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第一章 夜を往く帆舟(ふね)
5 ひとりになりたいのに
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――性技は、女の甲高い一声を最後に、了った。
ランプの覆いが外され、長テーブルの燭台にひとつひとつ火が灯され、室内が明るくなる。ノモクは呆然としていた。気づけば、全裸の男女も青い海も、ノモクの目の前から消えていた。
「楽しんでいただけたようですな」ローエが満足そうな笑みを泛べた。
「いったい何が起こったのか……」ノモクは、こうこたえるのが精一杯だった。
「王子、見てなかったの? すごかったよ。女が――」
と無邪気な顔で割って這入るギーフの言葉を、
「無理もございません。はじめてなのですから」ゼーゲンが微笑みながら遮った。
◇ ◇ ◇
ノモクは部屋に戻ると、溜め息をついた。どう考えても王宮の自分の部屋よりも広い。そのなかで、部屋の中央に配置された寝台がいちばん存在感を放っていた。いくら寝返りを打っても床に落ちることがないと思えるほど大きい。まるで寝台のために作られた部屋のようだった。
来客用の特別な部屋らしく、続きには独立した湯屋があった。ローエの話では、一日中、釜を焚いているので、いつでも湯を使えるとのことだった。もちろん井戸から水を汲み、釜の火を絶やさないように働いているのは、奴隷たちだ。
「君、名前は?」
「ソルブと申します」
部屋には精悍な顔つきをした男奴隷がひとり控えていた。ノモクよりも背が高く、大人びて見える。彼もエシフのようにたくましい体格をしていたが、腰布は臍の真下から膝上までを覆っていた。
夜くらいひとりになりたいのに……。
しかしそうもいかないようだった。奴隷は働かなければ罰を受ける。だから、ちょっとしたことでも用事を云いつけるのが、彼らを救うことになるのだと、ノモクは幼いころから聞かされてきた。
「ソルブ、遅い時間に申し訳ないんだけど、湯につかりたいんだ」
「かしこまりました」
ソルブは、深々と頭を下げて湯屋へと消えた。
ノモクは水差しから杯に水を注ぎ、窓際のテーブルに向った。杯をテーブルに置き、カーテンを開ける。目の前で夜の海が、眠るように静まりかえっていた。窓を開けると海と部屋がひとつに繋がったような気がした。
奴隷にも階級があるなんて……。
この館の奴隷たちは、王宮でノモクが日々接してきた奴隷たちとは異っていた。王宮でノモクの身の回りを世話する奴隷たちは、簡素ながらもきちんとした身なりをしていて、男も女も腰布ひとつなんてことはなかった。乳母のアイラム、家庭教師のエジーラン、料理人のフーシェも、今思えば奴隷とは名ばかりの使用人だったのだ。
それならば、ここにいるあいだだけは、この館の奴隷たちを傷つけるようなことはやめよう。誰ひとり罰を受ける奴隷がいないように、気を配らなくては。もしかわいそうな奴隷がいたら、王宮に連れていって……。
そのとき、海風がさあっと流れこんできた。ノモクは潮の香をたっぷりと吸った。目を閉じると波の立つ音が聴こえた。
エシフ!
あの光景が目の前の海で蘇った。三つ星だけが天にまたたく夜の海のなかで、突然エシフの帆舟が崩れたのだ。それは三つ星が海の面に流れ落ちたのと、ほとんど同時だった。新たな帆舟が、一瞬のうちに組み立てられた。エシフは、言葉では云い表わせない媚態をノモクの目交に現前した――。
ノモクは窓を閉め、カーテンを引いた。慌てていたので、テーブルに置いていた杯を倒してしまった。水が溢れた。
何か拭くものをと周囲を見まわしたとき、ソルブが湯屋から戻ってきた。
「殿下、お湯の準備が整いました。ご案内いたしましょう。さあ、こちらへ」
「ありがとう」
ノモクが謝意を伝えると、ソルブはふしぎそうな顔をした。
◇ ◇ ◇
湯屋のなかは仄暗く、床に置かれたランプがみっつ、焔を揺らしていた。湯が冷めないようにするためなのか、天井は低かった。煙が立ちこもる室内の中央に木製の大きな浴槽が据えてある。釜から湯を汲んでくるのに、どれだけ大変な思いをしただろう。簡単な用事を頼んだと思っていたノモクは、すまない気持ちになった。
ソルブは、隅の長椅子にノモクを案内した。石鹸、布、柄杓などが置かれている。ノモクが石鹸を手にとって匂いをかいでいると、ソルブが腰布の紐を解きはじめた。
「あの、ソルブ?」ノモクは驚いた。
「お手伝いいたします」ソルブは、するすると腰布をはずした。
「君まで裸かにならなくても」
「殿下、あなたがお脱ぎになるのに、奴隷の身であるわたしが腰布を身につけていては、失礼にあたります」
ソルブは、自然に素裸かになった。これがこの館のやり方なのだ。ノモクは、何も云えなかった。
ソルブは脱いだ腰布を長椅子の端に置くと、布をひとつ取って頭巾のように被り、顔を鼻のあたりまで覆った。この館では、身分が高い者の裸かを直接目にすることのないように、こうするのが決まりらしかった。ソルブは手際良くノモクの脱衣を手伝い、衣服を長椅子のうえに叮嚀に並べた。
割礼している。だとすれば彼も異教徒だ。
こう思ったとき、ノモクの脳裏にまたエシフの裸身が泛んだ。と同時に自分のペニスが勃然とするのを感じた。ノモクは両手で股間を隠し、慌てて浴槽に這入った。ざあざあと音を立てて湯が溢れだす。ソルブを見遣ると、彼は両脚を折り畳んで床に跪き、両手を腰の後ろに回して頭を心持ち下げ、つぎの命令を待っていた。
「何なりとお申し付けください」
ソルブは、両の太腿をにぎり拳みっつ分ほど展いていた。ノモクの目の前に異教徒のペニスが差しだされている。その剥きだしの尖端は、ノモクが溢れさせた湯を浴びても、動かず凝っと床に着いていた。
ランプの覆いが外され、長テーブルの燭台にひとつひとつ火が灯され、室内が明るくなる。ノモクは呆然としていた。気づけば、全裸の男女も青い海も、ノモクの目の前から消えていた。
「楽しんでいただけたようですな」ローエが満足そうな笑みを泛べた。
「いったい何が起こったのか……」ノモクは、こうこたえるのが精一杯だった。
「王子、見てなかったの? すごかったよ。女が――」
と無邪気な顔で割って這入るギーフの言葉を、
「無理もございません。はじめてなのですから」ゼーゲンが微笑みながら遮った。
◇ ◇ ◇
ノモクは部屋に戻ると、溜め息をついた。どう考えても王宮の自分の部屋よりも広い。そのなかで、部屋の中央に配置された寝台がいちばん存在感を放っていた。いくら寝返りを打っても床に落ちることがないと思えるほど大きい。まるで寝台のために作られた部屋のようだった。
来客用の特別な部屋らしく、続きには独立した湯屋があった。ローエの話では、一日中、釜を焚いているので、いつでも湯を使えるとのことだった。もちろん井戸から水を汲み、釜の火を絶やさないように働いているのは、奴隷たちだ。
「君、名前は?」
「ソルブと申します」
部屋には精悍な顔つきをした男奴隷がひとり控えていた。ノモクよりも背が高く、大人びて見える。彼もエシフのようにたくましい体格をしていたが、腰布は臍の真下から膝上までを覆っていた。
夜くらいひとりになりたいのに……。
しかしそうもいかないようだった。奴隷は働かなければ罰を受ける。だから、ちょっとしたことでも用事を云いつけるのが、彼らを救うことになるのだと、ノモクは幼いころから聞かされてきた。
「ソルブ、遅い時間に申し訳ないんだけど、湯につかりたいんだ」
「かしこまりました」
ソルブは、深々と頭を下げて湯屋へと消えた。
ノモクは水差しから杯に水を注ぎ、窓際のテーブルに向った。杯をテーブルに置き、カーテンを開ける。目の前で夜の海が、眠るように静まりかえっていた。窓を開けると海と部屋がひとつに繋がったような気がした。
奴隷にも階級があるなんて……。
この館の奴隷たちは、王宮でノモクが日々接してきた奴隷たちとは異っていた。王宮でノモクの身の回りを世話する奴隷たちは、簡素ながらもきちんとした身なりをしていて、男も女も腰布ひとつなんてことはなかった。乳母のアイラム、家庭教師のエジーラン、料理人のフーシェも、今思えば奴隷とは名ばかりの使用人だったのだ。
それならば、ここにいるあいだだけは、この館の奴隷たちを傷つけるようなことはやめよう。誰ひとり罰を受ける奴隷がいないように、気を配らなくては。もしかわいそうな奴隷がいたら、王宮に連れていって……。
そのとき、海風がさあっと流れこんできた。ノモクは潮の香をたっぷりと吸った。目を閉じると波の立つ音が聴こえた。
エシフ!
あの光景が目の前の海で蘇った。三つ星だけが天にまたたく夜の海のなかで、突然エシフの帆舟が崩れたのだ。それは三つ星が海の面に流れ落ちたのと、ほとんど同時だった。新たな帆舟が、一瞬のうちに組み立てられた。エシフは、言葉では云い表わせない媚態をノモクの目交に現前した――。
ノモクは窓を閉め、カーテンを引いた。慌てていたので、テーブルに置いていた杯を倒してしまった。水が溢れた。
何か拭くものをと周囲を見まわしたとき、ソルブが湯屋から戻ってきた。
「殿下、お湯の準備が整いました。ご案内いたしましょう。さあ、こちらへ」
「ありがとう」
ノモクが謝意を伝えると、ソルブはふしぎそうな顔をした。
◇ ◇ ◇
湯屋のなかは仄暗く、床に置かれたランプがみっつ、焔を揺らしていた。湯が冷めないようにするためなのか、天井は低かった。煙が立ちこもる室内の中央に木製の大きな浴槽が据えてある。釜から湯を汲んでくるのに、どれだけ大変な思いをしただろう。簡単な用事を頼んだと思っていたノモクは、すまない気持ちになった。
ソルブは、隅の長椅子にノモクを案内した。石鹸、布、柄杓などが置かれている。ノモクが石鹸を手にとって匂いをかいでいると、ソルブが腰布の紐を解きはじめた。
「あの、ソルブ?」ノモクは驚いた。
「お手伝いいたします」ソルブは、するすると腰布をはずした。
「君まで裸かにならなくても」
「殿下、あなたがお脱ぎになるのに、奴隷の身であるわたしが腰布を身につけていては、失礼にあたります」
ソルブは、自然に素裸かになった。これがこの館のやり方なのだ。ノモクは、何も云えなかった。
ソルブは脱いだ腰布を長椅子の端に置くと、布をひとつ取って頭巾のように被り、顔を鼻のあたりまで覆った。この館では、身分が高い者の裸かを直接目にすることのないように、こうするのが決まりらしかった。ソルブは手際良くノモクの脱衣を手伝い、衣服を長椅子のうえに叮嚀に並べた。
割礼している。だとすれば彼も異教徒だ。
こう思ったとき、ノモクの脳裏にまたエシフの裸身が泛んだ。と同時に自分のペニスが勃然とするのを感じた。ノモクは両手で股間を隠し、慌てて浴槽に這入った。ざあざあと音を立てて湯が溢れだす。ソルブを見遣ると、彼は両脚を折り畳んで床に跪き、両手を腰の後ろに回して頭を心持ち下げ、つぎの命令を待っていた。
「何なりとお申し付けください」
ソルブは、両の太腿をにぎり拳みっつ分ほど展いていた。ノモクの目の前に異教徒のペニスが差しだされている。その剥きだしの尖端は、ノモクが溢れさせた湯を浴びても、動かず凝っと床に着いていた。
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