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第五章 ワン・モア・チャンス
7 お尻丸出し
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大樹は大股で歩きながら部屋に戻ると、こたつテーブルの手前で軽くしゃがんで康太を降ろした。
「康太、早く着ろ」
康太は蹠が床に着くや否や、大樹にくるりと背を向けてガウンを羽織った。
「森先輩……」合わせ目をぴったりと重ねて紐でしっかりと結える。「あの……見えていたんですか……ね……?」
「さあな」大樹はテレビのリモコンを手に取ってボリュームを上げた。「おれからは、どうやったって見えないだろう?」
「そりゃそうですけれど」
「それより坐んな。お気に入りのアナウンサーなんだろ? 正面の席を譲ってやるからさ」
「きちんと正座して観なきゃですよね?」
「おれは大野さん以上に堅っ苦しいのは嫌いだ」大樹は、ははは、と笑ってそのままミニキッチンへ向った。「のど渇いただろう? 水でも飲むか?」
はい、と応えて、康太はガウンの合わせ目を気にしながら、そろりそろりと腰を降ろした。胡座をかきたいが、それには紐を緩めないといけない。康太は胡座をあきらめて、両脚をまっすぐに伸ばし、両手を後ろについた。
大樹が巨軀を屈めて、ミニ冷蔵庫のなかを探っているのを康太は眺める。さっきまでぴったりとその巨軀を包んでいたガウンは、いつの間にか大樹の全身をふんわりと緩やかに包んでいて、頸と洋々とした肩の上部が露わになっていた。後ろ姿しか見えないが、腰の紐は、その結び目がほとんど解けかかっているのだろう。
大樹がペットボトルを二本取りだした。じろじろ眺めているのがバレてはいけない。康太はテレビの画面に目を向けた。と同時に大樹がくるりとふり返り、ゆったりとした足取りで康太に近づいてくる気配がした。
——見ない、見ない、見ない!
康太はドラッグストアのCMに意識を集中させた。
「ひゃあっ!」
「よく冷えてるだろう? ほら、受け取れ」
右の頬にペットボトルが当てられたのだった。康太は右手でそれを頬に押さえて、そのまま顔を大樹に向けた。
「あっ!」
「ん? どうした、康太。そんなに冷たかったか?」
大樹がちょうど康太の斜め右に腰を降ろしたところだった。予想していたとおり、ガウンの合わせ目をすっかり寛げている。こたつテーブルが目隠しとなっていて、そのたくましい胸から下は見えない。それを承知しているのか、大樹は大胆にも右膝を立てて、そこに右肘を掛けている。
ペットボトルの水をゴクリとひと口飲んで大樹が云った。「明日、ドラッグストアに行かなきゃな」
ドラッグストア——コンドームを買いに行くのだろうか。康太はドキリとした。さっきから大樹がその裸かを惜しげもなく曝しているのは、貫通式の誘いかもしれない。今からでも遅くない、と大樹が考えていてもおかしくはない。
「カミソリの替え刃が切れそうなんだ。おまえも何か必要なものがあるんじゃないか? 駅前の商店街、案内してやるから一緒に行こうぜ」
「は、はい……」
康太は大樹に向って小さく頷いた。水泳部の新人みたいに毛を剃られるのだろうか。海軍の先輩と同室なのだから、自分も海軍のやり方に従うのが当然のように康太には思われた。
ドラッグストアのCMが了り、牛丼チェーン店のCMがそれに続く。早く番組に戻らない今夜のテレビはなんて意地悪なのだろう、と康太は思った。
「なあ、康太……」大樹がやさしげな口調で云った。
康太は即答した。「はっ、はい!」
「大野さん、ずいぶんとおまえのこと気に入っているみたいだな。安心したよ」
「そ、そうですか?」
武志にも同じことを云われたのを康太は思い出した。
大樹は深いため息を吐いて、
「まあ、少し小悪戯が過ぎるようだけど、それはおれから大野さんに云ってやるよ」
「あ、ありがとうございます。でも大野先輩、本気なのか冗談なのか、わからないときがあって……」
大樹は、だよな、と云って、
「確かにさっきもそうだったよな」
と付け足した。「おまえのケツの穴が見えたとかなんとか。だけど、あれは冗談だと思うぞ。おまえの反応が見たかっただけだ。気にするな」
「そうかなあ……だって……」康太は、大樹に負ぶわれていた自分の姿を思い返して首をすくめた。あれだけ両脚をおっ広げにしておいて本当に見えなかったのだろうか。
大樹は、大きな手を伸ばして康太の頭をポンポンと叩くと、
「もし見えていたら、大野さんはこう云っただろうな」
と云ってから、ふんっ、とのどの調子を整えた。「わっぜ、いした!」
康太は目を丸くした。声色は勝利そのものだった。しかし意味がわからない。
「今の日本語ですか?」康太は真顔で訊いた。
大樹が、くくくっ、と笑った。「おまえもそう思うよな。だけど、目の前で云ったらボテ喰らさるっぞ。鹿児島弁で『ちかっぱい、ばっちい』って意味だ」
『ちかっぱい』と『ばっちい』なら康太にもなんとなくニュアンスがわかる。あはは、と乾いた笑いが零れた。
「そういうことだ」大樹が康太の頭をもう一度ポンポンと叩いた。「もし気になるなら、ばっちいかどうか見てやろうか?」
「え?」
「おっ、CMが了ったようだな」
大樹はこう云って、テレビに顔を向けた。
康太は、大樹こそ本気なのか冗談なのか、わからなくなった。
「康太、早く着ろ」
康太は蹠が床に着くや否や、大樹にくるりと背を向けてガウンを羽織った。
「森先輩……」合わせ目をぴったりと重ねて紐でしっかりと結える。「あの……見えていたんですか……ね……?」
「さあな」大樹はテレビのリモコンを手に取ってボリュームを上げた。「おれからは、どうやったって見えないだろう?」
「そりゃそうですけれど」
「それより坐んな。お気に入りのアナウンサーなんだろ? 正面の席を譲ってやるからさ」
「きちんと正座して観なきゃですよね?」
「おれは大野さん以上に堅っ苦しいのは嫌いだ」大樹は、ははは、と笑ってそのままミニキッチンへ向った。「のど渇いただろう? 水でも飲むか?」
はい、と応えて、康太はガウンの合わせ目を気にしながら、そろりそろりと腰を降ろした。胡座をかきたいが、それには紐を緩めないといけない。康太は胡座をあきらめて、両脚をまっすぐに伸ばし、両手を後ろについた。
大樹が巨軀を屈めて、ミニ冷蔵庫のなかを探っているのを康太は眺める。さっきまでぴったりとその巨軀を包んでいたガウンは、いつの間にか大樹の全身をふんわりと緩やかに包んでいて、頸と洋々とした肩の上部が露わになっていた。後ろ姿しか見えないが、腰の紐は、その結び目がほとんど解けかかっているのだろう。
大樹がペットボトルを二本取りだした。じろじろ眺めているのがバレてはいけない。康太はテレビの画面に目を向けた。と同時に大樹がくるりとふり返り、ゆったりとした足取りで康太に近づいてくる気配がした。
——見ない、見ない、見ない!
康太はドラッグストアのCMに意識を集中させた。
「ひゃあっ!」
「よく冷えてるだろう? ほら、受け取れ」
右の頬にペットボトルが当てられたのだった。康太は右手でそれを頬に押さえて、そのまま顔を大樹に向けた。
「あっ!」
「ん? どうした、康太。そんなに冷たかったか?」
大樹がちょうど康太の斜め右に腰を降ろしたところだった。予想していたとおり、ガウンの合わせ目をすっかり寛げている。こたつテーブルが目隠しとなっていて、そのたくましい胸から下は見えない。それを承知しているのか、大樹は大胆にも右膝を立てて、そこに右肘を掛けている。
ペットボトルの水をゴクリとひと口飲んで大樹が云った。「明日、ドラッグストアに行かなきゃな」
ドラッグストア——コンドームを買いに行くのだろうか。康太はドキリとした。さっきから大樹がその裸かを惜しげもなく曝しているのは、貫通式の誘いかもしれない。今からでも遅くない、と大樹が考えていてもおかしくはない。
「カミソリの替え刃が切れそうなんだ。おまえも何か必要なものがあるんじゃないか? 駅前の商店街、案内してやるから一緒に行こうぜ」
「は、はい……」
康太は大樹に向って小さく頷いた。水泳部の新人みたいに毛を剃られるのだろうか。海軍の先輩と同室なのだから、自分も海軍のやり方に従うのが当然のように康太には思われた。
ドラッグストアのCMが了り、牛丼チェーン店のCMがそれに続く。早く番組に戻らない今夜のテレビはなんて意地悪なのだろう、と康太は思った。
「なあ、康太……」大樹がやさしげな口調で云った。
康太は即答した。「はっ、はい!」
「大野さん、ずいぶんとおまえのこと気に入っているみたいだな。安心したよ」
「そ、そうですか?」
武志にも同じことを云われたのを康太は思い出した。
大樹は深いため息を吐いて、
「まあ、少し小悪戯が過ぎるようだけど、それはおれから大野さんに云ってやるよ」
「あ、ありがとうございます。でも大野先輩、本気なのか冗談なのか、わからないときがあって……」
大樹は、だよな、と云って、
「確かにさっきもそうだったよな」
と付け足した。「おまえのケツの穴が見えたとかなんとか。だけど、あれは冗談だと思うぞ。おまえの反応が見たかっただけだ。気にするな」
「そうかなあ……だって……」康太は、大樹に負ぶわれていた自分の姿を思い返して首をすくめた。あれだけ両脚をおっ広げにしておいて本当に見えなかったのだろうか。
大樹は、大きな手を伸ばして康太の頭をポンポンと叩くと、
「もし見えていたら、大野さんはこう云っただろうな」
と云ってから、ふんっ、とのどの調子を整えた。「わっぜ、いした!」
康太は目を丸くした。声色は勝利そのものだった。しかし意味がわからない。
「今の日本語ですか?」康太は真顔で訊いた。
大樹が、くくくっ、と笑った。「おまえもそう思うよな。だけど、目の前で云ったらボテ喰らさるっぞ。鹿児島弁で『ちかっぱい、ばっちい』って意味だ」
『ちかっぱい』と『ばっちい』なら康太にもなんとなくニュアンスがわかる。あはは、と乾いた笑いが零れた。
「そういうことだ」大樹が康太の頭をもう一度ポンポンと叩いた。「もし気になるなら、ばっちいかどうか見てやろうか?」
「え?」
「おっ、CMが了ったようだな」
大樹はこう云って、テレビに顔を向けた。
康太は、大樹こそ本気なのか冗談なのか、わからなくなった。
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