが、何かの書類の束をすっと差し出してきた。何だコレ?
「この辺に住んでる魔物で、今ギルドで素材とかの買い取り対象になってる奴のリストと、クエストの発注表の写しよ。こっちで狩って、ウォルカに帰ってから納品すれば依頼達成になるわ」
「おぉ、さすが義姉さん! すごい、担当職員みたい」
「実際にそうだっつーのよ」
そんなやり取りはともかく、これで方針は決まったかな。
食べ歩きはキリのいいところでやめて……これらの魔物の情報を集めるとするか。
「ってことでザリー、ナナ、手伝ってね」
「了解。ついでに、他分野の面白そうな情報も探してみようかな……ローザンパークならきっと、余所じゃ手に入らない情報もたくさんあるだろうし」
「相変わらず仕事熱心な情報屋ね……でも、さすがにやめた方がいいんじゃないの? ここって一応山賊の本拠地なんだし。余所者が何か嗅ぎまわってる、とか思われるかもよ?」
情報屋ザリーに対し、エルクが釘を刺した。
「そこはもちろん気を付けるよ。内部情報を調べるわけじゃないし。僕が調べたいのは、この地域と接している大国なんかの情報が入ってきてないかな、ってことさ」
「そもそも、というか、今さらなんだけど、山賊の集落っていう話も……実はちょっと違うのよね」
そこで義姉さんが割って入った。ん、どゆこと? 違うって。
「ちょっと長い上にややこしくなるんだけどね……ローザンパークが山賊の集落って呼ばれてるのは、主に、あそこの初代頭領が原因なのよ」
移動しながら義姉さんにローザンパークの成り立ちを聞かせてもらった。
前に説明したとおり、そもそもローザンパークは、山賊団ガイアが、当時未開の秘境だった場所を自力で開拓し、拠点として利用し始めたことに端を発する。地形諸々含めた要因で鉄壁の防御力を持つ自然の城砦として。
当時の頭領こそ、団そのものの名前にもなっている『ガイア』。
一応、その山賊団はいわゆる義賊であり、悪人からしか奪わない主義だったらしい。
ただし、悪人でさえあればそれはそれは容赦なく……相手が貴族だろうが王族だろうが喧嘩売って、奪いまくっていたそうだ。
そして各地で豪遊・散財するという形で、奪った金品を民に還元していた。
そんな滅茶苦茶な集団だっただけに、一般市民からは割と好意的に見られていたものの、権力者からすればいつ自分達に牙を剥くか分からないならず者であり、排除の対象。
頭領ガイアをはじめとした幹部格の首には、賞金も懸かっていた。
何度も正規軍の兵を差し向けて討伐しようとしたが、ことごとく惨敗。
仕舞いには、彼らとの戦いによって国力が低下し、滅んだ国まであったという。
数十年が経ち、初代頭領ガイアが引退し、二代目に代替わりした。
引退した初代がどうなったのかは語られてはいない。
戦いの中で死んだのか、隠居したのかも。
そのタイミングを狙って再び攻めて来た国もあったそうだが、結果は歴史の繰り返し。
しかし、二代目の時代あたりから、だんだんと山賊団の活動は大人しくなっていったという。
その理由は、山賊団に守るべきものが出来たから。
初代の時代から、ローザンパークには、他の国や地域から流れ着いた難民が少なからずいたようだ。危険地帯を放浪した末に偶然流れ着いたって感じだから、そこまで数が多いわけではないらしいけど。
山賊団は、自分達に害がなければ、特に彼らを拒むことはしなかった。
義賊だからっていう理由もあるけど、彼らに住む場所と食料を与え、代わりに自分達が今までやっていた雑事の一部を任せることで、労働力として利用出来たからだ。
そうした受け入れを繰り返しながら、三代目の時代を経て、今に至る。
と、ここまで聞いたところで……「でもねぇ」と、なぜか義姉さんが遠い目をした。
「この話……実は一部分がデタラメなのよね」
その言葉に、僕ら全員で『は?』と聞き返した。デタラメってどういうことだ?
加えて、その遠い目が気になる。何というか、こう……僕の『否常識』に付き合わされる時のエルクやノエル姉さん辺りがよく見せる目だ。義姉よ、何を知っている……?
「まず最初に、山賊団の頭領の名前なんだけどね……ガイアって、通り名っていうか、偽名っていうか……とにかく、本名じゃなかったのよね。で、本名は……」
本名は?
「……テーガン・ヴィンダールって言うのよね」
☆☆☆
山賊団ガイアの初代頭領ガイア――本名テーガン・ヴィンダール。
彼女が率いる軍団は、他の山賊団だろうが、海賊団だろうが、大国の正規軍だろうが、何を相手にしても向かうところ敵なしの常勝軍だった――約二百年前のある一戦を除いて。
そしてその戦いこそが、彼女の運命の分岐点となった。
彼女達は当時、猛威を振るっていた大きな盗賊団を襲う計画を立てていた。
だが、いざそれを実行せんとした時、予期せぬ出来事が起こったのだ。
その盗賊団の本拠地に、全く同時に到着した別の一団がいたのである。
自分達と同じように盗賊団を壊滅させ、蓄えている財宝を頂戴しようと画策している者達が。
獲物が重複した相手の一団はしかし、テーガンらが悪名高きガイアだと知ってもなお獲物を譲ろうとはせず……結果、争奪戦が勃発した。
その一団こそが後の『女楼蜘蛛』メンバー……リリン・キャドリーユ、アイリーン・ジェミーナ、クローナ・C・J・ウェールズの三人である。
当時はまだ正式にチームを結成しておらず、メンバーも三人だけだった。
しかし、それぞれが恐ろしいほどの力を持っていることに変わりはなかった。
その凄まじい戦闘力の前に、正面から圧倒的な人数差で迎え撃ったにもかかわらず、瞬く間に粉砕され……全滅。せめてもの慈悲なのか、手加減されていたようで死者は出なかった。
リリンとの一騎打ちになっていたテーガンも、善戦したものの敗れた。
なお、両者の獲物であった盗賊団については、戦いの余波でいつの間にか壊滅していたという、救われない結末を迎えたことを記しておく。
敗北の現実を突きつけられたテーガン達は、このまま殺されるか、正規軍に引き渡されるかを待つのみだろう……と思って覚悟を決めていた。
だが、そうはならなかった。
自分達の生殺与奪を握っているはずの金髪緑目の美女は、つい数時間前まで殺し合いを繰り広げていたテーガンに向かって、にかっ、と無邪気な笑みを向けたのである。
☆☆☆
「……その後、少年漫画的な展開で仲良くなったってわけか。昨日の敵は今日の友、的な」
「若干意味分かんない文言が混じってるけど、まあ、それで当たってるわね」
セレナ義姉さんが頷く。
すごい出会いだったんだな……。獲物が重なった結果の殺し合いって……。
「一度、本拠地のローザンパークに招かれて歓待されて以降は、お義母さん達、たびたび遊びに来てたらしいわ。主に暇な時とか」
「暇つぶしでAAの危険区に……」
「エルク、そのへんはもう今さらってもんだよ」
あの人達にしてみれば……ここに来るまでの危険なんてあってないようなもんだろう。
母さんなんて危険度AAの樹海を避暑地にして、別荘まで持ってんだから。
「そんで、何年か友達付き合いしてたんだけど……テーガンさんが頭領の座を二代目さんに譲ったのをきっかけに、お義母さんの仲間になったらしいわ。冒険者として」
「大丈夫だったの? お尋ね者だったんでしょ?」
「名前――本名知られてないし、髪型と服装変えたら案外大丈夫だったらしいわよ? そもそも世間には人相なんか正確に伝わってなくて、一般には壮年の男だと思われてたみたい」
しれっと言う義姉さん。
「しかもあの人、獣人でさー、見た目せいぜい二十代後半の美女なのよ。今も。あの外見を見て、山賊ガイアと結びつける奴なんかまずいないわね。おまけに、代替わりした二代目が内政の得意な人で、難民を上手く使って拠点そのものを都市として急発展させたから、諸国の注意は隠居したっていう先代より、そっちに向いたみたい」
「相変わらずすごいバックグラウンド持ってるな、うちの母さんとその関係者は……」
「……とんでもない情報だけど、こりゃ使い道ないなあ……スケールが大きすぎて」
「あっても他言すんじゃないわよ、ぼーや。変な噂の一つでも立ってみなさいな、あの褐色の猛牛お姉さまに、脳天から真っ二つにされるわよ」
脅すように言う義姉さん。
……猛牛? テーガンさんって、牛系の獣人か何かなのかな?
「ははは、怖いな……僕は大人しく、他国の噂話だけ集めることにするよ。幸いここには、定期的に使節団も来てるし」
冷や汗を流しながら話すザリーの言葉に、ふと僕は昨日見た光景を思い出していた。
「そういや……確かに来てたな、他国の使節団とかいうの」
会食の後の休憩時間に見かけた、派手な衣服と装飾に身を包んだ一団、そしてちょっと控えめな感じの一団。どっちも、どこの国の使節団かは分かんなかったけどね。
ああでも、護衛として付いていた軍人? みたいな人の服装に見覚えがなかったから……ネスティアやジャスニアではないな。チラノースでもない。あの国の軍服も一応知ってるし。
そう言うと、ザリーが考えるような素振りを見せる。
「残る六大国のいずれか……とも限らないか。近くにある小国か……そもそも、国が国として送ってきた使節とも限らないしね。大国の大貴族が、国の使節団とは別に個人的に使者を送ることもあるだろうし。その場合、護衛の服装は貴族の私兵のそれになるしね」
「そうなんだ。そう言われると……なんかやたら煌びやかで自己主張が激しかったり、平均年齢若かったようにも思えるし、その大貴族系の方かも」
とくに、二つ目の一団にいたあの紫紺の美少女は幼い見た目だった。
「へえ……ひょっとして、可愛い女の子だったりしたの?」
ニヤニヤ笑いながら、ザリーがからかうように言ってくる。
いや……当たってるんだけどね、その予想。だからって、どうということはないけど。
まあ、女の子だけじゃなくて、目立った野郎も一人……。
と考えた時……昨日、すぐに分からなかったちょっとした違和感の理由に気がついた。
ああ、そういえばあの人……。
「うん。多分、僕やエルクと同い年くらいの……気の強そうな目の、紫色の髪の女の子だった。で、隣にもう一人、二十代の男もいたんだけど……そういやあの男、なんかザリーに似てたかも」
「…………え゛!?」
そうだよ、あの男なんか見覚えあると思ったら……ザリーに似てたんだ。微妙に。
というか僕のセリフを聞いたザリーが、何故か表情筋ごと硬直している。
あれ、どしたの?
「む、紫の髪の……気の強そうな女の子?」
「うん」
「……ひょっとしてだけど、おでこが広かったりしなかった? その子」
「……ああ、そういやそうだったかも。いやでもアレは、全体的に後ろに流してた感じの髪型だからそう見えただけだと……って、ザリー?」
「……紫の髪に広いおでこ。それに、僕に似た男…………まさか、いやそんな……」
歩きながらぶつぶつと呟くザリー。なんかこっちの声が聞こえてないっぽいんだけど……。
僕以外のメンバーも、ザリーに起こった異変に気付いた様子だ。
「どしたの? なんか奥さんに浮気がばれたみたいな、危機感迫る顔になってるけど」
「い、いや、何でもないよ……うん、そんなはずない、きっと何かの間違いだから……」
「残念ですが、間違いなどではありませんわよ?」
突如、そんな声が聞こえた。
見ると、進行方向、通りのど真ん中に……立ちはだかるように数人の男女が立っている。
(あ、昨日の……)
今まさに話題になっていた……どこかの使節団(多分)。
その先頭に立っている紫髪の女の子が、昨日と同じ気の強そうな目つきに加え、ふふん、という感じの笑みを浮かべてこっちを見据えている。
何でこの人達がここに? 別に僕らと接点ないはずだけど……。
……ひょっとして、僕の横で滝のような汗を流して、引きつった笑みを浮かべているこの男と関係あるんだろうか? ありそうだな。
そんな僕の予想を裏付けるように、紫の髪の女の子が口を開く。
視線を僕の隣にいるザリーに向けて……にやり、と笑って。
「ふふっ、まさかこんな所で出会えるなんて……随分と探しましたのよ? 八年ぶりかしら……お久しぶりですわね、ザリー?」
「は、ははは……そ、そうだね……オリビア?」
え? 知り合い?
突然のことに僕らが困惑して固まっていると、紫紺の髪の美少女……今しがたオリビアと呼ばれた彼女は、はっと何かに気付いて口元に手を当てて……ザリーから視線を外した。
「私としたことが……ご挨拶が遅れ、大変失礼をいたしました。邪香猫の皆様ですわね、ご高名は私どもの国にまで轟いておりますわ、お会い出来て光栄です」
彼女はそう言いながら、スカートの裾をつまんで、優雅に一礼する。
たったそれだけの所作なのに、すごく洗練された雰囲気が伝わってくる。
やはりというかこの娘、相当なお偉方というか、いいとこのお嬢様っぽい。
そして、慌てて会釈を返した僕らににこっと微笑むと……次の瞬間、彼女の口からとんでもない爆弾発言が飛び出した。
「申し遅れました。私の名は、オリビア・ウィレンスタット。フロギュリア連邦、ウィレンスタット公爵家の令嬢にして、此度のローザンパーク友好使節団の代表を務めております。あとついでに…………そこにいるザリー・トランターの……許嫁ですわ♪」
……………………!?
『えええぇぇえぇえええええぇ―――っ!?』
第四話 ザリーとオリビア
「あー……ごめん、順序立てて説明するから、その……ちょっと待って、皆」
「なるほど……やはりあなた、この方々にも隠していたのですね? ザリー」
困った表情のザリーと、同じソファのすぐ隣に座る、紫の髪の女の子……オリビア。
現在僕達は……フロギュリア連邦の皆さんが泊まっている貴賓用の宿にお呼ばれし……そこの応接室っぽい部屋に通されていた。
さっき聞かされたトンデモ爆弾発言の真意を、これから説明してもらうところだ。
「真意と申しましても……先程の言葉以上の意味はありませんけれどね」
「でもこうなった以上説明は必要でしょ。まあ、説明してなかった僕のせいなんだけど」
「それもそうですわね。私も許嫁としては……」
「おほん、んっ!」
とそこで、わざとらしい咳払いが入る。
「……何ですの、ギルバート?」
明らかに故意としか思えない咳払いを割り込ませた男に対し、オリビアちゃんがあからさまに嫌そうな視線……ジト目を向ける。
視線の先……別のソファに座る男が、「失礼」と全く心のこもってない声で謝る。
年は二十代半ばから後半、ってとこだろうか。背は高く、タキシードみたいなデザインの礼服に身を包み、オレンジ色の髪をオールバックにして後ろに撫でつけている。
金の指輪とネックレスを身につけ、香水もつけているみたいだ。
……なんか、雰囲気がホストっぽい。けど、それ以上に気になってるのは……。
「言の葉だけとはいえ、戯れがすぎるよ、オリビア」
「あら、何がかしら?」
「君の未来の夫は僕だろう? それを、隣に座っているそんな下賎の者を指して許嫁などと……何も知らない民達が誤解してしまうじゃないか」
そう、このキザったらしい男……どことなく、ザリーに似てる気がするんだけど……。
ザリーがあと五、六歳年を取った感じ?
「あら、そうだったかしら? 確か私の許嫁の座は、公的には依然として空位だったと思うのだけれど……数年前、どこかの誰かが黙って行方知れずになったせいでね」
オリビアちゃんがそう言ってちらっとザリーを見る。
「分かりきったことを言うものじゃない。公式にはそうだが、身内で片がついていることだ」
「その誰かが戻って来たのなら話は別でしょう? そもそもあなた、血の繋がった弟に対して『下賎』だなんて、どういうおつもりかしら?」
その言葉ではっきりした。
やっぱりコイツ、ザリーの身内か。それも、実の兄?
「何をおかしなことを……。僕に弟はいないよ」
「……冗談にしては笑えませんわよ、ギルバート?」
「冗談を言ったつもりはない。まあ確かに、血の繋がりがあるという意味ではそうだが……貴族たる自覚もなく、可憐な許嫁を放り出して出奔するような男を……僕は弟などと呼ぶ気はないんだ」
ギルバートと呼ばれた男は、そう言ってキッとザリーを睨む。何というか……嫌悪のような感情が乗った視線に見えた。
それを受け、ちょっと気まずそうなザリー。横に座っているオリビアちゃんも同様。
……何だかなー、僕ら外野をほっぽって重苦しい雰囲気になってるけど。
「はいはい、そのへんにしてよ。オリビアも兄さんもさ」
「お前に兄などと呼ばれる筋合いは……」
「分かった、分かったよ、赤の他人。ごめんねミナト君、今からちゃんと説明するから」
軽薄そうに話しながらも、何だか疲れた様子のザリーが気になったけど、とりあえず、その説明を聞くことにした。
まずは、オリビアちゃんの実家であるウィレンスタット公爵家についての話だった。
六大国の一つ、フロギュリア連邦の建国当初から国政を支えてきた大貴族。
その発言権は強大で、国内のあらゆる分野に対してはもちろん、国外にも及ぶ名家であるとのこと。貴族社会とか興味ないから、僕は知らんかったけど。
そして、傘下には大小いくつもの貴族を抱えているらしいんだけど……その一つに、トリスタン候爵家がある。傘下の貴族家の中でも最古参で、何度かウィレンスタット家に嫁や婿も出しているため、かなり深い関係となっているのだそうだ。
そのトリスタン家の今代当主には、三人の息子がいるらしい。
長男、ギルバート。次男、ドナルド。そして……三男、ザリュード。
……さて、特に勘のいい人でなくとも、もうお分かりだろう。
このトリスタン候爵家の三男……ザリュード・トリスタン。彼こそが、ザリー・トランターであると。
数年前、僕らの仲間であるザリーは、フロギュリア連邦でも有数の貴族の御曹司だった。
そして、ここにいるオリビア・ウィレンスタットの許嫁だったそうだ。
しかし、貴族としての堅苦しい生活に嫌気がさしたザリュードは、ある時、誰にも何も告げずに、突如として行方をくらました。許嫁のオリビアを置いて。
当時、両家は捜索隊を組織して探したものの……ついに見つけることは出来なかった。
そして、捜索の目を掻い潜って逃走に成功したザリュードは、『ザリー』と名を偽り、冒険者として、さらにしばらく後に情報屋としても活躍を始め……今に至る、と。
とんでもない事実を聞かされ、唖然とする僕ら一同。
マジかよ。まさか仲間のチャラ男に、そんなドラマみたいな過去があったとは……。
「そんなわけで、ザリュードの代わりとして内々に私の許嫁になる予定、と決まっているのがこのギルバートなのです。ですが……本来の許嫁が戻って来たとなれば、それも最早白紙……」
言いながらオリビアちゃんは、ザリーに視線を向ける。
その目は、さっきまでとは異なり、気の強さは相変わらず窺えるが、何というか、安心したような、嬉しさが滲み出てるような……そんな感じだった。
ズバリ、ずっと会いたい人に会えて嬉しがってる、といったところだろうか。
「ザリー・トランター……私の、本当の許嫁。また、あの頃のように、あなたがザリュード・トリスタンだった頃のように、私の隣に戻って来てくれませんか?」
オリビアちゃんは、そう真正面から目を見てはっきりと言い切った。
僕らや、現許嫁のギルバートさんが見ている前だってことにも構わず……恥ずかしげもなく。
まるでドラマのワンシーンを見てるみたいで……言葉も出ず唖然としてしまった。
多分、今、僕……ちょっと顔赤い。ま、まさかこんなシーンを間近で見ることになるとは……。
エルクやナナ、シェリーなんかの女性陣も大体同じだ。顔を赤くして……小声で『うわー』とか言っている……。おいおい、義姉さんまで同じ反応か……。
一方で、『内々に』だの『予定』だの言われてたギルバートさんは、あからさまに面白くなさそうだ。
周囲がざわつく中、思いっきりプロポーズともとれる告白をぶつけられたザリーは、顔を少し赤くしながら数秒ほど視線を空中にさまよわせた後――。
「……ごめん。それは……出来ない」
少し小さな声で……けど、真剣な顔で、そうはっきり告げた。
……一気に重くなる空気。
見ていた全員、どんな顔をしたらいいか分からなくなり、何人かはさっと視線を逸らす。
かくいう僕もその一人だ……。アレな言い方だけど、僕こういう悲恋なシーン苦手なんだよ。
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