68 / 78
第五章 ワン・モア・チャンス
23 いいものは「カーカーカー」
しおりを挟む
「あら、康ちゃん。お帰りなさい」
寮母の水野さんに声を掛けられたのは、部室の片づけをすませて男子寮にひとりで戻ってきた康太が、階段を昇ろうとしていたときだった。ふり返ると、食堂の入口のところで寮母さんが康太を手招いていた。
「あっ、水野さん。ただいま」康太は挨拶をして階段を降り、食堂に這入った。「何かお手伝いしましょうか?」
夕食までにはまだ時間があるので、食堂はガランとしている。康太と寮母さんのふたりだけだ。
「それは大丈夫よ。重いものを運ぶのは、タケちゃんと健ちゃんが担当なの。さっきやってもらったわ」
康太が厨房の隅に目をやると、段ボール箱がいくつか積み上げられていた。
「それじゃあ……」水野さんは何か云いたそうにしている。康太は考えを巡らせた。「何かいいことがあったんですね?」
「そうなの」
水野さんは、うふふ、と笑いながら厨房に行くと、こんどはカウンター越しに康太に話しかけた。「いいものがあるのよ。ヒロくんと康ちゃんだけ特別にね」
——よほど嬉しいことがあったんだなあ。
——でも、どうしてぼくたちにだけ?
康太がともかくお礼を云わなければと口を開こうとしたとき、先に水野さんが話を続けた。「観たわよ。お昼の番組」
——お昼の番組……?
康太は首を傾げた。「ええと、それって……」
「ヒロくんと一緒にインタビューを受けていたでしょう? 駅前の商店街で」
「あっ——!」
武志にいつオンエアなのか伝えなければならなかったのだ。しかもデッドラインはとっくに過ぎている。あれから武志が何も云ってこなかったのをいいことに、すっかり忘れていた。
「ふたりとも緊張していたみたいね」水野さんが片目でウィンクをした。まるで少女のような可憐さだ。
康太は耳が熱くなるのを感じた。「そう……だったんです、か?」
うふふ、と微笑んで水野さんが冷蔵庫に向った。「それにふたりとも兄弟みたいだったわ」褐色の長太いポットを棚から取り出してカウンターに戻り、洗い立てのコップに中身を注いで康太の前に置く。「はい、どうぞ」
カフェ・オ・レだった。
康太は、いただきます、と云ってひと口飲んだ。
——これって……。
「ミルクのオーナーにお裾分けしてもらったのよ。お店ではホットだけど、アイスでも美味しいんですって。どうかしら?」
康太は顔を上げて水野さんを見た。
水野さんが嬉しそうに云った。「ヒロくんとふたりで仲良く飲むのよ」
礼を云って食堂を出ると、康太は階段を昇りながら考えた。
——今井先輩にどう云えばいいんだろう……。
セカンド・ミッションのまえに重要なミッションがあったのだ。かといって、大樹が武志に揶揄われるのも申し訳ない気がする。武志がこの失態を無罪放免にしてくれる方法は……。
康太は、ふと両手で抱えているカフェ・オ・レのポットを見た。
——貫通式!
浴室でのバット磨きが康太の脳裏に泛んだ。まだ目にしていない、大きくなった大樹のものを想像する。男子寮の四大バズーカ砲の、それも最上級の代物は、こんな感じなのだろうか。
「おっ、リトルウルフ!」
そのとき、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。康太が顔を上げると、数段先の踊り場に寮長の勝利が颯爽と立っている。いつもの大学のジャージ姿ではなかった。すっきり晴れわたる青空のようなカラーのデニムを穿き、上半身は軽やかな白いシャツを、その釦をすっかりほどいて羽織っている。そのしたには白いろのタンクトップを着ているらしかったが、それは薄手のものなのだろう。勝利の見事な筋肉の鎧を精細にレリーフしているように見えた。
「あ、大野先輩……」
勝利がシャツをなびかせながら階段を舞い降りる。ふわりとなびくシャツは翼のようで、まるで隼が獲物を目掛けて天から降りてくるかのようだ。そして康太の二段上に降りたつと、翼を休める間もなく猛禽類のような目つきで康太の手元を見て、
「いいもん、持ってるな」
「あ……あの、その、これは……」手のなかのものは、すでにカフェ・オ・レのポットに戻っていた。「カーカーカー……」
声が震えている。ちゃんと最後まで云わなければ、伝わるものも伝わらない。
「たーたーたー?」勝利が片眉を、ぐいっ、と吊り上げた。
案の定聞き違えたらしく勝利が発したのは、よりによってあの言葉だった。すると康太の手のなかのものが一瞬にして大樹のものに戻った。長くて太い。色もこんな感じだ。いや、もっと焦げ茶いろをしていた。そしてずしりとした重量感がある。唯一違うのは、今手にしているものが冷たいということだけ。
康太はますます焦った。「カーカーカー……」
勝利が快活に笑った。「カフェ・オ・レだろ? ミルクの」
「え」
「ウルフのやつ、びっくりするだろうな。おまえがそれを持っていったら」勝利は何やら知っているような口ぶりだ。そして康太がこくりと頷くと、こう云い足した。「デカ猪に見つからないようにしろよ」
「は、はい……」
康太が辛うじて返事をすると、精悍な隼は颯爽と階段を舞い降り、男子寮のエントランスへと飛んでいった。
寮母の水野さんに声を掛けられたのは、部室の片づけをすませて男子寮にひとりで戻ってきた康太が、階段を昇ろうとしていたときだった。ふり返ると、食堂の入口のところで寮母さんが康太を手招いていた。
「あっ、水野さん。ただいま」康太は挨拶をして階段を降り、食堂に這入った。「何かお手伝いしましょうか?」
夕食までにはまだ時間があるので、食堂はガランとしている。康太と寮母さんのふたりだけだ。
「それは大丈夫よ。重いものを運ぶのは、タケちゃんと健ちゃんが担当なの。さっきやってもらったわ」
康太が厨房の隅に目をやると、段ボール箱がいくつか積み上げられていた。
「それじゃあ……」水野さんは何か云いたそうにしている。康太は考えを巡らせた。「何かいいことがあったんですね?」
「そうなの」
水野さんは、うふふ、と笑いながら厨房に行くと、こんどはカウンター越しに康太に話しかけた。「いいものがあるのよ。ヒロくんと康ちゃんだけ特別にね」
——よほど嬉しいことがあったんだなあ。
——でも、どうしてぼくたちにだけ?
康太がともかくお礼を云わなければと口を開こうとしたとき、先に水野さんが話を続けた。「観たわよ。お昼の番組」
——お昼の番組……?
康太は首を傾げた。「ええと、それって……」
「ヒロくんと一緒にインタビューを受けていたでしょう? 駅前の商店街で」
「あっ——!」
武志にいつオンエアなのか伝えなければならなかったのだ。しかもデッドラインはとっくに過ぎている。あれから武志が何も云ってこなかったのをいいことに、すっかり忘れていた。
「ふたりとも緊張していたみたいね」水野さんが片目でウィンクをした。まるで少女のような可憐さだ。
康太は耳が熱くなるのを感じた。「そう……だったんです、か?」
うふふ、と微笑んで水野さんが冷蔵庫に向った。「それにふたりとも兄弟みたいだったわ」褐色の長太いポットを棚から取り出してカウンターに戻り、洗い立てのコップに中身を注いで康太の前に置く。「はい、どうぞ」
カフェ・オ・レだった。
康太は、いただきます、と云ってひと口飲んだ。
——これって……。
「ミルクのオーナーにお裾分けしてもらったのよ。お店ではホットだけど、アイスでも美味しいんですって。どうかしら?」
康太は顔を上げて水野さんを見た。
水野さんが嬉しそうに云った。「ヒロくんとふたりで仲良く飲むのよ」
礼を云って食堂を出ると、康太は階段を昇りながら考えた。
——今井先輩にどう云えばいいんだろう……。
セカンド・ミッションのまえに重要なミッションがあったのだ。かといって、大樹が武志に揶揄われるのも申し訳ない気がする。武志がこの失態を無罪放免にしてくれる方法は……。
康太は、ふと両手で抱えているカフェ・オ・レのポットを見た。
——貫通式!
浴室でのバット磨きが康太の脳裏に泛んだ。まだ目にしていない、大きくなった大樹のものを想像する。男子寮の四大バズーカ砲の、それも最上級の代物は、こんな感じなのだろうか。
「おっ、リトルウルフ!」
そのとき、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。康太が顔を上げると、数段先の踊り場に寮長の勝利が颯爽と立っている。いつもの大学のジャージ姿ではなかった。すっきり晴れわたる青空のようなカラーのデニムを穿き、上半身は軽やかな白いシャツを、その釦をすっかりほどいて羽織っている。そのしたには白いろのタンクトップを着ているらしかったが、それは薄手のものなのだろう。勝利の見事な筋肉の鎧を精細にレリーフしているように見えた。
「あ、大野先輩……」
勝利がシャツをなびかせながら階段を舞い降りる。ふわりとなびくシャツは翼のようで、まるで隼が獲物を目掛けて天から降りてくるかのようだ。そして康太の二段上に降りたつと、翼を休める間もなく猛禽類のような目つきで康太の手元を見て、
「いいもん、持ってるな」
「あ……あの、その、これは……」手のなかのものは、すでにカフェ・オ・レのポットに戻っていた。「カーカーカー……」
声が震えている。ちゃんと最後まで云わなければ、伝わるものも伝わらない。
「たーたーたー?」勝利が片眉を、ぐいっ、と吊り上げた。
案の定聞き違えたらしく勝利が発したのは、よりによってあの言葉だった。すると康太の手のなかのものが一瞬にして大樹のものに戻った。長くて太い。色もこんな感じだ。いや、もっと焦げ茶いろをしていた。そしてずしりとした重量感がある。唯一違うのは、今手にしているものが冷たいということだけ。
康太はますます焦った。「カーカーカー……」
勝利が快活に笑った。「カフェ・オ・レだろ? ミルクの」
「え」
「ウルフのやつ、びっくりするだろうな。おまえがそれを持っていったら」勝利は何やら知っているような口ぶりだ。そして康太がこくりと頷くと、こう云い足した。「デカ猪に見つからないようにしろよ」
「は、はい……」
康太が辛うじて返事をすると、精悍な隼は颯爽と階段を舞い降り、男子寮のエントランスへと飛んでいった。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる