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第二章 401号室
6 康太の宿題
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康太は、トランクの荷物をベッドの台の引き出しに整理しながら考えた。
あの件をどう話そうか。昨日の大浴場で、勝利は自分で「ファルコン大野」だと云ったし、その勝利に「猪」と呼ばれて武志は「バッファロー」だと云いかえした。大樹は今でこそ「ウルフ」だが、その前は「ビースト」だったらしい。
しかし康太が識っているのは、これで終わりではない。問題は、武志に教えられた「三大バズーカ砲」だ。あのコードネームがこの言葉に結びついているのだから、康太がどこまで識っているのか大樹が関心を持っていても、ふしぎではない。
――ひょっとして、ぼくが森先輩の裸かを見てドギマギしていたの、バレているのかな……?
しかし同時にこうも思った。
――今井先輩は『普段から小さな布切れ一枚、腰に巻いているやつは異う』って云っていたから、森先輩は気づいていないかも。それに体育会系なら裸かを気にしないのも当然だよな……。
こんなときに限って考える時間を稼ごうにも荷物は少ない。引き出しを閉めたら、部屋を見て驚こうか。なるべく話題をそらすのが良さそうだ。
康太はゆっくりと引き出しを押しこんだ。
「康太、どうだ。すごい部屋だろう?」
不意に右斜め後ろから大樹の声がした。
ふり向くと、ベッドの横に置かれた小さな勉強机の椅子に、背もたれを胸側にして大樹が跨っていた。
「そうですね」康太は平静を装って応えた。「さっきはすみませんでした。ぼく、すっかり興奮してベランダに飛び出しちゃって……」
「まあ、おまえの気持ちもわかる。高待遇だよな。テレビもミニキッチンもあるし、バス・トイレ別だ。おれも最初はそうだった」
康太は頷き、それから勉強机の側面を指さした。
「そこの突っ張りラックで部屋がふたつに区切られているんですね。寝るところと――」
「――坐るところ……かな」
大樹が椅子から立ったので、康太も立上った。
坐るところの中央にこたつテーブルが置いてある。大樹がそこを通り過ぎざまに、
「トランクはドア這入ってすぐのクローゼットに入れてもいいし、ロフトに置いてもいいし、好きにしていいぞ」
と云った。
康太は少し考えて、
「クローゼットを使ってもいいですか?」
「遠慮するな。おれたちの部屋なんだから」
大樹がクローゼットの戸を引いた。ガウンが一着、横に伸びるバーにぶら下がっているのが康太の目に留まった。
「康太も、野球道具とか部室のロッカーに預けきれないものがあったら、ここを使うといい」大樹は、立ったままの康太の手からトランクを引き取ってクローゼットに入れた。「おいおい、水球だからと云って、小さな布切れ一枚、腰に巻いているだけじゃないんだぞ。ガウンもあるし、キャップだってある。それでもおまえに比べれば少ないほうだけどな」
「あ、あの……」康太は口ごもった。
「どうせ、今井に何か吹きこまれたんだろう?」大樹は揶揄うような口調で云った。「あとでゆっくり聞かせてくれよな」
康太は曖昧に頷いた。どうやら宿題を抱えることになってしまったらしい。
それから大樹は、康太を洗面所に案内した。戸を開けると右に洗面台が、左にトラム式の洗濯機がある。正面にもうひとつ戸があり、その奥は内風呂だった。
「寮の決まりなんだけど、内風呂を使えるのは上級生だけなんだ。それと洗濯機もだ」
大樹が申し訳なさそうに云った。
「ぼくは構いません。一階に風呂がありましたよね?」
「風呂の時間は聞いているか?」
「一、二年生は夜九時半まででしたよね?」
「もし時間を過ぎてしまったら、三、四年生と一緒なら見逃してくれる」
「そのときは――」
「――おれが一緒に行ってやるよ」
即答だった。
……康太は想像した。上級生たちに混じって、大樹とふたりで風呂場にいる自分の姿を。大樹が前を隠さず堂々としている以上、自分がコソコソ隠すわけにはいかない。
――おっ、ウルフだ。
――リトル・ウルフもいるぞ。
――リトルのほうも、なかなかのバズーカ砲じゃないか。
――そりゃそうさ。ウルフ・ブラザーズだからな。
聞こえよがしのヒソヒソ声がする……。
康太はかぶりを振った。
「おれと一緒じゃいやか?」大樹が心配そうな顔をして訊いた。
「あの、トイレも……?」康太は思わずこう云った。
「なんだ。そんなことか」大樹に笑顔が戻った。「トイレは二十四時間、この部屋のを使っていいぞ」
そして大樹は康太の頭をポンポンと叩いて、
「可愛いな、おまえ」
と云い、
「さあ。つぎはロフトだ」
と康太の背中を押した。
あの件をどう話そうか。昨日の大浴場で、勝利は自分で「ファルコン大野」だと云ったし、その勝利に「猪」と呼ばれて武志は「バッファロー」だと云いかえした。大樹は今でこそ「ウルフ」だが、その前は「ビースト」だったらしい。
しかし康太が識っているのは、これで終わりではない。問題は、武志に教えられた「三大バズーカ砲」だ。あのコードネームがこの言葉に結びついているのだから、康太がどこまで識っているのか大樹が関心を持っていても、ふしぎではない。
――ひょっとして、ぼくが森先輩の裸かを見てドギマギしていたの、バレているのかな……?
しかし同時にこうも思った。
――今井先輩は『普段から小さな布切れ一枚、腰に巻いているやつは異う』って云っていたから、森先輩は気づいていないかも。それに体育会系なら裸かを気にしないのも当然だよな……。
こんなときに限って考える時間を稼ごうにも荷物は少ない。引き出しを閉めたら、部屋を見て驚こうか。なるべく話題をそらすのが良さそうだ。
康太はゆっくりと引き出しを押しこんだ。
「康太、どうだ。すごい部屋だろう?」
不意に右斜め後ろから大樹の声がした。
ふり向くと、ベッドの横に置かれた小さな勉強机の椅子に、背もたれを胸側にして大樹が跨っていた。
「そうですね」康太は平静を装って応えた。「さっきはすみませんでした。ぼく、すっかり興奮してベランダに飛び出しちゃって……」
「まあ、おまえの気持ちもわかる。高待遇だよな。テレビもミニキッチンもあるし、バス・トイレ別だ。おれも最初はそうだった」
康太は頷き、それから勉強机の側面を指さした。
「そこの突っ張りラックで部屋がふたつに区切られているんですね。寝るところと――」
「――坐るところ……かな」
大樹が椅子から立ったので、康太も立上った。
坐るところの中央にこたつテーブルが置いてある。大樹がそこを通り過ぎざまに、
「トランクはドア這入ってすぐのクローゼットに入れてもいいし、ロフトに置いてもいいし、好きにしていいぞ」
と云った。
康太は少し考えて、
「クローゼットを使ってもいいですか?」
「遠慮するな。おれたちの部屋なんだから」
大樹がクローゼットの戸を引いた。ガウンが一着、横に伸びるバーにぶら下がっているのが康太の目に留まった。
「康太も、野球道具とか部室のロッカーに預けきれないものがあったら、ここを使うといい」大樹は、立ったままの康太の手からトランクを引き取ってクローゼットに入れた。「おいおい、水球だからと云って、小さな布切れ一枚、腰に巻いているだけじゃないんだぞ。ガウンもあるし、キャップだってある。それでもおまえに比べれば少ないほうだけどな」
「あ、あの……」康太は口ごもった。
「どうせ、今井に何か吹きこまれたんだろう?」大樹は揶揄うような口調で云った。「あとでゆっくり聞かせてくれよな」
康太は曖昧に頷いた。どうやら宿題を抱えることになってしまったらしい。
それから大樹は、康太を洗面所に案内した。戸を開けると右に洗面台が、左にトラム式の洗濯機がある。正面にもうひとつ戸があり、その奥は内風呂だった。
「寮の決まりなんだけど、内風呂を使えるのは上級生だけなんだ。それと洗濯機もだ」
大樹が申し訳なさそうに云った。
「ぼくは構いません。一階に風呂がありましたよね?」
「風呂の時間は聞いているか?」
「一、二年生は夜九時半まででしたよね?」
「もし時間を過ぎてしまったら、三、四年生と一緒なら見逃してくれる」
「そのときは――」
「――おれが一緒に行ってやるよ」
即答だった。
……康太は想像した。上級生たちに混じって、大樹とふたりで風呂場にいる自分の姿を。大樹が前を隠さず堂々としている以上、自分がコソコソ隠すわけにはいかない。
――おっ、ウルフだ。
――リトル・ウルフもいるぞ。
――リトルのほうも、なかなかのバズーカ砲じゃないか。
――そりゃそうさ。ウルフ・ブラザーズだからな。
聞こえよがしのヒソヒソ声がする……。
康太はかぶりを振った。
「おれと一緒じゃいやか?」大樹が心配そうな顔をして訊いた。
「あの、トイレも……?」康太は思わずこう云った。
「なんだ。そんなことか」大樹に笑顔が戻った。「トイレは二十四時間、この部屋のを使っていいぞ」
そして大樹は康太の頭をポンポンと叩いて、
「可愛いな、おまえ」
と云い、
「さあ。つぎはロフトだ」
と康太の背中を押した。
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