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第三章 海の習い
1 殉教者の彫像
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ノモクは部屋へ戻ると、窓を開けて、薪置き小屋の前で休んでいた若い男奴隷に声をかけて湯屋の準備を頼み、湯が溜まるまでのあいだ、そのまま窓辺でぼんやりと考えごとをした。
まもなくこの部屋にエシフ来る。まずは人払いをして、ふたりきりになって……。それから傷口に薬を塗るか、薬湯に浸からせるかしよう。それがすんだら、この部屋でエシフを休ませて……。
潮の香をたっぷりと乗せて、生温い海風が部屋に吹きこんできた。ノモクは窓を閉めて、ベッドの縁に腰を下ろした。
休ませて、そのあとは……。続きを考えようとしたとき、部屋と湯屋を繋ぐ扉がノックされた。扉が開いた。ノモクが目を向けると、男奴隷が顔をそっと覗かせて、
「殿下、湯屋の準備が出来ました」
「ありがとう。あとは自分で出来るから、もう休んで」
ノモクは立上って、男奴隷に近づいた。
「あの、殿下……」男奴隷はノモクの前で両脚を折って跪いた。「今朝のことですが、領主様には内緒にしてくださいませんでしょうか」
朝のこと? ノモクは今日一日の出来事を思い返した。朝起きて、湯屋に這入って、そして……。
――あの彼だった。しかしノモクは何も見なかったことにして、
「大丈夫だよ。お湯がまだ熱かったから、頼まなかっただけなんだ」
男奴隷は戸惑いを見せたが、やがて安心したかのように深々と頭を下げて、
「ありがとうございます」
「きっと朝まで熱いままだと思うから、今夜は釜の番をしなくて善いよ。何かあったら、ぼくが君にそう命令したってちゃんと云うから」
ノモクは男奴隷をねぎらい、奴隷部屋で休むように命令した。
男奴隷が退室したあと、ノモクは乳母アイラムが持たせてくれた薬袋のなかをあらためた。ひと通り揃っている。あとはエシフの傷口を確認するだけだった。
ノモクは、湯屋のなかに素裸かで立っていた。
「殿下、これから身を清めます」
背後から修道士――彼は市場を案内し、地下牢では隣りにいた――が厳かに云った。ノモクは頷いた。すると柄杓に汲まれた湯がさらさらと両の肩に掛けられた。
「つぎは前を失礼します。胸をそらして湯を受けてください」
修道士がノモクの前に廻った。お清めのため、修道士も素裸かだった。ノモクは、その股間に異変を見て、思わず目を逸らした。
「殿下、初めてご覧になりますか?」
「ええと……。修道士は、皆んな、そうなの?」
修道士にはペニスと睾丸がなかった。また恥毛もきれいに剃りおとされていた。
「はい。神に仕える身ですから」
修道士はさらりと云って、左右の鎖骨の窪みに湯を注ぐように柄杓を傾けた。ノモクはペニスを伝いおちる湯がくすぐったくて、思わず腰をもじもじとさせた。修道士は顔色ひとつ変えず、また柄杓に湯を汲んだ。
「殿下、最後のお清めです」
修道士はノモクの前で両膝をついた。そして、左の手のひらでノモクのペニスを掬いとり、その上に柄杓の湯を万遍なく掛けた。
こうしてお清めが了った。ノモクはローエと同じように黒マントを羽織った。
寝室は、すでに小さな拷問部屋になっていた。見ると、地下牢にいた大柄な修道士ふたりが、ちょうど素裸かに剥かれたエシフを縛り了えたところだった。修道士たちは、ノモクに出来具合いを披露するように後ろに下がった。ノモクはエシフを見た。地下牢で見た殉教者の彫像が、そっくりそのまま寝台の側に運ばれてきたようだった。
大仕事を了えた修道士たちは、ノモクにお辞儀をして部屋を出た。ノモクと修道士ひとりが残った。
「エシフは背が高いので、拷問台は使わないことにしました」
修道士が云った。ノモクがエシフの脚元を見ると、複雑な紋様が染め抜かれた、黄いろの丸い絨毯が敷いてあった。エシフは、両脚を円のなかでいっぱいに展げている。胸板が微かに上下しているので息はしているようだが、両目を閉じて凝っとしている。
「これは魔法陣です。黄いろは土を表します。彼は今、土に埋められているのと同じ状態なのです」
「このままずっと動けないの?」
そうです、と答えて修道士は車付きの小さなテーブルをノモクの目の前に引いてきた。さまざまな拷問道具が置かれている。ノモクはただ見つめるだけだった。
「殿下は初めての拷問ですので、比較的扱いやすいものを取り揃えました」修道士が拷問道具をひとつ取りあげて、ノモクに手渡した。「これは鞭の一種です。この部屋で振っても調度品に当たる心配はありません」
太い握り手の先に、帯状の赤黒い鞣し革が三本束ねられている。濡れたような光沢が、獲物を狙う獣の舌のように見えた。
「これ、痛いの?」
「強く打てば痛みを与えることが出来ますし、撫でるように肌の上を沿わせて、くすぐることも出来ます」
ノモクは革の舌を軽く自分の腕に這わせ、そして鞭をテーブルに戻した。「ローエがやったみたいに、エシフの周りをぐるりと廻って、それから始めるんだよね?」
修道士は、はい、と云って頷き、ついで黒マントを脱ぐ手つきをした。ノモクは急かされているような気がした。
ノモクはふと気づいて、
「これなんだけど、ソルブが云ってたんだ」
とゼーゲンにもらった砂糖菓子を修道士に見せた。「異教徒が口にすると動けなくなるって」
「いろごとに効き目が異うのです。動けなくなるのは、白いろの砂糖菓子です」修道士は、砂糖菓子のいろと効き目を、ひとつひとつ説明した。
ノモクは白いろの砂糖菓子をひとつ摘んで、エシフの口に差入れた。エシフの周りをゆっくりと左に廻りながら、体軀じゅうに刻まれた傷を確認する。頭のなかで使うべき薬草がすべて出揃ったとき、ノモクはエシフの前にすっくと立った。
「君がいると恥ずかしいな。これ脱ぐんだよね」黒マントに指をかけながらノモクは云った。「初めての拷問がうまくいくように、礼拝室でお祈りしてくれないかい?」
「仰せのとおりに」修道士が大きく頷いた。「朝までお祈りいたします。黒マントは私がお預かりいたしましょう」
ノモクは、えいや、と黒マントを脱いで修道士に渡した。ペニスはすでに勃起していた。
「ほう。殿下、ご領主様のように立派でございますよ」
修道士は、微笑んで部屋を出ていった。
まもなくこの部屋にエシフ来る。まずは人払いをして、ふたりきりになって……。それから傷口に薬を塗るか、薬湯に浸からせるかしよう。それがすんだら、この部屋でエシフを休ませて……。
潮の香をたっぷりと乗せて、生温い海風が部屋に吹きこんできた。ノモクは窓を閉めて、ベッドの縁に腰を下ろした。
休ませて、そのあとは……。続きを考えようとしたとき、部屋と湯屋を繋ぐ扉がノックされた。扉が開いた。ノモクが目を向けると、男奴隷が顔をそっと覗かせて、
「殿下、湯屋の準備が出来ました」
「ありがとう。あとは自分で出来るから、もう休んで」
ノモクは立上って、男奴隷に近づいた。
「あの、殿下……」男奴隷はノモクの前で両脚を折って跪いた。「今朝のことですが、領主様には内緒にしてくださいませんでしょうか」
朝のこと? ノモクは今日一日の出来事を思い返した。朝起きて、湯屋に這入って、そして……。
――あの彼だった。しかしノモクは何も見なかったことにして、
「大丈夫だよ。お湯がまだ熱かったから、頼まなかっただけなんだ」
男奴隷は戸惑いを見せたが、やがて安心したかのように深々と頭を下げて、
「ありがとうございます」
「きっと朝まで熱いままだと思うから、今夜は釜の番をしなくて善いよ。何かあったら、ぼくが君にそう命令したってちゃんと云うから」
ノモクは男奴隷をねぎらい、奴隷部屋で休むように命令した。
男奴隷が退室したあと、ノモクは乳母アイラムが持たせてくれた薬袋のなかをあらためた。ひと通り揃っている。あとはエシフの傷口を確認するだけだった。
ノモクは、湯屋のなかに素裸かで立っていた。
「殿下、これから身を清めます」
背後から修道士――彼は市場を案内し、地下牢では隣りにいた――が厳かに云った。ノモクは頷いた。すると柄杓に汲まれた湯がさらさらと両の肩に掛けられた。
「つぎは前を失礼します。胸をそらして湯を受けてください」
修道士がノモクの前に廻った。お清めのため、修道士も素裸かだった。ノモクは、その股間に異変を見て、思わず目を逸らした。
「殿下、初めてご覧になりますか?」
「ええと……。修道士は、皆んな、そうなの?」
修道士にはペニスと睾丸がなかった。また恥毛もきれいに剃りおとされていた。
「はい。神に仕える身ですから」
修道士はさらりと云って、左右の鎖骨の窪みに湯を注ぐように柄杓を傾けた。ノモクはペニスを伝いおちる湯がくすぐったくて、思わず腰をもじもじとさせた。修道士は顔色ひとつ変えず、また柄杓に湯を汲んだ。
「殿下、最後のお清めです」
修道士はノモクの前で両膝をついた。そして、左の手のひらでノモクのペニスを掬いとり、その上に柄杓の湯を万遍なく掛けた。
こうしてお清めが了った。ノモクはローエと同じように黒マントを羽織った。
寝室は、すでに小さな拷問部屋になっていた。見ると、地下牢にいた大柄な修道士ふたりが、ちょうど素裸かに剥かれたエシフを縛り了えたところだった。修道士たちは、ノモクに出来具合いを披露するように後ろに下がった。ノモクはエシフを見た。地下牢で見た殉教者の彫像が、そっくりそのまま寝台の側に運ばれてきたようだった。
大仕事を了えた修道士たちは、ノモクにお辞儀をして部屋を出た。ノモクと修道士ひとりが残った。
「エシフは背が高いので、拷問台は使わないことにしました」
修道士が云った。ノモクがエシフの脚元を見ると、複雑な紋様が染め抜かれた、黄いろの丸い絨毯が敷いてあった。エシフは、両脚を円のなかでいっぱいに展げている。胸板が微かに上下しているので息はしているようだが、両目を閉じて凝っとしている。
「これは魔法陣です。黄いろは土を表します。彼は今、土に埋められているのと同じ状態なのです」
「このままずっと動けないの?」
そうです、と答えて修道士は車付きの小さなテーブルをノモクの目の前に引いてきた。さまざまな拷問道具が置かれている。ノモクはただ見つめるだけだった。
「殿下は初めての拷問ですので、比較的扱いやすいものを取り揃えました」修道士が拷問道具をひとつ取りあげて、ノモクに手渡した。「これは鞭の一種です。この部屋で振っても調度品に当たる心配はありません」
太い握り手の先に、帯状の赤黒い鞣し革が三本束ねられている。濡れたような光沢が、獲物を狙う獣の舌のように見えた。
「これ、痛いの?」
「強く打てば痛みを与えることが出来ますし、撫でるように肌の上を沿わせて、くすぐることも出来ます」
ノモクは革の舌を軽く自分の腕に這わせ、そして鞭をテーブルに戻した。「ローエがやったみたいに、エシフの周りをぐるりと廻って、それから始めるんだよね?」
修道士は、はい、と云って頷き、ついで黒マントを脱ぐ手つきをした。ノモクは急かされているような気がした。
ノモクはふと気づいて、
「これなんだけど、ソルブが云ってたんだ」
とゼーゲンにもらった砂糖菓子を修道士に見せた。「異教徒が口にすると動けなくなるって」
「いろごとに効き目が異うのです。動けなくなるのは、白いろの砂糖菓子です」修道士は、砂糖菓子のいろと効き目を、ひとつひとつ説明した。
ノモクは白いろの砂糖菓子をひとつ摘んで、エシフの口に差入れた。エシフの周りをゆっくりと左に廻りながら、体軀じゅうに刻まれた傷を確認する。頭のなかで使うべき薬草がすべて出揃ったとき、ノモクはエシフの前にすっくと立った。
「君がいると恥ずかしいな。これ脱ぐんだよね」黒マントに指をかけながらノモクは云った。「初めての拷問がうまくいくように、礼拝室でお祈りしてくれないかい?」
「仰せのとおりに」修道士が大きく頷いた。「朝までお祈りいたします。黒マントは私がお預かりいたしましょう」
ノモクは、えいや、と黒マントを脱いで修道士に渡した。ペニスはすでに勃起していた。
「ほう。殿下、ご領主様のように立派でございますよ」
修道士は、微笑んで部屋を出ていった。
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