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第二章 401号室

2 猪とバッファロー

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 康太はトランクと格闘しながら四階へ上がる階段を登っていた。すでに二階で大部屋の寮生たちが離脱し、つい先ほど三階でふたり部屋の寮生たちに「頑張れよ」と声を掛けられたばかりだった。
 先頭をゆく寮長の勝利がふり向いて、もう少しだ、と発破をかけた。
 康太のすぐ前では、武志が健司の頭をガシガシ撫でたり背中を叩いたりしながら、元気づけている。武志は、健司のことが余程気に入ったらしい。
 康太は溜め息を吐いて、トランクを持ちなおした。ようやく踊り場に着いたときだった。
「康太、持ってやろうか?」
 横から大樹が云った。
「え……。あの……」
 ふたりは顔を見合わせた。大樹は戸惑う康太を見てクスッと笑い、手を差し伸べようとした。
 ついに根をあげたらしく、健司が云った。
「今井先輩、この寮ってエレベーターないんですか?」
「あん? 足腰鍛えるのに打ってつけだろ」
 このやり取りに、大樹が手をサッと引き、それとほぼ同時に勝利が割りこんだ。
「杉野、この階段は自主練にも使えるぞ」勝利は、快活な脚取りで階段を昇り切ってみせた。「そこにいる猪を負ぶって一階と四階を往復するとかな」
「ゴ……」武志が云いかけて口をつぐんだ。
「その先を云ってみろ」勝利が凄んだ。
「いや、大野さん」武志は何事もなかったかのように云った。「新入りの前で『猪』はやめてくださいよ。カッコ悪いじゃないっすか」
 康太は、憧れの先輩に加勢しようとして、
「バッファローでしたよね? 今井先輩」
「お、おう……」
 不意を突かれて、武志はぎこちない相槌を打った。
 勝利がニヤリと笑った。「へえ。康太は、もうも識っているのか」
「なあ、康太。バッファローって何なんだ? プロ野球のチームのこと?」話についていけず、健司が訊いた。「今井先輩、もうスカウトが来てるとか?」
 康太はようやく失言に気がついた。頭上では勝利がニヤニヤしている。すぐ目の前では武志がバツの悪そうな表情をうかべ、その隣りでは健司が目を輝かせている。
「ええと……」康太は口ごもった。
「おい、康太。勿体ぶんなよ」健司がせがむ。
「康太、さっさと杉野に教えてやれよ」勝利が笑う。
 ファルコン大野、バッファロー今井、ウルフ森。昨夜、男子風呂で武志が教えてくれたあの話を、今ここですべきだろうか。康太は迷った。
 そこへ大樹が康太の頭をポンポンと軽く叩いた。康太が大樹を見ると、大樹は片眉を上げて笑い、
「今井は、牡牛座生まれなんだよな」
 と、のんびりとした口調で云った。
 どうやら助かったようだ。康太は、健司に向って全力で頷いてみせた。
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