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第七章 厄祓い大作戦
作戦会議・後半
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健悟は席に戻ると、スミ婆ぁから教えられた作戦のひとつを公開した。
「黒装束の女は、今、札幌にいる——」
「黒装束の老婆です」
すかさず愛理が訂正した。それも例の意味深な笑窪を泛べて。
「ああ、そうだったな」健悟は愛理をチラッと見てから続けた。「その黒装束の老婆を日本全国飛び回らせるってのはどうだ?」
メガネっ娘ウサギがホワイトボードに、
『日本全国放浪の旅大作戦!』
と書いた。
マネージャーが訊いた。「でもどうやって?」
健悟は口ごもった。スミ婆ぁは、具体的な方法までは教えてくれなかったからだ。
「わたしにいい考えがある!」
またしても愛理だった。笑窪の溝がさらに深く刻まれている。彼女は柳川に向かって、
「柳川くん、ご家族と旅行に行ったときの写真とかありますか?」
「あるけど……どうするの、愛理さん?」
愛理が、ふふっ、と不気味な笑みを泛べた。よからぬことを思いついたようだ。健悟はぞっとして固唾を飲んだ。
「そういうことね、さすが愛理ちゃん!」
と白衣の天使が云った。
すると巫女が、
「どうせなら海外とかいいんじゃない? 柳川くん、海外旅行の写真はある?」
と続けた。「それから悪い方角を調べてみないとね。愛理ちゃん、ファンクラブの会員データから黒装束の老婆の生年月日をいただける?」
「もちろんよ」
愛理はすでに暗記しているかのように何も見ずにスラスラと答えた。
「丙午かあ……」と巫女が呟いた。「面白くなりそうなヨ・カ・ン!」
健悟は話についていけない。「方角の件はともかく、写真をどうするんだ?」
「ぼくのSNSにあげるんだよ、親分。そうだよね、愛理さん?」
と柳川が目を輝かせて云うと、愛理が大きく頷いた。
「ちょっと待ってくれ」健悟は口を挟んだ。「よくわからないんだが……」
メガネっ娘ウサギが、その場でぴょんと跳ねて云った。「柳川くんのSNSで匂わせるんだぴょん! 『また行きたいなあ』とか『思い出の海外』とかコメントを添えて」
スミ婆ぁの計画よりもスケールが壮大になってきた。健悟はうまくいくのか不安になった。
しかし話は愛理を中心にどんどん進んでいく。柳川がスマホで写真を選び、マネージャーのチェックを受けて、
「愛理さん。写真、今、送りました」
と云った。
「ありがとう、柳川くん。それじゃあ、ちょっと加工してきますね」
と云って愛理が立上り、健悟に意味深な目くばせをして、会議室から出ていった。
静寂が戻った。瞬く間に白いお菓子が追加され、ホワイト・コーヒーのお代わりが注がれる。
やれやれ……。
健悟がコーヒーをひと口啜ったつぎの瞬間、
「キエーッ!」
と巫女が叫んだ。「出たわよ、出たわよ。すんごいのが……。病気、事故、トラブル。あらゆる災難が一気に押し寄せてくる大凶方位が……」
健悟を含め、その場に居合わせた全員が固唾を飲む。
しばらくしてマネージャーが恐る恐る訊いた。
「それって……どこですか?」
「東京から見て北西の方角です」巫女が落ち着きはらって云った。「ヨーロッパならどこでも」
水兵が反応した。「イギリスで決まりなのであります。ヒースロー空港のロストバゲージは有名なのです。しかし問題はパスポートであります」
健悟が云った。
「それなら心配ない。常に持ち歩いているからな」
「沖縄に行くときにもパスポート持っていってたよね」
と柳川が付け足した。
「沖縄にパスポート?」
「それって本土復帰前の話よね?」
「さすが丙午……」
白い女たちがざわついた。
「どうせなら——」ホワイトボードに『イギリス』と書いたメガネっ娘ウサギが、楽しそうにぴょんぴょん跳ねる。「乗継便とかで思いっきり時間が掛かったら面白そうだぴょん!」
そこへ愛理が戻ってきた。
「お待たせしました。柳川くん、写真データとコメント案をメールしたから、あとで——あら、イギリス?」
シロヘビがスマホを覗きこみながら楽しそうに云った。
「これから東京に戻ってくるとして、羽田発のロンドン行きは深夜便ですね」
「成田じゃねえのか?」
と健悟が訊いた。「あいつはいつも成田からイギリスに行ってたみたいだぞ。お紅茶航空に乗って……」
シロヘビがスマホを操作する手を止めて、
「少なくともイギリスのナショナル・フラッグではありませんね」
「そうなのか? ビジネスクラスの機内食とかSNSにあげてただろ?」
健悟がふしぎがると、シロヘビがさらに続けた。
「あれもすべて機内食を投稿するサイトから拝借したものでしょうね」そして、ふふっ、と笑ってこう云った。「そもそも成田からの直行便はもうないんです。いるんですよね、たまに。バレないと思って恥の上塗りをする人が——」
シロヘビは途端に饒舌になって、黒装束の老婆の矛盾点を暴きはじめた。
成田からなら、格安航空券で経由便に搭乗しているであろうこと。
そもそも日本路線では提供していない機内食の写真であったこと。
そしてこうも云った。
「もし羽田からの直行便を使っていたとしたら、ブラックリストに載るはずです。でもそんな話は聞いたことありません」
やけに航空業界に通じている。どういうことだ? 健悟が怪訝そうな顔をすると、柳川がこそっと耳打ちした。
「彼女、元CAなんです」
「そのイギリスのナショナル・フラッグのね」シロヘビがCA特有の笑みを泛べながら立上った。「アテンション・プリーズ! 只今からお勧めの飛行ルートをご案内いたしまぁ~す!」
メガネっ娘ウサギがぴょんと立上ってペンを手に取った。
『羽田発深夜便(××航空〇〇便)
約十四時間後、ドーハ着
約十九時間後、乗継便に搭乗(□□航空〇〇便)
約七時間半後、ロンドン着』
ロンドンまで約四十時間——健悟は舌を巻いた。
「よくこんなことを思いつくな……」
「蛇の道は蛇って云うでしょう?」元CAがチロリと舌先を出した。「あとは羽田から飛ばすようにしないとね」
水兵が云った。「大丈夫であります。成田からの経由便はもう予約でいっぱいであります。少なくともこの先三日間は、チケットが取れないのであります」
柳川がまた健悟に囁いた。「彼女は旅行代理店の社員だったんです」
「念のためイギリスの日本大使館にも連絡してみましょうか?」と白衣の天使が云った。
健悟は思った。おそらく前職は大使館職員か何かだろう。それも在英日本大使館の。
「ドーハ経由しかないのであります」水兵が云った。「それ以外の経由便はキャンセル待ちなのであります」
愛理がゆったりとした顔つきで微笑んだ。「もうちょっと写真を加工してみようっと」
「ロンドン橋、落ちる~」
と巫女が薄笑いを泛べながら歌えば、
「ロンドン! ロンドン! 愉快なロンドン! 楽しいロンドン!」
とメガネっ娘ウサギが、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
健悟はこの事務所のスタッフたちを絶対に敵に回してはいけないと思った。
「黒装束の女は、今、札幌にいる——」
「黒装束の老婆です」
すかさず愛理が訂正した。それも例の意味深な笑窪を泛べて。
「ああ、そうだったな」健悟は愛理をチラッと見てから続けた。「その黒装束の老婆を日本全国飛び回らせるってのはどうだ?」
メガネっ娘ウサギがホワイトボードに、
『日本全国放浪の旅大作戦!』
と書いた。
マネージャーが訊いた。「でもどうやって?」
健悟は口ごもった。スミ婆ぁは、具体的な方法までは教えてくれなかったからだ。
「わたしにいい考えがある!」
またしても愛理だった。笑窪の溝がさらに深く刻まれている。彼女は柳川に向かって、
「柳川くん、ご家族と旅行に行ったときの写真とかありますか?」
「あるけど……どうするの、愛理さん?」
愛理が、ふふっ、と不気味な笑みを泛べた。よからぬことを思いついたようだ。健悟はぞっとして固唾を飲んだ。
「そういうことね、さすが愛理ちゃん!」
と白衣の天使が云った。
すると巫女が、
「どうせなら海外とかいいんじゃない? 柳川くん、海外旅行の写真はある?」
と続けた。「それから悪い方角を調べてみないとね。愛理ちゃん、ファンクラブの会員データから黒装束の老婆の生年月日をいただける?」
「もちろんよ」
愛理はすでに暗記しているかのように何も見ずにスラスラと答えた。
「丙午かあ……」と巫女が呟いた。「面白くなりそうなヨ・カ・ン!」
健悟は話についていけない。「方角の件はともかく、写真をどうするんだ?」
「ぼくのSNSにあげるんだよ、親分。そうだよね、愛理さん?」
と柳川が目を輝かせて云うと、愛理が大きく頷いた。
「ちょっと待ってくれ」健悟は口を挟んだ。「よくわからないんだが……」
メガネっ娘ウサギが、その場でぴょんと跳ねて云った。「柳川くんのSNSで匂わせるんだぴょん! 『また行きたいなあ』とか『思い出の海外』とかコメントを添えて」
スミ婆ぁの計画よりもスケールが壮大になってきた。健悟はうまくいくのか不安になった。
しかし話は愛理を中心にどんどん進んでいく。柳川がスマホで写真を選び、マネージャーのチェックを受けて、
「愛理さん。写真、今、送りました」
と云った。
「ありがとう、柳川くん。それじゃあ、ちょっと加工してきますね」
と云って愛理が立上り、健悟に意味深な目くばせをして、会議室から出ていった。
静寂が戻った。瞬く間に白いお菓子が追加され、ホワイト・コーヒーのお代わりが注がれる。
やれやれ……。
健悟がコーヒーをひと口啜ったつぎの瞬間、
「キエーッ!」
と巫女が叫んだ。「出たわよ、出たわよ。すんごいのが……。病気、事故、トラブル。あらゆる災難が一気に押し寄せてくる大凶方位が……」
健悟を含め、その場に居合わせた全員が固唾を飲む。
しばらくしてマネージャーが恐る恐る訊いた。
「それって……どこですか?」
「東京から見て北西の方角です」巫女が落ち着きはらって云った。「ヨーロッパならどこでも」
水兵が反応した。「イギリスで決まりなのであります。ヒースロー空港のロストバゲージは有名なのです。しかし問題はパスポートであります」
健悟が云った。
「それなら心配ない。常に持ち歩いているからな」
「沖縄に行くときにもパスポート持っていってたよね」
と柳川が付け足した。
「沖縄にパスポート?」
「それって本土復帰前の話よね?」
「さすが丙午……」
白い女たちがざわついた。
「どうせなら——」ホワイトボードに『イギリス』と書いたメガネっ娘ウサギが、楽しそうにぴょんぴょん跳ねる。「乗継便とかで思いっきり時間が掛かったら面白そうだぴょん!」
そこへ愛理が戻ってきた。
「お待たせしました。柳川くん、写真データとコメント案をメールしたから、あとで——あら、イギリス?」
シロヘビがスマホを覗きこみながら楽しそうに云った。
「これから東京に戻ってくるとして、羽田発のロンドン行きは深夜便ですね」
「成田じゃねえのか?」
と健悟が訊いた。「あいつはいつも成田からイギリスに行ってたみたいだぞ。お紅茶航空に乗って……」
シロヘビがスマホを操作する手を止めて、
「少なくともイギリスのナショナル・フラッグではありませんね」
「そうなのか? ビジネスクラスの機内食とかSNSにあげてただろ?」
健悟がふしぎがると、シロヘビがさらに続けた。
「あれもすべて機内食を投稿するサイトから拝借したものでしょうね」そして、ふふっ、と笑ってこう云った。「そもそも成田からの直行便はもうないんです。いるんですよね、たまに。バレないと思って恥の上塗りをする人が——」
シロヘビは途端に饒舌になって、黒装束の老婆の矛盾点を暴きはじめた。
成田からなら、格安航空券で経由便に搭乗しているであろうこと。
そもそも日本路線では提供していない機内食の写真であったこと。
そしてこうも云った。
「もし羽田からの直行便を使っていたとしたら、ブラックリストに載るはずです。でもそんな話は聞いたことありません」
やけに航空業界に通じている。どういうことだ? 健悟が怪訝そうな顔をすると、柳川がこそっと耳打ちした。
「彼女、元CAなんです」
「そのイギリスのナショナル・フラッグのね」シロヘビがCA特有の笑みを泛べながら立上った。「アテンション・プリーズ! 只今からお勧めの飛行ルートをご案内いたしまぁ~す!」
メガネっ娘ウサギがぴょんと立上ってペンを手に取った。
『羽田発深夜便(××航空〇〇便)
約十四時間後、ドーハ着
約十九時間後、乗継便に搭乗(□□航空〇〇便)
約七時間半後、ロンドン着』
ロンドンまで約四十時間——健悟は舌を巻いた。
「よくこんなことを思いつくな……」
「蛇の道は蛇って云うでしょう?」元CAがチロリと舌先を出した。「あとは羽田から飛ばすようにしないとね」
水兵が云った。「大丈夫であります。成田からの経由便はもう予約でいっぱいであります。少なくともこの先三日間は、チケットが取れないのであります」
柳川がまた健悟に囁いた。「彼女は旅行代理店の社員だったんです」
「念のためイギリスの日本大使館にも連絡してみましょうか?」と白衣の天使が云った。
健悟は思った。おそらく前職は大使館職員か何かだろう。それも在英日本大使館の。
「ドーハ経由しかないのであります」水兵が云った。「それ以外の経由便はキャンセル待ちなのであります」
愛理がゆったりとした顔つきで微笑んだ。「もうちょっと写真を加工してみようっと」
「ロンドン橋、落ちる~」
と巫女が薄笑いを泛べながら歌えば、
「ロンドン! ロンドン! 愉快なロンドン! 楽しいロンドン!」
とメガネっ娘ウサギが、楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
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