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第四章 土用波
5 拷問の手引き書
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長椅子に腰を下ろしたノモクは、拷問の手引き書に手を伸ばそうとして、ハッと気づいた。寝台の周囲が明るすぎる。急いで戻ってカーテンを閉め、寝台の四柱に括りつけられていた外層の遮光カーテンを解いてエシフの裸身を隠した。
これで大丈夫だ。ノモクは長椅子に戻り、ようやく腰を落ち着け、徐に拷問の手引き書を手に取った。
このなかにエシフを救う手掛かりがある。ノモクは震える手で表紙を開き、目次を注意深くたどった。
拷問に使われる道具、拷問に際しての心構え、そして実際の拷問の数々……。それらひとつひとつの項目が、豪奢な飾り文字で書かれてある。ノモクは急いでいたので、目次を読むのをやめ、後ろのほうのページを開いた。そこに拷問のあとで術を解く方法が書いてあるだろうと考えたのだ。
「あ」
あるひとつの画が、まるでノモクを待ち構えていたかのように立ち現れた。それはノモクが地下の拷問部屋で見たあの光景を再現したものだった。黒い線だけで描かれ、他に色は一切ついていなかったが、それが故にかえってリアルに拷問の状況を伝えていた。
画の中心に聖典を手にした司祭が立っている。改宗を迫り、しかし奴隷がそれを拒んだため、ニナクの神の御名に於いて拷問を命じているのだった。司祭が遠近法を無視して大きく描かれているのは、聖職者の威厳や拷問の正当性を表しているのだろう。
司祭の左には鞭を打つ男が、そして右には縛られた男奴隷が描かれている。ふたりとも素裸かだった。しかしその裸身は対照的に描かれている。鞭を打つ男は牛のような大男で、その肉體は彼の雄々しさを表すようにどこもかしこも毛深い。一方、縛られた男奴隷は司祭と鞭を打つ男よりも小柄に描かれ、男であることを表現する体毛にいたっては、彼の腋窩と下腹部に、まるで雑草のように乱雑なタッチで描かれているだけだった。
「エシフ……」
ノモクは天を仰ぎ、ふたたび画に目を落とした。
画にはもうひとり描かれていた。男奴隷の手前にいるのは、拷問を手伝う修道士だった。彼は手に松明を持ち、その焔の先を男奴隷の脚のあいだに差し入れ、妖しげな笑みを泛べながら男奴隷の性器を炙っていた。
――ノクナードよ!
ノモクの心に、エシフの叫び声が響いた。
ノモクは、これ以上見ていられなくなって拷問の手引き書を閉じた。立上ってフットベンチのところへ行き、そこに拷問の手引き書を収め、蓋を閉じてそのまま腰掛けた。
背後の寝台にはエシフが眠っている。
ノモクはふり返って天蓋のカーテンをそっと捲りあげ、寝台に辷りこんだ。暗がりのなか、堂々と展げられたエシフの脚のあいだを這うようにして進む。そして行き止まりにたどり着くと、片手で陰嚢を掬いあげ、もう一方の手でペニスを握りしめた。
陰嚢は鶏の卵のような睾丸ふたつをやわらかく包み、ペニスは相変わらず長大で鉄のように硬く真っ直ぐに屹立している。ノモクは心を込めて、それらをさすった。凝っとして動かないエシフの肉體のなかで、そこだけがノモクの手指の動きに反応しているようだった。
――エシフ。あの画のなかに、君はいない……。
心のなかでこう呟いたつぎの瞬間、ノモクの脳裏であの拷問の画が一瞬にして焼き払われ、そこへ何も描かれていない真白の新しい紙片が現れた。
――ノモクよ……。
威厳のある声が聞こえたような気がした。
――汝の手で、この男の画を描くのだ……。
その続きは、はっきりと聞こえた。
ニナクの神からの啓示だろうか。
異教徒の神からの啓示だろうか。
しかしどちらでも構わなかった。
ノモクは、エシフのペニスと陰嚢から手を離し、エシフの腰を跨ぐようにして膝立ちになった。そして先ずは左腕を、つぎに右腕をそれぞれ手に取り、その手首をエシフの頭のうえで交叉させた。
――この男の画を……。
ノモクは目を閉じてその命に従った。
夜の仄暗い砂浜で天に向って真っ直ぐに聳え立つ松の幹に、隆々たる筋肉を持つ若く美しい男奴隷が縛られている。両腕は高く持ちあげられ、手首が重ねあわされて、縄でひと括りにされている。彼は何ひとつ身につけることを許されておらず、縛りつけられる直前に剥ぎ取られたであろう純白の腰布が松の枝に引っかけられ、海風を受けて雲のように棚引いている。
男奴隷は月の光を浴びて、その暗がりのなかに、比いなき裸身を泛びあがらせた。陽に灼けた肌は、赤銅色の磨きあげられたブロンズ像のような輝きを放ち、処どころに落とされた暗い陰は、彼の肌肉の隆起を雄々しく際立たせている。ふたつの腋窩と臍から脚のあいだへ下りる体毛は、漆黒の艶やかな房飾りのように一本一本叮嚀に描かれた。
そしてその肉體の中心には……。
ノモクは、男奴隷のたくましい腰のあたりに稚い貌立ちをした神の使いを描くことを思いついた。
そのときだった。
扉が三度ノックされ、ノモクはぎくりとして夢想から覚めた。慌てて寝台から脱け出すと、扉がふたたび三度ノックされた。ノモクは、ちょっと待って、と云って扉へ向った。
「今、開けるね」ノモクは閂に手を遣った。
「王子、お食事をお持ちしました」
扉の向うからソルブの声がした。
これで大丈夫だ。ノモクは長椅子に戻り、ようやく腰を落ち着け、徐に拷問の手引き書を手に取った。
このなかにエシフを救う手掛かりがある。ノモクは震える手で表紙を開き、目次を注意深くたどった。
拷問に使われる道具、拷問に際しての心構え、そして実際の拷問の数々……。それらひとつひとつの項目が、豪奢な飾り文字で書かれてある。ノモクは急いでいたので、目次を読むのをやめ、後ろのほうのページを開いた。そこに拷問のあとで術を解く方法が書いてあるだろうと考えたのだ。
「あ」
あるひとつの画が、まるでノモクを待ち構えていたかのように立ち現れた。それはノモクが地下の拷問部屋で見たあの光景を再現したものだった。黒い線だけで描かれ、他に色は一切ついていなかったが、それが故にかえってリアルに拷問の状況を伝えていた。
画の中心に聖典を手にした司祭が立っている。改宗を迫り、しかし奴隷がそれを拒んだため、ニナクの神の御名に於いて拷問を命じているのだった。司祭が遠近法を無視して大きく描かれているのは、聖職者の威厳や拷問の正当性を表しているのだろう。
司祭の左には鞭を打つ男が、そして右には縛られた男奴隷が描かれている。ふたりとも素裸かだった。しかしその裸身は対照的に描かれている。鞭を打つ男は牛のような大男で、その肉體は彼の雄々しさを表すようにどこもかしこも毛深い。一方、縛られた男奴隷は司祭と鞭を打つ男よりも小柄に描かれ、男であることを表現する体毛にいたっては、彼の腋窩と下腹部に、まるで雑草のように乱雑なタッチで描かれているだけだった。
「エシフ……」
ノモクは天を仰ぎ、ふたたび画に目を落とした。
画にはもうひとり描かれていた。男奴隷の手前にいるのは、拷問を手伝う修道士だった。彼は手に松明を持ち、その焔の先を男奴隷の脚のあいだに差し入れ、妖しげな笑みを泛べながら男奴隷の性器を炙っていた。
――ノクナードよ!
ノモクの心に、エシフの叫び声が響いた。
ノモクは、これ以上見ていられなくなって拷問の手引き書を閉じた。立上ってフットベンチのところへ行き、そこに拷問の手引き書を収め、蓋を閉じてそのまま腰掛けた。
背後の寝台にはエシフが眠っている。
ノモクはふり返って天蓋のカーテンをそっと捲りあげ、寝台に辷りこんだ。暗がりのなか、堂々と展げられたエシフの脚のあいだを這うようにして進む。そして行き止まりにたどり着くと、片手で陰嚢を掬いあげ、もう一方の手でペニスを握りしめた。
陰嚢は鶏の卵のような睾丸ふたつをやわらかく包み、ペニスは相変わらず長大で鉄のように硬く真っ直ぐに屹立している。ノモクは心を込めて、それらをさすった。凝っとして動かないエシフの肉體のなかで、そこだけがノモクの手指の動きに反応しているようだった。
――エシフ。あの画のなかに、君はいない……。
心のなかでこう呟いたつぎの瞬間、ノモクの脳裏であの拷問の画が一瞬にして焼き払われ、そこへ何も描かれていない真白の新しい紙片が現れた。
――ノモクよ……。
威厳のある声が聞こえたような気がした。
――汝の手で、この男の画を描くのだ……。
その続きは、はっきりと聞こえた。
ニナクの神からの啓示だろうか。
異教徒の神からの啓示だろうか。
しかしどちらでも構わなかった。
ノモクは、エシフのペニスと陰嚢から手を離し、エシフの腰を跨ぐようにして膝立ちになった。そして先ずは左腕を、つぎに右腕をそれぞれ手に取り、その手首をエシフの頭のうえで交叉させた。
――この男の画を……。
ノモクは目を閉じてその命に従った。
夜の仄暗い砂浜で天に向って真っ直ぐに聳え立つ松の幹に、隆々たる筋肉を持つ若く美しい男奴隷が縛られている。両腕は高く持ちあげられ、手首が重ねあわされて、縄でひと括りにされている。彼は何ひとつ身につけることを許されておらず、縛りつけられる直前に剥ぎ取られたであろう純白の腰布が松の枝に引っかけられ、海風を受けて雲のように棚引いている。
男奴隷は月の光を浴びて、その暗がりのなかに、比いなき裸身を泛びあがらせた。陽に灼けた肌は、赤銅色の磨きあげられたブロンズ像のような輝きを放ち、処どころに落とされた暗い陰は、彼の肌肉の隆起を雄々しく際立たせている。ふたつの腋窩と臍から脚のあいだへ下りる体毛は、漆黒の艶やかな房飾りのように一本一本叮嚀に描かれた。
そしてその肉體の中心には……。
ノモクは、男奴隷のたくましい腰のあたりに稚い貌立ちをした神の使いを描くことを思いついた。
そのときだった。
扉が三度ノックされ、ノモクはぎくりとして夢想から覚めた。慌てて寝台から脱け出すと、扉がふたたび三度ノックされた。ノモクは、ちょっと待って、と云って扉へ向った。
「今、開けるね」ノモクは閂に手を遣った。
「王子、お食事をお持ちしました」
扉の向うからソルブの声がした。
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