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14巻
14-2
しおりを挟む「ほぇ~……」
「ミナト、口開いてる」
呆れ交じりのエルクに注意を受けながら、僕は今……ローザンパークの大通りを歩いている。イオ兄さん達の一行と一緒に。
イオ兄さんの案内で、僕らは屋敷にお邪魔させてもらうことになった。
ここからでも見える、山の集落の一番高い所にあるお城……あそこが自宅らしい。
まあ予想はしてたけど。やっぱ指導者の家って、高い所に作られるのが慣例なんだろうか?
そこまでは一本道なので、はぐれないようについていくだけでOK……なんだけど……。
この町(?)、僕の好奇心を大いに刺激してくれるものが多すぎる……。
なんていうか、その……活気がさあ、すごいんだ。
雰囲気的には……うーん、何かいいたとえ……あ、そうだ、縁日!
夏祭りとか、花火大会とか、高校の文化祭とか……ああいう感じのお祭り的な賑やかさと活気が、この町には満ち溢れているのだ。通りにいる人達も、皆笑顔で楽しそうだし。
それに、都会の店ほど整ってない、簡素な造りの店が立ち並んでいるのもまた雰囲気がある。掘っ立て小屋みたいな店舗とか、屋台とかもあるし。下手な高級店が並んでいるよりも……親しみやすさ? 安心感? みたいなのを感じた。
そして、お店もバリエーションに富んでいる。食糧品店、薬屋、武器屋、挙句の果てには骨董市のようなものや、何かちょっと怪しいアンティークショップみたいなものまで……かゆい所に手が届きそうなラインナップである。
それに加えて、何より僕がこの町を魅力的に感じまくっている理由っていうのが……。
そこらじゅうから……そこらじゅうから、美味しそうな匂いが……。
この町……とくに飲食系の店が多い。
大衆食堂的なレストランに、世のお父さんが好きそうな飲み屋、さらには屋台や露店でも美味しそうな食材やら料理やらがあちこちで……ぶっちゃけ、超気になる。
匂いだけでも美味しそうだと分かる料理が、あちこちに……っっ!!
「……? ミナト、どしたの? 何か見つけた?」
エルクの声に意識を向ける余裕がないくらいの衝撃……。
目の前に広がる光景に、僕は釘付けになっていた。
そこにあるのは一見普通の屋台……だが、問題は売られている料理だ。
あ、あれって……まさか……!
こ、米……っ!?
一粒一粒が少し歪んだ楕円形、って感じの……独特な形状。
空腹時には宝石すら霞んで見えるであろう、白い輝きを放つそれは……紛れもなく、米。
転生してからついぞ見かけることのなかった、日本人のソウルフードが目の前に……っ!!
「……おーい、ミナト? どうしたの?」
「……はっ! ご、ごめんエルク、ちょっと、その……見とれてた」
気付けば僕は硬直し、口の中では唾液が大洪水になっていた。あと二秒遅かったら溢れていたであろうそれを、慌てて飲み込む。
「む? 何だミナト、米が気になるのか?」
エルクの声に振り向いたイオ兄さんの口からそんな言葉が。やっぱりアレ、米か!
「米、っていうんですか……ミナト、そうなの? てか、知ってるの?」
「え? い、いや、知ってるとかじゃないけど……なんていうか、その……僕の直感というか、食い道楽センサーが、アレ絶対美味しいってさっきからガンガン反応してて……」
「何じゃそら」
エルク、ジト目になる。ほっ、ごまかせたみたいだ。
前世が日本人だから米に目を奪われてました、なんて言えないからね。
……それに、食べたくて仕方ないのは本当だし。あ、また唾液が……。
「まあ、知らないのも無理はあるまい。気候の問題で、よそではなかなか作れない作物だからな」
「あ、そうなんですか。どうりで見たことないと思った」
「加えて、好き嫌いが分かれる食べ物でな、需要もさほど多くない。アレを作っておるのはここ以外では東の方の国しかなく、輸送しようと思えばコストがバカにならん」
「イコール、輸入なんかもされないと……そりゃ見たことなくて当然ね」
なるほど……ネスティアやジャスニアでどんだけいい宿に泊まっても、どれだけ高級なレストランに入っても、メニューにないのは納得だ。今まで見なかったのも無理ない。
しかし、こうして知ってしまった以上は僕の食欲に火がついた……後で絶対食べよう。
いや、せっかくだ。どうせなら食べ歩き三昧といこうじゃないか。美味しそうな料理があちこちにあるんだし、こりゃ楽しみで仕方ないぞ。
「そんなに食べたければ、この後の宴で出してやろうか?」
どうやら顔に出ていたらしい。
エルクは呆れ、イオ兄さんはおかしそうに笑っていた。
「宴?」
「せっかく来たのだ、飯くらい食っていけ。いい獲物も手に入ったことだしな」
と、後ろを歩く部下に運ばせているシムルグを指差してイオ兄さんは言う。
血抜きも全部済ませ、あとはもう捌くだけ、って感じになっている。
「ワシに何か話とやらもあるようだしな。だが、謁見などという堅っ苦しいものは好かん。せっかくだ、食いながら聞かせてもらうとする」
「と、いうわけでいただきまーす!」
「何が、『というわけで』よ」
期待を裏切らない……どころか、軽く予想を上回るラインナップが目の前に広がっている。
大通りを真っ直ぐ進んで行き着いたイオ兄さんの屋敷……の、食堂。
なんていうか、宴会場みたいな感じの食堂だ。さすがに畳敷きの和室じゃなく、テーブルと椅子の並ぶ洋室だったけど……すんごく大きなテーブルに、所狭しと料理が並んでいた。
急な来訪にもかかわらず、こんな豪華な歓迎の場を設けてくれるとは言葉もない。
そして、並んでいるのは、高級レストランとかで出てくるお上品な料理ではなく、大衆食堂っぽくがっつりいけるような、それでいてものすごく美味しそうなものばかり。
しかも、種類がまたすごいのだ。
ネスティアやジャスニアで見た洋風の料理ももちろんある。
フライドチキンにウインナー、ホワイトシチューにスクランブルエッグ……さらには分厚いステーキ、肉汁の滴るハンバーグ、こんがり焼けたトースト、瑞々しい葉物の野菜サラダ。
……あのフライドチキン、やけに大きいけど、もしかしたら今朝のシムルグだろうか?
軽めのものからガッツリ系まで、とにかくあらゆるものが並んでいる。
もちろん、洋食も美味しそうなんだけど……。
さらに驚いたのは、まさかまさかの中華料理である。
餃子に酢豚、カニ玉に八宝菜、シュウマイに小龍包、麻婆豆腐に麻婆春雨に麻婆茄子、回肉鍋にチンジャオロース……ん!? あれってもしかしてフカヒレ!? 姿煮!?
あっちには北京ダックみたいなのもあるし! この世界、北京ないから名前は違うと思うけど!
僕好みの味付け濃いめの料理の数々に、すでに唾液腺は決壊なう。ここは天国か!?
そしてそれらの料理をバックに、僕の目の前には……トドメとばかりに白いご飯が。
丼に超大盛。おそらく二合分くらいある。でも多分足りない。
「遠慮せずに食えよ? 飯や汁物はおかわりもあるぞ。それと、壁際に給仕達を控えさせてある。見たことのない料理も多いだろうから、説明が聞きたければ呼ぶといい」
さらにイオ兄さんは、正直気合入れて作らせすぎたから食べきれなければ無理するな、と。
……何をバカなことを、って感じである。
残すわけないじゃないか、こんなご馳走。意地でも食べ尽くすわ。
そう心に決めた僕は、食事開始の挨拶と同時に、目の前のご馳走に箸を伸ばした。
……うあ、やばい、久々の中華料理……マジ美味い。
餃子。パリッとこんがり香ばしく焼けた皮を突き破ると、中からたっぷりの肉汁が溢れ出て、そこにニンニクの風味、ひき肉と野菜の甘みが合わさって、噛むごとにそれら旨みの奔流が(略)。
麻婆豆腐。口に含んだ途端にピリッとくる辛さ、それと同時にぶわっと広がる肉と野菜その他の旨み、さらにそこにホロホロと崩れる豆腐(略)。
チンジャオロース。素材の新鮮さを物語るようなジャクッ、ジャクッとした歯ごたえ。同時に広がるピーマンの苦味はしかし全く嫌な感じはせず、むしろ一緒に咀嚼することで肉から溢れる肉汁の甘さといい具合に(略)。
途中、すごく微笑ましいものを見るようなノエル姉さんとイオ兄さんの視線にふと気付いたが、気にならなかった。ついでに、隣の嫁の呆れるような視線もスルー。
あーもう、最高! ご飯おかわり!
「あー、美味しかった」
「食いすぎよあんた……確実に自分の体積よりいっぱい食べてたじゃない」
「なのに体重が増えることも体型が変わることもないっておかしいですよね」
食後。ジト目のエルクとナナの視線を受けながら、割り当てられた客間でくつろぐ僕。
あー、色々『否常識』な手段で消化吸収しとるからね、質量保存の法則も無視して。
しかしホント美味かった。滞在中に、シェーンに中華料理を覚えてもらおうかな。後で頼もう。
ここに来た目的……ノエル姉さんの商談が終わるまでは、姉さん共々しばらく滞在することになったからね。イオ兄さんのご厚意で。
というか、ノエル姉さんに護衛とか必要ないし。実質ただの足として来ただけだし……ぶっちゃけ、観光旅行に来たと思って好きなようにしていていいそうだ。買い物でも何でも。
ならこの後、あるいは明日以降、時間見てショッピング、なんてのもいいかもな。
貨幣についても、外の国で流通しているものが普通に使えるそうだ。
そんなことを思いながら、窓の外に広がる高台からの絶景を眺める。眼下には、来る時にも見た活気溢れる街並みが見えた。
「しっかし、すごいねここ。雑貨や薬品、武器防具はもちろん、屋台に食堂に、見たこともない美味しい料理があちこちに……何でこんなに充実してるんだろ?」
言っちゃ悪いけど、辺境って言ってもよさそうな場所なのに、大国の大都市と同じかそれ以上に活気があるってすごいと思う。
それだけじゃなく、色んな文化が混在しつつも上手く共存してるというか……もっと雑な言い方をすると、一緒くたになりつついいとこどりで残ってるというか。
独り言に近い僕の疑問に答えたのは、困った時に頼りになるチームの情報担当だった。
「僕もあくまで聞いた話だけど、ここは元々はぐれ者が集まって出来た集落なんだけど……それこそ、大陸中から人が集まって来たらしくてね」
毎度のことながら、いつどこから話を仕入れてくるのかは分からないが、今回もザリーの説明は分かりやすかった。
その昔、方々から流れ着いたはぐれ者達は、まだ出来て間もない集落で新しい人生を始めたわけだけど、それぞれのふるさとの文化――料理や建築様式、民族衣装なんかを皆が大事にし続けた。そして、それに対して他の文化圏の人間は干渉しなかったらしい。
その結果、ローザンパークの文化は今の多種多様な形になったそうだ。
普通、別の国や地域に移住するとなると、そこに根付いた生活様式に合わせてライフスタイルを構築するものだ。
例えば、外国で暮らしてる日本人のお宅を訪問、みたいなテレビ番組で放送される『外国に住む日本人』は、きちんと現地の文化に沿った暮らしをしていることがほとんどだったと思う。
それも当然だろう。住む場所が違えば、ライフスタイルも変えざるをえない。
手に入るものは基本的に現地のものになる。食材も、洋服も、雑貨も……それこそ、家も。
中国に住めば食べるものは中華メインになるし、アメリカに住めばビッグサイズの洋食になるし、アマゾンに住めば……いやちょっと分からんけど、とにかく現地のものだろう。
それはこの世界でも同様なのだけど……ローザンパークに限ってはそうではなかった。
何せ寄せ集めの集落であり、合わせるべき現地のライフスタイルというものがそもそも存在していなかったのだ。もともとそこに暮らしている者がいないのだから当たり前といえば当たり前だ。
そのため、移民達は独自のライフスタイルを保って生活出来たのである。
そんなことが繰り返されて、いつの間にかこのローザンパークには、大陸各地の伝統文化が混在するようになったのだという。中には、移民前の場所ではすでに失われてしまった料理などもあるとかで……すごいな、まるで博物館みたいじゃないか。
「極端な話、ここにはアルマンド大陸中のあらゆる国から流民が居ついてるから、どこかしらで各国の名残を見ることが出来るわけ。だから、訪れた人は皆一様にこの町を見て、『何だか懐かしい』っていう感想を抱くと言われてるそうだよ。まあ、ごく最近出来た国……お隣の『リアロストピア』なんかはさすがに例外かもしれないけどね」
「へー……エルクもそう思う?」
「いや、あんまり……私の地元、ネスティアの端っこの、田舎の小さな村だったし」
そこまで特色がないっていうか、とエルク。あれ、そうなんだ。
「私も、生まれも育ちも隠れ里だったから、そうね。特に懐かしさはない……かな?」
「面白そうなところだとは思いますけどね。あ、私とシェーンちゃんもそうですね」
「ミュウは生まれが不詳、私は海の上、海賊船生まれだしな……各国の料理は興味深いが」
次いで、シェリー、ミュウ、シェーンもそんな感じだ。今さらだけど、特殊というかマイナーな出身地多いな、このチーム。何せ僕も樹海育ちだし。
……あ、でも、ネスティア出身が多いのか。
シェリーやミュウみたいなどこだか不明なのを除けば、ほとんどが……それこそ、ネリドラ(と、別人格のリュドネラ)以外全員そうじゃないか?
ああ、いや待て、ザリーも違ったんだっけ。ええと……確か……。
「フロギュリアだっけ、ザリーは? ネリドラと同じで」
大陸北東部にある六大国の一つ『フロギュリア連邦』。いつだったか、そこ出身だと聞いた。
「そうだね。でも……あんまり懐かしい感じはしない、かな? 似たような料理はあったけど」
すると、ネリドラも頷く。
「私も同じ。料理も似てるのは見た目だけ……多分気候が違いすぎるから」
「気候?」
「フロギュリアってさ、滅茶苦茶寒いんだよ。だから、それに合わせて濃い味付けになってるんだけど……さっきの料理は、結構違う味付けになってたからさ。多分、ここで暮らしていくうちに、このへんの食材や気候に合わせていったのかもね」
そうネリドラの言葉を補足したのは、リュドネラだ。彼女はさきほど『アバター』としてネリドラから独立し、料理を堪能していた。
「なるほど、そういうもんなのか……ん?」
話の最中、僕はふと眼下の光景に気を取られた。
ここからでもよく見える(僕の視力だとなおさら)町の大通りを歩いている数人の男女。
正確には、その服装に。どうもその……周りと比べて浮いているというか。
ここローザンパークで暮らしている人達は、料理と同じように、服装も見事にそれぞれの郷土や民族の特色が表れていてバリエーション豊かである。
あっちに和装、こっちに洋服、そっちにチャイナ……と、ちょっとしたコスプレ会場みたいだ。
しかし、そんな多種多様な服装の人々にも共通点と呼べるものがある。
それは、行き過ぎた豪華な装飾はないということだ。
鮮やかな模様や飾り紐はあるんだけど、宝石やら貴金属を身につけた人はほぼいない。せいぜいアクセサリーに多少飾りが付いている程度だった。
しかし、あの一団は……場違いなほど華美というか煌びやか……ゴージャスな服や装飾品を身に纏っていた。
男性も女性も余所行きの上質な礼服やドレス。指輪やブレスレット、ネックレスやブローチといったアクセサリーも、メッキではないと思われる金銀に煌めき、大粒の宝石類が付いている。
……何だろう、あの一団は?
「ああ、あれは多分……他国の使節の方々ですね」
いつの間にか隣にいたナナが、同じ一団を見下ろしながら呟く。
スナイパーだけあって視力はよく、また僕特性の視力強化の『否常識魔法』も使える彼女ならあのくらいの距離でも十分よく見えるはずだ。まあ、僕は素で見えるが。
反対側にはザリーもいて、同じように窓から外を見る。
「割とよくあるって聞いてたけど……なるほど、分かりやすい」
「んー……説明プリーズ」
聞けば、前にも話したけど、このローザンパークは大陸の中央部にあり、実に五つもの国と国境を接している。
大陸西部のネスティア王国、中央部のベイオリア王国と、リアロストピア共和国、北西部のフロギュリア連邦……そして、北部のチラノース帝国の五つ。内、ベイオリアを除く四つが六大国に含まれる。
残る二つ……南部に広がるジャスニア王国とシャラムスカ皇国には接してこそいないものの、大陸の北半分に存在する国々にとって、ローザンパークはあらゆる意味で重要なポジションにある。
多くの国と国境を接しているということは、いわゆるハブ空港みたいに、ここを経由することで色んな国に行けるということだ。国同士の交流には欠かせない場所といえる。
奥地にこそ行けば危険だが、外周を大回りすれば、さほど危険な魔物も出てこないわけで。相応の精鋭を護衛に付ければ、行き来することは難しくない。
さらに……いざ国家間で戦争となった場合、戦略的に非常に重要なエリアにもなる。ここを通れるか通れないかで、取れる戦略が大きく変わるからだ。何せ攻め込む際にはショートカット出来るし、敵国が通れないとなればそれだけ進攻を遅らせられる。
そうした非常時に備え、周辺国は可能な限りローザンパークと友好な関係を築いておき、いざという時に協力してもらえるように……アレな言い方をすれば、ご機嫌を取っているわけなのだ。
そのため、どの国も定期的に使節団を派遣し、贈り物を置いていったり、会談や会食の場を設けたりしているそうだ。さっきの一団もその類ってことか。
ちなみに、もっと過激な……言ってしまえば、『征服して自分の国の領土にしてしまえ』っていう思想の国もあるそうだ。まあ、言うまでもなく……某北の国だが。
実際に、公的には『どの国の領土でもない』という扱いのローザンパークを、唯一『あそこは我が国の領土である』と主張して、さっさと軍門に降れ、税納めろ、言うこと聞けetc.……といった妄言をここ何年、何十年と繰り返しているんだとか。
全くチラノース、領土問題まで起こしてんのかよ……資源目当ての開発や威力外交、さらに他国への工作員の派遣に加え……本気でめんどくさいな。
「……やなこと考えたら、甘いものが食べたくなった」
「まだ食べるんですか……」
若干呆れ気味のナナと、苦笑いのザリーが窓から離れたその時……僕は眼下に、もう一つ気になるものを見つけた。ちょうど今、建物の陰から出てきた一団だ。
多分だけど……同じように、他国の使節じゃないかと思う。
やはり装飾品が多めで煌びやかな……しかし、さっきの人達よりは少し落ち着いた礼装を身に纏っている男女が数人。
ほとんどは従者のようだけど、真ん中を歩く男女二人だけは、一見して貴人だと分かる。
そして僕は、その二人になぜか目を奪われていた。
男性の方は、背の高い茶髪のイケメンだ。年の頃は二十代後半ってとこかな? 顔の彫りが深いから、もうちょっと老けて見えなくもないか? あと、結構目力ある。
高そうなスーツに近いデザインの上下に身を包み、腕や首元にはこれまた高級そうな、しかし派手すぎないデザインのアクセサリーがちらほら見える。
敏腕ビジネスマンにも見えるし、ホストっぽくもある……コメントしづらい。何となく、どこかで見たことがある気もするけど……。
で、女性の方は……まだ少女と言ってよさそうな年齢だ。僕と同い年か、少し下かも。
ウェーブがかっていて結構なボリュームがある明るい紫紺の長髪。
ドレスというにはやや大人しく、しかし礼服というには少々派手に見える服を着ていた。何ていうか……変身ヒロインとか、アイドルが着そうな感じ。
しかし、着ている本人の振る舞いも手伝ってきちんと気品はあった。
少し童顔だけど、釣り目気味で気の強そうな感じの子、だな……。
なんて考えていたが、しばらくすると糖分への渇望が勝ったので、部屋備え付けのお茶菓子に突撃していった。
……この時の僕は、当然のことながらまだ知る由もなかった。
その紫髪の少女と僕らが、今後大きく関わっていくことになるということを……。
☆☆☆
数十分後。
紫紺の美少女を中心とした一団は、玉座に腰掛けたイオの前に立っていた。
イオの出で立ちは、ミナトが去った後とは大きく変わっている。
山賊らしく荒々しくも、威厳と威圧感を醸し出す装束を纏い、玉座に座って客人を迎えていた。
仮にも無法者達の頭領。相手に舐められてはいけない場では、こうするのが常だった。ミナトに対しての態度は、その『舐められてはいけない相手』に当たらないがゆえだ。
ミナトがその装束を着たイオを見たら、きっと『ラスボス』という感想を抱くに違いない。
「ローザンパーク頭領、イオ・プロセドン殿。このたびは、かような謁見の席を設けていただきましたこと、我が国を代表して感謝いたします」
「うむ。長旅ご苦労であった、使者殿。楽にするがよい」
イオの物言いに少女は軽い会釈を返すのみであったが……少女の傍らにいた茶髪の男を筆頭に、周りの数人が眉をひそめていた。当然、その不快そうなリアクションにイオも気付いている。
理由は明白である。大集落の長とはいえ、無位無官の山賊が自分達にこのような口の利き方をするのが気に食わないのだろう。
「して、此度は何用でこのような辺鄙な所へ参られた?」
「はい。王命により、ローザンパークと我が国の変わらぬ友誼の確認と――」
イオはしばし使者の話に耳を傾ける。
もっとも、毎度聞かされるものと大して変わらない内容に、半ば以上は聞き流していた。
そのまま退屈に終わるかと思った矢先、イオはふと、あることに気付いた。
イオはそれについて、相手側が政治的な用件を全て話し終えたところで、世間話でもする調子で切り出してみた。
この世間話がきっかけとなり、本来交わるはずのなかった二つが、後に密接に絡んでいくことになる。もちろん、謁見の場にいる誰もが、そのようになるとは予期していなかった。
「……そのお話、詳しくお聞かせ願えますかしら?」
唯一、紫紺の美少女を除いては――。
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