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第二章 海鳴り
2 朝の祈り
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礼拝室は、その扉の豪奢な造りにそぐわない狭い空間で、三人ほどでいっぱいになりそうだった。ノモクは、しかし自分の他に誰もいないことに、ほっとした。たとえ心のなかで神に懺悔するにしても、誰かがそばにいては、その内容を聞かれてしまうような気がしたからだった。
『ニナクの神よ』
ノモクは、心のなかで神の名を唱えた。これ以上、言葉を思いうかべなくても、全知全能の神がすべてを赦してくれることを希った。
「ニナクの神よ。懺悔いたします」
もう一度、神に呼びかけた。こんどは言葉を口にした。自分の耳にも聞こえるか聞こえないかの低声だった。
けれども浄化されなかった。たとえ心のなかでも、ちゃんと言葉にしないと神は赦してくれない。ノモクは固く目を閉じて、言葉を選びながら神に告白した。
『昨夜の出来事は、ニナクの神よ、すべてあなたからの試練だったのでしょうか? 私は晩餐会の余興で、男女が交わるのを観ました。その後、部屋に娘たちが来て、私を誘惑しましたが、私はそれを断って純潔を護りました……』
ここまでをなんとか言葉にした。胸のつかえが取れるどころか、部屋の静寂さが、そのつづきをせがんだ。ノモクは心に泛ぶ言葉をひとつひとつ吟味し、打ち消しては蘇らせるのをくり返した。
『ニナクの神よ。私の肉体は、清らかではないのでしょうか? 正直に告白いたします。むしろ、男奴隷たちの肉体のほうが美しく思えました』
ノモクは異教徒のペニスを思い出した。湯屋でそして部屋を出る前に目にしたソルブのペニス、湯屋の外で自慰をしていた男奴隷のペニス、そしてこの手で触れたエシフのペニス。どれも清らかであるはずの自分よりも、男らしく立派で完成された肉体の一部であった。異教徒の徴さえなければ、彼らは皆、ニナクの神が教える健全で理想的な肉体の持ち主だったのだ。
『これも、あなたが私に与えた試練なのでしょうか?』
真剣な祈りのなかで、ノモクは次第に自分の心が昂ぶってくるのを感じた。ああ、まただ。ペニスが反応した。ノモクは立上がって狭い礼拝室のなかをぐるぐると歩きまわった。
ようやく落ちついて冷静に室内を見廻すと、左の壁に扉があった。何の部屋だろう。ノモクはぼんやりと扉を眺めた。
「ノモク王子殿下」
背後から声がした。司祭ゼーゲンだった。
「朝のお祈りとは、大変ご立派なお心掛けにございます」
「おはようございます。司祭様。朝食の前にお祈りをしようと思って……」
ノモクは、はにかみながら云った。
ゼーゲンは柔らかく微笑み、ノモクをあたたかく抱擁した。「殿下にニナクの神の祝福があらんことを」
抱擁がすんだ。ノモクはゼーゲンに訊いた。
「司祭様、岬のうえの礼拝堂に居らしたのではないのですか?」
「殿下がご滞在のあいだは、朝と晩にこちらで控えております。ああ、そうでした」ゼーゲンはふと何かを思い出したように手を叩いて、壁の扉へ向かった。「殿下、少々お待ちを」
扉の奥はゼーゲンの執務室のようだった。ノモクはそのあいだに袖のなかの腰布に手をやって落とさないように腕にかけた。そして素知らぬ顔でゼーゲンが戻ってくるのを待った。
「殿下、お食事の前ですので、ほんの少しだけでございますが」
ゼーゲンは薄く削った木材を巻いて作られた円錐状の包みをノモクに手渡した。なかを覗きこむと、干した果実を砂糖漬けにしたものだった。
「ありがとうございます、司祭様」ノモクは大喜びだった。「これ、王宮では滅多に口に出来ない果実のお菓子なんです。しかもこんなにたくさん……」
「殿下、お約束ですよ。ご朝食の前でございますので」
「それでは朝のデザートにします」
ノモクが礼を云うと、ゼーゲンは大きく頷いた。
『ニナクの神よ』
ノモクは、心のなかで神の名を唱えた。これ以上、言葉を思いうかべなくても、全知全能の神がすべてを赦してくれることを希った。
「ニナクの神よ。懺悔いたします」
もう一度、神に呼びかけた。こんどは言葉を口にした。自分の耳にも聞こえるか聞こえないかの低声だった。
けれども浄化されなかった。たとえ心のなかでも、ちゃんと言葉にしないと神は赦してくれない。ノモクは固く目を閉じて、言葉を選びながら神に告白した。
『昨夜の出来事は、ニナクの神よ、すべてあなたからの試練だったのでしょうか? 私は晩餐会の余興で、男女が交わるのを観ました。その後、部屋に娘たちが来て、私を誘惑しましたが、私はそれを断って純潔を護りました……』
ここまでをなんとか言葉にした。胸のつかえが取れるどころか、部屋の静寂さが、そのつづきをせがんだ。ノモクは心に泛ぶ言葉をひとつひとつ吟味し、打ち消しては蘇らせるのをくり返した。
『ニナクの神よ。私の肉体は、清らかではないのでしょうか? 正直に告白いたします。むしろ、男奴隷たちの肉体のほうが美しく思えました』
ノモクは異教徒のペニスを思い出した。湯屋でそして部屋を出る前に目にしたソルブのペニス、湯屋の外で自慰をしていた男奴隷のペニス、そしてこの手で触れたエシフのペニス。どれも清らかであるはずの自分よりも、男らしく立派で完成された肉体の一部であった。異教徒の徴さえなければ、彼らは皆、ニナクの神が教える健全で理想的な肉体の持ち主だったのだ。
『これも、あなたが私に与えた試練なのでしょうか?』
真剣な祈りのなかで、ノモクは次第に自分の心が昂ぶってくるのを感じた。ああ、まただ。ペニスが反応した。ノモクは立上がって狭い礼拝室のなかをぐるぐると歩きまわった。
ようやく落ちついて冷静に室内を見廻すと、左の壁に扉があった。何の部屋だろう。ノモクはぼんやりと扉を眺めた。
「ノモク王子殿下」
背後から声がした。司祭ゼーゲンだった。
「朝のお祈りとは、大変ご立派なお心掛けにございます」
「おはようございます。司祭様。朝食の前にお祈りをしようと思って……」
ノモクは、はにかみながら云った。
ゼーゲンは柔らかく微笑み、ノモクをあたたかく抱擁した。「殿下にニナクの神の祝福があらんことを」
抱擁がすんだ。ノモクはゼーゲンに訊いた。
「司祭様、岬のうえの礼拝堂に居らしたのではないのですか?」
「殿下がご滞在のあいだは、朝と晩にこちらで控えております。ああ、そうでした」ゼーゲンはふと何かを思い出したように手を叩いて、壁の扉へ向かった。「殿下、少々お待ちを」
扉の奥はゼーゲンの執務室のようだった。ノモクはそのあいだに袖のなかの腰布に手をやって落とさないように腕にかけた。そして素知らぬ顔でゼーゲンが戻ってくるのを待った。
「殿下、お食事の前ですので、ほんの少しだけでございますが」
ゼーゲンは薄く削った木材を巻いて作られた円錐状の包みをノモクに手渡した。なかを覗きこむと、干した果実を砂糖漬けにしたものだった。
「ありがとうございます、司祭様」ノモクは大喜びだった。「これ、王宮では滅多に口に出来ない果実のお菓子なんです。しかもこんなにたくさん……」
「殿下、お約束ですよ。ご朝食の前でございますので」
「それでは朝のデザートにします」
ノモクが礼を云うと、ゼーゲンは大きく頷いた。
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