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第三章 貫通式

13 ベランダ・トーク

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 ——どうしよう……。
 目覚めた瞬間、康太は焦った。夢であってほしい、と目を固く閉じたが、これが現実だった。康太は、あろうことか大樹を抱き枕にして眠りに落ちていた。
 素裸かの抱き枕——康太は仰向けに寝ている大樹の上に乗って抱きついていた。互いの腰の位置をあわせて両脚で大樹を跨いでその毛深い脚を挟み、大樹の筋肉質のがっしりとした左肩に頬をのせている。目の前には大樹に横顔があった。互いの胸と腹がぴたりと重なりあっている。
 康太は思い返した。洗面所を出たあと、大樹のベッドに戻った。そのとき大樹は仰向けに寝ていて、両腕を横に伸ばしていた。腕枕で康太を誘っているようにも見えた。けれどもすっかり熟睡していたらしく、たくましく盛りあがった胸が規則的に上下しているだけだった。康太は、隙間を探して邪魔にならないよう、左側を下にして横向きに寝たのだった。それが目覚めてみると、この有りさまだ。
 寝心地は——困ったことに最高だ。大樹の筋肉がほど好い弾力で康太を抱きとめていて、起きあがるのが勿体ないほどだ。しかし目覚めは——最悪だ。男同士で素裸かで抱きあって寝ているのだから。
 そればかりか……。
「よう、康太」大樹の声が耳許でした。「起きたみたいだな。もうすぐ七時だぞ」
 大樹が康太の頭をポンポンと叩いた。この期に及んで寝たフリは出来そうにない。しかし康太は動けなかった。
「おまえ、元気だな」大樹が笑った。
 ……二基のバズーカ砲が、腹と腹のあいだで重なりあっていた。大樹のそれは明らかに硬く大きくなっていて、その尖端は、康太の臍よりも上に接している。そればかりかその全長は、体温とは異なる熱を孕んでいた。
 ——森先輩、お、大きい……。
 康太はこれまでに武志と勝利のバズーカ砲を識っている。実際に手に触れてもみた。しかし今、素肌で直に感じている大樹のものは、それらとは比べものにならなかった。
 大樹のものが放つ熱が、康太のものに流れこむ。
「あっ」
 康太は小声を上げた。大樹も同じように康太のバズーカ砲を直に感じているに相違なかった。今すぐ離れて謝らなければ、と思う間に、大樹がプールの水底に康太を引きずり込むように両腕でがっしりとホールドし、その巨軀を反転させた。プールと煙草の匂いが撹拌される。気付けば大樹が覆いかぶさっていた。
 ——この体勢って……。
 康太はさらに困惑した。正常位だ。両脚は大きく展かれ、そのあいだに大樹が割りこんでいる。康太は、訳もわからぬまま、その両脚を大樹のがっしりとした腰に絡ませ、両手をごく自然に大樹の広い背中に回していた。
 大樹は、しかしこの状況を何とも思っていないようすだ。まるで大型犬が戯れつくように康太に覆いかぶさっている。じりじりと大樹の重みが加わって裸かの肌が密着していった。
 ——そういえば、水球って水の格闘技って云われているんだっけ……。
 康太は、目を閉じて、大樹の試合のようすを想像した。ボールを持つ相手に飛びかかり、水のなかに沈めようとする。これだけの巨軀なのだから、相手はひとたまりもないだろう。そうだ。大樹にとって、これしきのことは、プールでいつもやっていることだ。特別な意味はない。そう思うと、全身からすっとちからが抜けた。大樹の重みがよりいっそう康太にのしかかったが、考えを切り替えたせいか、それがなぜか心地好かった。
 大樹はしばらく康太を抑えこんでいたが、やがて顔を持ちあげて康太を見下ろし、屈託のない笑顔で、
「康太、気にするな。おれも朝勃ちしてる」
 と云った。その面持ちはあまりにも爽やかすぎて、性的なニュアンスは微塵も感じとれなかった。ただ男の生理現象を、親しみをもって笑い飛ばしているだけのように康太には思えた。
「あっ」康太はあることに気づいた。
 それは大樹も同じだったようだ。「おまえなあ——」と云いかけて苦笑した。「どうやら夢精したみたいだな」
 大樹がウェットティッシュを取るためにヘッドボードの棚に腕を伸ばした。康太は、折りたたまれていた大樹の腋窩がほどかれ、その影のなかに隠されていた夏草の茂みが活き活きと溢れだすのをただ眺めていた。と同時に、プールと煙草の匂いに混じって、それが何かはわからないが、康太の鼻を搏ち、そして酔わせるのに充分なふしぎな匂いが漂った。
 大樹は枕許にウェットティッシュを置くと、そこから一枚引きぬき、ベッドを降りた。康太に背を向けて立ち、腹のあたりをさっと拭うと、足許の屑入れにウェットティッシュを投げいれて、
「一服してくる。おまえも自分で拭けよ」
 とベランダに出ていった。
 ——森先輩、怒ってないかな……。
 康太は急いで汚れを拭った。同じように足許の屑入れにウェットティッシュを丸めて捨てた。ベッドから降りて、シーツを整えた。皺の疾っていた青いシーツが穏やかな水面に変わった。
 ——どうしよう。ぼくもこのままベランダに?
 康太のバズーカ砲は、まだ熱を持ったままだ。大樹はどうだろうと思ってベランダを見ると、煙草を喫んでいるうしろ姿があった。手すりに凭れかかり、少し前屈みになっている。軽く膝を曲げて寛げている左脚が邪魔をしているせいで、大樹のバズーカ砲の状態は確認できない。
 それにしても、大樹の裸身は見事だった。夥しい毛が朝陽のなかで金いろに光って、鍛えあげられた肉體をやわらかく包んでいる。康太は思わず見惚れてしまった。こちらをふり向いて、指をかぎにして犬笛を口にして——。
「あっ」
 犬笛は康太の首に掛かっていた。
 康太は覚悟を決めた。見られても構わない。けれどもなるべくさっと駆けよって、「連れモク」をしよう。
 康太は大樹がふり向かないのを祈りながらベランダに出た。さり気なく大樹の左に立ち、
「森先輩。連れモク、お附合いします」
 と云って犬笛を口にくわえた。
「おっ」大樹は、少し驚いたような顔をしたが、すぐにやわらかく微笑んだ。怒っているようすはまったくない。「なあ、康太——」親しみのこもった口調だ。
「何ですか?」康太は先を読んで頭を傾けた。
「おまえ、おれが怖いか?」
「えっ……」てっきり頭をポンポンされるのだと思っていたので、返事が遅れた。口に挟んだ犬笛が胸許に落ちた。「——怖くないです」
「本当か?」大樹は煙草を携帯灰皿に押しこんだ。真顔で康太の顔を見つめる。「本当に怖くないのか?」
「はい」康太は頷いて云った。「素っ裸かで寝たけど、怖くなかったです」
 必死で思いついた答だった。
 大樹が目を丸くして、
「ずいぶん大胆なこと云うなあ、おまえ」
 と云い、突然、肩を組んできた。ぐっと引きよせられる。裸かの脇腹から腰までが密着した。「これでもか?」
 康太は少し照れながらも云った。「だって、ぼく——リトル・ウルフですから」
「そうだったな」
 大樹は微笑むと正面を向き、顔を心持ち上げて、吹きあげてくる風を浴びた。目を閉じて心地好さそうにしている。
 康太はそんな大樹の横顔を見つめた。それは、若く美しい狼のそれに似ていた。
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