魔拳のデイドリーマー

osho

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14巻

14-1

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 第一話 巨人


 不慮ふりょの事故で命を落とし、何の因果か異世界に転生した僕ことミナト・キャドリーユは、朝の清々しい空気の中、船の甲板かんぱんにいた。
 船とは、僕ら冒険者チーム『邪香猫じゃこうねこ』の旗艦きかんであり拠点でもある『オルトヘイム号』。
 僕は手すりに体を寄りかからせて、風に当たりながら、リラックスしていた。
 隣には、チームの副リーダーであり、メンバーの中では最も付き合いの長いエルクがいて。
 反対側の隣には、最近入ったばかりのメンバーにして僕の研究助手であるネリドラがいる。
 三人で見ているのは、船首の向こうに見える何もない荒野。せいぜい、大きめの岩があちこちに転がっている程度で本当に何もない。緑もなければ生き物もいない。
 女の子二人が一緒なんだから、もうちょっと眺めのいい景色でも見るなり、あるいは時間帯をずらしてロマンチックな夜景でも眺めるなりしたいところではあるが……まあ、今回は目的が目的ってことで。こういう場所の方が都合がいいんだよね。
 ロマンチックな感じはまた今度、と心の中で思いつつ、僕は手に持っていた、いかにも押しちゃいけなそうな感じのスイッチを押した。ポチッとな。
 直後――轟音ごうおん。爆発。
 巻き起こる土埃つちぼこり、噴き上がる火柱。すぐに爆風が僕らの所まで届く。
 それらが収まり、土煙やら何やらが晴れた後には……クレーターが出来ていた。
 大小様々な岩を消し飛ばし、地面を盛大にえぐって出来たそれを見て僕は……一言。

「んー、上手くいかないもんだ」
「実験結果、失敗。重複位相じゅうふくいそう指定精度の見直し必要。その他諸々の理由により火力不足――と」
「…………不、足……?」

 寝起きの気だるさを撃退する目覚まし代わりに行った、今日一発目の火力実験。
 自らの未熟さに苦言をていした僕と、それを淡々と記録するネリドラ。僕ら二人に対し、理解出来ないものを見るようにジト目を向けるエルク。
 こんな感じで、今日も一日が始まる。


 ☆☆☆


 ネスティア王国第一王女様の依頼で、第二王女様を救うために大監獄『ラグナドラス』に潜っていたあの任務から、しばらくが経った。
 新たな仲間として、ラグナドラスで出会った女囚人のネリドラとクロエ、そしてネリドラの別人格であるリュドネラを迎えた僕らは、特に大きなトラブルもなく、普通に毎日を過ごしていた。
 まあ、日常的にAランクとかそこらの魔物と戦っている状況が『普通』かと言われれば、そこは意見が分かれるかもしれないけど、僕にしてみれば軽い運動程度のものなので。
 そんな軽めの運動と同時に、助手であるネリドラや、時々だけど師匠も加わり、研究にも没頭している。
 先ほどの火力実験も、もちろんその一環だ。今回のはちょっと失敗だったけど。
 本当ならば、爆風はともかく、チリ一つ残さず範囲内が消滅するはずだったんだが……思ったよりも残骸が多い。さっきも思ったけど、上手いこといかないもんだ。精進あるのみだな。
 僕がこうして研究や実験を進める上で、サポート役として加わったネリドラの存在が日に日に大きくなってきている。
 三歩下がって後ろをついてくる彼女の服装は、僕特製の研究用スーツをねたマジックアイテム。
 僕の世界におけるナース服をファンタジー調にアレンジし、清潔感と動きやすさを両立させたピンク主体のデザインとなっております。
 通気性抜群、なめらかな手触りに加え、耐熱、耐寒冷、防刃ぼうじん、全方位オートバリア、全属性魔法抵抗、パワーアシストに疲労回復補助機能まで付いている。ぶっちゃけ、防御力その他の性能が、ほとんどエルクとかシェリーといった戦闘要員と変わらないレベルである。
 彼女は一応、身分的には僕が身請けした『奴隷』なので、首には奴隷の首輪を付ける決まりなんだけど、そこは僕がちょっとごねた。あんな物々しいものを付けたままにするな、と。
 その結果、ネスティア王国に何とか許可を貰って僕が自作した『首輪』を付けてもらっている。
 首輪といっても帯の幅は一センチくらいで、チョーカーのようにしか見えない。だがもちろん、必要な機能をきちんと備えている。居場所を把握する術式も、あるじに危害を加えられないようにする術式も、それと一応、従わない場合に痛みの罰を与える術式も(使うつもりは全くないが)。
 さらにさらに、魔法耐性とかオートバリア(服と合わせて二重)とか通信機能とか収納機能とか諸々付いてるので、最早もはや超便利アクセサリーと化してしまっているのだ。
 しかも! 彼女は僕の助手であるからして、調査・研究に使う様々な道具やマジックアイテム、薬品や資料なども常に携帯させている。首輪の収納機能で。
 ついでに言えば、彼女は僕と師匠同様、『ラボ』に立ち入ることを許可された人間でもある。
『邪香猫』に加入してからすぐに頭角を現し、程なくして師匠にも認められるほどの才能を見せ付けた彼女は、たちまち三人目のラボ立ち入り許可者となったわけだ。
 もともと勉強や研究が好きだったらしく、やりがいを感じるのか本人も満足げだ。
 というわけで、新戦力というか即戦力が助手として加わってくれたことで、僕の研究ライフはすこぶる順調なわけだが……あくまで僕の本業は冒険者である。
 Sランクという立場上、やることはきちっとやらないといけない。最近じゃ、名指しの依頼とかもちょくちょく舞い込んでくるようになったし。
 実は今日もこれから、その依頼を受けに行くところなんだよね。
 そろそろ朝ごはんの時間だ。それ食べたら、依頼人――ノエル姉さんに会いに行かないと。


 ☆☆☆


 で、その数時間後。
 僕らは『オルトヘイム号』で、空を飛んでいた。
 甲板には、今回のクライアントであり、僕の姉であるノエル姉さんが立っている。いつもと同じ、和服のような洋服のような衣装を、結構強めの風にはためかせている。

「おおきにな、ミナト、依頼受けてもろて。助かったわ」
「いやいや、何も気にするこっちゃないよ。姉弟なんだし……何ならタダでもよかったのに」
「そういうわけには行かへんやろ。お仲間も巻き込むことになるし……そもそもうちかて、商売で行くんやから。そのために浮遊戦艦こないなもんまで動かしてもろて、タダはありえへんて」

 そうかな? 僕にしてみれば、大したことじゃないんだけど。

「それにローザンパークは、徒歩や陸路で行くんは骨やからな、空飛べると楽でええわ~」

 と、楽しそうに言いながら、姉さんは景色を眺めていた。
 こうしていると、空の旅に無邪気にはしゃぐ、見た目相応の十四歳くらいの女の子にしか見えないな……実際は百四十歳だが。

「ミナト、今何やイラっとしたんやけど、いらんこと考えてへんかったか?」
「いや、何も? それよか……陸路で行くのが大変なら、今まではどうしてたの?」

 カンの鋭さにちょっとだけ戦慄せんりつしつつも、華麗に話題をそらして聞いてみる。

「ああ、うちが一人で行っとったで。誰かつけてくよりはそっちの方が動きやすいさかいな。品物を見て契約するだけやったら、一通り出来るし……行商の経験もあるしな」
「おーすごい、ノエル姉さん、商人みたい」
「いや、本職の商人やっちゅうねん」

 元Sランク冒険者、現武闘派商人の姉に感心しつつ、今回の目的地に思いを馳せる。
 ローザンパークは、このアルマンド大陸の中心部にありながら、どこの国にも属さず独自の統治機構やら何やらを形成して生活している……山賊達の集落だそうだ。
 そういう場所は別に珍しくない。未開の地域なんかには、他と関わらず生活する先住民やら何やらが結構いるらしい。各地に隠れ里を構える亜人――エルフやドワーフその他を含めて。
 しかし、中でもローザンパークは規模、面積共に桁違けたちがいの大きさなのだそうだ。
 何せ、聴いた話から推測するに……面積が日本の本州くらいあるらしいのだ。大陸の全体図ではっきりと形が分かるし、六大国を除いたその他諸々の小国よりも圧倒的に広い。
 もっとも、その全域が集落や居住区になっているわけではない。むしろほとんどは、危険区域よろしく魔物やら何やらが跋扈ばっこする未開の地である。
 この地域が丸ごと国家の支配区域から抜けているのは、単に昔から超危険なエリアであったために、隣接するどこの国も開発を進められなかったからなのだ。
 そんな超危険区域に住み着き始めたのが、とある山賊の一団だった。
 もちろんただの山賊などではない。当時向かうところ敵なしの強さを誇っていた、時に国の正規軍と争って打ち破ることすらあった、とんでもない集団だったという。
 多くの国が、地域が、集落が、彼らの存在を恐れたそうだ。
 そのため、彼らがローザンパークを拠点として住み始めたのを機に、徐々に人が集まりだした。
 ほとんどは、色々な事情で行き場をなくしたアウトローな感じの人々らしい。その手の人達がだんだんと集まっていき、ついには大国の大都市と並ぶレベルにまで発展を遂げたんだそうだ。
 その過程では、当然この無法者達の集落の成長を危ぶむ声も各所で上がった。だけど、そもそも強すぎて手を出せなかった連中がさらに勢力を拡大させた上、超が付くほど危険な自然の要塞だったため、手のほどこしようもなかった。
 しかも、彼らが集落を作ってるところが、山や川や谷などの地形の関係で凄まじく攻めづらい環境で、ますます手が出せない。
 結果、他国の干渉を受けずに成長を続け、今に至るそうだ。
 天然の要塞に陣取った山賊の集団、か……。なんか、昔の中国の物語にそんな場所があったような気がするな……。歴史とか詳しくないから分からんけど。
 ともかく、そうした歴史を経て形成された山賊集落ローザンパークが、今回のノエル姉さんの商売の相手。そこでしか手に入らない特産品とか色々あるとのことで……定期的に訪れては商談をまとめているんだそうだ。
 え、山賊の集落なんかに行って大丈夫なのかって?
 大丈夫らしいよ? ノエル姉さんいわく……山賊って言っても、略奪メインの無法者じゃなく、普通に話が分かる人達らしいから。きちんと礼儀さえわきまえれば、気のいい人達だって。
 ……それにもう一つ、ノエル姉さんがそこを贔屓ひいきにしている理由がある。
 なんと、そこの頭領が……ノエル姉さんの弟。すなわち、僕の兄なのである。
 そういえば、こないだセレナ姉さんが言ってたっけな。職業山賊の兄がいるって。
 名前は……イオ・プロセドン。
 ノエル姉さん、ミシェル兄さんと並ぶ、キャドリーユ家三大問題児の一人。
 ……今はなぜか僕が加わり、『四大問題児』になってるみたいだけど。
 いい機会だから、僕の面通しも兼ねるつもりらしい。どんな人だろうな。
 なんて考えていると、まばらに木がある森林地帯だからちょっと分かりにくいが……視界のはしに、四足歩行の鶏みたいな魔物が走っているのが見えた。
『ロースター』か、この辺りじゃ珍しいな。……最近食べてないな、そういえば。
 僕はおもむろにスマホを取り出し、電話をかける。

『はーい、こちら操舵室。どしたのミナト?』
「お疲れ様、クロエ。ちょっと頼みがあるんだけど」

 聞こえてきたのは、この船の操舵室――という名のコントロールルームで、操縦士兼オペレーターをしているクロエの声だった。
 ネリドラと一緒にラグナドラスを出たクロエは、家事その他手伝い以外に何か出来ることはないか……ってことで、この仕事をやってもらっている。
 ちょっと教えただけですぐに使い方を理解してくれたので、今ではすっかりこの船の搭載システム・武装等全般の管理を任せている。平時は操縦士として、戦闘時はそれに加えて、各種武装で僕らを援護しつつ、戦域全体をモニタリングしながら必要な情報を僕らに伝えるオペレーターとして。
 本人も、普通じゃ絶対出来ない経験だって楽しんでやってくれてる。
 ただ、ボタン一つでAランクの魔物を消し飛ばすミサイルとかが簡単に飛んでいったりするのがちょっと怖くなるそうだけど。いけないものを扱っているような気になるからって。
 うん、まあ……開発者としては、分からなくもないけどちょっと複雑です。
 さて、そんなクロエに今、なぜ電話をしたかというと。

「ちょっと美味しそうな食材が走ってるんで、獲ってくる。バリア開けて」
『あー、なるほど、了解。レーダーでも確認した。ロースターのことだね』

 この船は、魔物の襲撃なんかを防ぐため、見えないバリアを常時張っている。何もないように見えても、その強度は大型の魔物の突進すら余裕で防ぐレベルなので――。
 バン!
 ……今まさに起こったように、時々鳥や飛行型の魔物が激突し、墜落ついらくしていく。
 だから船の外に用がある場合は、クロエに言ってバリアを一部解除してもらう必要があるわけだ。
 僕の視力でもよく見ないと分からないけど、さっそくクロエの操作でバリアに人一人が通れるくらいの穴が開いた。そこを通って船から飛び降り、今夜のおかずを確保しに走った。というか、飛んだ。
 着地と同時に地面を蹴り……一直線に進む。そのまま、「えっ、何?」って感じになっているロースターの首元に蹴りを入れ、一撃で仕留める。首の骨が砕けた以外、何の損傷もないきれいな状態で、その場に倒れた。
 しかしその時だった。
 ――クアァァアアアァア―――ッ!!
 突如、そんな声が響いたかと思うと、僕が立っている場所を巨大な影がおおう。
 上を見れば、そこには……緑色の羽毛が特徴的な巨鳥『シムルグ』がいた。
 本物を見たのは初めてだけど、以前師匠のところで、『スライムタイル』の擬態ぎたいで再現された奴なら見たことがある。それよりもサイズ大きいけど……体の特徴は同じだからすぐ分かった。
 くじらすら捕食する、っていう逸話いつわがあるのも頷けるサイズだな……両の翼を思いっきり広げたら、二十メートル以上になりそうだ。AAランクは伊達じゃないってわけね。
 そのシムルグは、一直線にこっちに……いや、多分正確には、僕が仕留めたロースターめがけて突っ込んでくる。
 そして、シムルグの狙いを察した瞬間、僕は臨戦態勢に入る。
 やらんぞ。コレは僕の晩飯だ。返り討ちにしてもう一品付け加えてくれるわ。
 あっという間に距離を詰めて飛びかかってくるシムルグ。
 僕はその前に地面を蹴り、シムルグの首と同じ高さまで、十数メートル飛び上がる。
 シムルグの視線がこっちに向くより先に、延髄えんずい斬りを叩き込んだ。
 バキボキベキィッ!! と壊滅的な音がして、伝わってきた手応え(足だけど)から仕留めたと確信したその時……背後の森から、猛スピードで飛んで来る影が見えた。
 ……ありゃ、もう一匹いたのか。
 つがいだろうか、今仕留めたのよりさらに一回り大きなシムルグだ。
 このままじゃ、僕が自然落下で地面に辿り着くより早く空中で攻撃を食らいそうなので……『スカイラン』で回避しつつ迎撃しようかと足に魔力を集めた……瞬間。
 僕とシムルグの間に広がっていた森から、突如……巨大な影が飛び上がった。

「ぬぅぅうん!!」
「…………っっ!?」

 何の前触れもなく、森から突如現れたその何かは……人の形をしていた。な、何だ!?
 咆哮ほうこうと共に、シムルグをバレーのスパイクみたいにひっぱたいて叩き落とす。
 凄まじい勢いで地面に激突したシムルグは、確かめるまでもなく死んでいる。ありゃ全身の骨が砕けてるだろうし、翼とか足があらぬ方向を向いてて……ちょっとグロい。
 それをやってのけた人型の何かはというと……器用にも空中で体をひねって方向転換すると、真っ直ぐこっちに向き直り……僕よりひと足先に着地。
 そして、ワンテンポ遅れて落ちてきた僕を手でキャッチした。
 そいつは……身長数メートルは優にあろうかという巨大な体躯たいくをしていた。
 僕のこと、フィギュアか何かみたいに片手で持ち上げてるし……目の前に顔があるんだけど、迫力がすごい。僕の身長よりちょっと小さいくらいの顔面サイズで……顔つきも怖い。
 体は筋骨隆々で、ボディビルダー顔負けの力強い筋肉に全身が覆われている。
 けど、多分……魔物とかじゃない、と思う。
 さっきの咆哮、ちゃんと人間の言語っぽかったし、今こうして僕のことを見る両目には、確かな知性の光が宿っている…………ような気がする。

「こんな所に集落の者以外で人がいるのは珍しいな。お主、外から来たのか?」

 あ、やっぱりちゃんと人語もしゃべってる。魔物じゃなさそうだ。

「あー、はい、一応……ちょっとこの先の集落に用事があって」
「だろうな。この森にそれ以外の目的で足を踏み入れる者などいるまいて。見たところ腕が立つようだが……お主何者だ? 大国の間諜かんちょうか何かか? それにしては堂々と入って来たようだが」

 僕を地面にそっと降ろしながら、大男……いや、巨人と言っていいサイズのそいつは、ズシンと腹に響く声で、そう尋ねてくる。
 上空に見えるオルトヘイム号に、ちらっと目をやりながら。
 するとその時……何かを見つけたように、その巨人の目が驚きに見開かれた。
 直後、僕の頭のすぐ横、巨人の指の上に、しゅたっと誰かが降り立つ……って。

「あ、ノエル姉さん」
「えらいけったいなとこでうたな? イオ、お前、こないなとこで何しとったん?」
「おぉ、久しぶりだな姉上! 何だ、あの不審な船は姉上のものだったか!」

 僕と同様、数十メートルの距離をひとっ飛びで跳躍してきたはずなのに、さすがの戦闘技術というのか、僕よりも静かに、鮮やかに着地したノエル姉さんは、呆れたような視線を巨人に向けていた。

「いや、うちのやあらへんけど……ああ、あんたアレ見て様子見に出て来とったんか。……集落のおさが自ら物見ものみってまあ、随分と思い切ったことしよるな」
「身一つで危険区域を突っ切ってローザンパークに商談に来る姉上が言えたことではなかろう。それよりも、姉上が来たということは……それに先ほどの言葉、こ奴もしや……」

 と言って、今度はこっちに視線を向ける巨人。っていうか、僕も気になったんだけど、さっきノエル姉さんのこと『姉上』って。それにノエル姉さんが口走った、この人の名前……。
 とりあえず、挨拶。

「あ、申し遅れました。僕、ミナト・キャドリーユっていいます」

 すると、またしても驚き、さっきよりも目を見開く巨人さん。
 そのまま数秒ほどじろじろと僕のことを見ていたかと思うと、今度はニヤリと歯をむき出しにした。ちょっと、いやかなり凶悪な感じの笑顔が怖い。
 するといきなり子供を『たかいたかい』するように……両手で僕を抱え上げた!?

「ぐははははははっ!! そうか、お前が話に聞いていた新しい弟か! なるほど、確かに言われてみれば、どことなく母上の面影おもかげがあるな!」

 驚く僕と、落とされないように慌ててバランスを取るノエル姉さんに構わず、巨人は大口を開けて豪快に笑いながらそんなことを……あ、やっぱりこの人が……。

「あの……もしかしてというか、やっぱりというか……あなたが?」
「おう! はじめまして、だな、新しき弟よ。ワシがローザンパーク四代目頭領……イオだ」

 僕を地面に下ろすと、凶悪な笑みのまま、彼――イオ兄さんは、そう名乗った。



 第二話 ローザンパーク


 独立自治区ローザンパーク。
 賊徒ぞくと、ならず者、はぐれ者達が流れ流れて行き着いた結果として形成された、国家非所属の超巨大な集落。独自の秩序が作られており、国に比べれば整っているとは言いがたいものの……きちんと一つのコミュニティとして機能している。
 そしてそれを取り仕切っているのが、一般に義賊として知られる山賊集団『ガイア』であり、その頭領こそが、巨人族の末裔まつえいにしてキャドリーユ家五男……イオ・プロセドン。

「……と、いうわけだ。分かったか弟よ」
「とてもよく分かりました。しっかし、うちの兄弟はバリエーション豊かだねー、ハイエルフやエクシアにケモ耳、ドワーフにピクシーに邪眼じゃがん、果ては巨人までいたとは。毎度びっくりだ」
「ぐはははっ、ワシとしては貴様も大概だと思うがな!」

 ばんばん、とイオ兄さんは、オルトヘイム号の甲板を叩きながらそんなことを言う。
 あの、ちょっと、あんまり強く叩かないで、強度かなりあるし大丈夫だとは思うけど、壊れたり揺れたりしそうで心配。

「浮遊戦艦! 話には聞いていたが、実際に見ると年甲斐もなく心躍るものがあるな」

 この船の甲板はかなり広いんだけども……さすがに巨人サイズのイオ兄さんが座ると、少し狭く感じてしまうくらいの圧迫感がある。

「それに、ワシのことを事前にノエル姉上から聞いておらんかったことにも驚いたわ。自分で言うのも何だが、この通りの見た目だからな、ワシは。言われておらねば驚くだろう」
「あー、うん。見れば分かるって」
「まるで意地悪でもしておるかのようだな……何かそういうことをされるような心当たりはあるか?」
「……最近は心当たりしかないかも」
「は? ……ぐははははっ! よく分からんが、どうやら楽しい弟のようで何よりだ」

 とまあ、こんな感じで豪快な人物だ。このへんは聞いていた通り。
 ちなみに、そのノエル姉さんは今、船内にいる。商売の準備が色々とあるそうだ。
 そして僕は、甲板で胡坐あぐらをかいて風を感じているイオ兄さんの肩に座っていた。
 肩車ってレベルじゃないなコレ……小人にでもなった気分だ。何か不思議。

「おっと。話している間に、どうやら見えてきたようだな」

 言いながら前方を指差すイオ兄さん。前を見ると、ちょうど尾根を越えるところに差し掛かり、その向こうの開けた景色が見えてきて……。

「…………おぉ……」

 思わず口からそんな声が漏れてしまった。
 前方に見える山の中腹辺りの斜面に、棚田みたいな感じで、その集落はだら~っと広がっていた。左右にも上下にも広く、だら~~っと。
 階段状になった地面に、結構キレイというか、しっかりした作りの大小の家々が立ち並んでいるのが見える。さらに奥の方にはなんと……城!?
 そしてそれら全体を囲む形で、高さ十メートルは優にあるだろう塀が建っていた。
 パッと見は土壁のようだけど、それにしちゃ何だか雰囲気が重厚のような……。
 さらに塀の前には堀まであって……マジでここ城塞都市だな。
 それら全てが合わさり、何ていうか整然とした感じで……立地条件の特殊さに目をつぶりさえすれば、それなりの規模の都市と何ら遜色そんしょくない感じだ。あくまで見た目は、だけど。
 もっとこう、なんていうか……田舎風の村とか、簡素な住宅が立ち並ぶキャンプとか、仮設集落みたいなところを想像していたので、ちょっと意外だった。
 いや、そんなこと考えるなんて失礼かもしんないけどもね?
 そして、城が見えてから数分ほどで、正面玄関というか門に到着。
 当然ながら、空飛ぶ船なんかが近づいて来たために、見張りの兵隊さん達は皆びっくりした様子でこちらを見ている。でも、甲板に仁王立ちするイオ兄さんを見つけると、少し安堵しているようだった。
 まあ、イオ兄さんさえ見えれば警戒されないだろうって、狙ってやったんだけど。ノエル姉さんの案で。
 門前に到着するやいなや、船の着地も待たずにイオ兄さんは跳躍し、特大の地響きと共に降り立つ。その地面の揺れに見張りの皆さんは転びそうになっていた。
 イオ兄さんはオルトヘイム号が着地するまでの間に、周囲にあれこれと事情を説明してくれた。いい獲物が手に入ったとか、後ろの船は心配ないとか、あのちっこいのは新しい弟だ、とか。
 ……あんたに比べりゃ大抵の人はちっこいっちゅーの。
 そして、船から下りてきた僕と僕の仲間達を前に、部下の人達に命令して観音開きの門をギイィィ……と開かせると、どこか得意げにこう言うのだった。

「歓迎するぞ、弟達よ。ようこそ、無法者アウトローの楽園……ローザンパークへ!」


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