[R-18] 奴隷のレッスン:騎士団所属の末っ子王子は、イケメン奴隷に身も心も奪われる

山葉らわん

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第二章 海鳴り

6 死の舟と海風

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 馬車が停まった。岬の礼拝堂に着いたのだ。ノモクは馬車を降りると、歓声を上げた。
「殿下、こちらがオシヤクの礼拝堂でございます」ゼーゲンが目を細めた。
「この岬全体が、お祈りの場なのですね!」ノモクは、自然と調和した赤煉瓦の建造物に目を見張った。礼拝堂の前庭が岬の入口とひと続きになっていて、そのまま坂を降りてゆけば町へとたどり着く。「オシヤクじゅうの人々が、ここでお祈りを出来そうなくらいだ」
「王子ったら、まったく。皆んながここに集まったら、町が空っぽになるじゃないか」
 ギーフが笑った。
 ノモクは、何か好い云いかえしはないかと考えて、
「ああ、ニナクの神よ。わたしの身代わりであるギーフを、どうかお赦しください!」
 ギーフがまた笑う。
「外でお祈りするより、なかでやったほうがいと思うけどな。そうだよね、司祭様?」
「そうですね。可愛らしい修道士がふたりもいらしたのですから、ニナクの神もお待ちでしょう」
 ノモクはゼーゲンに促され、ギーフとともに礼拝堂に這入った。黄金いろのニナクの神は、窓からの陽の光を浴びて、扉の先でひときわ輝いていた。お祈りをすませ、ノモクはようやく救われた気がした。
 
 ゼーゲンは執務があるので、代わりに若い修道士が、ノモクたちを裏庭に案内した。海風が礼拝堂の壁に潮の香を叩きつけ、乾くか乾かないかの焦ったい湿り気を与えていた。目の前には海が広がっている。
 遠くに見える島を指差して修道士が云った。
「殿下、あれが『死の舟』でございます」
「ヴォワーダ王国のあった場所ですよね?」
「そうです。十年前に滅びました。邪教を信仰していたので、ニナクの神の怒りにふれたのでしょう」
 十年前の天変地異でニナクの神から見捨てられたその島は、座礁した舟のように見えた。救いを求めても赦しを得られなかった罪深い人たちが、ただその場で死ぬのを待っているような雰囲気を漂わせている。手つかずのままなので、緑の樹々が鬱蒼と繁っていた。
「彼らは改宗しなかったのですか?」ノモクは修道士に訊いた。「そうすれば生き延びたでしょうに」
「王子は考えが甘いなあ」ギーフが云った。「邪教の信者たちが、そんなに簡単に改宗するわけないじゃないか。それどころか宣教師を襲ったりするんだよ。火炙りにしたり、土に埋めたりしてさ」
 ノモクは、本当にそんな恐ろしいことがあるのかと、修道士の顔を見た。痛ましい過去に胸を痛めるような表情がそこにあった。
「殿下、そろそろ町をご案内いたしましょう。市場は如何ですか?」
 修道士が話題をかえた。
 ノモクが頷いたとき、海風が強く吹いた。慌てて頭巾を押さえたが間に合わず、髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまった。
 ギーフが笑った。「市場では身代わりのおれが顔を出して歩くからね。その頭だと王子が恥をかいてしまう」
 修道士がやんわりと云った。
「お忍びだとうかがっております。おふたりとも頭巾を被ったままでお歩きください」

 市場はその入口から賑わっていた。
「この市場は東西に長く伸びていて、市場の端はそれぞれ入江に繋がっています。西の入江は交通の要でして、外国との交易で賑わっております。東の入江は危険ですので、お近づきにならないでください」修道士はノモクとギーフにこう伝えると、ふたりに木製のふだを手渡した。手のひらに収まるその木札は、中央に王家の紋章が焼きつけられている。「もし市場ではぐれたり道に迷われた場合には、警備隊の詰め所が至る所にありますので、これを警備隊にお見せください」
「王子に一番必要な物だね」ギーフが快活に笑った。「すぐ迷子になっちゃうんだ」
 ノモクはギーフの揶揄いを無視して修道士に訊いた。
「同行していただけるんですよね?」
「ほら、王子の心配ぐせが始まった。おれが付いているから大丈夫だよ」ギーフが胸を張った。
「大通りを見て廻るだけであれば、わたしがいなくても問題ないでしょうが……」
 修道士が渋い表情を作ったので、ノモクは彼を困らせてはいけないと、ギーフに向かって、
「ふたりきりで行動するのはよそうよ」
「王子、おれたちは従騎士だよ。怖いものなんかこの世にあるもんか」ギーフはノモクにこう云うと、こんどは修道士に向ってこう云った。「それならこの大通りを、ふた手に分かれて端まで行って、またここに戻ってくるのはどうかな?」
 修道士はしばらく考えて、こう云った。
「わかりました。それではわたしは、この中央広場でおふたりをお待ちしています。ですが、大通りを散策するだけになさってください」
「それじゃあ、王子。どっちが先に戻ってくるか競争だ!」
 ギーフはこう云い残して、雑踏のなかに消えていった。
 ノモクは反対側の大通りを見た。修道士の顔を窺う。修道士は、致し方ないと云いたげにため息をついた。
「殿下、ギーフ様には内緒ですが、もし迷子になった場合には、東の入江へお進みください。領主様のお屋敷に続く一本道がございます。お屋敷に着かれましたら、礼拝堂まで伝令を飛ばしていただければ、問題はございません」修道士は、ノモクの味方のように微笑んだ。
「その道はすぐわかるの?」
「見つからなければ、漁師たちが東の入江にいます」
 ノモクは、修道士のこの言葉を「エシフが東の入江にいる」と理解した。そのとき、東風が吹いた。エシフの匂いがした。
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