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第九章 帆舟を出す夜
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その後、館のなかをどう歩き回ったのか、イェロードはわからなかった。迷路のような回廊をただシュードについてゆくだけだった。
「ねえ、シュード。もうみんな逃げたんじゃないの?」イェロードが云った。ずいぶんと歩き回っているようだが、行く手に人の気配はない。「ぼくたちも早く岬に逃げないと」
「忘れたのか? 岬には聖堂がある」
「そうだけど……」
「ゼーゲンたちもいる、ということだ」
はっとして、イェロードは立止った。自分を亡き者にしようとしている計画がこの館で実行されていた。首謀者はローエだったとしても、ゼーゲンもこの件に関わっていると考えるのが妥当だろう。
どん付きに着いた。シュードが左右を見回し、左の角に視線を固定させた。その向こうから微かに人の声が聞こえるような気がする。「こっちだ」とシュードが云った。イェロードもあとに続いた。そして角を曲がり切ったとき、イェロードは目の前の光景にたじろいだ。
一糸まとわぬ三人の男たちが床の上に寝転がっていた。体格の良い男ふたりが、もうひとりの細い男を、ちょうど上と下から挟みこむようにして蠢いている。その細い男にイェロードは見覚えがあった。拷問部屋でシュード——あのときシュードは性奴隷エシフとして辱めを受けていた——を責めていた修道士のひとりだったのだ。
シュードが呆れたように鼻を鳴らした。
すると三人の視線がシュードとイェロードに向けられた。
「おお、修道士様! ちょうどよいところへ!」と下になった男が腰を突き上げながらこう云うと、
「例のものをお恵みくださいまし」
と上になった男も尻を振りたてながら云った。
挟まれた修道士も何か云いたいことがありそうな顔をしていたが、上と下から責められて、ねっとりとした声で喘いでいるだけだ。
「仕方ありませんね」シュードは先ず上になった男の尻に砂糖菓子を三つ埋めこみ、彼らを反転させると、もうひとりの男の尻にも砂糖菓子を同じように埋めこんだ。「ニナクの神のご加護があらんことを!」
三人をその場に残して、シュードとイェロードは先へと進んだ。そしてイェロードが、三人の絶叫が回廊じゅうに響くのを背中できいたとき、館が大きく揺れた。イェロードがふり返ると、天井から瓦礫が降り注ぎ、瞬く間に壁が築かれた。
「安心しろ、イェロード」平然と歩を進めながらシュードが云った。「云ったはずだ。ああしているあいだはニナクの神が護ってくれる」
「でも、その……あれをやめてしまったら?」
その先をイェロードは云い淀んだ。
シュードが笑った。「だから続けるしかない。生き延びようと思ったらな」
イェロードとシュードは、そのあとも館に残っている者たちに遭遇した。女たちは半ば半狂乱になって岬へと向かい、男たちはその場に残ることを決め、男同士で交わりあいながら瓦礫の壁を作っていった。
「あ」
イェロードが声を上げた。異様な光景を目の当たりにして、今まで気づいていなかったことがあったのだ。
「どうした?」とシュードが訊いた。
「ソルブたちは、どうしているんだろう? 大丈夫かな?」
「心配ない」シュードはこう云い切った。「彼らはノクナードの神が護ってくださっているからな」そしてイェロードの肩を抱いて、「もちろん俺たちもノクナードの神が護ってくださる」
「え」イェロードは愕いた。「でも、ぼくは異教徒だよ。それなのに?」
「俺とどれだけ交わったと思っているんだ?」シュードがニヤリと笑った。「俺は、おまえのなかに精をたっぷりと注いでやった。おまえもそれを望んでいたではないか。あれだけ求められたのは初めてだ。まあ、悪い気はしなかったがな」
イェロードはどう応えたらいいかわからなかった。憧れの男神であるシュードと交わりを持つことで、夢のような時間を過ごしたのは事実だ。そのきっかけも自分が望んだことで、シュードもイェロードの慾求に何度も応えた。その結果として、このような状況でも自分は生きている。客室ごと海に沈むのも、ギーフが身代わりになってくれて命拾いをした。
やがて回廊の先に明かりが洩れているのが見えた。食堂の扉が開いている。なかから男がふたり出てきた。
イェロードは目を丸くした。
「フーシェ! それにエジーラン!」
「ああ、坊ちゃん!」と料理人のフーシェが云った。
「シュード様とご一緒だったのですね」と家庭教師のエジーランが云った。
イェロードはふたりに駈けよった。
「やっぱり来ていたんだね!」
イェロードの両手を取って、フーシェが云った。「どうして私たちが来ているとおわかりになったのです?」
「ええと……」イェロードは口ごもった。ここでお毒見のことを話すわけにはいかない。「なんとなく」
エジーランが助け舟を出した。「坊ちゃんは利口ですからね。私もお勉強を教えていて、いつも思っていましたよ」
イェロードは安堵して、ふたりに満面の笑みを見せた。
するとそこへ、
「坊っちゃん」
突然、後ろから声をかけられた。それは懐かしいもうひとつの声だった。イェロードは期待を込めてふり向いた。
「アイラム!」
「さあ、坊っちゃん。こちらへ」
アイラムが両手を差し伸べた。イェロードは彼女に近づいて、その手を取った。
「アイラム、でもどうしてここへ? それに……」
アイラムは修道服を着ていた。それもニナクの神に仕える修道女の身なりをしていた。
——ニナクの神は淫神じゃなかったの?
アイラムは慈悲深い目でイェロードを見つめた。その表情は、イェロードの知っている彼女のそれとまったく変わりはない。
「坊っちゃん。ここは危ないですから、早く逃げましょう」
取り急ぎここから逃げるための変装なのだ、とイェロードは理解した。
「イェロード、先に行け」シュードが云った。「あとで合流しよう」
イェロードはシュードの顔を見、それからアイラムの顔を見た。
「さあ、坊っちゃん」アイラムがイェロードに耳打ちした。「あちらから参りましょう。今のところ、人気もないようです。それに、坊っちゃんにお話ししたいことがありますから」
イェロードは頷いた。——
「ねえ、シュード。もうみんな逃げたんじゃないの?」イェロードが云った。ずいぶんと歩き回っているようだが、行く手に人の気配はない。「ぼくたちも早く岬に逃げないと」
「忘れたのか? 岬には聖堂がある」
「そうだけど……」
「ゼーゲンたちもいる、ということだ」
はっとして、イェロードは立止った。自分を亡き者にしようとしている計画がこの館で実行されていた。首謀者はローエだったとしても、ゼーゲンもこの件に関わっていると考えるのが妥当だろう。
どん付きに着いた。シュードが左右を見回し、左の角に視線を固定させた。その向こうから微かに人の声が聞こえるような気がする。「こっちだ」とシュードが云った。イェロードもあとに続いた。そして角を曲がり切ったとき、イェロードは目の前の光景にたじろいだ。
一糸まとわぬ三人の男たちが床の上に寝転がっていた。体格の良い男ふたりが、もうひとりの細い男を、ちょうど上と下から挟みこむようにして蠢いている。その細い男にイェロードは見覚えがあった。拷問部屋でシュード——あのときシュードは性奴隷エシフとして辱めを受けていた——を責めていた修道士のひとりだったのだ。
シュードが呆れたように鼻を鳴らした。
すると三人の視線がシュードとイェロードに向けられた。
「おお、修道士様! ちょうどよいところへ!」と下になった男が腰を突き上げながらこう云うと、
「例のものをお恵みくださいまし」
と上になった男も尻を振りたてながら云った。
挟まれた修道士も何か云いたいことがありそうな顔をしていたが、上と下から責められて、ねっとりとした声で喘いでいるだけだ。
「仕方ありませんね」シュードは先ず上になった男の尻に砂糖菓子を三つ埋めこみ、彼らを反転させると、もうひとりの男の尻にも砂糖菓子を同じように埋めこんだ。「ニナクの神のご加護があらんことを!」
三人をその場に残して、シュードとイェロードは先へと進んだ。そしてイェロードが、三人の絶叫が回廊じゅうに響くのを背中できいたとき、館が大きく揺れた。イェロードがふり返ると、天井から瓦礫が降り注ぎ、瞬く間に壁が築かれた。
「安心しろ、イェロード」平然と歩を進めながらシュードが云った。「云ったはずだ。ああしているあいだはニナクの神が護ってくれる」
「でも、その……あれをやめてしまったら?」
その先をイェロードは云い淀んだ。
シュードが笑った。「だから続けるしかない。生き延びようと思ったらな」
イェロードとシュードは、そのあとも館に残っている者たちに遭遇した。女たちは半ば半狂乱になって岬へと向かい、男たちはその場に残ることを決め、男同士で交わりあいながら瓦礫の壁を作っていった。
「あ」
イェロードが声を上げた。異様な光景を目の当たりにして、今まで気づいていなかったことがあったのだ。
「どうした?」とシュードが訊いた。
「ソルブたちは、どうしているんだろう? 大丈夫かな?」
「心配ない」シュードはこう云い切った。「彼らはノクナードの神が護ってくださっているからな」そしてイェロードの肩を抱いて、「もちろん俺たちもノクナードの神が護ってくださる」
「え」イェロードは愕いた。「でも、ぼくは異教徒だよ。それなのに?」
「俺とどれだけ交わったと思っているんだ?」シュードがニヤリと笑った。「俺は、おまえのなかに精をたっぷりと注いでやった。おまえもそれを望んでいたではないか。あれだけ求められたのは初めてだ。まあ、悪い気はしなかったがな」
イェロードはどう応えたらいいかわからなかった。憧れの男神であるシュードと交わりを持つことで、夢のような時間を過ごしたのは事実だ。そのきっかけも自分が望んだことで、シュードもイェロードの慾求に何度も応えた。その結果として、このような状況でも自分は生きている。客室ごと海に沈むのも、ギーフが身代わりになってくれて命拾いをした。
やがて回廊の先に明かりが洩れているのが見えた。食堂の扉が開いている。なかから男がふたり出てきた。
イェロードは目を丸くした。
「フーシェ! それにエジーラン!」
「ああ、坊ちゃん!」と料理人のフーシェが云った。
「シュード様とご一緒だったのですね」と家庭教師のエジーランが云った。
イェロードはふたりに駈けよった。
「やっぱり来ていたんだね!」
イェロードの両手を取って、フーシェが云った。「どうして私たちが来ているとおわかりになったのです?」
「ええと……」イェロードは口ごもった。ここでお毒見のことを話すわけにはいかない。「なんとなく」
エジーランが助け舟を出した。「坊ちゃんは利口ですからね。私もお勉強を教えていて、いつも思っていましたよ」
イェロードは安堵して、ふたりに満面の笑みを見せた。
するとそこへ、
「坊っちゃん」
突然、後ろから声をかけられた。それは懐かしいもうひとつの声だった。イェロードは期待を込めてふり向いた。
「アイラム!」
「さあ、坊っちゃん。こちらへ」
アイラムが両手を差し伸べた。イェロードは彼女に近づいて、その手を取った。
「アイラム、でもどうしてここへ? それに……」
アイラムは修道服を着ていた。それもニナクの神に仕える修道女の身なりをしていた。
——ニナクの神は淫神じゃなかったの?
アイラムは慈悲深い目でイェロードを見つめた。その表情は、イェロードの知っている彼女のそれとまったく変わりはない。
「坊っちゃん。ここは危ないですから、早く逃げましょう」
取り急ぎここから逃げるための変装なのだ、とイェロードは理解した。
「イェロード、先に行け」シュードが云った。「あとで合流しよう」
イェロードはシュードの顔を見、それからアイラムの顔を見た。
「さあ、坊っちゃん」アイラムがイェロードに耳打ちした。「あちらから参りましょう。今のところ、人気もないようです。それに、坊っちゃんにお話ししたいことがありますから」
イェロードは頷いた。——
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