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第一章 海軍の男
9 似たもの同士 I
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おどおどする康太に、武志が云った。
「ほら、手を休めるな。そのまま続けろ」
ふたり部屋への最終試験なのだろうか。康太は迷った。相手は尊敬する武志だ。竹を割ったようなさっぱりとした性格で、ひょっとしたらこの程度のことは平気なのかも知れない。両手のなかで武志のものは、まだ大きくなろうとはしていない。康太は、まず球磨きを再開し、それから片手で武志の根元を、もう片方の手で武志の先端の丸みを握った。
「今井、生きとったとや?」
「せからしか!」
突然、男たちの声が耳に飛び込んできた。康太は手作業をとめた。何ごとかと武志の背中越しにそっと顔を出すと、視線の先に、海軍の男の姿があった。いつからそこにいたのかはわからないが、硬式野球部の伝統を見られていたことに康太は大そう動揺した。
海軍の男は、笑いながら湯から立上がり、康太たちに近づいた。そして湯槽の縁に置かれていた湯桶を手にすると、湯をいっぱいに汲み、
「もうそのへんにしておいてやらんか」
と云って、武志の股間めがけて湯をぶちまけてきた。
武志が笑いながら声をあげる。
「何ちかん、貴様!」
武志も負けてはいない。すぐさま洗い場のシャワーを手に取った。水量を全開にしてホースを思いっきりのばすと、楽しそうに海軍の男の股間に浴びせた。海軍の男は、余裕の表情で突っ立ったままで放水を受けながら、もっと水を掛けろ、とでも云うように右の手のひらをうえに向け、人差し指をくいっくいっと曲げてみせた。
「森、その大かいの、さっさと隠さんか。おれの可愛い後輩がビビっとるやろうが」
「そのうち見慣れる。おまえもそうやったやろ」
海軍の男と陸軍の男は、笑いながら湯と水を掛けあった。
康太は、海軍と陸軍という健司の喩えを思い出した。ふたりは今、湯槽の縁を境界線にして互いのテリトリーをまもっているのだ。そして目のまえの兵士たちが、実は無邪気に戯れあっているだけなのだということも理解した。周囲は止めに入るようすもないし、まるで此処が見えない別の空間であるかのように平然としている。
止める必要はないんだ、とほっとしたのも束の間、武志の背中が康太に迫ってきた。康太は、思わずうしろに下がった。海軍の男がついに陸にあがってきたのだった。海軍の男が、一歩進むごとに武志の背中が後退する。康太は、押しつぶされないように武志の背中を両手で抑えた。もう逃げ場がないと思った瞬間、武志が立上った。岩でできたホームベースのような臀がいきなり現れて、康太は目を閉じた。
「おい、シャワーの水を出せ」海軍の男の声だ。
目を開けると、海軍の男が康太のすぐ横に立っていた。康太は急いで栓をひねった。
「相変わらず仲が好いなあ」
そこへまた別の男の声がした。こんどは頭上からだ。ラグビー部四年で寮長の大野勝利だった。康太にとって耳慣れた声ではあったが、風呂で耳にするのは初めてだった。勝利の声は、まるで天空を舞う鳥の啼き声のように、天井から降りてきた。
ふたりの兵士は、天からの啓示を受けたかのように、すぐさま戯れあいをやめた。
康太は、何が起こったのかわからなかった。
「ほら、手を休めるな。そのまま続けろ」
ふたり部屋への最終試験なのだろうか。康太は迷った。相手は尊敬する武志だ。竹を割ったようなさっぱりとした性格で、ひょっとしたらこの程度のことは平気なのかも知れない。両手のなかで武志のものは、まだ大きくなろうとはしていない。康太は、まず球磨きを再開し、それから片手で武志の根元を、もう片方の手で武志の先端の丸みを握った。
「今井、生きとったとや?」
「せからしか!」
突然、男たちの声が耳に飛び込んできた。康太は手作業をとめた。何ごとかと武志の背中越しにそっと顔を出すと、視線の先に、海軍の男の姿があった。いつからそこにいたのかはわからないが、硬式野球部の伝統を見られていたことに康太は大そう動揺した。
海軍の男は、笑いながら湯から立上がり、康太たちに近づいた。そして湯槽の縁に置かれていた湯桶を手にすると、湯をいっぱいに汲み、
「もうそのへんにしておいてやらんか」
と云って、武志の股間めがけて湯をぶちまけてきた。
武志が笑いながら声をあげる。
「何ちかん、貴様!」
武志も負けてはいない。すぐさま洗い場のシャワーを手に取った。水量を全開にしてホースを思いっきりのばすと、楽しそうに海軍の男の股間に浴びせた。海軍の男は、余裕の表情で突っ立ったままで放水を受けながら、もっと水を掛けろ、とでも云うように右の手のひらをうえに向け、人差し指をくいっくいっと曲げてみせた。
「森、その大かいの、さっさと隠さんか。おれの可愛い後輩がビビっとるやろうが」
「そのうち見慣れる。おまえもそうやったやろ」
海軍の男と陸軍の男は、笑いながら湯と水を掛けあった。
康太は、海軍と陸軍という健司の喩えを思い出した。ふたりは今、湯槽の縁を境界線にして互いのテリトリーをまもっているのだ。そして目のまえの兵士たちが、実は無邪気に戯れあっているだけなのだということも理解した。周囲は止めに入るようすもないし、まるで此処が見えない別の空間であるかのように平然としている。
止める必要はないんだ、とほっとしたのも束の間、武志の背中が康太に迫ってきた。康太は、思わずうしろに下がった。海軍の男がついに陸にあがってきたのだった。海軍の男が、一歩進むごとに武志の背中が後退する。康太は、押しつぶされないように武志の背中を両手で抑えた。もう逃げ場がないと思った瞬間、武志が立上った。岩でできたホームベースのような臀がいきなり現れて、康太は目を閉じた。
「おい、シャワーの水を出せ」海軍の男の声だ。
目を開けると、海軍の男が康太のすぐ横に立っていた。康太は急いで栓をひねった。
「相変わらず仲が好いなあ」
そこへまた別の男の声がした。こんどは頭上からだ。ラグビー部四年で寮長の大野勝利だった。康太にとって耳慣れた声ではあったが、風呂で耳にするのは初めてだった。勝利の声は、まるで天空を舞う鳥の啼き声のように、天井から降りてきた。
ふたりの兵士は、天からの啓示を受けたかのように、すぐさま戯れあいをやめた。
康太は、何が起こったのかわからなかった。
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