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第四章 人の噂も七十五日
7 電球を換えなくちゃ
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ランドリールームを出て、階段のところまで来た。康太は深呼吸をし、そして犬笛を右手に握りしめた。見上げると、踊り場の照明がチカチカと点滅していた。電球が切れているらしかった。その下では寮生たちが屯っていて、彼らのなかで一番背の高いバスケ部の寮生が、切れた電球に手を伸ばし、ぴょんぴょんとジャンプをしていた。
「大部屋の連中か……。きっと追い出されたんだな」康太の背後から健司が云った。ちょっと憐れむような声だったが、康太がふり向くと、いたずらっ子のような顔でにっこりと笑った。
康太が云った。「電球を取り換えようとしているんじゃないの? 誰かがハシゴを持ってくるのを待ってるんだよ」
「わかってないなあ」健司が肩をすくめる。「上級生たちが部屋に集まってアダルトビデオを観ているんだよ」康太の尻を叩いて、「さあ、行こうぜ。俺たちは追い出されないから見放題だ」
康太は、武志のユニフォームを詰めたビニール袋を両手で胸の前に抱えた。「でも解禁したって大野先輩、云ってたよね?」
「だからって一緒に観たりするかって話だよ。さあさあ、上がった上がった」
康太は階段の右側に寄って身を屈めた。二、三段上がりもしないうちに、後ろから健司が尻を小突いて、
「康太、エスカレーターはどっちだ?」
「左側だよね。でも……」
「じゃあ、ど真ん中にしよう」
と云って、健司は康太の右のわき腹を軽く叩いて康太を階段の中央に立たせた。「上から人が来たら、そんときに避ければ好いっしょ」
踊り場まで登りきった。
「よっ……」
ジャンプから着地したバスケ部が、親しげな口振りで、康太に声をかけた。彼は、口を『リ』を発音する構えにしかけて、すっと緩めた。その代わりに両脚をAの形に展いてすっくと立ち、こうするのがお気に入りの仕草らしく、手の甲で額の汗を拭ってみせた。
他の新入生たちも興味深げに康太を見ている。所属する部は違えど、同じ男子寮の新入生という点で仲間意識が芽生えるものだが、それでも康太に対する彼らの眼差しには、好奇と畏敬の混ざりあった、形容しようのないふしぎな含みがある。
康太は、まただ、と思いながらも、気にしていない素振りで、
「電球、切れちゃったんだ」
と云って、点滅する天井をちらりと見た。「取り換えなくて好いの?」
「それがさ……」バスケ部が頭を掻いた。「寮長の部屋まで取りにいけって先輩が云うんだよ」
健司が明るい声で云った。「だったら康太が取りにいけば好いんじゃない?」
「えっ?」康太は突然の提案に驚いた。
バスケ部の顔がパッと明るくなった。「林、頼んでも好い?」
「えっ……。まあ……」
康太は仕方なしに頷いた。新入生からすれば寮長の勝利は、なかなか声が掛けられない雲の上の存在だ。だから電球の交換を申し出るために五階まで階段を登って部屋を訪ねるのは、簡単なことではないだろう。
健司が柔道着を康太に手渡して、
「決まりだね。ついでに、これ部屋まで持っていって」
と云った。「どうせ四階を通るんだし」
「わかったよ……」
本意ではないが、康太にとっても悪い提案ではなかった。新入生たちの窮屈な眼差しから逃れることができる。そのあいだに健司が余計なことを云わないかが気に掛かるけれども。
康太はまず四階まで階段を駆けあがり、武志と健司の部屋のドアフォンを鳴らした。
反応はなかった。
暗証番号は識っている。だからドアを開けて、邪魔にならないようなところにそっと置いていくのもひとつの方法だろう。あとはドアチェーンが掛けられていないことを願うだけだ。康太は暗証番号を入力した。アラームが鳴って施錠が解除された。ドアを開く。幸いドアチェーンは掛けられていなかった。
「今井先輩、いますか?」
康太はドアを開けると、顔だけを突っ込んで声を掛けた。
部屋から先ず聞こえてきたのは、女性の喘ぎ声だった。アダルトビデオの音声だ。康太は思わず立ちすくんだ。武志が観ているのは確実だがひとりだろうか。ひょっとして大樹も——。
武志の声がした。
「おう、康太か? 這入ってきて好いぞ」
「し、失礼します……」
康太はおずおずと部屋に這入った。はたして武志は胡座をかいて、アダルトビデオを観ていた。
武志は、上体だけを康太に向けて、
「音、大きかったか?」
と云って豪快に笑い、そして手招きをした。「一緒に観ようぜ。森には内緒だぞ」
スクリーンでは男と女が絡みあっている。モザイクはかなり薄い。
「あ……そうじゃなくて……」康太は云いながら頭のなかで武志の着衣枚数を数えていた。Tシャツと短パン——下着も穿いているだろうから三枚だ。「洗濯物を持ってきたんです」
「おう。サンキュー」武志は云うがはやいかスクリーンに顔を戻した。「ところで健司はどこだ?」
スクリーンに背を向けて洗濯物を置きながら康太は応えた。「一階と二階の踊り場で電球が切れていて、そこでぼくを待っているんです。これから大野さんの部屋に行って、換えの電球をもらって……」
「そうか。じゃあ、おまえ急がないとな」
武志が立上る気配がした。
康太は背を向けたまま早口で云った。「今井先輩、三枚ですよね? 急ぐんでマイナス・ワンはまたこんどで。ごめんな——」
「三枚だって?」
ふり返ると武志は下着一枚になっていた。アダルトビデオを観ていたせいで、バズーカ砲が生地をしっかりと盛りあげている。ともすれば、はみ出しそうだ。
「あっ!」
康太は固まってしまった。
武志は狼狽える康太を見て豪快に笑った。康太に近づいてきてがっしりと肩を組むと、そのままドアまで康太を連れていった。
「いつでも観にこい。大歓迎だ」ドアを開けながら武志が云った。「ゴリ野さんの部屋の暗証番号は『5555』だ——待てよ。ひょっとすると、ゴリ野さんもアダルトビデオを観ているかもしれないな。そんときは相手をしてやるんだぞ。電球は後回しだ」
「大部屋の連中か……。きっと追い出されたんだな」康太の背後から健司が云った。ちょっと憐れむような声だったが、康太がふり向くと、いたずらっ子のような顔でにっこりと笑った。
康太が云った。「電球を取り換えようとしているんじゃないの? 誰かがハシゴを持ってくるのを待ってるんだよ」
「わかってないなあ」健司が肩をすくめる。「上級生たちが部屋に集まってアダルトビデオを観ているんだよ」康太の尻を叩いて、「さあ、行こうぜ。俺たちは追い出されないから見放題だ」
康太は、武志のユニフォームを詰めたビニール袋を両手で胸の前に抱えた。「でも解禁したって大野先輩、云ってたよね?」
「だからって一緒に観たりするかって話だよ。さあさあ、上がった上がった」
康太は階段の右側に寄って身を屈めた。二、三段上がりもしないうちに、後ろから健司が尻を小突いて、
「康太、エスカレーターはどっちだ?」
「左側だよね。でも……」
「じゃあ、ど真ん中にしよう」
と云って、健司は康太の右のわき腹を軽く叩いて康太を階段の中央に立たせた。「上から人が来たら、そんときに避ければ好いっしょ」
踊り場まで登りきった。
「よっ……」
ジャンプから着地したバスケ部が、親しげな口振りで、康太に声をかけた。彼は、口を『リ』を発音する構えにしかけて、すっと緩めた。その代わりに両脚をAの形に展いてすっくと立ち、こうするのがお気に入りの仕草らしく、手の甲で額の汗を拭ってみせた。
他の新入生たちも興味深げに康太を見ている。所属する部は違えど、同じ男子寮の新入生という点で仲間意識が芽生えるものだが、それでも康太に対する彼らの眼差しには、好奇と畏敬の混ざりあった、形容しようのないふしぎな含みがある。
康太は、まただ、と思いながらも、気にしていない素振りで、
「電球、切れちゃったんだ」
と云って、点滅する天井をちらりと見た。「取り換えなくて好いの?」
「それがさ……」バスケ部が頭を掻いた。「寮長の部屋まで取りにいけって先輩が云うんだよ」
健司が明るい声で云った。「だったら康太が取りにいけば好いんじゃない?」
「えっ?」康太は突然の提案に驚いた。
バスケ部の顔がパッと明るくなった。「林、頼んでも好い?」
「えっ……。まあ……」
康太は仕方なしに頷いた。新入生からすれば寮長の勝利は、なかなか声が掛けられない雲の上の存在だ。だから電球の交換を申し出るために五階まで階段を登って部屋を訪ねるのは、簡単なことではないだろう。
健司が柔道着を康太に手渡して、
「決まりだね。ついでに、これ部屋まで持っていって」
と云った。「どうせ四階を通るんだし」
「わかったよ……」
本意ではないが、康太にとっても悪い提案ではなかった。新入生たちの窮屈な眼差しから逃れることができる。そのあいだに健司が余計なことを云わないかが気に掛かるけれども。
康太はまず四階まで階段を駆けあがり、武志と健司の部屋のドアフォンを鳴らした。
反応はなかった。
暗証番号は識っている。だからドアを開けて、邪魔にならないようなところにそっと置いていくのもひとつの方法だろう。あとはドアチェーンが掛けられていないことを願うだけだ。康太は暗証番号を入力した。アラームが鳴って施錠が解除された。ドアを開く。幸いドアチェーンは掛けられていなかった。
「今井先輩、いますか?」
康太はドアを開けると、顔だけを突っ込んで声を掛けた。
部屋から先ず聞こえてきたのは、女性の喘ぎ声だった。アダルトビデオの音声だ。康太は思わず立ちすくんだ。武志が観ているのは確実だがひとりだろうか。ひょっとして大樹も——。
武志の声がした。
「おう、康太か? 這入ってきて好いぞ」
「し、失礼します……」
康太はおずおずと部屋に這入った。はたして武志は胡座をかいて、アダルトビデオを観ていた。
武志は、上体だけを康太に向けて、
「音、大きかったか?」
と云って豪快に笑い、そして手招きをした。「一緒に観ようぜ。森には内緒だぞ」
スクリーンでは男と女が絡みあっている。モザイクはかなり薄い。
「あ……そうじゃなくて……」康太は云いながら頭のなかで武志の着衣枚数を数えていた。Tシャツと短パン——下着も穿いているだろうから三枚だ。「洗濯物を持ってきたんです」
「おう。サンキュー」武志は云うがはやいかスクリーンに顔を戻した。「ところで健司はどこだ?」
スクリーンに背を向けて洗濯物を置きながら康太は応えた。「一階と二階の踊り場で電球が切れていて、そこでぼくを待っているんです。これから大野さんの部屋に行って、換えの電球をもらって……」
「そうか。じゃあ、おまえ急がないとな」
武志が立上る気配がした。
康太は背を向けたまま早口で云った。「今井先輩、三枚ですよね? 急ぐんでマイナス・ワンはまたこんどで。ごめんな——」
「三枚だって?」
ふり返ると武志は下着一枚になっていた。アダルトビデオを観ていたせいで、バズーカ砲が生地をしっかりと盛りあげている。ともすれば、はみ出しそうだ。
「あっ!」
康太は固まってしまった。
武志は狼狽える康太を見て豪快に笑った。康太に近づいてきてがっしりと肩を組むと、そのままドアまで康太を連れていった。
「いつでも観にこい。大歓迎だ」ドアを開けながら武志が云った。「ゴリ野さんの部屋の暗証番号は『5555』だ——待てよ。ひょっとすると、ゴリ野さんもアダルトビデオを観ているかもしれないな。そんときは相手をしてやるんだぞ。電球は後回しだ」
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