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第三章 貫通式

8 プロペラと場外ホームラン

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 それでも康太は興奮していた。
 ——そうだ。森先輩と一緒にAVを観ているところを想像しよう。
 すると康太の頭のなかに勝利が出てきた。風呂場で裸かは見ているし、三大バーズカ砲のにも触っている。寮長をAV男優にするのは少し気が引けるが、想像は想像に過ぎない。

 ……ほの暗いホテルの一室。ソファの背にジャケットとネクタイが掛けられ、床にはワイシャツ、靴下とズボン、そして女の衣服が道標のように点々と脱ぎ捨てられている。それらをひとつひとつ追っていくと、ベッドの端に辿り着いた。
 ベッドの上では下着一枚の男——寮長の勝利——が、一糸まとわぬ女と情熱的なキスを交わしながら、絡みあっている。小柄な女だ。長い髪が印象的だが、その顔までは見えない。
 男はベッドサイドのライトを消すと、おもむろに最後の一枚を脱いだ。大きく聳り立つ黒い影が現れる。男は女の脚を大きく広げると、そのあいだに辷りこみながら、女に覆いかぶさる。恥じらいながら背中に手をまわす女の上で、男の逞しい尻が大きく動きはじめた。窓から差しこむ月灯りが、愛しあう男と女をおぼろげに照らしている……。

 ——だめだ。やり直し!
 外国映画のロマンチックなベッドシーンみたいなものが泛んだのだ。これはきっと勝利の精悍な貌立ちのせいだと康太は考えた。
 康太はつぎの想像を急いだ。AV鑑賞といえば、武志と健司だ。あのふたりが観ているAVを……。

 ……森林の奥深くに誰も知らない池がある。そこで武志と健司が水浴びをしている。生まれたままの姿で水を掛けあい、深いところでは互いに沈めあったりしている。
 ふたりは池からあがると柔らかな草のカーペットのうえに寝そべった。健司が得意の寝技を武志に掛けようとする。武志はあやすように相手をする。ふたりは笑いながら手足を絡めあい、戯れあっている。弾け飛ぶ水滴が木洩れ日を浴びて、水晶のようにキラリと光る。
 突然、枝葉を激しく揺らして薫風が吹きぬけた。吼えるような枝葉の音に武志の目つきが変わる。野猪のじしの目がギラリと光り、それまで手を抜いていた武志が本気を出す。健司はあっという間に組み敷か、れ……。

 ——これもだめだ!
 武志と健司が出てきたのは、昼間、レスリングごっこで戯れあうふたりを見たせいだった。そればかりではない。隣りの部屋でも、同じように「貫通式」が……。康太はかぶりを振った。
 ——健司も大丈夫だ。きっと今井先輩も、森先輩みたいにこの伝統を破ってくれているはず……。
 そのとき、ロフトのほうから大樹の深いため息が聞こえ、それからガサゴソと箱からティッシュを取りだす音が立った。しばらく沈黙があって、また、バチン、と音がした。
 ——森先輩……。あれは、ふたつ目? それとも……。
 少なくとも大樹がロフトで自慰をしているのは確かだった。康太は目を閉じて大の字になった。すると脳裏に大樹の姿が泛びあがってきた。康太のものが、それに反応して硬くなった。これ以上ないくらい、張りつめている。これをどう処理すべきかは、康太も当然心得ていた。
 ——ここは森先輩のベッドで、そこにぼくは裸かで寝ていて、でも本当なら森先輩も一緒に裸かで……。
 左手が硬くなったものを自然と握りしめ、優しく宥めはじめた。ロフトでは大樹が大きくなったものを握り、同じように手を動かしている。
 ——とっても大きいんだろうなあ……。
 いつの間にか康太は、大きくなった大樹のものを、すんなりと想像していた。自分のものが手のなかで長く伸びるのを感じる。康太は手の動きを早めた。
 ——森先輩も、AVみたいなことするのかな?
 康太は、これまでに観たAVを思いかえした。しかしどのAV男優の演技も、大樹には当てはまらないように思われた。AV男優たちがやっているのは、男が観て興奮するための、あくまでも見せ物としての行為だ。大樹はそうじゃない。康太はそんな気がした。
 ——きっと優しくキスして、マッサージなんかもして……。
 ロフトから大樹のかすれ声が聞こえてきた。甘く、切ないその響きが康太の耳をくすぐる。康太は、大樹の端正な顔立ちを思い出した。脱衣場であいさつをしたときの、あの印象的な睫毛の長い眸——大樹との貫通式は、決して怖くない。

 ……大樹が康太を愛撫する。手のひらと唇、指先と舌先が、康太を知り尽くそうとするかのように隅々までゆき渡る。上から下まで、後ろから前から、裏も表も、触れないところは何処もない。
 康太はときおり、びくっと反応する。
「康太、大丈夫か?」
 大樹が訊く。
 康太が大丈夫だと応えると、大樹はその場所にキスマークを付ける。それはまるで宝の在処を記すかのようだ。
 仰向けになった康太の足許から大樹がゆっくりとのぼってくる。大きく逞しい胸板が眼前に現れ、康太は目を閉じる。唇が重なりあい、大樹の舌がそっと……。
 
 ——好い感じだ。これなら怖くない。
 康太は目をつぶり、右手にウェットティッシュを握りしめ、左手を動かしはじめた。

 ……少し汗ばんだ肌、体毛から立ちのぼる甘い薫り、力強くしなやかな腰づかい。康太は脳裏に浮かぶ大樹に操られるように、様々な体位で自分のものをこすりつづける。
 ロフトから聞こえる大樹の息づかいに、康太は甘い声で返す。握りしめていたウェットティッシュのことなどとうに忘れた右手は、はじめのうちは胸と腹のあいだを何度も往復していたが、いつしか臍を越え、くさむらを越え、気づけば太ももの内側にたどり着いていた。最後は正常位だ。
「可愛いな、おまえ……」
「可愛がってください……」
 大樹がゆっくりと康太のなかに這入ってくる。左右に大きく広げられた両脚が、覆いかぶさる大樹の動きにあわせて蝶のようにひらひらと宙を舞う。大樹に抱かれている康太は、身をよじらせ、腰をふり、喘ぎつづける。大樹の息づかいが次第に雄々しくなっていく。
「康太……」
 大樹の声が聞こえる。あと少しだ。腰の奥に全身から何ともいえない快感が集まっている。マグマのように熱い。今にも噴火しそうだ。
「康太……」
 き止められていたものが一気に解き放たれ、目眩めくるめく快感と倶に迸った——。
「康太……」
 ぼんやりとした頭のまま、康太は目を開けた。
「あ」
 ベッドの傍らに素裸かの大樹が立っていた。右手で使用済みのコンドームの端っこを摘み、プロペラのようにグルグルと回している。大樹は康太を見下ろしていた。
「森先輩……?」
 ——見られていたんだ。でもいつから?
 康太は固まってしまった。
「恥ずかしい格好しているのは、お互い様だろ?」大樹はやわらかく笑い、右手でコンドームを回しながら、掃き出し窓のガラスに目をやった。「場外ホームランか……。さすがリトル・ウルフだな」
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