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第一章 夜を往く帆舟(ふね)
9 寝台(ねだい)の夢
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「わたしが、手ほどきをいたします」
エシフのこの言葉にノモクはすっかり気が動転してしまった。
「エシフ、どうしてこんなことを?」
「あなたを悦ばせるためです」
エシフはこう云うと、これから王子の準備をするのでいったん部屋から下がるように、と娘たちに云った。娘たちは、ノモクに可憐な微笑みを呉れると、エシフに導かれて部屋を出ていった。エシフは娘たちを送りだすと扉を閉じ、閂を掛けた。
二人きりになると、エシフはようやく顔をあげてノモクの顔を直視した。エシフは、奴隷が主人に決して見せることのない、自信に溢れた男の顔つきをしていた。
立尽すノモクをよそに、エシフは部屋を煌々と照らすランプのひとつを消した。
「ちょっと、エシフ!」
「夜のお楽しみは、明るいほうが宜しいでしょうか?」
「そうじゃなくて……」
ノモクは口ごもった。
十四のときに、ノモクは夢精を体験した。それは一人前の男になる準備が出来ていることを意味していた。同じくらいの年頃の少年たちが自慰を覚え、日ごと夜ごとにその行為を楽しむなか、ノモクはしかしそれを穢れた行為として、忌み嫌い、自ら禁じていた。
エシフがふたつ目のランプを消した。
「まだその時期じゃないと思うんだ」
「王子?」
「騎士として一人前になって、そして生涯の伴侶と出逢って、その女性と永遠の愛を誓うそのときまで……」
自慰を禁じるノモクにとって、『経験者』となるのは考えられないことだ。ましてやこの場でたった今逢ったばかりの娘と経験するなんて、あってはならないことだった。
部屋がまた暗くなった。エシフがみっつ目のランプを消したのだった。ノモクは怯えた。
エシフの背後にあるランプの灯りが、彼のほとんど裸かの全身に、一筋の金いろに輝く稜線を与えていた。エシフの裸身は、部屋のどの調度品よりも美しかった。エシフが動くたびに、今にも落ちそうな腰布の前垂れがやわらかく揺れ、誇らしげな異教徒のペニスが見え隠れした。
「王子、準備は出来ているようですが……」
エシフがノモクに近づいて云った。ノモクはチュニックのなかに勃然としたものを感じて、思わず両手で股間を押さえた。
「恥ずかしいことではありません」エシフはノモクの手を取って、腰布の前垂れのなかに導いた。「男は皆、こうなるのです」
ノモクの手のなかで、異教徒のペニスが脈打ち硬度を増していった。エシフの顔を見上げると、精悍さはそのままに、むしろ彼の美しさが弥増すばかりだった。それはノモクに、神聖な儀式への誘いのような錯覚を起こさせた。
「だめだよ、エシフ」ノモクは、エシフのペニスを握る手を離した。「これは何かの間違いだよ。だから今夜は帰ってくれないかい?」
「王子?」
エシフは困惑したような表情を泛べ、そして力無く項垂れた。
エシフが部屋を出てゆくと、ノモクは誰も這入ってこられないように扉の閂を掛けた。そして、消されたランプにふたたび焔を灯してまわった。エシフの裸身を思い出さないようにするためだったから、昼間のように明るければ明るいほど好かった。
それから荷物のなかからリラックス効果のある純白のイーリルの花びらを数枚取り出し、いつもそうするように、ペニスの尖端の丸みをぐるりと囲むように包んだ。花びらの先を寄せ集め、そこを摘んで軽く絞り、帽子のようにした。イーリルの花びらが、ノモクのペニスに宿りかけた羞恥を、その匂いと純白さで浄化しはじめると、ノモクはチュニックを脱いで寝台にもぐりこんだ。
これでぼくは穢れすにすむ。
ノモクは目を閉じた。ところが、まどろみはじめたとき、ふしぎな動きをする何かの映像が瞼の裏に映った。ぼんやりとしたその映像が、次第に鮮明になってゆく。
エシフ……?
ノモクの目の前で、男と女が複雑に絡みあい、解け、また絡みあった。男の大胆な動きにも関わらず、ただ一箇所、解けそうでそうならず、固く結ばれた舫い綱のように、幾分もどかしげに繋がったところがある。そこで何が起きているのかはわからなかった。ちょうどその部分から、赤い焔が立っていたからだ。
「王子、こちらへ」
男がノモクに云った。
ノモクは誘われるように男に近づいた。激しく燃えたつ焔に隠された男女の結合の、ふしぎな仕掛けや細工を、識りたいと思ったからだ。そこでは男と女の肉體の、もっとも本質的で、象徴的で、肉感的な部分が、まさにその一点で互いを溶かしあい、融合しようと、激しく熱を発しながら蠢いていた。
ノモクは焔に向けて息を吹きかけた。女が焔に包まれ、ゆらめき、ふっと消えた。男の裸身だけが目の前に残った。
エシフだった。
エシフはいきなりノモクを引き寄せ、覆いかぶさり、肉厚の手でノモクを愛撫しはじめた。ノモクの手がそれを真似るように自分の胸をまさぐる。エシフの指先は、ノモクの乳首を撫でさすり、摘まみ、捏ね、屹立させた。と同時にノモクは、自分のペニスが屹立してゆくのを感じた。右手でペニスを握る。上下に動かす。それは無意識だった。
イーリルの花帽子は、荒々しい右手の動きにあえなく破れ、散ってしまっていた。
自慰は穢れた行為だ……!
呻き声をあげながらノモクはうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。するとペニスがシーツに擦りつけられる形となったので、ノモクは反射的に腰を泛せた。これが新たな快楽のはじまりとなった。そこへまた右手が辷りこんできた。右手は自然にペニスを包んだ。ついで右手の動きに左手の愛撫が加わった。快感が増してゆく。腰が上がってゆき、ついに獣の姿勢になった。尻を高く突きあげているせいで、双丘の谷間がおしひろげられるような気がする。
新しい映像が瞼の裏に泛んだ。
目の前に業と燃えさかる異教徒のペニスが現れた。純白のベッドは消えていた。ノモクは、顔の位置を互いちがいにして、エシフに乗っていた。そしてエシフの顔のちょうどうえで脚を左右に展げ、恥の部分をすっかり曝していた。ノモクは、自分の右手の動きを、エシフのものだと錯覚した。
「王子、わたしが手ほどきを……」
腿と腿のあいだから、エシフの声がした。
胸を弄んでいた左手の指が、腹を通って腰の後ろにそろそろと辷ってゆき、展げられた谷間に落ちる。吸いつくように肛門にぴたりとあてられたのは、すでに自分の指ではなかった。
こんなの望んでなんかいない。ノモクは目を開けた。エシフが消える。羞恥の部分に繋がれていた両手も鎖がほどけたように自由になった。もがくように仰向けになり、明るさのなかに身を置いた。
顔を起こすと、屹立したペニスが戦慄いていた。ちょっとだけなら……。右手でなだめるようにそこを愛撫した。ノモクは目を閉じた。これはエシフの手だ、自慰ではない、と自分に云い聞かせた。やがて腰の奥から海嘯のように激しく逆流してくる気配が感じられた。それは夢精とは異う、はじめての快感をともなって、めくるめく寝台の夢のなかで迸った。
エシフのこの言葉にノモクはすっかり気が動転してしまった。
「エシフ、どうしてこんなことを?」
「あなたを悦ばせるためです」
エシフはこう云うと、これから王子の準備をするのでいったん部屋から下がるように、と娘たちに云った。娘たちは、ノモクに可憐な微笑みを呉れると、エシフに導かれて部屋を出ていった。エシフは娘たちを送りだすと扉を閉じ、閂を掛けた。
二人きりになると、エシフはようやく顔をあげてノモクの顔を直視した。エシフは、奴隷が主人に決して見せることのない、自信に溢れた男の顔つきをしていた。
立尽すノモクをよそに、エシフは部屋を煌々と照らすランプのひとつを消した。
「ちょっと、エシフ!」
「夜のお楽しみは、明るいほうが宜しいでしょうか?」
「そうじゃなくて……」
ノモクは口ごもった。
十四のときに、ノモクは夢精を体験した。それは一人前の男になる準備が出来ていることを意味していた。同じくらいの年頃の少年たちが自慰を覚え、日ごと夜ごとにその行為を楽しむなか、ノモクはしかしそれを穢れた行為として、忌み嫌い、自ら禁じていた。
エシフがふたつ目のランプを消した。
「まだその時期じゃないと思うんだ」
「王子?」
「騎士として一人前になって、そして生涯の伴侶と出逢って、その女性と永遠の愛を誓うそのときまで……」
自慰を禁じるノモクにとって、『経験者』となるのは考えられないことだ。ましてやこの場でたった今逢ったばかりの娘と経験するなんて、あってはならないことだった。
部屋がまた暗くなった。エシフがみっつ目のランプを消したのだった。ノモクは怯えた。
エシフの背後にあるランプの灯りが、彼のほとんど裸かの全身に、一筋の金いろに輝く稜線を与えていた。エシフの裸身は、部屋のどの調度品よりも美しかった。エシフが動くたびに、今にも落ちそうな腰布の前垂れがやわらかく揺れ、誇らしげな異教徒のペニスが見え隠れした。
「王子、準備は出来ているようですが……」
エシフがノモクに近づいて云った。ノモクはチュニックのなかに勃然としたものを感じて、思わず両手で股間を押さえた。
「恥ずかしいことではありません」エシフはノモクの手を取って、腰布の前垂れのなかに導いた。「男は皆、こうなるのです」
ノモクの手のなかで、異教徒のペニスが脈打ち硬度を増していった。エシフの顔を見上げると、精悍さはそのままに、むしろ彼の美しさが弥増すばかりだった。それはノモクに、神聖な儀式への誘いのような錯覚を起こさせた。
「だめだよ、エシフ」ノモクは、エシフのペニスを握る手を離した。「これは何かの間違いだよ。だから今夜は帰ってくれないかい?」
「王子?」
エシフは困惑したような表情を泛べ、そして力無く項垂れた。
エシフが部屋を出てゆくと、ノモクは誰も這入ってこられないように扉の閂を掛けた。そして、消されたランプにふたたび焔を灯してまわった。エシフの裸身を思い出さないようにするためだったから、昼間のように明るければ明るいほど好かった。
それから荷物のなかからリラックス効果のある純白のイーリルの花びらを数枚取り出し、いつもそうするように、ペニスの尖端の丸みをぐるりと囲むように包んだ。花びらの先を寄せ集め、そこを摘んで軽く絞り、帽子のようにした。イーリルの花びらが、ノモクのペニスに宿りかけた羞恥を、その匂いと純白さで浄化しはじめると、ノモクはチュニックを脱いで寝台にもぐりこんだ。
これでぼくは穢れすにすむ。
ノモクは目を閉じた。ところが、まどろみはじめたとき、ふしぎな動きをする何かの映像が瞼の裏に映った。ぼんやりとしたその映像が、次第に鮮明になってゆく。
エシフ……?
ノモクの目の前で、男と女が複雑に絡みあい、解け、また絡みあった。男の大胆な動きにも関わらず、ただ一箇所、解けそうでそうならず、固く結ばれた舫い綱のように、幾分もどかしげに繋がったところがある。そこで何が起きているのかはわからなかった。ちょうどその部分から、赤い焔が立っていたからだ。
「王子、こちらへ」
男がノモクに云った。
ノモクは誘われるように男に近づいた。激しく燃えたつ焔に隠された男女の結合の、ふしぎな仕掛けや細工を、識りたいと思ったからだ。そこでは男と女の肉體の、もっとも本質的で、象徴的で、肉感的な部分が、まさにその一点で互いを溶かしあい、融合しようと、激しく熱を発しながら蠢いていた。
ノモクは焔に向けて息を吹きかけた。女が焔に包まれ、ゆらめき、ふっと消えた。男の裸身だけが目の前に残った。
エシフだった。
エシフはいきなりノモクを引き寄せ、覆いかぶさり、肉厚の手でノモクを愛撫しはじめた。ノモクの手がそれを真似るように自分の胸をまさぐる。エシフの指先は、ノモクの乳首を撫でさすり、摘まみ、捏ね、屹立させた。と同時にノモクは、自分のペニスが屹立してゆくのを感じた。右手でペニスを握る。上下に動かす。それは無意識だった。
イーリルの花帽子は、荒々しい右手の動きにあえなく破れ、散ってしまっていた。
自慰は穢れた行為だ……!
呻き声をあげながらノモクはうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。するとペニスがシーツに擦りつけられる形となったので、ノモクは反射的に腰を泛せた。これが新たな快楽のはじまりとなった。そこへまた右手が辷りこんできた。右手は自然にペニスを包んだ。ついで右手の動きに左手の愛撫が加わった。快感が増してゆく。腰が上がってゆき、ついに獣の姿勢になった。尻を高く突きあげているせいで、双丘の谷間がおしひろげられるような気がする。
新しい映像が瞼の裏に泛んだ。
目の前に業と燃えさかる異教徒のペニスが現れた。純白のベッドは消えていた。ノモクは、顔の位置を互いちがいにして、エシフに乗っていた。そしてエシフの顔のちょうどうえで脚を左右に展げ、恥の部分をすっかり曝していた。ノモクは、自分の右手の動きを、エシフのものだと錯覚した。
「王子、わたしが手ほどきを……」
腿と腿のあいだから、エシフの声がした。
胸を弄んでいた左手の指が、腹を通って腰の後ろにそろそろと辷ってゆき、展げられた谷間に落ちる。吸いつくように肛門にぴたりとあてられたのは、すでに自分の指ではなかった。
こんなの望んでなんかいない。ノモクは目を開けた。エシフが消える。羞恥の部分に繋がれていた両手も鎖がほどけたように自由になった。もがくように仰向けになり、明るさのなかに身を置いた。
顔を起こすと、屹立したペニスが戦慄いていた。ちょっとだけなら……。右手でなだめるようにそこを愛撫した。ノモクは目を閉じた。これはエシフの手だ、自慰ではない、と自分に云い聞かせた。やがて腰の奥から海嘯のように激しく逆流してくる気配が感じられた。それは夢精とは異う、はじめての快感をともなって、めくるめく寝台の夢のなかで迸った。
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