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第二章 401号室
8 似たもの同士 II
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402号室に飛びこんだ康太がまず目にしたのは、坐るところで取っ組みあっている武志と健司だった。武志は健司のうえに覆いかぶさって「縦四方固め」をしている。一方、健司は、「ギフギブギブ」と手で床を叩いていた。
「おっ、康太。早くカウントを取れ!」
武志が云った。
「今井先輩、これ柔道ですよね?」康太は一応確認した。「ギブとかカウントとか、レスリングみたいに云ってますけど」
そこへ健司が割りこむ。「康太、冷静になってないで早くカウントしてくれ!」切羽詰まったようすだ。
康太の背後から大樹が云った。
「康太、ロフトに上がって観戦しないか? VIP席だ」
武志がニヤリと笑い、健司はよりいっそうジタバタとした。
「今井先輩、おれの負けっす!」健司が叫ぶ。「ギブギブギブ!」
「ワン! ツー! スリー!」康太は床を叩きながらカウントした。
「よおし、杉野。つづきは夜だ」
武志は満足げな顔をして立上り、健司を解放した。健司はしばらく天井を眺めて、はあはあと肩で息をしていたが、すっと起きあがって床に胡座をかいた。
「康太、ギブって云ってるんだから早くカウント入れてくれよ」
「だって、健司って寝技の達人じゃないか」
「それは柔道の話。これはレスリング」
「そんなことより片付けすんだの? 今井先輩と一緒にこの部屋使うんだから、整理整頓しないと」
部屋の隅に無造作にダンベルやゴムチューブなどが転がっていた。壁に目を移すと、水着姿のグラビアアイドルのポスターが貼ってある。どれも健司の私物だった。
「まあまあ、そう云うなって」武志が笑いながら云う。「体育会系のヤロウ部屋って感じだろ?」健司の頭を鷲掴みにしてガシガシと揺すった。
「康太、妬いてるのか?」
頭を揉みくちゃにされながら健司が、へへん、といった顔をした。
康太はそれを無視し、
「今井先輩。健司を放っておくと、そのうち柔道部の部室みたいになっちゃいますよ」
と云ってベランダに向い、掃き出し窓を開け、そして戻ってきた。
「そんときは部屋を交換するまでさ。間取りは同じだからな」武志は康太にこう云い、ついでロフトから降りて腕を組んで壁にもたれている大樹に云った。「塩素で消毒すれば一発やろ?」
「バカちんが」呆れたように大樹が云った。「それより行かんでいいとや? こいつら案内するっちゃろ?」
「おう、先に出て待っとけ」
武志に云われて、大樹と康太は部屋を出た。そのあとを跟いて武志と健司が部屋を出る。そして402号室のドアが閉まるや否や、
「森、康太。一階まで競争だ! 健司、行くぞ!」
「了解っす!」
と云い、武志と健司は、穴に吸い込まれるように一階へ駆けおりていった。
「似たもの同士だな」大樹がぽつりと呟いた。
「そうですね」
「さあ、康太。おれたちも行くか」
はい、と応えて康太は大樹のあとを跟いていった。一階まで降りた。エントランスの近くに食堂がある。そこで武志たちと合流した。四人揃ってなかに這入った。
そこは掃除の行き届いた清潔感あふれる場所だった。テーブルと椅子は乱れなく、きびきびと整列しているように並べられている。配膳はカウンター式で、その奥の厨房では、割烹着姿のふくよかな女性がひとりで調理をしていた。
「おばちゃん!」武志がその女性に声をかけた。「新入生、連れてきたよ」
「あらあら」調理の手をとめて、女性が布巾で手を拭きながらカウンターへやって来た。「ふたりともよろしくね。ここの寮母よ。名前はちゃんとあるんだけど、おばちゃんって気軽に呼んでちょうだい」
「はじめまして。硬式野球部一年の林康太です」
「柔道部一年の杉野健司です」
康太と健司は、先を争うように、ほとんど同時にあいさつをした。
「コウちゃんとケンちゃんね」
寮母のおばちゃんは、品のある人だった。年齢はわからないが、目尻に笑い皺があるので、ある程度の年齢はあることが見てとれる。それでいながら、どこかうら若き乙女のような、初々しい華やかさを漂わせていた。
「わたしの料理を食べていれば、すぐにでも活躍できるわよ」
「おばちゃん、本当?」早速、健司が絡もうとした。
「ケンちゃんは、見た感じ60キロ級ね。階級ひとつ上げたらどう?」
健司が、えっ、と云って言葉を詰まらせた。「……どうしてわかるんですか?」図星だったようだ。「監督にそう云われているんです」信じられないといった表情で、目をぱちくりとさせた。
「わたしは魔女なの」
おばちゃんは、ふふっ、と軽やかな笑みを泛べた。
「それからコウちゃんは……」
康太は、ごくりと唾を飲んだ。何を云い当てられるのだろう。
おばちゃんは大樹に向って微笑み、そして康太に云った。「ヒロくんにそっくりだわ。まるで兄弟みたいね」
「おっ、康太。早くカウントを取れ!」
武志が云った。
「今井先輩、これ柔道ですよね?」康太は一応確認した。「ギブとかカウントとか、レスリングみたいに云ってますけど」
そこへ健司が割りこむ。「康太、冷静になってないで早くカウントしてくれ!」切羽詰まったようすだ。
康太の背後から大樹が云った。
「康太、ロフトに上がって観戦しないか? VIP席だ」
武志がニヤリと笑い、健司はよりいっそうジタバタとした。
「今井先輩、おれの負けっす!」健司が叫ぶ。「ギブギブギブ!」
「ワン! ツー! スリー!」康太は床を叩きながらカウントした。
「よおし、杉野。つづきは夜だ」
武志は満足げな顔をして立上り、健司を解放した。健司はしばらく天井を眺めて、はあはあと肩で息をしていたが、すっと起きあがって床に胡座をかいた。
「康太、ギブって云ってるんだから早くカウント入れてくれよ」
「だって、健司って寝技の達人じゃないか」
「それは柔道の話。これはレスリング」
「そんなことより片付けすんだの? 今井先輩と一緒にこの部屋使うんだから、整理整頓しないと」
部屋の隅に無造作にダンベルやゴムチューブなどが転がっていた。壁に目を移すと、水着姿のグラビアアイドルのポスターが貼ってある。どれも健司の私物だった。
「まあまあ、そう云うなって」武志が笑いながら云う。「体育会系のヤロウ部屋って感じだろ?」健司の頭を鷲掴みにしてガシガシと揺すった。
「康太、妬いてるのか?」
頭を揉みくちゃにされながら健司が、へへん、といった顔をした。
康太はそれを無視し、
「今井先輩。健司を放っておくと、そのうち柔道部の部室みたいになっちゃいますよ」
と云ってベランダに向い、掃き出し窓を開け、そして戻ってきた。
「そんときは部屋を交換するまでさ。間取りは同じだからな」武志は康太にこう云い、ついでロフトから降りて腕を組んで壁にもたれている大樹に云った。「塩素で消毒すれば一発やろ?」
「バカちんが」呆れたように大樹が云った。「それより行かんでいいとや? こいつら案内するっちゃろ?」
「おう、先に出て待っとけ」
武志に云われて、大樹と康太は部屋を出た。そのあとを跟いて武志と健司が部屋を出る。そして402号室のドアが閉まるや否や、
「森、康太。一階まで競争だ! 健司、行くぞ!」
「了解っす!」
と云い、武志と健司は、穴に吸い込まれるように一階へ駆けおりていった。
「似たもの同士だな」大樹がぽつりと呟いた。
「そうですね」
「さあ、康太。おれたちも行くか」
はい、と応えて康太は大樹のあとを跟いていった。一階まで降りた。エントランスの近くに食堂がある。そこで武志たちと合流した。四人揃ってなかに這入った。
そこは掃除の行き届いた清潔感あふれる場所だった。テーブルと椅子は乱れなく、きびきびと整列しているように並べられている。配膳はカウンター式で、その奥の厨房では、割烹着姿のふくよかな女性がひとりで調理をしていた。
「おばちゃん!」武志がその女性に声をかけた。「新入生、連れてきたよ」
「あらあら」調理の手をとめて、女性が布巾で手を拭きながらカウンターへやって来た。「ふたりともよろしくね。ここの寮母よ。名前はちゃんとあるんだけど、おばちゃんって気軽に呼んでちょうだい」
「はじめまして。硬式野球部一年の林康太です」
「柔道部一年の杉野健司です」
康太と健司は、先を争うように、ほとんど同時にあいさつをした。
「コウちゃんとケンちゃんね」
寮母のおばちゃんは、品のある人だった。年齢はわからないが、目尻に笑い皺があるので、ある程度の年齢はあることが見てとれる。それでいながら、どこかうら若き乙女のような、初々しい華やかさを漂わせていた。
「わたしの料理を食べていれば、すぐにでも活躍できるわよ」
「おばちゃん、本当?」早速、健司が絡もうとした。
「ケンちゃんは、見た感じ60キロ級ね。階級ひとつ上げたらどう?」
健司が、えっ、と云って言葉を詰まらせた。「……どうしてわかるんですか?」図星だったようだ。「監督にそう云われているんです」信じられないといった表情で、目をぱちくりとさせた。
「わたしは魔女なの」
おばちゃんは、ふふっ、と軽やかな笑みを泛べた。
「それからコウちゃんは……」
康太は、ごくりと唾を飲んだ。何を云い当てられるのだろう。
おばちゃんは大樹に向って微笑み、そして康太に云った。「ヒロくんにそっくりだわ。まるで兄弟みたいね」
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