上 下
26 / 75
第三章 貫通式

6 さっさとすましちゃおうぜ

しおりを挟む
 ドアの外は、すでに照明が落とされていた。奥のベッドルームからほんのりと明かりが溢れている。二台のベッドのあいだに大樹が立っていた。部屋の奥のカーテンは左右に展かれ、掃き出し窓の枠に無言でもたれている。大樹の裸體は、外から差しこむ月明かりに照らされて、その輪郭と隆起をくっきりと泛びあがらせていた。
 大樹の右腕が動いた。
 康太は、はっとした。大樹が犬笛を手にしたのだ。その犬笛がゆっくりと大樹の口に運ばれる。それにあわせて腕の筋肉が波立つように動いた。大樹はさらに反対の手も上げ、その人差し指をかぎにすると、顔を少し傾けて、こっちへ来い、と合図した。
 康太はそのなだらか動きに心を奪われた。けれどもそれは一瞬のことで、大樹のもとへ急ぎ、一歩分の合間をとって大樹の前に立った。大樹が犬笛を咥え、大きく息を吸おうとする寸前だった。
「森先輩、お待たせしました」
「おう」
 大樹は、厚みを帯びた唇を凛々しく結び、そして康太を眺めおろした。まるで康太に考える時間を与えるかのようでもあり、そして康太の覚悟を問うかのようでもあった。
 ——ウルフだ!
 大樹の眼差を見た瞬間、康太はこう思った。もちろんアスリートならばゴールを狙ったり、得点を狙う際にこのような目つきになるものだが、大樹のそれには、憂い、悟り、慈愛のようなものが備わっていた。この眼差は、たくましい肉體、雄々しい毛、しなやかな身の動きと合わさって、群を離れた孤高の若い狼を康太に思い起こさせた。大樹には狼の美貌があったのだ。
 康太は胸のざわめきをひそめて云った。
「あの……」
「康太、怖いか?」
 康太は首を横に振った。
「康太——」大樹が重ねて訊いた。「?」
「……いいえ。森先輩は怖くありません」
「そうか」
 会話はここで途切れた。
 康太は、大樹を見上げたまま、これから起こることを頭に思い描いてみた。AVで観たことをこれからするのだ。それも男同士で、大樹と。いや、そうじゃない。大樹には——今、素裸かではあるが——AVに出てくる男優たちのようなギラギラした感じはない。だとすれば恋愛映画のベッドシーンのようなロマンチックなものだろうか。
 貫通式が始まるようすはない。ただ素裸かで向かいあわせに立っているだけだ。
 ——ぼくから森先輩に抱きついたほうが……。
 康太は、ランドリールームで大樹に抱きとめられたことを思い出した。あのときはTシャツがあいだにあった。けれども裸かの胸に飛びこんだような気がした。
 ——それともぼくがコンドームを森先輩に着けてあげて……?
 康太は枕元のコンドームに目を移した。
「あ、そうだ」大樹が思い出したようにこう云って、枕元のコンドームを手に取った。「おまえ、こんなのどこで覚えたんだ?」
「え」
「可愛い顔して、もう童貞じゃないとはな」大樹は、コンドームを手にしたまま、康太の額をつんと突いた。「さすが硬式野球部の期待の新人だ」康太のものをちらっと見て笑う。「このバットをぶんぶん振りまわしてホームラン量産してるってわけか。今まで何人とやった?」素直に白状しろと云うかのように、康太の顔を見つめた。
「あ、いや。あの……」
 本当のことを言うべきだろうか。笑ってやり過ごすべきだろうか。康太は焦った。康太を見つめる大樹のひとみに吸いまれそうになって、事実をすっかり話してしまいそうになる。
 大樹が沈黙を破った。
「——こういうのをやめようって、大野さんと話したんだ」
「え」
「『事情聴取』——上級生が新入生を質問攻めにする規則ルールだ。おれなんか正直に経験人数を話してしまって、あとが大変だったんだぞ。ウルフ森伝説みたいなのが作られてさ」大樹は、いささか自嘲めかして云った。「おまえも聞いただろう? 女子寮全制覇したとかいろいろ」
 貫通式が行われる。これから、この場所で。けれども陰鬱な雰囲気を破ろうとして大樹がこんな話をしてくれたのだと思うと、康太は自分からも何か云わなければと考えた。
「あの、森先輩……」
 けれどもその先が云えなかった。すると大樹の大きな手が康太の頭の上に降りてきた。康太は大樹を見つづけた。貫通式はやっぱり怖い。けれども大樹は怖くなかった。
 ——森先輩、悪いようにはしない、って云ってたっけ。
 康太は大樹をしかと見据え、決意を込めて頷いた。
 大樹が康太の頭に手をおいて微笑んだ。「康太、貫通式は一度きりだ。さっさとすましちゃおうぜ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R-18] 奴隷のレッスン:騎士団所属の末っ子王子は、イケメン奴隷に身も心も奪われる

山葉らわん
BL
【縦読み推奨】 ■ 第一章(第1話〜第9話)  アラディーム国の第七王子であるノモクは、騎士団長ローエの招きを受けて保養地オシヤクを訪れた。ノモクは滞在先であるローエの館で、男奴隷エシフと出会う。  滞在初日の夜、エシフが「夜のデザート」と称し、女奴隷とともにノモクの部屋を訪れる。しかし純潔を重んじるノモクは、「初体験の手ほどき」を断り、エシフたちを部屋から追い返してしまう。 ■ 第二章(第1話〜第10話)  ノモクが「夜のデザート」を断ったことで、エシフは司祭ゼーゲンの立合いのもと、ローエから拷問を受けることになってしまう。  拷問のあと、ノモクは司祭ゼーゲンにエシフを自分の部屋に運ぶように依頼した。それは、持参した薬草でエシフを治療してあげるためだった。しかしノモクは、その意図を悟られないように、エシフの前で「拷問の仕方を覚えたい」と嘘をついてしまう。 ■ 第三章(第1話〜第11話)  ノモクは乳母の教えに従い、薬草をエシフの傷口に塗り、口吻をしていたが、途中でエシフが目を覚ましてしまう。奴隷ごっこがしたいのなら、とエシフはノモクに口交を強要する。 ■ 第四章(第1話〜第9話)  ノモクは、修道僧エークから地下の拷問部屋へと誘われる。そこではギーフとナコシュのふたりが、女奴隷たちを相手に淫らな戯れに興じていた。エークは、驚くノモクに拷問の手引き書を渡し、エシフをうまく拷問に掛ければ勇敢な騎士として認めてもらえるだろうと助言する。 ◾️第五章(第1話〜第10話)  「わたしは奴隷です。あなたを悦ばせるためなら……」  こう云ってエシフは、ノモクと交わる。 ◾️第六章(第1話〜第10話)  ノモクはエシフから新しい名「イェロード」を与えられ、またエシフの本当の名が「シュード」であることを知らされる。  さらにイェロード(=ノモク)は、滞在先であるローエの館の秘密を目の当たりにすることになる。 ◾️第七章(第1話〜第12話)  現在、まとめ中。 ◾️第八章(第1話〜第10話)  現在、まとめ中。 ◾️第九章(第一話〜)  現在、執筆中。 【地雷について】  「第一章第4話」と「第四章第3話」に男女の絡みシーンが出てきます(後者には「小スカ」もあり)。過度な描写にならないよう心掛けていますが、地雷だという読者さまは読み飛ばしてください(※をつけています)。  「第二章第10話」に拷問シーンが出てきます。過度な描写にならないよう心掛けていますが、地雷だという読者さまは読み飛ばしてください(※をつけています)。

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

言いなりになるしかない僕の話

あおい
BL
男に秘密を握られた僕が、女の子の格好をさせられ、自分の意思とは関係なく、男に奉仕させられるお話です。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 20歳の俺、男達のペットになる

ねねこ
BL
20歳の男がご主人様に飼われペットとなり、体を開発されまくって、複数の男達に調教される話です。 複数表現あり

処理中です...