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第三章 貫通式
7 大樹のベッドで
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大樹が、その巨軀を波立たせながら、ロフトへ昇るはしごへと歩いてゆく。室内には、大樹が醸しだす水の匂いがたちまち広がった。康太はそのたくましい後ろ姿を、大樹のベッドに腰を下ろして眺めていた。
——森先輩、跟いてこいとは云わなかったけれど……。
ついさっきのことだった。大樹は、康太にベッドで仰向けになるように云うと、いそいそと準備を始めた。康太に背を向けてベッドの縁に坐り、このくらいかな、と云いながら左の手の甲にワセリンを取り、それからコンドームの数をもう一度数えた。ひとつ、ふたつ、みっつ。康太はそのあいだ、心のなかで大樹と一緒にコンドームを数えた。
——森先輩の彼女さん、いや、彼女さんたちも、こんな感じで待っていたのかな?
何かが始まる予感があった。けれども恐怖よりも期待のほうが優っていた。それは、どんなことをするのだろう、とわかりきってはいても、ちょっと想像してみたくなるふしぎな矛盾を呼びおこした。
「さてと——」
大樹がおもむろに立上った。康太は勃起しかけたものを見られたくなくて、股間を両手で隠した。ところが大樹は覆いかぶさってくるどころか、ふり向きもせずに、
「それじゃあ、ロフトでサクッとやって来る。おまえはそこでやれ」
とヘッドボードのウェットティッシュをとんとんと叩いて、コンドームを手にベッドから離れたのだった。
はしごに向って大樹が進む。後ろ姿の筋肉が月明かりのなかに艶やかに光っている。康太は室内の暗がりに穏やかに煌めく青白い陰だけを見た。
——でも、ひょっとすると犬笛を吹くかもしれない。
康太は立上がってようすを窺った。ちょうど大樹がはしごに手を掛けたところだった。
大樹がはしごを昇る。
「あ」
康太は思わず小声を洩らした。
二の腕の筋肉が瘤のようにふくれ、肩の筋肉もそれにあわせて夏の入道雲のように盛りあがると、洋々たる背中に筋肉の隆起が波立った。岩から切りだしたような、たくましい尻から伸びる、神殿の柱を思わせる両脚は、しなやかな動きではしごを軽々と蹴りあげた。それは、大樹がベッドの上を泳ぐように這う姿を思い起こさせた。はしごをほぼ昇りきった大樹が左の蹠をロフトの床に着けたとき、存在感のある暗い塊の翳りが、大開けになった脚の付け根のあいだに垂れさがっているのが見えた。康太は、これ以上何も見ないように壁に顔を向けてベッドの上で丸まった。
しばらく待っても犬笛は鳴らなかった。
康太は顔だけを突きだしてロフトを見た。そこには肉感のある大樹の逆三角形の後ろ姿が、暗がりと裸體の境目をはっきりさせるように、くっきりと泛びあがっていた。大樹は、膝立ちの状態で少し前屈みになりながら、ある一点を見つめているようだった。何やら支度をしているのか、両手を前に回してごそごそと動かしていた。バチン、という鈍い音がして、その動きが止まった。
——コンドームをはめたんだな。つぎは犬笛?
康太は大樹から目が離せなかった。
大樹はしばらくそのまま凝っとしていた。康太は凝っと待った。すると大樹の左腕が——動きはじめた。右手を腰に宛て、上半身を少し反らし、顔を天井に心持ち上げている。左腕は緩やかに大きく動いたり、力強く小刻みに動いたりした。大樹が頭を軽く左右に振る。左腕の動きにつられるように腰が動く。大樹が腰から右手を離し、前に倒れた。水の匂いに混じって、荒い息づかいが室内に漂う。不規則な肉體の運動に煽られた波が、音を立てて迫ってくるような錯覚を康太は覚えた。程なくして腰の動きが大きくなり、大樹の息づかいに呻き声が加わった。低く掠れた声だった。
康太は興奮した。健司と戯れにやった自慰の見せあいには、AVという媒介があった。それはAVにまず興奮し、それから一緒に自慰をするという軽い逸脱を楽しむ児戯に過ぎなかった。しかし今ここにはAVという媒介はない。ただ暗がりの向うの、青白い陰の、後ろ姿の、大樹の自慰行為があるばかりだ。
——森先輩、スゴい……。
——ひとりになりたいとき、ってこのことだったんだ……。
——でもこれ、見ても好いのかな……。
さまざまな考えが泛んでは沈んだ。
不意に大樹が腰を大きく振りたてながら、
「ああ……」
深いため息混じりの、甘く掠れた、悩ましげな声だった。
康太は我にかえった。気づけばすっかり勃起していた。それも痛いほどに。康太は大樹の肉感的な姿を見るのをやめてベッドに寝転がり、仰向けになって目を閉じると、左手で若く青臭い勃起を握りしめた。
——本当だったら、この貫通式で、ぼくは森先輩に……。
AVで観たことを、男と女がすることを、本来ならこの大樹のベッドでするはずだった。大樹は、この伝統を破ろうとしているのだろうか。
——でもコンドームは、みっつあった……。
そのとき、また大樹の呻き声が聞こえた。左手が自然と上下に動きはじめる。康太は、大樹と交わる自分の姿を想像しようとした。しかしそれは余りにも生々しすぎた。
——森先輩……。
今まで目にした大樹の裸身がつぎつぎに思い出される。屈強な肉體、雄々しい毛、そしてあの大きなもの。あの大きなものが、今は大樹の手のなかで、もっと大きくなって……。
——ファルコン大野、バッファロー今井、ウルフ森。男子寮の三大バズーカ砲だ。
康太は、風呂場で武志にこんなふうに云われたことを思い出した。そしてこの言葉はこう続いた。
——あとは森を攻略すればグランドスラム達成だな。
そうだった。まだ大樹のものだけは、見るばかりで手を触れていなかった。
手は上下に動いている。
——森先輩が、もしあの犬笛を吹いたら、ぼくは……。
しかし興奮の対象を大樹に求めるのは怖かった——。
——森先輩、跟いてこいとは云わなかったけれど……。
ついさっきのことだった。大樹は、康太にベッドで仰向けになるように云うと、いそいそと準備を始めた。康太に背を向けてベッドの縁に坐り、このくらいかな、と云いながら左の手の甲にワセリンを取り、それからコンドームの数をもう一度数えた。ひとつ、ふたつ、みっつ。康太はそのあいだ、心のなかで大樹と一緒にコンドームを数えた。
——森先輩の彼女さん、いや、彼女さんたちも、こんな感じで待っていたのかな?
何かが始まる予感があった。けれども恐怖よりも期待のほうが優っていた。それは、どんなことをするのだろう、とわかりきってはいても、ちょっと想像してみたくなるふしぎな矛盾を呼びおこした。
「さてと——」
大樹がおもむろに立上った。康太は勃起しかけたものを見られたくなくて、股間を両手で隠した。ところが大樹は覆いかぶさってくるどころか、ふり向きもせずに、
「それじゃあ、ロフトでサクッとやって来る。おまえはそこでやれ」
とヘッドボードのウェットティッシュをとんとんと叩いて、コンドームを手にベッドから離れたのだった。
はしごに向って大樹が進む。後ろ姿の筋肉が月明かりのなかに艶やかに光っている。康太は室内の暗がりに穏やかに煌めく青白い陰だけを見た。
——でも、ひょっとすると犬笛を吹くかもしれない。
康太は立上がってようすを窺った。ちょうど大樹がはしごに手を掛けたところだった。
大樹がはしごを昇る。
「あ」
康太は思わず小声を洩らした。
二の腕の筋肉が瘤のようにふくれ、肩の筋肉もそれにあわせて夏の入道雲のように盛りあがると、洋々たる背中に筋肉の隆起が波立った。岩から切りだしたような、たくましい尻から伸びる、神殿の柱を思わせる両脚は、しなやかな動きではしごを軽々と蹴りあげた。それは、大樹がベッドの上を泳ぐように這う姿を思い起こさせた。はしごをほぼ昇りきった大樹が左の蹠をロフトの床に着けたとき、存在感のある暗い塊の翳りが、大開けになった脚の付け根のあいだに垂れさがっているのが見えた。康太は、これ以上何も見ないように壁に顔を向けてベッドの上で丸まった。
しばらく待っても犬笛は鳴らなかった。
康太は顔だけを突きだしてロフトを見た。そこには肉感のある大樹の逆三角形の後ろ姿が、暗がりと裸體の境目をはっきりさせるように、くっきりと泛びあがっていた。大樹は、膝立ちの状態で少し前屈みになりながら、ある一点を見つめているようだった。何やら支度をしているのか、両手を前に回してごそごそと動かしていた。バチン、という鈍い音がして、その動きが止まった。
——コンドームをはめたんだな。つぎは犬笛?
康太は大樹から目が離せなかった。
大樹はしばらくそのまま凝っとしていた。康太は凝っと待った。すると大樹の左腕が——動きはじめた。右手を腰に宛て、上半身を少し反らし、顔を天井に心持ち上げている。左腕は緩やかに大きく動いたり、力強く小刻みに動いたりした。大樹が頭を軽く左右に振る。左腕の動きにつられるように腰が動く。大樹が腰から右手を離し、前に倒れた。水の匂いに混じって、荒い息づかいが室内に漂う。不規則な肉體の運動に煽られた波が、音を立てて迫ってくるような錯覚を康太は覚えた。程なくして腰の動きが大きくなり、大樹の息づかいに呻き声が加わった。低く掠れた声だった。
康太は興奮した。健司と戯れにやった自慰の見せあいには、AVという媒介があった。それはAVにまず興奮し、それから一緒に自慰をするという軽い逸脱を楽しむ児戯に過ぎなかった。しかし今ここにはAVという媒介はない。ただ暗がりの向うの、青白い陰の、後ろ姿の、大樹の自慰行為があるばかりだ。
——森先輩、スゴい……。
——ひとりになりたいとき、ってこのことだったんだ……。
——でもこれ、見ても好いのかな……。
さまざまな考えが泛んでは沈んだ。
不意に大樹が腰を大きく振りたてながら、
「ああ……」
深いため息混じりの、甘く掠れた、悩ましげな声だった。
康太は我にかえった。気づけばすっかり勃起していた。それも痛いほどに。康太は大樹の肉感的な姿を見るのをやめてベッドに寝転がり、仰向けになって目を閉じると、左手で若く青臭い勃起を握りしめた。
——本当だったら、この貫通式で、ぼくは森先輩に……。
AVで観たことを、男と女がすることを、本来ならこの大樹のベッドでするはずだった。大樹は、この伝統を破ろうとしているのだろうか。
——でもコンドームは、みっつあった……。
そのとき、また大樹の呻き声が聞こえた。左手が自然と上下に動きはじめる。康太は、大樹と交わる自分の姿を想像しようとした。しかしそれは余りにも生々しすぎた。
——森先輩……。
今まで目にした大樹の裸身がつぎつぎに思い出される。屈強な肉體、雄々しい毛、そしてあの大きなもの。あの大きなものが、今は大樹の手のなかで、もっと大きくなって……。
——ファルコン大野、バッファロー今井、ウルフ森。男子寮の三大バズーカ砲だ。
康太は、風呂場で武志にこんなふうに云われたことを思い出した。そしてこの言葉はこう続いた。
——あとは森を攻略すればグランドスラム達成だな。
そうだった。まだ大樹のものだけは、見るばかりで手を触れていなかった。
手は上下に動いている。
——森先輩が、もしあの犬笛を吹いたら、ぼくは……。
しかし興奮の対象を大樹に求めるのは怖かった——。
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