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第九章 帆舟を出す夜
5 瓦礫の壁
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シュードが扉をひとつ開けるごとに噎せかえるような匂いが回廊を包んでいった。部屋のなかからは男と女の、それも歓喜の呻き声が洩れだし、回廊の壁に反響して合唱のように響いている。まさに淫神を讃える信者たちの集会のような雰囲気だ。
「イェロード、早く来い」
突き当りの壁に立ったシュードが手招く。その左右にはまた回廊が続いていた。シュードがどちらに進もうとしているのかは杳として知れない。
「あ……」
しかしイェロードは足がすくんで動けない。
シュードが笑う。「それとも、ここで愉しんでいくか?」
まさに異様な光景だ。部屋のなかを覗かなくても、そこで何が起きているのかは肌身で感じとることができる。淫らな信者たちの声、匂い、熱といったものがイェロードをたじろがせた。
「イェロード、時間がないぞ」
シュードの命令にイェロードは一歩踏みだした。扉の開いた左右の部屋を見ないように下を向いてもう一歩。そしてもう一歩。ひとたび歩みだすと、あとは自然と両脚が動いてゆく。
そして……。
「あ——」
イェロードは思わず声をあげた。真んなかの部屋の前を通り過ぎたときだった。右足を誰かに掴まれたのだ。イェロードは前に倒れこんだ。慌ててふり返り、床に尻をついた。足許を見ると男の手がイェロードを捕らえていた。
「修道士様……」それは地下で見かけた男奴隷——オーケンだった。彼は全裸だった。四つん這いになり、床を這うようにしてじわじわとイェロードに近づいてくる。「修道士様……聖水を、聖水をわたしにお恵みください」
シュードの声が背中越しに聞こえた。「さあ、どうする?」
オーケンがイェロードの着ていた修道服の裾をたくしあげようと迫ってきた。イェロードは両脚をバタバタさせて抵抗した。オーケンは乱れた裾の奥に顔を埋めようとしている。
「修道士様……」そこへ別の男の声がした。「わたくしにもお恵みを……」
両膝立ちになった全裸の男が、ペニスを屹立させながら、同じ部屋からのそのそと出てきた。
——この男は……ジルド!
それは地下でオーケンの尻を弄んでいた男奴隷だった。ジルドはオーケンの背後に来ると両手でオーケンの腰を掴んだ。そして地下でそうしたようにペニスをオーケンの尻に擦りつけはじめた。
ふたりの男奴隷たちがうなり声をあげる。
隙をついてイェロードは右足からオーケンの手をふりほどいたが、すっかり腰を抜かしてしまったせいで、尻もちをついたままその場から動けない。
——逃げなきゃ……。
イェロードは左右を見まわした。
ジルドとオーケンの声に誘われたのか、部屋から全裸の男女がぞろぞろと出てきた。
「修道士様……エリスでございます」若い女が名を名乗り、覚束ない足取りで近づいてくる。「どうかわたくしにも……」
その女を、後ろからやってきた男が前向きにすくいあげ、両脚を開かせると、イェロードに見せつけるように貫いた。「修道士様、とくとご覧ください」
気づけばあたり一面で全裸の男女が絡みあっている。誰もが競いあうように腰を擦りあわせ、はばかることなく淫らな声をあげているのは、イェロードの施しを欲しがっているからだろう。彼らはさまざまな体位で繋がりあっていた。ひとりの女を抱えあげ、後ろから前から挟むかたちで腰を揺らす男たちもいれば、仰向けになった男の両脚を肩にかけ、折り重なって尻を蠢かせている男もいた。
——早くシュードのいるところに……。
立上ろうとしたちょうどそのとき、無数の手が伸びてきた。イェロードは瞬く間に仰向けで両手両脚を抑えつけられてしまった。藻掻いても藻掻いても無駄だ。修道服の裾がたくしあげられる。そしてイェロードのペニスが露わになると、おお、と歓声が響いた。
「お静かに。修道士様のお恵みはわたくしからです」
聞き慣れた女の声がして、あたりは鎮まりかえった。
——家政婦長!
イェロードの両脚のあいだに屈みこんだ家政婦長が、イェロードのペニスを両手で恭しく捧げもち、顔をゆっくりと落としてゆく。
そのときだった。
館が一度、大きく揺れた。
天井からぽろぽろと落ちてくるものがある。上から落ちてきた石礫のようなものが、イェロードの額や頬をコツコツと叩く。
——ひょっとしてここも?
崩れ落ちてゆく離れの客室——さっき見た光景がイェロードの脳裏をかすめる。
イェロードは目を閉じて祈った。
——シュード、助けて……。
二度目の揺れが来た。
するとイェロードを抑えつけていた無数の手がいっせいに離れた。そして家政婦長もその手をペニスから放した。今だとばかりにイェロードは起きあがり、シュードのもとへ駈け、その胸に飛びこんだ。
「イェロード、命拾いしたな」イェロードを抱きとめてシュードが呟いた。「よく見ておけ」
全裸の男女が床に這いつくばって何かを拾い集めている。
「シュード……?」イェロードはシュードにしがみついたまま目の前の光景を見つめた。「あれは何をしているの?」
シュードが彼らに向って何かを投げて云った。「砂糖菓子だ。おまえの好物のな」
イェロードは混乱した。「でもあれって、奴隷たちを大人しくさせるためのものだよね?」
「俺たちは術に掛かったフリをしていただけだ」シュードは愉快そうに云った。「あの砂糖菓子は海の民には効かない」くくっ、と笑って、「それからイェロード。おまえにもな」
ますますわからないことだらけだ。
目の前では全裸の男女が拾い集めた砂糖菓子を味わいながら絡みあっている。口移しで砂糖菓子を舐めあう男と女、男と男、女と女……。そして回廊の中央では、四つん這いになったオーケンが、男たちの手によって、その尻に砂糖菓子を埋めこまれていた。このあと彼は男たちに順番に尻を貫かれるのだろう。その顔はその悦びに満ちあふれているようだった。
そして三度目の揺れがきた。いちばん大きな揺れだ。
「あ……」
イェロードは絶句した。
大きな音を立てて、天井から瓦礫がつぎつぎと落ちてくる。しかしそれを気にする者は誰ひとりとしていない。イェロードはシュードとともに後ろに引きさがった。イェロードは逃げようと袖を引いて促したが、シュードは、ここは安全だと云わんばかりに平然と状況を見守っている。
見る見るまに瓦礫の壁が築かれた。
「イェロード、さあ行くぞ」シュードが歩きだした。
「でも……」イェロードは壁のほうを見た。
「放っておけ。彼らは淫神を信仰している。お愉しみの邪魔はされない」
シュードの言葉どおりだった。
壁の向うでは獣たちが聖典を読むような、淫靡な声が木霊していた。
「イェロード、早く来い」
突き当りの壁に立ったシュードが手招く。その左右にはまた回廊が続いていた。シュードがどちらに進もうとしているのかは杳として知れない。
「あ……」
しかしイェロードは足がすくんで動けない。
シュードが笑う。「それとも、ここで愉しんでいくか?」
まさに異様な光景だ。部屋のなかを覗かなくても、そこで何が起きているのかは肌身で感じとることができる。淫らな信者たちの声、匂い、熱といったものがイェロードをたじろがせた。
「イェロード、時間がないぞ」
シュードの命令にイェロードは一歩踏みだした。扉の開いた左右の部屋を見ないように下を向いてもう一歩。そしてもう一歩。ひとたび歩みだすと、あとは自然と両脚が動いてゆく。
そして……。
「あ——」
イェロードは思わず声をあげた。真んなかの部屋の前を通り過ぎたときだった。右足を誰かに掴まれたのだ。イェロードは前に倒れこんだ。慌ててふり返り、床に尻をついた。足許を見ると男の手がイェロードを捕らえていた。
「修道士様……」それは地下で見かけた男奴隷——オーケンだった。彼は全裸だった。四つん這いになり、床を這うようにしてじわじわとイェロードに近づいてくる。「修道士様……聖水を、聖水をわたしにお恵みください」
シュードの声が背中越しに聞こえた。「さあ、どうする?」
オーケンがイェロードの着ていた修道服の裾をたくしあげようと迫ってきた。イェロードは両脚をバタバタさせて抵抗した。オーケンは乱れた裾の奥に顔を埋めようとしている。
「修道士様……」そこへ別の男の声がした。「わたくしにもお恵みを……」
両膝立ちになった全裸の男が、ペニスを屹立させながら、同じ部屋からのそのそと出てきた。
——この男は……ジルド!
それは地下でオーケンの尻を弄んでいた男奴隷だった。ジルドはオーケンの背後に来ると両手でオーケンの腰を掴んだ。そして地下でそうしたようにペニスをオーケンの尻に擦りつけはじめた。
ふたりの男奴隷たちがうなり声をあげる。
隙をついてイェロードは右足からオーケンの手をふりほどいたが、すっかり腰を抜かしてしまったせいで、尻もちをついたままその場から動けない。
——逃げなきゃ……。
イェロードは左右を見まわした。
ジルドとオーケンの声に誘われたのか、部屋から全裸の男女がぞろぞろと出てきた。
「修道士様……エリスでございます」若い女が名を名乗り、覚束ない足取りで近づいてくる。「どうかわたくしにも……」
その女を、後ろからやってきた男が前向きにすくいあげ、両脚を開かせると、イェロードに見せつけるように貫いた。「修道士様、とくとご覧ください」
気づけばあたり一面で全裸の男女が絡みあっている。誰もが競いあうように腰を擦りあわせ、はばかることなく淫らな声をあげているのは、イェロードの施しを欲しがっているからだろう。彼らはさまざまな体位で繋がりあっていた。ひとりの女を抱えあげ、後ろから前から挟むかたちで腰を揺らす男たちもいれば、仰向けになった男の両脚を肩にかけ、折り重なって尻を蠢かせている男もいた。
——早くシュードのいるところに……。
立上ろうとしたちょうどそのとき、無数の手が伸びてきた。イェロードは瞬く間に仰向けで両手両脚を抑えつけられてしまった。藻掻いても藻掻いても無駄だ。修道服の裾がたくしあげられる。そしてイェロードのペニスが露わになると、おお、と歓声が響いた。
「お静かに。修道士様のお恵みはわたくしからです」
聞き慣れた女の声がして、あたりは鎮まりかえった。
——家政婦長!
イェロードの両脚のあいだに屈みこんだ家政婦長が、イェロードのペニスを両手で恭しく捧げもち、顔をゆっくりと落としてゆく。
そのときだった。
館が一度、大きく揺れた。
天井からぽろぽろと落ちてくるものがある。上から落ちてきた石礫のようなものが、イェロードの額や頬をコツコツと叩く。
——ひょっとしてここも?
崩れ落ちてゆく離れの客室——さっき見た光景がイェロードの脳裏をかすめる。
イェロードは目を閉じて祈った。
——シュード、助けて……。
二度目の揺れが来た。
するとイェロードを抑えつけていた無数の手がいっせいに離れた。そして家政婦長もその手をペニスから放した。今だとばかりにイェロードは起きあがり、シュードのもとへ駈け、その胸に飛びこんだ。
「イェロード、命拾いしたな」イェロードを抱きとめてシュードが呟いた。「よく見ておけ」
全裸の男女が床に這いつくばって何かを拾い集めている。
「シュード……?」イェロードはシュードにしがみついたまま目の前の光景を見つめた。「あれは何をしているの?」
シュードが彼らに向って何かを投げて云った。「砂糖菓子だ。おまえの好物のな」
イェロードは混乱した。「でもあれって、奴隷たちを大人しくさせるためのものだよね?」
「俺たちは術に掛かったフリをしていただけだ」シュードは愉快そうに云った。「あの砂糖菓子は海の民には効かない」くくっ、と笑って、「それからイェロード。おまえにもな」
ますますわからないことだらけだ。
目の前では全裸の男女が拾い集めた砂糖菓子を味わいながら絡みあっている。口移しで砂糖菓子を舐めあう男と女、男と男、女と女……。そして回廊の中央では、四つん這いになったオーケンが、男たちの手によって、その尻に砂糖菓子を埋めこまれていた。このあと彼は男たちに順番に尻を貫かれるのだろう。その顔はその悦びに満ちあふれているようだった。
そして三度目の揺れがきた。いちばん大きな揺れだ。
「あ……」
イェロードは絶句した。
大きな音を立てて、天井から瓦礫がつぎつぎと落ちてくる。しかしそれを気にする者は誰ひとりとしていない。イェロードはシュードとともに後ろに引きさがった。イェロードは逃げようと袖を引いて促したが、シュードは、ここは安全だと云わんばかりに平然と状況を見守っている。
見る見るまに瓦礫の壁が築かれた。
「イェロード、さあ行くぞ」シュードが歩きだした。
「でも……」イェロードは壁のほうを見た。
「放っておけ。彼らは淫神を信仰している。お愉しみの邪魔はされない」
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