[R-18] おれは狼、ぼくは小狼

山葉らわん

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第六章 破戒

5 キッチンとリビング

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 勝利に促されて康太が引き戸を開けると、目の前にキッチンらしいキッチンが現れた。
 右の壁側には、その奥から真っ白な冷蔵庫、そして真っ白なカップボードが設置されている。さらにその上部には作りつけの収納戸棚もある。
 カップボードから人ふたり分ほどの間隔を空けて、それと並行にコンロと調理台とシンクがひと続きに設置されている。対面形式で、カウンターテーブル側には丸い木製の椅子が三つ、縦一列に整列しているのが見えた。まるで喫茶店のカウンター席のようだった。
 康太は、そのまま左へ目を移した。リビングまである。思わずため息が洩れる。
「康太、驚いたか?」
「は、はい……。実家に帰ってきたみたいだ……」
「さあ、入った入った」
 勝利は康太の尻を手のひらでペチンと叩くと、康太の脇をさっとすり抜け、冷蔵庫のあるほうへ、のっしのっしと歩いていった。
 康太もあとについてキッチンに入った。カップボードの天板の上に並べられたもの見てゆく。左からトースター、コーヒーメーカー、ミキサーといった調理家電、そしてさっきまで勝利が手にしていた巾着袋……。それぞれ決まった場所があるかのようにきちんと整列しているなかに、康太は勝利らしいものを見つけた。
「あ」
「何ンだ?」奥の冷蔵庫の扉を開きながら勝利が云った。「変んなものは無いだろ。デカ猪の部屋じゃあるまいし」
 康太は勝利のほうを向いた。開いた冷蔵庫の扉が勝利の裸身を隠しているので、康太は安心した。
「バナナスタンドとプロテインまであるんですね」
 黒い鉄線を編んで出来たバナナスタンドにはバナナが三本吊り下げられ、下部のバスケットにはキウイフルーツが三個置かれている。そしてその隣りにプロテインパウダーが三袋——いかにも筋肉隆々となりそうな黒いパッケージのもの——が縦一列に並んでいる。巾着袋から右側は、まるで勝利の縄張りのようだった。
「おまえも一杯どうだ?」と云って勝利が冷蔵庫の扉を閉めた。
「あっ、はい……」康太はギクッとしてあと退ずさりした。
 勝利は快活に笑いながら、手にした牛乳パックを康太に向けて軽く掲げた。「ウェルカム・ドリンクだ。遠慮するな」
 バナナ一本、キウイフルーツ二個、そして勝利がきっちりふたり分を計量した牛乳とプロテインパウダーがミキサーのなかでかき混ぜられ、そして勝利の手できっちり同じ量が、同じメーカーの同じ形をしたシェイカー二個に注がれた。
 康太は出来上がったウェルカム・ドリンクを受けとった。
「さあ、康太。乾杯だ。飲み方は知っているよな」
「まさか銭湯みたいに腰に手を当てて一気に飲むとかですか?」
「森にまだ教えてもらってないのか?」
 どうやらこの寮に伝わる飲み方があるらしい。しかしまだ大樹に教えてもらった覚えはない。康太は、はい、と云って頷いた。
「おれとの乾杯は、森に教えてもらってからだな。今日はふつうに飲んでいいぞ」
 康太は、勝利がシェイカーに口をつけるのを見届けてから自分もシェイカーを口にした。そして勝利より先に飲み干し、勝利から空のシェイカーを受けとると、ふたつまとめてシンクの洗い桶に入れた。
「あ」康太は思わず口にした。
「どうした、康太?」背後から勝利の声がした。
「あ、いや……。ここ使ってないみたいだなって」
 確かに水垢のひとつもないピカピカのシンクだ。康太は、突き出たピカピカに輝く蛇口のレバーを右手で持ちあげた。
 レバーがぐいっと立上り、勢いよく水が出る。
「うわぁ!」
 康太は後ろへ飛んだ。
「ここは水圧がいいんだ」背後から勝利がやってきた。肌と肌が触れ合いそうな距離だというのに、勝利は気にするようすもない。康太の右のわき腹から、そのたくましい腕をすっと伸ばし、握力のありそうな肉厚の手でレバーを調節しながら、快活にこう云った。「あとこれも頼む」
 ミキサーコップと蓋が、目の前の台に置かれた。
 康太はミキサーコップと蓋を洗って水切りラックに置き、それからシェイカーに取り掛かった。勝利がすぐ左隣りでシンク台に片手をついて康太を見ている。その視線を避けようと康太は右側に目を向けた。調理台も、その奥のコンロも、コンロの上の換気扇も何ひとつ汚れていない。コンロの上にケトルが置かれているので、まったく使っていないというわけでもなさそうだ。
「ここ、毎日掃除しているんですか?」ふたつめのシェイカーに取り掛かりながら康太が訊いた。「ずいぶんきれいに片付いているし……」
「ここで何か作ると云っても、コーヒーとプロテイン・ドリンクぐらいだな。飲んだらすぐに洗ってしまえば済むだろ? 溜めておくのは、おれの性には合わないんだ」
 ——康太の関心が、ようやくカウンターの向こう側にあるリビングに移ったのは、勝利の指示どおりに蛇口とシンクの水気を布巾で拭い、絞った布巾を蛇口の上部に引っ掛け、ペーパータオルで両手を拭き、それを叮嚀に折りたたんでゴミ箱に捨て、「勝利直伝の水仕事」が完璧に終わったときだった。
「リビングもあるんですね。ずいぶんと広いなあ」
 康太は素直にこう云った。
 カウンターから見ていちばん奥に大型テレビがあり、その手前にL字型のソファとそれに囲まれるようにして縦長のローテーブルが置かれている。
 勝利が右手の巾着袋を揺らしながらリビングのほうへ向かい、
「ここは重要な会議のときに使うんだ」
 と云った。そして手前のソファのところまで来ると、くるりと康太のほうにふり返った。そして両肘をソファの背の上部に掛け、誇らしげに云った。「部屋割りもここでやったんだぞ。おれと森と今井の三人で」
「そうなんですね……」
 とだけ康太は云った。それがほんとうなら、オリエンテーション合宿のときには、すでに部屋割りが決まっていたことになる。康太は、どういうことだろうとふしぎに思った。
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