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第六章 破戒
7 ラグビー部はHなんだ
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連れモクの後、康太は勝利と一緒にバスルームに入った。上の階にもうひとつあるそのバスルームは、普段大樹と一緒に入っているバスルームよりも遥かに広く出来ている。普通のシャワーもあるが、勝利はもうひとつあるレイン・シャワーを使った。温かい湯が天井から雨のように降り、湯気がバスルームいっぱいに立ち込めている。
「どうだ、康太」湯を浴びながら勝利が機嫌良さそうに云った。「寮長の特権みたいなものだ」
「まるで高級旅館みたいですね」
康太は勝利の一歩ほど後ろに立って、その後ろ姿を眺めながら云った。
勝利は、あはは、と快活に笑って心地良さそうにシャワーを浴びつづけた。頭上から降ってくるその湯は、勝利の鋼の肉体を打つやいなや弾き飛ばされ、それが白い膜のようになって、勝利の裸体のシルエットをこれでもかと浮き立たせている。さらに裸体の表面を伝いおちる滑らかな流れは、まるで筋肉の溝を温かく愛撫するように見えた。
康太がその姿に見惚れていると、不意に勝利がシャワーを止めた。
「康太、背中を流してくれ」
「あ、はい」康太は勝利の邪魔にならないように両腕を伸ばし、棚に置いてあるボディソープのボトルから手のひらにソープ液を受けた。そして、元の位置に戻ったとき、あることをふと思い出した。「あの……。大野先輩……」
「何ンだ?」康太のつぎに自分でソープ液を手に受けながら勝利が訊いた。「森にもデカ猪にもやってるんだろ?」
康太は勝利の腰のあたりに目をやって、
「ええと……、その……、ひょっとしてシャカシャカも?」
「ああ、頼む」
勝利はあっさりとこう云って、その胸と両腕にソープ液を塗りひろげた。
こうなればやるしかない。康太は、失礼します、と云って、ソープ液を塗りひろげた両手を勝利の腰から前に回して、黒々としたあの翼のところまで持っていった。豊饒の羽毛がそこにはあった。康太はなるべく隼の本体には触れないように気を使いながらシャカシャカを始めた。
剛毛だと思っていたその羽毛は、指通りも滑らかで柔らかい。ふんわりとしているせいなのか、前にある鏡をそっと盗み見しなくても、泡がもこもこと立っているのが康太に伝わってくる。
——ラグビー部にもあれがあるのかな……?
シャカシャカをしながら、康太は思い切って訊くことにした。こういうことは、あまり意識せず自然の流れであっけらかんと口にするに限る。
「大野先輩、あの……。ラグビー部にも……」しかしつぎの言葉に詰まってしまう。「ええと……何ンて云うか……」
すると勝利が顔だけを康太に向けて、
「球磨きのことか?」
とまたしても爽やかな口調で云った。「ラグビーも野球も球技だからな」そして健康的な白い歯を見せながら笑みを泛べ、さらにこう付けくわえた。「ああ、それから水球もだ」
「ラグビー部にもあるんですね」
「おいおい。球磨きは球技の基本だぞ」
と諭すように云って勝利が正面を向いた。そして両脚を肩幅に開いて両手を腰にあてた。いつでも来い、とその背中が康太に語っているようだ。
——さすがにバットは無いもんな。球だけなら……。
康太は漆黒の羽毛から泡を少しすくい取って、球磨きを始めた。
「デカ猪に教えてもらったんだな?」
「ええ、まあ……」
ボールが飛んできた。しかし康太にとっては緩い球だ。康太は正直に打ちかえした。
「森のもやってるのか?」
こんどは剛速球だ。しかもど真ん中。ここは貫通式を済ませた間柄だと思いこませるために、ホームランを打つしかない。
「はい」康太はひとまずこう云って、さらに付けたした。「毎日毎晩やってます」
「これでグランドスラム達成だな」
と云って勝利は快活に笑った。
康太も一緒に軽く笑った。「みたいですね」
しかし、そろそろ球磨きを終えてもいいころだというのに、勝利は「もういいぞ」とは云わない。康太は訊くしかないと考えて、
「大野先輩、あの……野球部にはバット磨きもあるんですけど……まさかラグビー部にはそういうの無いですよね?」
「おまえらと違ってバットは使わないからな」
それを聞いて康太はホッと胸を撫でおろした。とにかく「もういいぞ」と云われるまで球磨きを続ければいいのだ。
「その代わりに——」
「え……?」そうは問屋が卸さなかったようだ。康太は球磨きの手を止めた。「違うのがあるんですか?」
「ラグビー部はHなんだ」
と云って勝利が康太のほうに向きなおった。
鋼の裸体が目の前に現れて康太は一歩退いた。「H……ですか?」
「ゴールポストのことさ」勝利が爽やかな笑顔を見せながら云った。「まずこうして立っているおれとおまえがゴールポストだろ?」
「でもHじゃないですよね?」康太はふしぎに思って訊いた。
勝利が誘いかけるように云った。「そう。クロスバーが必要だよな?」
「はい」
康太は頷いた。
「そのクロスバーは、ここにある」勝利が自慢の隼を片手でひょいとすくいあげた。「康太、おまえにもあるぞ」
康太は少し戸惑って、
「ええと……ひょっとして、くっ付けてHの字にするってことですか?」
「そして一緒にゴシゴシ洗うんだ」勝利は空いた手で康太の頭をポンポンと叩いた。「おまえ頭いいな」
「それってつまり……」康太はまごついてしまった。高校の二年上にラグビー部に所属している先輩がいた。今その先輩は同じ体育大学にいる。「大野先輩は、それをラグビー部の部員の人たちと……」
「ところがそうじゃない」
と隼を手から降ろして勝利が云った。「ふたりで一本にならないといけないんだ。おれには相手がいない」
ここは褒めておくべきところなのだろう。康太は目線を隼にやって、「大野先輩、立派ですもんね……」
「だろう? 男子寮の四大バズーカ砲だもんな」勝利はいたずらのように笑った。「おまえとやってもいいが、これはラグビー部の伝統だからな。さすがにデカ猪に申し訳ない」
これを聞いて康太は安堵した。
しかしこれで終わりではなかった。
「その代わりに——」
と突然、勝利が康太の両肩に手を置いた。康太は自然にしゃがみこむ姿勢になった。
「おれのバズーカ砲を洗ってくれ。これなら野球にもラグビーにも水球にも関係ないだろう?」
と云って勝利は両手を腰にあて、快活に笑った。……
「どうだ、康太」湯を浴びながら勝利が機嫌良さそうに云った。「寮長の特権みたいなものだ」
「まるで高級旅館みたいですね」
康太は勝利の一歩ほど後ろに立って、その後ろ姿を眺めながら云った。
勝利は、あはは、と快活に笑って心地良さそうにシャワーを浴びつづけた。頭上から降ってくるその湯は、勝利の鋼の肉体を打つやいなや弾き飛ばされ、それが白い膜のようになって、勝利の裸体のシルエットをこれでもかと浮き立たせている。さらに裸体の表面を伝いおちる滑らかな流れは、まるで筋肉の溝を温かく愛撫するように見えた。
康太がその姿に見惚れていると、不意に勝利がシャワーを止めた。
「康太、背中を流してくれ」
「あ、はい」康太は勝利の邪魔にならないように両腕を伸ばし、棚に置いてあるボディソープのボトルから手のひらにソープ液を受けた。そして、元の位置に戻ったとき、あることをふと思い出した。「あの……。大野先輩……」
「何ンだ?」康太のつぎに自分でソープ液を手に受けながら勝利が訊いた。「森にもデカ猪にもやってるんだろ?」
康太は勝利の腰のあたりに目をやって、
「ええと……、その……、ひょっとしてシャカシャカも?」
「ああ、頼む」
勝利はあっさりとこう云って、その胸と両腕にソープ液を塗りひろげた。
こうなればやるしかない。康太は、失礼します、と云って、ソープ液を塗りひろげた両手を勝利の腰から前に回して、黒々としたあの翼のところまで持っていった。豊饒の羽毛がそこにはあった。康太はなるべく隼の本体には触れないように気を使いながらシャカシャカを始めた。
剛毛だと思っていたその羽毛は、指通りも滑らかで柔らかい。ふんわりとしているせいなのか、前にある鏡をそっと盗み見しなくても、泡がもこもこと立っているのが康太に伝わってくる。
——ラグビー部にもあれがあるのかな……?
シャカシャカをしながら、康太は思い切って訊くことにした。こういうことは、あまり意識せず自然の流れであっけらかんと口にするに限る。
「大野先輩、あの……。ラグビー部にも……」しかしつぎの言葉に詰まってしまう。「ええと……何ンて云うか……」
すると勝利が顔だけを康太に向けて、
「球磨きのことか?」
とまたしても爽やかな口調で云った。「ラグビーも野球も球技だからな」そして健康的な白い歯を見せながら笑みを泛べ、さらにこう付けくわえた。「ああ、それから水球もだ」
「ラグビー部にもあるんですね」
「おいおい。球磨きは球技の基本だぞ」
と諭すように云って勝利が正面を向いた。そして両脚を肩幅に開いて両手を腰にあてた。いつでも来い、とその背中が康太に語っているようだ。
——さすがにバットは無いもんな。球だけなら……。
康太は漆黒の羽毛から泡を少しすくい取って、球磨きを始めた。
「デカ猪に教えてもらったんだな?」
「ええ、まあ……」
ボールが飛んできた。しかし康太にとっては緩い球だ。康太は正直に打ちかえした。
「森のもやってるのか?」
こんどは剛速球だ。しかもど真ん中。ここは貫通式を済ませた間柄だと思いこませるために、ホームランを打つしかない。
「はい」康太はひとまずこう云って、さらに付けたした。「毎日毎晩やってます」
「これでグランドスラム達成だな」
と云って勝利は快活に笑った。
康太も一緒に軽く笑った。「みたいですね」
しかし、そろそろ球磨きを終えてもいいころだというのに、勝利は「もういいぞ」とは云わない。康太は訊くしかないと考えて、
「大野先輩、あの……野球部にはバット磨きもあるんですけど……まさかラグビー部にはそういうの無いですよね?」
「おまえらと違ってバットは使わないからな」
それを聞いて康太はホッと胸を撫でおろした。とにかく「もういいぞ」と云われるまで球磨きを続ければいいのだ。
「その代わりに——」
「え……?」そうは問屋が卸さなかったようだ。康太は球磨きの手を止めた。「違うのがあるんですか?」
「ラグビー部はHなんだ」
と云って勝利が康太のほうに向きなおった。
鋼の裸体が目の前に現れて康太は一歩退いた。「H……ですか?」
「ゴールポストのことさ」勝利が爽やかな笑顔を見せながら云った。「まずこうして立っているおれとおまえがゴールポストだろ?」
「でもHじゃないですよね?」康太はふしぎに思って訊いた。
勝利が誘いかけるように云った。「そう。クロスバーが必要だよな?」
「はい」
康太は頷いた。
「そのクロスバーは、ここにある」勝利が自慢の隼を片手でひょいとすくいあげた。「康太、おまえにもあるぞ」
康太は少し戸惑って、
「ええと……ひょっとして、くっ付けてHの字にするってことですか?」
「そして一緒にゴシゴシ洗うんだ」勝利は空いた手で康太の頭をポンポンと叩いた。「おまえ頭いいな」
「それってつまり……」康太はまごついてしまった。高校の二年上にラグビー部に所属している先輩がいた。今その先輩は同じ体育大学にいる。「大野先輩は、それをラグビー部の部員の人たちと……」
「ところがそうじゃない」
と隼を手から降ろして勝利が云った。「ふたりで一本にならないといけないんだ。おれには相手がいない」
ここは褒めておくべきところなのだろう。康太は目線を隼にやって、「大野先輩、立派ですもんね……」
「だろう? 男子寮の四大バズーカ砲だもんな」勝利はいたずらのように笑った。「おまえとやってもいいが、これはラグビー部の伝統だからな。さすがにデカ猪に申し訳ない」
これを聞いて康太は安堵した。
しかしこれで終わりではなかった。
「その代わりに——」
と突然、勝利が康太の両肩に手を置いた。康太は自然にしゃがみこむ姿勢になった。
「おれのバズーカ砲を洗ってくれ。これなら野球にもラグビーにも水球にも関係ないだろう?」
と云って勝利は両手を腰にあて、快活に笑った。……
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