[R-18] 奴隷のレッスン:騎士団所属の末っ子王子は、イケメン奴隷に身も心も奪われる

山葉らわん

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第二章 海鳴り

7 西の娼館、東の漁場

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「こちらへお坐りください」修道士はノモクを広場の噴水の縁に腰掛けるように勧め、自分も傍に坐った。「殿下、これから如何いかがなさいますか?」
 このままギーフがこの場に戻ってくるのを待つことも出来る。だが、せっかく市場に来たのだから、見て廻りたい気持ちを抑えることは難しかった。
「市場の端まで一緒に行ってくれるかい?」
「そうおっしゃると思いました」
 修道士は表情を緩めた。
 しかし、この修道士の答えはノモクをさらに悩ませることになった。オシヤクに来て気分が大きくなり、すっかり羽を伸ばしているギーフのことが気になるのだ。確かにそこかしこに警備隊の詰め所があり、ギーフは王家の紋章の木札を持っているが、浮かれて羽目を外してしまうのは目に見えている。
「でも、やっぱり一緒にギーフの後を追ったほうが……」
「市場の東側は行かなくても宜しいのですか?」
「ギーフが心配なんだ。きっと路地裏に這入ると思うよ」
「そのときはそのときです」修道士は涼しい顔をして云った。「殿下の身代わりとして相応しいかどうか試すようにと司祭様から云われておりますので」
 ノモクは、それならなおのこと今すぐギーフを止めに行かなければと思った。
「今ならまだ間に合うよ。路地裏は危ないんだよね? 一体何があるの? 警備隊も立入れないような場所なの?」
「いいえ。警備隊も騎士団も外国の商人もこの土地の者も、男ならば誰もが路地裏に這入ります」
 修道士は婉曲的な物云いをしたが、ノモクには彼が云わんとすることの察しがついた。
「それってまさか……」
「西の端の路地裏には娼館が建ち並んでいるのです。ギーフ様は、おそらくそこが目当てなのでしょう」
「でも修道服を着てそんなところには――」
 云いかけてノモクは口ごもった。ギーフなら途中で着替えの衣服を買うくらいのことはするだろう。ノモクは居ても立っても居られなくなったが、聖職者である修道士と娼館のある路地裏に行くのははばかれた。

「殿下、ここでお会いするとは。お忍びの視察ですかな」
 そのとき、ノモクに声をかけてくる者があった。顔馴染みの三十代の騎士だった。非番の日なので王都で見る制服姿ではなかったが、普段着でも騎士のオーラを漂わせていた。
「ああ、ナコシュ。でもよくわかったね。ぼく、頭巾を被っていたのに」
 ナコシュは、ノモクにお辞儀をして傍に腰をおろし、
「殿下は気品がありますからな。ところでギーフは何処です? ご一緒ではないのですか?」
「それが……」
 ナコシュは昨晩の晩餐会には出席していなかったが、娼館通いを恥じと思わない男で、むしろそれを騎士の誉れと考えているようなふしがあった。彼に相談しても大丈夫だろうか? 実際、ナコシュが休憩時間にノモクとギーフに娼館での出来事を語って聞かせるのは一度や二度ではない。
 なかなか云い出せないノモクに代わって、修道士が事情を説明した。ナコシュは頷きながらその話を聞いている。ふたりに挟まれて坐っているノモクは、恥ずかしさで耳を塞ぎたくなった。
「なるほど。どうやらギーフは女をったようだな」案の定、ナコシュは感心したように快活に笑った。「覚えたてのころは、男は誰も抑えが効かないものだ」
「そんなことより、ナコシュ。休みの日に悪いんだけど、ギーフを探しに行ってくれないかい?」
 仰せのとおりに、と云ってナコシュは市場のなかへ溶けていった。
「さて、殿下。市場の東側をご案内いたしましょう。お屋敷への一本道もお教えしなくてはなりませんね」
 修道士に促されてノモクは立上った。そのとき、水しぶきがノモクの頭巾を濡らした。ふり返ると噴水がいっそう高く上がっていた。
「これは昼の市がはじまる合図です」修道士がノモクの背後から声をかけた。「市場がもっとも活気に溢れる時間なんですよ。さあ、行きましょう」

 ノモクは頭巾を深く被り、修道士とともに市場を歩いた。果物屋、パン屋、肉屋など、食料品を売る店が目につく。
「市場の東側は、日々の糧を売る店が並んでいます」修道士が云った。
「ここで売られているのは、ぜんぶオシヤクのものなの?」ノモクは礼拝堂に着くまえに見た果樹園や牧場などを思い出した。
「そうです。ニナクの神のお陰で自然の恵みに困ることはないのです」
 市場を奥に進むにつれて潮の香が濃くなってゆく気がした。漁で獲れた魚たちが新鮮なうちに店に並ぶとすれば市場の端だろう。そこなら入江からもっとも近い。
「殿下、ここから路地に這入ります。私から離れないでください」
 修道士が突然ノモクの手をひいた。ノモクが店先の果物に目を奪われているときだった。
「あ」
「お屋敷への一本道にご案内します」
「ああ、そうだったね」
 路地を真っ直ぐに抜けると海が見えた。その海を右手に入江への下り道をつたってゆくと、ごつごつとした岩穴の入口にたどり着いた。薄暗いその洞窟のなかをぐるぐると廻りながらさらに下へ進むと、暗がりの向こうから、波の音と潮の香がやって来た。
「うわあ」
 洞窟を抜け出して、ノモクは声を上げた。海のおもてが夏の太陽に焼きつけられ、やいばのように鋭く光っている。雲はその筋肉を海の刃に斬られまいと空の高みにあって、落ちてこいと唸る波をせせら笑っている。
「殿下、一本道はこちらです」
 洞窟を出て海岸を左に少し歩くと少し急な上り道があった。目線を上げてゆくと屋敷の塔の先端が顔を覗かせている。ローエの屋敷の裏庭に繋がっているらしかった。
 ふたりは洞窟のまえに戻ってきた。
「殿下、市場の端まで行った証拠に、ここで貝殻を探しては如何でしょう?」修道士がいたずらっぽく笑った。
「それは好い考えだね」ノモクは修道士の提案に乗った。「そのあいだに噴水広場のようすを見てきてくれるかな? ナコシュがギーフを連れ戻しているかも知れないから」
 修道士は少し考えてから云った。
「わかりました。ですが、決してここを離れないでください。万が一の場合には、この洞窟の向こう側に漁師たちがいます。彼らは領主様のお屋敷の奴隷たちですから、殿下に危害を加えたりはしないでしょう」
 修道士が去ったあと、ノモクは漁師たちがいると教えられた方角に向かった。しばらく歩くと岩陰に突き当たった。岩陰をよじ登って顔を出したとき、男たちが海のなかで泳いでいるのを見た。
 あのなかにエシフがいる。
 ノモクは確信した。
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