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第二章 401号室
1 眠れぬ夜
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「ひとぉーつ、ふたぁーつ、みぃーっつ……。暗くてよく見えないなあ」
康太はずっと眠れずにいた。羊を数えるのをあきらめて、天井のシミを数えはじめた。
それにしても自分が情けなかった。うまく自己アピールできなかったばかりか、小心者だと自分から暴露してまわったようなものだった。体育大学の雰囲気にすっかり飲みこまれてしまった。
健司は、新入生の深夜集会に行ってしまっていた。きっと誰かの部屋に集まって、朝まで話に花を咲かせるつもりなのだろう。彼は、どの上級生と同室になっても渡りあえるよう事前に情報収集する、と云って部屋を出ていった。
今からその深夜集会に参加しようにも、どの部屋かわからない。いや、トイレに行くついでに、ひと部屋ずつようすを伺えばわかるだろうか。
康太がベッドから起きあがろうとしたとき、健司が部屋に戻ってきた。
「康太、面白いニュース仕入れてきたぜ」
健司は、康太のベッドにもぐりこんできた。康太が当たりまえのように左腕を差し出すと、健司も当たりまえのようにその腕を枕にした。
「やっぱ海軍は海軍だった。とくにあの海賊みたいなの」
「海賊って森先輩のこと?」
「さすが幼馴染。以心伝心」健司は、得意げになって話しはじめた。「女関係、相当派手らしい。三階建ての女子寮あるだろ? 夜は男子寮に戻らないで、女子寮に忍びこんでいるらしい。二階と三階は全室攻略したらしいってさ」
「全室攻略って?」
「片っ端から喰い散らかしてるってことさ」健司は囁いた。「ドゥー・ユー・アンダースタンド?」
「そんな人だったら、大学が処分するんじゃないの?」
「あのバズーカ砲で仕留めて、女のほうもその気にさせちゃうんだってさ。おまえも風呂で見ただろ。あれだよ、あれ」
くだらない話だ。そんな人には到底思えないし、話に無理がありすぎる。康太は、これ以上聞いていられなくて、話題をかえようとした。
「部屋割りの情報はなかった? もう決まってるはずだよね」
「ああ、それならひとつあった」健司は、コホンと咳払いをひとつした。「部屋割りは、一度だけ変更できるんだってさ。まず二、三週間のお試し期間があって、五月にまた部屋決めをするって」
「それってほんと?」
「二年の先輩が云ってたから間違いない。去年もそうだったって」
そのあとは、人が消えるシャワーブースがある、開かずの部屋がある、夜になると食堂に魔女がでる、と云った小学校でも聞くような怪談レベルのものだった。
健司はひととおり話し了えると、自分のベッドに戻り、一分もたたないうちに寝息を立てはじめた。
康太も寝ようと目を瞑った。しかし寝ようと思えば思うほど、大樹のことが頭から離れなかった。寧ろより鮮明なものとして康太の脳裏に泛んだ。
すごかったなあ……。
――濡れて肌に張りついた体毛の流れは、まるで滝を眺めているかのような錯覚を起こさせた。その滝は、鎖骨を滝口として次第に勢いを増しながら豪快に流れ落ち、滝の途中で勇壮に突起した赤黒巌に当たって雄々しい水飛沫を跳ねあげると、左右に岐れてまた一気に落ちていった。また、両腕も肩から手首の先の甲まで、滝のように流れる体毛を生やしていた。その艶貌は、滝は滝でも、雄滝ともでも呼べる荘厳で壮大なものだった――。
朝、目覚めると、康太は夢精していた。
部屋割りの発表は、朝食のあとだった。
新入生ひとりひとりに番号の書かれた名刺大のカードが配られた。康太のカードには表に『林』、裏に『0816』と書いてあった。
「健司は何番だった? ぼくは『0816』だったけど」康太は目を輝かせて訊いた。
「教えなーい」即答だった。
「ズルいなあ」
康太は笑った。荷物をまとめてロビーに移動するとき、すれ違った武志から「望みどうりだぞ」と、こっそり耳打ちされていたのだ。
部屋割りの結果が発表された。大きな白い紙がロビーの壁に貼られた。そこには手書きで学生寮の部屋番号と新入生に割りふられた番号が書いてある。新入生たちが一せいに歓声をあげた。
「とりあえず部屋ごとに固まれ。左から二階、三階、四階。それぞれ番号の若い順に整列しろ」勝利が云った。「上級生はすでに部屋番号を知っている。新入生が誰と同室になるかはこれから発表する」
康太は401号室、健司は402号室だった。男子寮の四階はこの二室だけだったので、康太は何か特別なものを感じた。
あとはルームメイトとなる先輩の登場を待つだけだ。すでに先輩たちは、目のまえに集合していた。
「新入生捕獲!」
勝利が号令をかけると、二年生から四年生までの上級生たちが、列のあいだを行ったり来たりした。新入生に期待感を持たせようと、なかなか動こうとしない上級生たちもあった。やがて、ひと部屋ひと部屋、部屋割りが固定されていった。
武志が笑みを泛べながら、康太たちに近づいてきた。康太はうれしくなった。
「おれは402号室だ。杉野、よろしくな」
「今井先輩、よろしくお願いします」
ふたりが自分を揶揄っていると思った康太は、武志に訊いた。
「今井先輩の番号、『0816』じゃないんですか?」
「おれは『0430』だ」
武志は、名刺大のカードを康太に見せた。表に『0430』、裏に『今井402』と記されていた。
康太は愕然とした。隣りでは、武志と健司が、すでに打ちとけている様子だった。まだ数人の先輩たちが、列のなかをグルグル回っていた。同室の先輩はいったい誰だろう。康太は周囲を見まわした。
「康太」
突然、うしろから肩を組まれた。康太はすぐさまふり向いて、声の主を見た。
「可愛がってやるからな。覚悟しろ」
康太のルームメイトは、大樹だった。
康太はずっと眠れずにいた。羊を数えるのをあきらめて、天井のシミを数えはじめた。
それにしても自分が情けなかった。うまく自己アピールできなかったばかりか、小心者だと自分から暴露してまわったようなものだった。体育大学の雰囲気にすっかり飲みこまれてしまった。
健司は、新入生の深夜集会に行ってしまっていた。きっと誰かの部屋に集まって、朝まで話に花を咲かせるつもりなのだろう。彼は、どの上級生と同室になっても渡りあえるよう事前に情報収集する、と云って部屋を出ていった。
今からその深夜集会に参加しようにも、どの部屋かわからない。いや、トイレに行くついでに、ひと部屋ずつようすを伺えばわかるだろうか。
康太がベッドから起きあがろうとしたとき、健司が部屋に戻ってきた。
「康太、面白いニュース仕入れてきたぜ」
健司は、康太のベッドにもぐりこんできた。康太が当たりまえのように左腕を差し出すと、健司も当たりまえのようにその腕を枕にした。
「やっぱ海軍は海軍だった。とくにあの海賊みたいなの」
「海賊って森先輩のこと?」
「さすが幼馴染。以心伝心」健司は、得意げになって話しはじめた。「女関係、相当派手らしい。三階建ての女子寮あるだろ? 夜は男子寮に戻らないで、女子寮に忍びこんでいるらしい。二階と三階は全室攻略したらしいってさ」
「全室攻略って?」
「片っ端から喰い散らかしてるってことさ」健司は囁いた。「ドゥー・ユー・アンダースタンド?」
「そんな人だったら、大学が処分するんじゃないの?」
「あのバズーカ砲で仕留めて、女のほうもその気にさせちゃうんだってさ。おまえも風呂で見ただろ。あれだよ、あれ」
くだらない話だ。そんな人には到底思えないし、話に無理がありすぎる。康太は、これ以上聞いていられなくて、話題をかえようとした。
「部屋割りの情報はなかった? もう決まってるはずだよね」
「ああ、それならひとつあった」健司は、コホンと咳払いをひとつした。「部屋割りは、一度だけ変更できるんだってさ。まず二、三週間のお試し期間があって、五月にまた部屋決めをするって」
「それってほんと?」
「二年の先輩が云ってたから間違いない。去年もそうだったって」
そのあとは、人が消えるシャワーブースがある、開かずの部屋がある、夜になると食堂に魔女がでる、と云った小学校でも聞くような怪談レベルのものだった。
健司はひととおり話し了えると、自分のベッドに戻り、一分もたたないうちに寝息を立てはじめた。
康太も寝ようと目を瞑った。しかし寝ようと思えば思うほど、大樹のことが頭から離れなかった。寧ろより鮮明なものとして康太の脳裏に泛んだ。
すごかったなあ……。
――濡れて肌に張りついた体毛の流れは、まるで滝を眺めているかのような錯覚を起こさせた。その滝は、鎖骨を滝口として次第に勢いを増しながら豪快に流れ落ち、滝の途中で勇壮に突起した赤黒巌に当たって雄々しい水飛沫を跳ねあげると、左右に岐れてまた一気に落ちていった。また、両腕も肩から手首の先の甲まで、滝のように流れる体毛を生やしていた。その艶貌は、滝は滝でも、雄滝ともでも呼べる荘厳で壮大なものだった――。
朝、目覚めると、康太は夢精していた。
部屋割りの発表は、朝食のあとだった。
新入生ひとりひとりに番号の書かれた名刺大のカードが配られた。康太のカードには表に『林』、裏に『0816』と書いてあった。
「健司は何番だった? ぼくは『0816』だったけど」康太は目を輝かせて訊いた。
「教えなーい」即答だった。
「ズルいなあ」
康太は笑った。荷物をまとめてロビーに移動するとき、すれ違った武志から「望みどうりだぞ」と、こっそり耳打ちされていたのだ。
部屋割りの結果が発表された。大きな白い紙がロビーの壁に貼られた。そこには手書きで学生寮の部屋番号と新入生に割りふられた番号が書いてある。新入生たちが一せいに歓声をあげた。
「とりあえず部屋ごとに固まれ。左から二階、三階、四階。それぞれ番号の若い順に整列しろ」勝利が云った。「上級生はすでに部屋番号を知っている。新入生が誰と同室になるかはこれから発表する」
康太は401号室、健司は402号室だった。男子寮の四階はこの二室だけだったので、康太は何か特別なものを感じた。
あとはルームメイトとなる先輩の登場を待つだけだ。すでに先輩たちは、目のまえに集合していた。
「新入生捕獲!」
勝利が号令をかけると、二年生から四年生までの上級生たちが、列のあいだを行ったり来たりした。新入生に期待感を持たせようと、なかなか動こうとしない上級生たちもあった。やがて、ひと部屋ひと部屋、部屋割りが固定されていった。
武志が笑みを泛べながら、康太たちに近づいてきた。康太はうれしくなった。
「おれは402号室だ。杉野、よろしくな」
「今井先輩、よろしくお願いします」
ふたりが自分を揶揄っていると思った康太は、武志に訊いた。
「今井先輩の番号、『0816』じゃないんですか?」
「おれは『0430』だ」
武志は、名刺大のカードを康太に見せた。表に『0430』、裏に『今井402』と記されていた。
康太は愕然とした。隣りでは、武志と健司が、すでに打ちとけている様子だった。まだ数人の先輩たちが、列のなかをグルグル回っていた。同室の先輩はいったい誰だろう。康太は周囲を見まわした。
「康太」
突然、うしろから肩を組まれた。康太はすぐさまふり向いて、声の主を見た。
「可愛がってやるからな。覚悟しろ」
康太のルームメイトは、大樹だった。
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