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第五章 ワン・モア・チャンス

5 こっちは二人羽織りだ!

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 せっかく憧れの女性アナウンサーが出ているのに、康太はテレビに集中できなかった。
 ——北海道じゃオンエアされていない番組なのに……。
 康太のすぐ隣りで片肘を着いて寛いでいた大樹が身を起こす。康太は、チラッと目だけを向けた。大樹のガウンの前が緩やかな曲線を描くようにはだけ、そのから岩のように硬そうな裸かの胸と腹が、そこを覆う豊かな漆黒の毛に飾られているのが目に飛び込んでくる。
 ——森先輩、目の遣り場に困るなあ……。
 大樹はその露出を気にする素振りを見せない。かといって、康太に見せびらかしているようでもない。それよりもテレビのなかの女性アナウンサーに、そのたくましい裸かを見せつけているように思える。
「おっ、CMか」大樹が立上った。「康太、プロテイン飲むか?」
「あ、はい」
 康太が反射的に即答すると、大樹はミニキッチンへ歩いてゆき、冷蔵庫からパックを取りだした。康太はテレビに顔を向けたまま横目で大樹を盗み見た。大樹はプロテインのパックをふたつ手に戻ってきた。腰の位置でガウンの紐が結ばれて、かろうじて肝心な部分が見えないようにガウンの生地をまとめている。
 大樹がどっかと腰を下ろして、こたつテーブルの上にプロテインのパックを置いた。
「康太、好きなほうを選んで好いぞ」
「どっちも同じ味ですよね?」
「まあ、そう云うな。気分だよ、気分」大樹はパックのひとつを手にとって、ストローを挿し、康太の前に置いた。「おまえ、すぐこぼすからなあ。ほら、挿してやったぞ」
「ありがとうございます」
 康太は礼を云って、ひとくち啜った。
 それから康太はテレビだけを観るようにした。大樹が姿勢を変える気配がしても、目を向けることはしない。ただ憧れのお姉さんだけを目で追った。
「おまえ、よっぽどファンなんだな」
 大樹がぼそりと云った。
「森先輩もファンなんですか?」
「ファン……。まあ、そう云われればそうだ」
 大樹はあいまいな返事をした。
 ——だから裸かを見せつけてアピールしているつもりなのかな? 向うからは見えないのに。
 そう考えると、この大樹の行動もファン心理の発露なのだろうと康太には思えてきた。もっともその行動が適切かどうかは別として。
 二度目のCMの時間になった。
「そろそろ夜の点呼だな」大樹がテレビのボリュームを落とした。隣りの部屋のあえぎ声が壁をすり抜けてくる。「まったく、あいつらときたら……。康太、ドアの前で大野さんをお出迎えするぞ」
 康太は、はい、と応えて立上り、大樹にいてドアへ向った。
 ふたりはドアの前に立ち、着崩れたガウンをちゃんと着直した。
 ややあってドアの向うで人の気配がした。
「さあ、おいでなすった」大樹が待ち構えていたかのように云った。「康太、呼び出し音が鳴ったら、すぐにドアを開けて驚かせてやろうぜ」
 康太は、大樹が悪戯を仕掛けようとしていることがおかしくて、思わず吹き出した。「どんな顔するでしょうね、大野先輩」
「鳩が豆鉄砲喰らったような顔をして、いや——」
 そのとき呼び出し音が鳴った。
 大樹がすかさずドアを開けた。
 すると、まずはじめに勝利が、
「うわっ! なんだおまえら……」
 と驚き、ついで勝利の恰好を見た康太が、
「大野先輩……」
 と言葉を失い、最後に大樹が、
「大野さんこそ、何ンばしよっとですか?」
 と冷静に博多弁で返した。「はやぶさがバズーカ砲喰らったような顔ばして」
 ケツ割れサポーターだけを穿いた勝利が康太たちの目の前に立っていた。その右手にはラグビーボールを抱えている。
「おまえらを驚かそうと思ったんだけどな……」勝利は残念がった。
 大樹が云った。「大野さん、康太を五階からここまで素っ裸かで来させましたよね? だからピンと来たんです。点呼の時間もマイナス・ワンをやるんじゃないかって」
「康太、素直なのは認めるが……」勝利が気まずそうに康太の顔を見た。「おれが部屋のドアを閉めたら、そこでマイナス・ワンはお仕舞いだ」
 康太はそれを聞いて、乾いた笑いを泛べた。「気づかなかったんです。でも、昔は素っ裸かで部屋から一階の風呂まで行っていたんですよね?」
 勝利は頷いた。「ああ、水野さんに見つからないようにな。あれはあれでスリルがあった——」
 と云いかけて、勝利は何かをふと思い出したような顔つきになって、ニヤリと笑った。「——おれが今何枚着ているか数えてみろ」
 康太はビクッとした。明らかに勝利はケツ割れサポーター一枚だけだ。康太は大樹の顔を見た。
「一枚ですね」大樹は含みを持たせるように応えた。
「ふたりともガウン一枚のようだが、康太、おまえならどうする?」
 順当に考えれば大樹がガウンを脱いで素っ裸かになり、もうこれ以上脱ぐものがないので康太もその道連れとなる。
 康太はガウンの紐に手をかけた。「ええと……」
 そのとき、大樹が声を掛けた。「康太、ちょっと後ろを向け」
「あ、はい」康太はくるりと回れ右をした。「あっ……」
 大樹が康太のガウンの紐をほどき、するりと脱がせた。「はい、大野さんどうぞ。これで二枚ですよね?」
「お、おう……」
 勝利がたじろいでいるあいだに、大樹は自分のガウンの紐をほどいて、
「康太、こっちへ来い。一緒に着るぞ」
 と云った。康太は吸い込まれるように大樹の胸に飛びこんだ。大樹はガウンの前をさっと閉じて康太を包みこんだ。「康太、もう一度回れ右だ。大野さんに尻を向けたら失礼だぞ」
 康太は前を向いた。
 すかさず大樹がガウンの紐を結びなおした。
「康太、袖とおせるか?」
 と云って大樹が両腕を軽く持ちあげると、康太は、あ、はい、と応えて袖をとおした。
 ——あっ! いる……。
 大樹ははじめからガウン一枚だった。康太の背中に大樹の胸と腹を飾る豊饒の毛がやわらかく触れている。そして腰の位置には……。
 康太は固唾を飲んだ。そして、なるべく何も考えないようにした。
「大野さん、二人羽織りです。ふたりで一着なんで二分の一枚ずつですよね?」
 大樹が飄々とした口調で云った。
「お、おう……」勝利は、大樹から受けとったガウンを手にしたまま、目を丸くして立っている。「おまえら、ほんとよく考えるなあ。貫通式様さまだ」
 大樹は、勝利に向ってどうだと云わんばかりに、襟の合わせ目からぴょんと飛びでた康太の頭をポンポンと叩いた。「つぎは今井たちの点呼ですよね? だったらそのガウンを着て部屋の前に立ってみてください。あいつら驚くはずです。アダルトビデオを観ていたら、部屋にAV男優が来たって」
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