43 / 82
第四章 人の噂も七十五日
10 マイナス・ワン
しおりを挟む
体操部とバスケ部のパフォーマンスは大盛況のうちに幕を下ろした。
康太は、バスケ部から古い電球を受けとると健司の手を引き、踊り場に集まった寮生たちから逃げるようにして階段を登った。三階に着く。あと少しだ。四階へと上がる階段を踏んだところで、康太はようやく口を開いた。
「大部屋の人たちって、なんかスゴいね」
健司はちらっと階下をふり返った。「脳みそ、全部筋肉で出来てるって感じ」
「それ、皆んなの前で云っちゃダメだよ」康太は慌てて釘を刺した。
「わかってるって」健司はすっと三段駆けあがった。「ああはなりたくないね。ふたり部屋で助かったよ。今井先輩も可愛がってくれるし。康太、おまえは?」
「ぼく? まあ……」
康太は返事を濁した。ウルフ・ブラザーズと呼ばれるのは抵抗がある。けれども周囲が何を恐れているのか理解できなかった。
健司は、さらに五段登るとくるりと康太のほうへふり返って、
「あの海軍って、むちゃくちゃ女好きらしいから、感化されないようにしろよ。まあ、変な誘いには乗らないことだな」
「変な誘いって?」康太は一段ずつ登って健司に追いついた。
健司はさらに三段登った。康太と目の高さが同じになる。「ナンパしに行こうぜ、とか。あの女に声を掛けてこい、とか。康太は童貞だから余計に心配だよ」
康太は乾いた笑いを洩らした。「だったら、今井先輩に注意してもらうように健司からも云っておいてよ。森先輩と今井先輩って幼馴染だから、今井先輩の話なら効果あると思うよ」
「オッケー」健司は無邪気に笑った。「まあ、あの海軍も悪いことばかりじゃないけどな。おまえのこと、皆んなリトル・ウルフって呼んでるだろ?」
康太は階段を駆けあがって健司の肩を掴んだ。「それって、健司が広めているんじゃないか」
「康太のためだよ」健司は康太の手を払った。「引っ込み思案のおまえが、あの四人部屋の連中と渡りあえるか? リトル・ウルフって呼ばれているほうが、身の安全を保てるだろ」
健司の云うことも一理ある、と康太は思った。「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」
「さあ、四階だ。電球、ゴリ野さんに戻すの宜しくな」健司は康太を階段に残して402号室の前に疾った。「さてと。今井先輩を驚かしてやろうっと」
何をするつもりなのだろう、と康太は訝った。健司は、康太を一度見てニヤリと笑うと、着ているものを脱ぎはじめた。
「健司、何してるの?」
「見てわかんない? マイナス・ワンだよ」健司はあっという間に素裸かになった。「スッポンポンでおれが部屋に這入る。すると今井先輩はパンイチにならなきゃならないってわけ」
「健司、ここで全部脱がないほうが好いと思うよ」
「なんで?」
「だって、今井先輩——さっきパンイチでアダルト・ビデオ観てたから」
「えっ?」
「今井先輩の性格だと、健司が目の前でスパッと脱いだほうが可愛がってもらえるよ。じゃあ、大野先輩の部屋に行ってくるね」
健司が脱いだものをもう一度身につけるのを確認し、康太は五階へと上がった。ドアの前に立つ。二度目の訪問だが、緊張は避けられない。
——暗証番号押して、そのまま這入ってこい、って云ってたけど……。
康太はシミュレーションしてみた。
——でもインターフォンを鳴らすくらいはしないと……。
勝利の忠告が頭によぎる。
——大野先輩、堅苦しいのは抜きだ、って云ってたよなあ……。
康太は、怒られたらそのときだ、と覚悟を決めてインターフォンを押さず、暗証番号を押した。ドアを開く。ドアチェーンは掛かっていなかった。このまま這入っても大丈夫そうだ。
「大野先輩、康太です。古い電球、持ってきました」
ドアを開けて用件を云う。まだなかには這入らない。耳を澄ませてようすを窺う。
ふんっ、ふんっ、はあっ、はあっ……。
部屋の奥から怪しげな声が流れてきた。アダルト・ビデオの音声は聞こえてこない。けれども今耳にしているのは、アダルト・ビデオに出ている男優のような声だ。ひょっとして、と康太は身震いした。
——大野先輩だって男だし……するよな。
どうしようか、と康太が考えあぐねていると、勝利が康太を呼んだ。
「おう、康太。さっさと這入ってこい」
「は、はい。失礼します」
康太は、なるたけ見ないように、顔をうつむき加減にして部屋へ進んだ。
部屋のなかは男の汗の匂いがした。しかしそれは、若草のように爽やかで、ボールを抱えてフィールドを疾る勝利を思わせるものだった。
「よう、康太」
康太は呼ばれて顔をあげた。
「あ」
勝利はフラットベンチに仰向けになっていた。両手にダンベルを持ち、上下させている。勝利は康太に顔を向けて、
「ちょうど部屋トレしていたところだ。おまえもどうだ?」
と云って、白い歯を覗かせながら快活に笑った。
康太は立ちすくんだ。「え、えっと……」
勝利は、床にダンベルを置いて起きあがると、フラットベンチに大開けになって腰掛けた。「康太。筋トレなら、おれが教えてやるぞ」
康太は、勝利の着衣枚数を数えた。いや、数える必要はなかった。真っ白なサポーター一枚だった。
勝利が立上がった。汗に濡れた素肌が艶めき、その筋肉の隆起を綺羅と輝やかせている。サポーターの中心が、その隆起に負けじと大きく盛りあがっていた。
「大野先輩、あの……。マ、マイナス・ワンでしたよね?」
康太は、すぐそばの棚に古い電球を置いて、ジャージの上とTシャツを脱いだ。そして、ジャージの下と下着を一気に下ろそうと、腰周りに両手の親指を差しこんだ。
「康太、何枚だ?」
見ると勝利が汗をタオルで拭いて、それを肩に掛けた。
「に、二枚です」
康太はジャージの下だけを脱いで下着一枚になった。
「ほう。それなら——」勝利がタオルをフラットベンチに置いた。両腕を胸の前で組んですっくと立つ。「これは何枚だ?」
康太は、応える代わりに下着を脱いだ。ここは風呂場だ。こう思えば、素裸かになることは何でもなかった。それに互いの素裸かはすでに何度も見ている。今さら隠すようなものでもない。
「いい脱ぎっぷりだな、康太。でもな——」勝利はいたずらっぽく笑うと、サポーターの前の膨らみに手を入れた。「これがあるんだなあ」
「あっ」
勝利はファウルカップを取りだした。「引っかかったな」
康太は目を丸くした。ラグビーでファウルカップを着用するなんて聞いたことがない。恐る恐る訊いた。「あの、それって野球用のですよね?」
「バレたか」勝利は、ふっと笑うとサポーターを脱いで素裸かになった。「脱いだついでだ。康太、今からシャワーを浴びるから風呂の準備を頼む。あと背中を流してくれ」勝利は浴室のほうを指差した。
「は、はい……」康太は浴室へ向った。
「球磨きも頼む」
康太の背中越しに勝利が云った。
「え」
康太がふり返ると、勝利は白い歯を見せて爽やかに笑った。
「冗談だよ」
康太は、バスケ部から古い電球を受けとると健司の手を引き、踊り場に集まった寮生たちから逃げるようにして階段を登った。三階に着く。あと少しだ。四階へと上がる階段を踏んだところで、康太はようやく口を開いた。
「大部屋の人たちって、なんかスゴいね」
健司はちらっと階下をふり返った。「脳みそ、全部筋肉で出来てるって感じ」
「それ、皆んなの前で云っちゃダメだよ」康太は慌てて釘を刺した。
「わかってるって」健司はすっと三段駆けあがった。「ああはなりたくないね。ふたり部屋で助かったよ。今井先輩も可愛がってくれるし。康太、おまえは?」
「ぼく? まあ……」
康太は返事を濁した。ウルフ・ブラザーズと呼ばれるのは抵抗がある。けれども周囲が何を恐れているのか理解できなかった。
健司は、さらに五段登るとくるりと康太のほうへふり返って、
「あの海軍って、むちゃくちゃ女好きらしいから、感化されないようにしろよ。まあ、変な誘いには乗らないことだな」
「変な誘いって?」康太は一段ずつ登って健司に追いついた。
健司はさらに三段登った。康太と目の高さが同じになる。「ナンパしに行こうぜ、とか。あの女に声を掛けてこい、とか。康太は童貞だから余計に心配だよ」
康太は乾いた笑いを洩らした。「だったら、今井先輩に注意してもらうように健司からも云っておいてよ。森先輩と今井先輩って幼馴染だから、今井先輩の話なら効果あると思うよ」
「オッケー」健司は無邪気に笑った。「まあ、あの海軍も悪いことばかりじゃないけどな。おまえのこと、皆んなリトル・ウルフって呼んでるだろ?」
康太は階段を駆けあがって健司の肩を掴んだ。「それって、健司が広めているんじゃないか」
「康太のためだよ」健司は康太の手を払った。「引っ込み思案のおまえが、あの四人部屋の連中と渡りあえるか? リトル・ウルフって呼ばれているほうが、身の安全を保てるだろ」
健司の云うことも一理ある、と康太は思った。「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」
「さあ、四階だ。電球、ゴリ野さんに戻すの宜しくな」健司は康太を階段に残して402号室の前に疾った。「さてと。今井先輩を驚かしてやろうっと」
何をするつもりなのだろう、と康太は訝った。健司は、康太を一度見てニヤリと笑うと、着ているものを脱ぎはじめた。
「健司、何してるの?」
「見てわかんない? マイナス・ワンだよ」健司はあっという間に素裸かになった。「スッポンポンでおれが部屋に這入る。すると今井先輩はパンイチにならなきゃならないってわけ」
「健司、ここで全部脱がないほうが好いと思うよ」
「なんで?」
「だって、今井先輩——さっきパンイチでアダルト・ビデオ観てたから」
「えっ?」
「今井先輩の性格だと、健司が目の前でスパッと脱いだほうが可愛がってもらえるよ。じゃあ、大野先輩の部屋に行ってくるね」
健司が脱いだものをもう一度身につけるのを確認し、康太は五階へと上がった。ドアの前に立つ。二度目の訪問だが、緊張は避けられない。
——暗証番号押して、そのまま這入ってこい、って云ってたけど……。
康太はシミュレーションしてみた。
——でもインターフォンを鳴らすくらいはしないと……。
勝利の忠告が頭によぎる。
——大野先輩、堅苦しいのは抜きだ、って云ってたよなあ……。
康太は、怒られたらそのときだ、と覚悟を決めてインターフォンを押さず、暗証番号を押した。ドアを開く。ドアチェーンは掛かっていなかった。このまま這入っても大丈夫そうだ。
「大野先輩、康太です。古い電球、持ってきました」
ドアを開けて用件を云う。まだなかには這入らない。耳を澄ませてようすを窺う。
ふんっ、ふんっ、はあっ、はあっ……。
部屋の奥から怪しげな声が流れてきた。アダルト・ビデオの音声は聞こえてこない。けれども今耳にしているのは、アダルト・ビデオに出ている男優のような声だ。ひょっとして、と康太は身震いした。
——大野先輩だって男だし……するよな。
どうしようか、と康太が考えあぐねていると、勝利が康太を呼んだ。
「おう、康太。さっさと這入ってこい」
「は、はい。失礼します」
康太は、なるたけ見ないように、顔をうつむき加減にして部屋へ進んだ。
部屋のなかは男の汗の匂いがした。しかしそれは、若草のように爽やかで、ボールを抱えてフィールドを疾る勝利を思わせるものだった。
「よう、康太」
康太は呼ばれて顔をあげた。
「あ」
勝利はフラットベンチに仰向けになっていた。両手にダンベルを持ち、上下させている。勝利は康太に顔を向けて、
「ちょうど部屋トレしていたところだ。おまえもどうだ?」
と云って、白い歯を覗かせながら快活に笑った。
康太は立ちすくんだ。「え、えっと……」
勝利は、床にダンベルを置いて起きあがると、フラットベンチに大開けになって腰掛けた。「康太。筋トレなら、おれが教えてやるぞ」
康太は、勝利の着衣枚数を数えた。いや、数える必要はなかった。真っ白なサポーター一枚だった。
勝利が立上がった。汗に濡れた素肌が艶めき、その筋肉の隆起を綺羅と輝やかせている。サポーターの中心が、その隆起に負けじと大きく盛りあがっていた。
「大野先輩、あの……。マ、マイナス・ワンでしたよね?」
康太は、すぐそばの棚に古い電球を置いて、ジャージの上とTシャツを脱いだ。そして、ジャージの下と下着を一気に下ろそうと、腰周りに両手の親指を差しこんだ。
「康太、何枚だ?」
見ると勝利が汗をタオルで拭いて、それを肩に掛けた。
「に、二枚です」
康太はジャージの下だけを脱いで下着一枚になった。
「ほう。それなら——」勝利がタオルをフラットベンチに置いた。両腕を胸の前で組んですっくと立つ。「これは何枚だ?」
康太は、応える代わりに下着を脱いだ。ここは風呂場だ。こう思えば、素裸かになることは何でもなかった。それに互いの素裸かはすでに何度も見ている。今さら隠すようなものでもない。
「いい脱ぎっぷりだな、康太。でもな——」勝利はいたずらっぽく笑うと、サポーターの前の膨らみに手を入れた。「これがあるんだなあ」
「あっ」
勝利はファウルカップを取りだした。「引っかかったな」
康太は目を丸くした。ラグビーでファウルカップを着用するなんて聞いたことがない。恐る恐る訊いた。「あの、それって野球用のですよね?」
「バレたか」勝利は、ふっと笑うとサポーターを脱いで素裸かになった。「脱いだついでだ。康太、今からシャワーを浴びるから風呂の準備を頼む。あと背中を流してくれ」勝利は浴室のほうを指差した。
「は、はい……」康太は浴室へ向った。
「球磨きも頼む」
康太の背中越しに勝利が云った。
「え」
康太がふり返ると、勝利は白い歯を見せて爽やかに笑った。
「冗談だよ」
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

イケメン幼馴染に執着されるSub
ひな
BL
normalだと思ってた俺がまさかの…
支配されたくない 俺がSubなんかじゃない
逃げたい 愛されたくない
こんなの俺じゃない。
(作品名が長いのでイケしゅーって略していただいてOKです。)

禁断の祈祷室
土岐ゆうば(金湯叶)
BL
リュアオス神を祀る神殿の神官長であるアメデアには専用の祈祷室があった。
アメデア以外は誰も入ることが許されない部屋には、神の像と燭台そして聖典があるだけ。窓もなにもなく、出入口は木の扉一つ。扉の前には護衛が待機しており、アメデア以外は誰もいない。
それなのに祈祷が終わると、アメデアの体には情交の痕がある。アメデアの聖痕は濃く輝き、その強力な神聖力によって人々を助ける。
救済のために神は神官を抱くのか。
それとも愛したがゆえに彼を抱くのか。
神×神官の許された神秘的な夜の話。
※小説家になろう(ムーンライトノベルズ)でも掲載しています。


【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる