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第四章 土用波
8 ノクナード……
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エシフが目を閉じて横たわっている。彼の浅黒い屈強な肉體は、わずかな光のもとでも、その起伏をはっきりと見せていた。
ノモクは拷問の手引き書を叮嚀に読んだ。叙事詩のように格調高く書かれた一文一文を黙読し、ときおり挿入される画のなかの男奴隷をエシフに当てはめ、その残酷さに胸を痛めた。画のひとつひとつを、ノモクは想像によって修正していった。拷問の辛苦はそこにはなく、ただ救いが、ただ祈りが、ただ正義があると強く念じながら……。
「ウジーク、イザーイ……」
ノモクの口から、乳母アイラムの教えてくれた癒しのおまじないが自然と溢れた。
ノモクは画を完全な形にするために、エシフの隅々を、その輪郭をとるように指の筆で撫で、目につくところに口吻した。聡明さを具現化した額から、意志の強さをたたえながらぎゅっと閉じられた目、ぐっと形好く隆起した鼻、きりりと真一文字に結ばれた厚い唇、たくましい顎……。顔ひとつとっても、それは苦痛に歪む痛ましいものではなかった。英気を養うための、つかの間の休息がそこにはあった。
ノモクの目の赴くままに指の筆が肌肉のうえを疾り、唇がそのあとをついていった。かすかに上下する厚い胸の、左右にひとつずつレリーフされている樺いろの乳暈とその中心の乳首、肩まで伸びる鎖骨のうえの深く抉られた窪み、そして丸太のような首筋と瘤のように突きでた咽喉仏……。それらひとつひとつにノモクは指先で触れ、そして口吻した。
「あ」咽喉仏の隆起が、エシフのペニスを思い起こさせた。「だめだ。だめなんだ……」
ノモクは画の修復を中断し、あらためてエシフの裸身を見つめた。修復はまだ胸からうえの胴体しか済んでいない。深呼吸して心を落ち着け、ノモクはエシフの右肩に指先を置いた。盛りあがった肩を撫で、胸の脇を通って腋窩へ進み、指の背でそこから腕から右の手首へ流れ、さらに右手の指の一本一本の感触を確かめた。同じようにして左手の指を一本一本撫で、腕へ、腋窩へ、そして左肩へと、ぐるり一周した。けれども口吻はしなかった。なんとなく躊躇われたからだった。
……胸から腹へと指の背が辷っていった。あと少しで臍にたどり着くところでペニスの尖端に触れたので、ノモクは手のひら返して手の甲にペニスを逃がし、毛氈のように叢れ立つ茂みまで指を進めた。
――少しのあいだだけ、ほんのちょっと支えるだけなんだ。
ノモクは手筒にエシフのペニスを収めた。こんどは唇を、胸の谷間から性毛まで一直線に、船が揺蕩うようにそっと運んだ。エシフのペニスは片手には収まり切れなかった。性毛から放たれる真夏の海の爽やかな匂いに誘われそうになったが、ノモクはぐっと堪えた。
――先ずは画を……。
そのとき、ギーフの姿が思いだされた。彼は地下の拷問部屋で、頭の位置を互い違いにしてナコシュに重なっていた。騎士として相応しい姿ではなかった。
その残像が脳裏にこびりついて離れない。
ノモクは、エシフの顔に尻を向けてその巨軀を跨ぎ、四つん這いになった。目のまえに屹立したエシフのペニスがある。
「ウジーク、イザーイ……」
ノモクは、いつの日か自分も同じものを手に入れたいと思い、羨望と憧憬にたえかねて、エシフのペニスに隈なく口吻を浴びせた。
「ああ、エシフ……」
残像のなかのギーフは、尻の穴を指で、ペニスを口唇で犯されていた。けれども眠っているエシフは何もしてこない。ノモクは、湯屋でエシフに愛撫され射精させられたのを思いだしながら口吻を続けた。
雷鳴が轟いた。もどかしさが極まって、ノモクがエシフの異教徒の徴を口に含んだ、そのときだった。
ノモクは両脚がまだ修復されていないのに気づき、ペニスから口を離すと、先ずは右脚の腿から爪先まで、そして左脚の爪先から腿の付け根まで指の筆を運び、滲んだ汗を唇で吸いとった。
こうしてふたたびエシフのペニスに戻ってきた。ノモクはエシフからそっと離れ、様子を窺った。眠っているが、胸の上下するさまが心なしか異って見える。
――あとはソルブが教えてくれたことを試してみよう……。
ノモクはエシフの顔のほうを向いて跨り、腰の位置を合わせてぴたりと重なった。
ソルブは少年奴隷と舞いを披露しながら云った。
――この少年は、わたしの肉體を写しとっているのです。
彼らはあらゆる姿態を取ったが、ペニスだけは重なりあったままだった。やがてソルブの息が荒くなり、少年奴隷も息を荒げた。汗と汗が混じりあい、官能的な男性美の匂いが部屋を満たした。ノモクは思わず長椅子から身を乗り出した。つぎの瞬間、ふたりは神の名を呼び、精を放った。
――これはわたしのものでもあり、彼のものでもあるのです。
少年奴隷の胸に飛び散った白濁液を、ガラスの小瓶の口を胸に這わせて集めながら、ソルブはこう云った……。
ノモクは、エシフの上下する胸の動きに合わせて呼吸した。汗ばんだ肌の、熱、湿り、そして匂いを感じ、エシフのようになるのだと気持ちを昂らせた。円を描くようにそっと腰を動かした。はじめは小さい円だったが、ペニス同士が馴染みあうのにつれて、動きは大胆になった。
雨音が激しくなった。海のほうで遠雷が鳴る。それはノモクに声をあげろと誘いかけるようだった。
ノモクは全身を揺らした。このままエシフのなかに沈みこんでゆきそうな感覚がした。ペニスの尖端が粘液に濡れそぼっている。ノモクは息を荒げた。精の迸りまで、あともう少しだった。
「ノ、ノク……」
ノモクは、喘ぎながら神の名を呼ぼうとした。
しかしそれは異教徒の神の名だ。
「ノクナ……」ノモクは云いかけてやめた。「エシフ、ごめんね。君の神の名を、ぼくは呼べない……」
ノモクはわかっていた。エシフの身代わりに自分が射精することで、彼を目覚めさせることができる。しかしそのためには、ニナクの神を捨てなければならない。
『ニナクの神よ。なぜわたしにこのような試練をお与えになるのですか……』
すでにノモクの肉體はエシフに吸いついて離れない。ノモクが揺れているのかエシフが揺らしているのかもわからない。
ノモクは雷鳴を待った。それならせめてニナクの神に聞かれないように小声で云おうと思ったのだ。
雷が轟いた。
ノモクは、そっと神の名を呼んだ。
と同時に、
「ノクナード……」
海の底から響くような声が聞こえた。
ノモクは凍りついたように動きをぴたりと止めた。
「ノクナード……」
こんどははっきりと聞こえた。エシフの声だ。
「エシフ……?」
ノモクは、ほっとひと安心した。あとは肩をそっと揺すってあげれば、エシフは目を覚ますはずだ。
そのときだった。
エシフの両腕が縄のようにノモクに絡みついた。そしてエシフは素早くその巨軀を反転させてノモクを組み敷いた。溜まっていた空気が攪拌され、エシフの潮の香がノモクを包みこむ。
あっと云う間の出来事だった。
「ノクナード……」
エシフは目を閉じたまま、彼の神の名を呼んだ。
ノモクは拷問の手引き書を叮嚀に読んだ。叙事詩のように格調高く書かれた一文一文を黙読し、ときおり挿入される画のなかの男奴隷をエシフに当てはめ、その残酷さに胸を痛めた。画のひとつひとつを、ノモクは想像によって修正していった。拷問の辛苦はそこにはなく、ただ救いが、ただ祈りが、ただ正義があると強く念じながら……。
「ウジーク、イザーイ……」
ノモクの口から、乳母アイラムの教えてくれた癒しのおまじないが自然と溢れた。
ノモクは画を完全な形にするために、エシフの隅々を、その輪郭をとるように指の筆で撫で、目につくところに口吻した。聡明さを具現化した額から、意志の強さをたたえながらぎゅっと閉じられた目、ぐっと形好く隆起した鼻、きりりと真一文字に結ばれた厚い唇、たくましい顎……。顔ひとつとっても、それは苦痛に歪む痛ましいものではなかった。英気を養うための、つかの間の休息がそこにはあった。
ノモクの目の赴くままに指の筆が肌肉のうえを疾り、唇がそのあとをついていった。かすかに上下する厚い胸の、左右にひとつずつレリーフされている樺いろの乳暈とその中心の乳首、肩まで伸びる鎖骨のうえの深く抉られた窪み、そして丸太のような首筋と瘤のように突きでた咽喉仏……。それらひとつひとつにノモクは指先で触れ、そして口吻した。
「あ」咽喉仏の隆起が、エシフのペニスを思い起こさせた。「だめだ。だめなんだ……」
ノモクは画の修復を中断し、あらためてエシフの裸身を見つめた。修復はまだ胸からうえの胴体しか済んでいない。深呼吸して心を落ち着け、ノモクはエシフの右肩に指先を置いた。盛りあがった肩を撫で、胸の脇を通って腋窩へ進み、指の背でそこから腕から右の手首へ流れ、さらに右手の指の一本一本の感触を確かめた。同じようにして左手の指を一本一本撫で、腕へ、腋窩へ、そして左肩へと、ぐるり一周した。けれども口吻はしなかった。なんとなく躊躇われたからだった。
……胸から腹へと指の背が辷っていった。あと少しで臍にたどり着くところでペニスの尖端に触れたので、ノモクは手のひら返して手の甲にペニスを逃がし、毛氈のように叢れ立つ茂みまで指を進めた。
――少しのあいだだけ、ほんのちょっと支えるだけなんだ。
ノモクは手筒にエシフのペニスを収めた。こんどは唇を、胸の谷間から性毛まで一直線に、船が揺蕩うようにそっと運んだ。エシフのペニスは片手には収まり切れなかった。性毛から放たれる真夏の海の爽やかな匂いに誘われそうになったが、ノモクはぐっと堪えた。
――先ずは画を……。
そのとき、ギーフの姿が思いだされた。彼は地下の拷問部屋で、頭の位置を互い違いにしてナコシュに重なっていた。騎士として相応しい姿ではなかった。
その残像が脳裏にこびりついて離れない。
ノモクは、エシフの顔に尻を向けてその巨軀を跨ぎ、四つん這いになった。目のまえに屹立したエシフのペニスがある。
「ウジーク、イザーイ……」
ノモクは、いつの日か自分も同じものを手に入れたいと思い、羨望と憧憬にたえかねて、エシフのペニスに隈なく口吻を浴びせた。
「ああ、エシフ……」
残像のなかのギーフは、尻の穴を指で、ペニスを口唇で犯されていた。けれども眠っているエシフは何もしてこない。ノモクは、湯屋でエシフに愛撫され射精させられたのを思いだしながら口吻を続けた。
雷鳴が轟いた。もどかしさが極まって、ノモクがエシフの異教徒の徴を口に含んだ、そのときだった。
ノモクは両脚がまだ修復されていないのに気づき、ペニスから口を離すと、先ずは右脚の腿から爪先まで、そして左脚の爪先から腿の付け根まで指の筆を運び、滲んだ汗を唇で吸いとった。
こうしてふたたびエシフのペニスに戻ってきた。ノモクはエシフからそっと離れ、様子を窺った。眠っているが、胸の上下するさまが心なしか異って見える。
――あとはソルブが教えてくれたことを試してみよう……。
ノモクはエシフの顔のほうを向いて跨り、腰の位置を合わせてぴたりと重なった。
ソルブは少年奴隷と舞いを披露しながら云った。
――この少年は、わたしの肉體を写しとっているのです。
彼らはあらゆる姿態を取ったが、ペニスだけは重なりあったままだった。やがてソルブの息が荒くなり、少年奴隷も息を荒げた。汗と汗が混じりあい、官能的な男性美の匂いが部屋を満たした。ノモクは思わず長椅子から身を乗り出した。つぎの瞬間、ふたりは神の名を呼び、精を放った。
――これはわたしのものでもあり、彼のものでもあるのです。
少年奴隷の胸に飛び散った白濁液を、ガラスの小瓶の口を胸に這わせて集めながら、ソルブはこう云った……。
ノモクは、エシフの上下する胸の動きに合わせて呼吸した。汗ばんだ肌の、熱、湿り、そして匂いを感じ、エシフのようになるのだと気持ちを昂らせた。円を描くようにそっと腰を動かした。はじめは小さい円だったが、ペニス同士が馴染みあうのにつれて、動きは大胆になった。
雨音が激しくなった。海のほうで遠雷が鳴る。それはノモクに声をあげろと誘いかけるようだった。
ノモクは全身を揺らした。このままエシフのなかに沈みこんでゆきそうな感覚がした。ペニスの尖端が粘液に濡れそぼっている。ノモクは息を荒げた。精の迸りまで、あともう少しだった。
「ノ、ノク……」
ノモクは、喘ぎながら神の名を呼ぼうとした。
しかしそれは異教徒の神の名だ。
「ノクナ……」ノモクは云いかけてやめた。「エシフ、ごめんね。君の神の名を、ぼくは呼べない……」
ノモクはわかっていた。エシフの身代わりに自分が射精することで、彼を目覚めさせることができる。しかしそのためには、ニナクの神を捨てなければならない。
『ニナクの神よ。なぜわたしにこのような試練をお与えになるのですか……』
すでにノモクの肉體はエシフに吸いついて離れない。ノモクが揺れているのかエシフが揺らしているのかもわからない。
ノモクは雷鳴を待った。それならせめてニナクの神に聞かれないように小声で云おうと思ったのだ。
雷が轟いた。
ノモクは、そっと神の名を呼んだ。
と同時に、
「ノクナード……」
海の底から響くような声が聞こえた。
ノモクは凍りついたように動きをぴたりと止めた。
「ノクナード……」
こんどははっきりと聞こえた。エシフの声だ。
「エシフ……?」
ノモクは、ほっとひと安心した。あとは肩をそっと揺すってあげれば、エシフは目を覚ますはずだ。
そのときだった。
エシフの両腕が縄のようにノモクに絡みついた。そしてエシフは素早くその巨軀を反転させてノモクを組み敷いた。溜まっていた空気が攪拌され、エシフの潮の香がノモクを包みこむ。
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