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第六章 親分はボディガード
親分は下町のとげぬき地蔵
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翌朝、大交代を了えて、健悟は待機室に戻った。勤務明けの隊員たちがそれぞれに帰り支度をしているなか、健悟は、水上が昨日まとめていた丙午報告書をチェックしようとパソコンを立ちあげた。すると背後から河合が声を掛けてきた。
「親分、まだ仕事っすか?」
河合は健悟の左脇で中腰になると、パソコンの画面を覗きこんだ。
「こないだの壁紙、気に入らなかったんすか? せっかく設定したのに」
「AV女優を壁紙にするやつがあるか」
「ただのAV女優じゃないんすよ。卯月みちるちゃんは期待の新人で、隊員のなかにはスマホの待受にしているヤツらもいるくらいなんすから」
河合は、AVメーカーの回し者であるかのように卯月みちるについて語りはじめた。幼い顔立ちと巨乳のギャップが云々、清純さと反比例するハードな内容が云々。まさに立て板に水だ。
——巨乳? シリコン詰めたんだろ。
——清純? あの暴れ馬が?
健悟はそのひとつひとつを頭のなかで否定していった。
河合の話は止まらない。「今度の企画で逆ナンパものをやるらしくって——」
「——おい」健悟が河合の言葉を遮った。「こないだ消防士がそういうAVに出て解雇されただろ。おまえからも隊員たちに釘を刺しておけ」
河合は肩をすくめた。「わかってますって」
「特に俺たちは隣りに警察署があることを忘れるな。しかも泣く子も黙る小柳組だ」健悟は念を押すように云った。「お縄を頂戴されたら最後、問答無用で打首獄門の刑だ」
「心配ないっすよ。若い連中は仮眠室の窓を開けて、みちるちゃんの動画を観ながら消火活動を」河合は股間に右手をやってあの動きをしてみせた。「これで我慢してますからね。いやあ、うちの署が個室で良かったっす。大部屋のところもあるんで」
「あのなあ」健悟は、仮眠室の窓が一斉に開いている光景を想像し、すぐに真面目腐った顔をつくった。「とにかくパソコンの壁紙にAV女優は御法度だ。いくら三階が『男の聖域』だとしても、近頃セクハラだなんだと五月蝿いだろ」
「まあ、確かに柳川が来てから小雪ちゃんがウロチョロしてますもんね」
「小雪だけじゃねえだろ。丙午に見つかってみろ。大騒ぎだ」
「小雪ちゃんに見つかったら、親分、もっと大騒ぎっすよ?」
河合は意味ありげに、くくっ、と笑うと、
「見損なったわ! 親分さんなんか大嫌い!」
と口をとんがらせ、握り拳で自分の頭を交互に叩いた。「ぷんぷん!」
「河合の兄貴——」そこへ水上がやって来た。「小雪の姐さんなら『どうせ壁紙さ。そんな薄っぺらい女に嫉妬するとでもお思いかい?』って云うと思うっすけど」
健悟は椅子を左に回した。そのまま口の軽い若い子分を睨みつける。
「水上!」
「あっ!」
水上は、両手でそのお喋りな口を塞いだ。
「姐さん……?」河合は、しばらくポカンとした顔をしていたが、状況が飲みこめたらしく、低声で、
「親分、小雪ちゃんに手ぇ出したんすね?」
すかさず水上が河合の隣りにしゃがみ込んで、
「そうみたいっす、河合の兄貴」
と耳打ちをした。
——こいつらときたら……。
よっつの目が同時に健悟の股間に向けられた。どうやら明け方に放った雄のフェロモンがまだ残っているらしい。羨望と嫉妬を掛けて崇拝で割ったような視線を健悟が感じていると、河合と水上の両手が股間に伸びてきて、布地の上から健悟の相棒をゴシゴシと撫でさすった。
——ったく、巣鴨のとげぬき地蔵じゃあるまいし……。
よっつの手がその信仰の対象から離れたあともお参りは続く。こんどは河合が両手を合わせて、
「俺たちの小雪ちゃんが」
と拝むように呟いた。「よりによって親分の女に……」
——何が『俺たちの小雪ちゃん』だ。身重の恋女房がいるくせに。
水上も河合に続いて両手を合わせた。「これから誰を心の支えにして任務にあたれば……」
——宿舎に女連れこんでるやつが云うセリフか?
子分たちは、すっかり息の合った呼兄呼弟となって、ああだこうだと拝みつづけている。
河合が、
「祝言を挙げる前に、親分の過去がきれいさっぱり清算されますように」
と云えば、水上が、
「どうか小雪の姐さんが、親分の最後の女でありますように」
と返す。
——こいつら……。
河合が声をひそめた。
「そうだ、兄弟。ひとつ教えてやろう」
「なんすか、河合の兄貴?」
「俺の記憶が正しければ、俺たちの小雪の姐さんが親分の千人目の女になる」
云いたい放題云いやがって。健悟は次第に焦りとイライラを募らせた。
まだ重大なミッションがふたつ残っている。
その壱、隣りの警察署の小柳組長に報告書を送付する。
その弐、小雪からボタン付けのすんだシャツを受け取る。
どちらも完璧に遂行しなければならないが、なかでも『その弐』は子分たちにも明かせない極秘中の極秘ミッションだ。
パソコンはすでに立ちあがっている。健悟は寸劇を繰り広げるふたりを無視してメールをチェックし、そのなかから水上から送られてきたものを選びだすと、それを開いた。
さあ、本題だ。
「おう、水上。これだな?」ワードの資料を上下にスクロールさせながら、水上に目配せをした。水上が頷く。健悟は河合の首根っこをぐわしと掴んでパソコンの画面に向けさせた。「河合、せっかくだからおまえもチェックしろ」
「親分、まだ仕事っすか?」
河合は健悟の左脇で中腰になると、パソコンの画面を覗きこんだ。
「こないだの壁紙、気に入らなかったんすか? せっかく設定したのに」
「AV女優を壁紙にするやつがあるか」
「ただのAV女優じゃないんすよ。卯月みちるちゃんは期待の新人で、隊員のなかにはスマホの待受にしているヤツらもいるくらいなんすから」
河合は、AVメーカーの回し者であるかのように卯月みちるについて語りはじめた。幼い顔立ちと巨乳のギャップが云々、清純さと反比例するハードな内容が云々。まさに立て板に水だ。
——巨乳? シリコン詰めたんだろ。
——清純? あの暴れ馬が?
健悟はそのひとつひとつを頭のなかで否定していった。
河合の話は止まらない。「今度の企画で逆ナンパものをやるらしくって——」
「——おい」健悟が河合の言葉を遮った。「こないだ消防士がそういうAVに出て解雇されただろ。おまえからも隊員たちに釘を刺しておけ」
河合は肩をすくめた。「わかってますって」
「特に俺たちは隣りに警察署があることを忘れるな。しかも泣く子も黙る小柳組だ」健悟は念を押すように云った。「お縄を頂戴されたら最後、問答無用で打首獄門の刑だ」
「心配ないっすよ。若い連中は仮眠室の窓を開けて、みちるちゃんの動画を観ながら消火活動を」河合は股間に右手をやってあの動きをしてみせた。「これで我慢してますからね。いやあ、うちの署が個室で良かったっす。大部屋のところもあるんで」
「あのなあ」健悟は、仮眠室の窓が一斉に開いている光景を想像し、すぐに真面目腐った顔をつくった。「とにかくパソコンの壁紙にAV女優は御法度だ。いくら三階が『男の聖域』だとしても、近頃セクハラだなんだと五月蝿いだろ」
「まあ、確かに柳川が来てから小雪ちゃんがウロチョロしてますもんね」
「小雪だけじゃねえだろ。丙午に見つかってみろ。大騒ぎだ」
「小雪ちゃんに見つかったら、親分、もっと大騒ぎっすよ?」
河合は意味ありげに、くくっ、と笑うと、
「見損なったわ! 親分さんなんか大嫌い!」
と口をとんがらせ、握り拳で自分の頭を交互に叩いた。「ぷんぷん!」
「河合の兄貴——」そこへ水上がやって来た。「小雪の姐さんなら『どうせ壁紙さ。そんな薄っぺらい女に嫉妬するとでもお思いかい?』って云うと思うっすけど」
健悟は椅子を左に回した。そのまま口の軽い若い子分を睨みつける。
「水上!」
「あっ!」
水上は、両手でそのお喋りな口を塞いだ。
「姐さん……?」河合は、しばらくポカンとした顔をしていたが、状況が飲みこめたらしく、低声で、
「親分、小雪ちゃんに手ぇ出したんすね?」
すかさず水上が河合の隣りにしゃがみ込んで、
「そうみたいっす、河合の兄貴」
と耳打ちをした。
——こいつらときたら……。
よっつの目が同時に健悟の股間に向けられた。どうやら明け方に放った雄のフェロモンがまだ残っているらしい。羨望と嫉妬を掛けて崇拝で割ったような視線を健悟が感じていると、河合と水上の両手が股間に伸びてきて、布地の上から健悟の相棒をゴシゴシと撫でさすった。
——ったく、巣鴨のとげぬき地蔵じゃあるまいし……。
よっつの手がその信仰の対象から離れたあともお参りは続く。こんどは河合が両手を合わせて、
「俺たちの小雪ちゃんが」
と拝むように呟いた。「よりによって親分の女に……」
——何が『俺たちの小雪ちゃん』だ。身重の恋女房がいるくせに。
水上も河合に続いて両手を合わせた。「これから誰を心の支えにして任務にあたれば……」
——宿舎に女連れこんでるやつが云うセリフか?
子分たちは、すっかり息の合った呼兄呼弟となって、ああだこうだと拝みつづけている。
河合が、
「祝言を挙げる前に、親分の過去がきれいさっぱり清算されますように」
と云えば、水上が、
「どうか小雪の姐さんが、親分の最後の女でありますように」
と返す。
——こいつら……。
河合が声をひそめた。
「そうだ、兄弟。ひとつ教えてやろう」
「なんすか、河合の兄貴?」
「俺の記憶が正しければ、俺たちの小雪の姐さんが親分の千人目の女になる」
云いたい放題云いやがって。健悟は次第に焦りとイライラを募らせた。
まだ重大なミッションがふたつ残っている。
その壱、隣りの警察署の小柳組長に報告書を送付する。
その弐、小雪からボタン付けのすんだシャツを受け取る。
どちらも完璧に遂行しなければならないが、なかでも『その弐』は子分たちにも明かせない極秘中の極秘ミッションだ。
パソコンはすでに立ちあがっている。健悟は寸劇を繰り広げるふたりを無視してメールをチェックし、そのなかから水上から送られてきたものを選びだすと、それを開いた。
さあ、本題だ。
「おう、水上。これだな?」ワードの資料を上下にスクロールさせながら、水上に目配せをした。水上が頷く。健悟は河合の首根っこをぐわしと掴んでパソコンの画面に向けさせた。「河合、せっかくだからおまえもチェックしろ」
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