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第五章 寝台の神話
8 胸のかくしに小瓶を忍ばせて
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ノモクは礼拝用の衣服に身を包み、廊下をゆっくりと歩いた。胸のかくしに片手をそっと添え、周囲を注意深く確認しながら、礼拝室に向った。
途中、家政婦長とすれ違った。彼女は優雅にお辞儀をして、
「あら、殿下。おひとりでお出かけですの? マントまでお召しになって……」
「いえ、お祈りをしに礼拝室に行くところなんです」怪訝そうな顔つきの家政婦長に、ノモクは微笑んでみせた。「正式な服装が好いかと思って、こうしてマントも……」
家政婦長の顔が明るくなった。
「立派なお心掛けですこと!」
と彼女は云い、そして思い出したかのように、
「それから、殿下。先ほどはご心配をお掛けしました。ギーフ様はすでにお部屋にお戻りです。世話係から報告がございましたの」
「そうでしたか。でもこんな雨の日は、部屋で過ごすのがいちばんですよね」
ノモクは平然を装って応えた。
「左様でございますわ」家政婦長は大きく頷いた。「ああ、殿下にこれをお伝えしなければ」
ノモクが、何だろう、と首を傾げると、家政婦長は満面の笑みを泛べて、
「本日のお夕食は、お部屋でお召し上がりください。腕の立つ料理人が、殿下が外出できなくて退屈なさっただろうと、特別な料理を準備しておりますの。ギーフ様には内緒ですよ」
「特別な料理?」
家政婦長はノモクに口止めをするかのようにウィンクをして、それでは失礼いたします、と云い、薄暗い壁に溶けるように去っていった。
——特別な料理! エシフと分けあって食べよう!
ノモクは、少しだけ心が晴れたような気持ちになった。
礼拝室に着いた。
ノモクは、真正面の祭壇に据えられたニナクの神の像を、ぼんやりと見つめた。エシフは、この国は淫らだ、と云っていた。あの言葉が正しいとすれば、ニナクの神は淫神なのだろうか。そして奴隷たちを苦しめるのも、ギーフとナコシュの本性を暴くのも、凡てこの神の意志なのだろうか……。ふいに腰の奥に疼きが疾った。ノモクは、かぶりを振って雑念を払った。これ以上、考えるのはよそう。
ふと気づくと執務室に人のいる気配があった。ゼーゲンが外出から戻っているようだった。そうだ。このためにここに来たんだった。ノモクは、胸に手を宛て、深呼吸を三度して、心を落ち着かせた。
「司祭様、失礼します」
扉を開けると、執務室の奥でゼーゲンとローエがテーブルを挟んで椅子に座っていた。地下の拷問部屋へ降りるあの隠し扉のすぐ近くだ。ふたりの顔がいっせいに自分に向けられ、ノモクはその場で固まった。
ゼーゲンがおもむろに席を立った。
「おや、殿下」
「司祭様。お話し中でしたら、またあとで……」
ノモクが退室しようとすると、ゼーゲンは微笑んで鳥の翼のように両腕を展げた。「可愛らしい修道士は、いつでも大歓迎ですよ。さあ、こちらへ」
ゼーゲンは、進みでたノモクを抱擁し、両の頬に祝福の口吻をした。
「司祭様。あの、これを……」ノモクは胸のかくしから小瓶を取りだし、ローエに見えないようにそっと手渡した。「これで足りますか?」
「おおっ! なんと!」
ゼーゲンはその場で天を仰ぎ、祈りの言葉を捧げた。
「どうされたのかな」
それまで黙ってふたりを見ていたローエが云った。
「ローエ殿、ご覧ください。殿下が小瓶をみっつも!」
ゼーゲンが、テーブルの上に小瓶を並べた。ローエは、そのひとつを手に取って、ほう、と感嘆の声を洩らした。
——お願いだから、そんな見ないで……。
ノモクは、自分の吐き出した精をまじまじと見られているという恥ずかしさと、あれがエシフのものではないとバレるのではという畏れを同時に感じた。早くこの場から立去りたい。けれども、こんどはローエに捕まってしまった。ローエは、ノモクの両肩に重い手を置いて、こう云った。
「殿下がエシフを拷問に掛けると聞いて、どれだけ心配したことか。だが見事にやりとげられた。あのエシフを屈服させたとは!」
ゼーゲンも言葉を添える。「王都に馬を疾らせましょう。殿下が、オシヤクきっての奴隷を跪かせたと」
「あの……」ノモクは困惑した。「ぼく、部屋に戻らないと。エシフを吊るしたままにしているんです」
ゼーゲンが笑った。「そのままで心配ありません。あの男奴隷は、この館に来たときに——」
ノモクは、エシフに聞いた話を思い出した。あの美しい海の民は、この下の拷問部屋で素裸かにひん剥かれ、縛りつけられ、三日三晩、耐えがたい苦痛と恥辱を味わわされたのだ。
「——でしたよね? ローエ殿」
「あれは見ものでしたな」話を振られたローエが、くくっ、と思い出し笑いをした。「奴隷に誇りなどないのだと理解させるには、拷問がいちばんだ」ノモクの手を取ってニヤリと笑った。「この手でエシフの精を搾り尽くしたのですか、殿下?」
ノモクは、返事の代わりに震えながら軽く頷いた。
「ローエ殿——」ゼーゲンが穏やかな口調で云った。「殿下のお話は明日にでも伺いましょう。今はまだ、初めてのご経験で、神経が昂ぶっておられるようです」
「それもそうですな」ローエがノモクの手を離した。「殿下のような年下の男に精を搾られるとは、あの奴隷も、さぞ屈辱だったでしょうなあ」満足そうに大笑いをした。
その後も司祭と騎士団長は野卑な口振りでエシフを侮辱しつづけた。
ノモクは部屋に戻った。扉を開けるとき、すぐ傍に空の皿とカップを乗せた車付きテーブルが置いてあるのを目にした。
「エシフ、食べてくれたんだね」
エシフは右の壁際の長椅子で寛いでいた。胸の前で両腕を組み、奥の肘掛けに頭を乗せていた。左脚は大胆にも背もたれに引っ掛け、右脚はその蹠を床の絨毯につけている。腰布は巻いていない。エシフは、屹立したペニスをノモクに見せつけるように、手で扱きはじめた。ノモクは、つばをごくりと飲んだ。
「何をしている。早くこちらに来い」王のような風格でエシフが云った——。「そろそろ尻のなかのものを抜いてやろう」
途中、家政婦長とすれ違った。彼女は優雅にお辞儀をして、
「あら、殿下。おひとりでお出かけですの? マントまでお召しになって……」
「いえ、お祈りをしに礼拝室に行くところなんです」怪訝そうな顔つきの家政婦長に、ノモクは微笑んでみせた。「正式な服装が好いかと思って、こうしてマントも……」
家政婦長の顔が明るくなった。
「立派なお心掛けですこと!」
と彼女は云い、そして思い出したかのように、
「それから、殿下。先ほどはご心配をお掛けしました。ギーフ様はすでにお部屋にお戻りです。世話係から報告がございましたの」
「そうでしたか。でもこんな雨の日は、部屋で過ごすのがいちばんですよね」
ノモクは平然を装って応えた。
「左様でございますわ」家政婦長は大きく頷いた。「ああ、殿下にこれをお伝えしなければ」
ノモクが、何だろう、と首を傾げると、家政婦長は満面の笑みを泛べて、
「本日のお夕食は、お部屋でお召し上がりください。腕の立つ料理人が、殿下が外出できなくて退屈なさっただろうと、特別な料理を準備しておりますの。ギーフ様には内緒ですよ」
「特別な料理?」
家政婦長はノモクに口止めをするかのようにウィンクをして、それでは失礼いたします、と云い、薄暗い壁に溶けるように去っていった。
——特別な料理! エシフと分けあって食べよう!
ノモクは、少しだけ心が晴れたような気持ちになった。
礼拝室に着いた。
ノモクは、真正面の祭壇に据えられたニナクの神の像を、ぼんやりと見つめた。エシフは、この国は淫らだ、と云っていた。あの言葉が正しいとすれば、ニナクの神は淫神なのだろうか。そして奴隷たちを苦しめるのも、ギーフとナコシュの本性を暴くのも、凡てこの神の意志なのだろうか……。ふいに腰の奥に疼きが疾った。ノモクは、かぶりを振って雑念を払った。これ以上、考えるのはよそう。
ふと気づくと執務室に人のいる気配があった。ゼーゲンが外出から戻っているようだった。そうだ。このためにここに来たんだった。ノモクは、胸に手を宛て、深呼吸を三度して、心を落ち着かせた。
「司祭様、失礼します」
扉を開けると、執務室の奥でゼーゲンとローエがテーブルを挟んで椅子に座っていた。地下の拷問部屋へ降りるあの隠し扉のすぐ近くだ。ふたりの顔がいっせいに自分に向けられ、ノモクはその場で固まった。
ゼーゲンがおもむろに席を立った。
「おや、殿下」
「司祭様。お話し中でしたら、またあとで……」
ノモクが退室しようとすると、ゼーゲンは微笑んで鳥の翼のように両腕を展げた。「可愛らしい修道士は、いつでも大歓迎ですよ。さあ、こちらへ」
ゼーゲンは、進みでたノモクを抱擁し、両の頬に祝福の口吻をした。
「司祭様。あの、これを……」ノモクは胸のかくしから小瓶を取りだし、ローエに見えないようにそっと手渡した。「これで足りますか?」
「おおっ! なんと!」
ゼーゲンはその場で天を仰ぎ、祈りの言葉を捧げた。
「どうされたのかな」
それまで黙ってふたりを見ていたローエが云った。
「ローエ殿、ご覧ください。殿下が小瓶をみっつも!」
ゼーゲンが、テーブルの上に小瓶を並べた。ローエは、そのひとつを手に取って、ほう、と感嘆の声を洩らした。
——お願いだから、そんな見ないで……。
ノモクは、自分の吐き出した精をまじまじと見られているという恥ずかしさと、あれがエシフのものではないとバレるのではという畏れを同時に感じた。早くこの場から立去りたい。けれども、こんどはローエに捕まってしまった。ローエは、ノモクの両肩に重い手を置いて、こう云った。
「殿下がエシフを拷問に掛けると聞いて、どれだけ心配したことか。だが見事にやりとげられた。あのエシフを屈服させたとは!」
ゼーゲンも言葉を添える。「王都に馬を疾らせましょう。殿下が、オシヤクきっての奴隷を跪かせたと」
「あの……」ノモクは困惑した。「ぼく、部屋に戻らないと。エシフを吊るしたままにしているんです」
ゼーゲンが笑った。「そのままで心配ありません。あの男奴隷は、この館に来たときに——」
ノモクは、エシフに聞いた話を思い出した。あの美しい海の民は、この下の拷問部屋で素裸かにひん剥かれ、縛りつけられ、三日三晩、耐えがたい苦痛と恥辱を味わわされたのだ。
「——でしたよね? ローエ殿」
「あれは見ものでしたな」話を振られたローエが、くくっ、と思い出し笑いをした。「奴隷に誇りなどないのだと理解させるには、拷問がいちばんだ」ノモクの手を取ってニヤリと笑った。「この手でエシフの精を搾り尽くしたのですか、殿下?」
ノモクは、返事の代わりに震えながら軽く頷いた。
「ローエ殿——」ゼーゲンが穏やかな口調で云った。「殿下のお話は明日にでも伺いましょう。今はまだ、初めてのご経験で、神経が昂ぶっておられるようです」
「それもそうですな」ローエがノモクの手を離した。「殿下のような年下の男に精を搾られるとは、あの奴隷も、さぞ屈辱だったでしょうなあ」満足そうに大笑いをした。
その後も司祭と騎士団長は野卑な口振りでエシフを侮辱しつづけた。
ノモクは部屋に戻った。扉を開けるとき、すぐ傍に空の皿とカップを乗せた車付きテーブルが置いてあるのを目にした。
「エシフ、食べてくれたんだね」
エシフは右の壁際の長椅子で寛いでいた。胸の前で両腕を組み、奥の肘掛けに頭を乗せていた。左脚は大胆にも背もたれに引っ掛け、右脚はその蹠を床の絨毯につけている。腰布は巻いていない。エシフは、屹立したペニスをノモクに見せつけるように、手で扱きはじめた。ノモクは、つばをごくりと飲んだ。
「何をしている。早くこちらに来い」王のような風格でエシフが云った——。「そろそろ尻のなかのものを抜いてやろう」
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