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2章 カタハサルの決闘

26.侍従長

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 ヴァルテリーナ王女をカタサハルへ無事に送り届けるという計画は、順調だと言えた。
 予定通りタマス国をり受けることに成功し、王女の安全も確保されている。多数の護衛や侍従奴隷をやしなうことも今のところできている。

 だが、オレは想像以上の忙しさに目が回りそうだった。
 最近、王女の護衛の役割からは離れることができていた。厳重な警護で守られた王宮内の施設に滞在できていたし、女王ということもあり、護衛の人数も倍増された。
 王女のためにオレが私費しひを投じて結成した旅団りょだんについても、現在はタマス王国の一部隊になっているので、運営する心配もなくなっていた。
 今までオレの時間を奪い苦しめていた役割からは、完全に解放されていた。それなのに、忙しいのはなぜか?

 一番面倒で大変なのは、王女とタマス高官との連絡役だった。
 女王となった王女は、誰ともでも会話できる立場ではなくなっていた。王女の言葉は、オレが聞いて、オレが他の臣下に代弁することになっていた。逆に、臣下の言葉も、オレが聞いて、王女に届けなければならない。
 まったくもって非効率である。

 そのくらい自分らで会話しろ! いちいちオレに通すな!

 と言いたいが、王女にはじをかかすわけにもいかないので、我慢して役割に従事じゅうじするしかなかった。
 なんとか、この非効率な風習を改めようと王女に提案したものの、王女自身、この風習を変える気持ちがまったくなかった。

「私は、ルカ以外のものに側近をさせる気はありません。今後も起きないと思います。」

 と、熱烈ねつれつだった。
 信頼してくれるのは、大変光栄なのだが、これでは小間使こまづかのような仕事ばかりで、装具の研究も、最近興味を持った魔法石の研究もできなかった。タケと自由に会話する時間も限られている。

 面倒なことは他にもある。盗賊団のしつこさだった。

 盗賊のリーダーは、自尊心を傷つけられたようで、まるでストーカーのように、タマス周辺の徘徊はいかいを続けていた。
 巨大サソリを破ったわずか3日後には再決闘を挑んできたのである。幸い、闘技場には巨大サソリの死体が転がっていて、解体処分には時間がかかるということで、断ることができていたが、相変あいかわらず城壁周辺では活発な活動を続けていたので、監視かんし警戒けいかいを怠ることはできなかった。

 それ以外にも、オレにはまだ、大きな仕事が3つも残っていた。
 
 その中の1つの仕事を完了させるために、オレは久しぶりにラタンジュの港街に戻ってきていた。

 旅団では数日かかった道のりを、オレは早馬はやうまを走らせて二日でけた。
 がんばれば一日でも行けたかもしれないが、馬に乗るのもオレには初めてのことなので、馬と仲良くなるのに時間がかかったのだ。

 旅の始めには、ラタンジュとタマスの道のりの長さに「この忙しいときに!」と怒りがこみ上げてきたが、一度飛び出すと、久しぶりの開放感と、馬と共に風を駆け抜ける疾走感しっそうかんに、オレはすっかり魅了みりょうされてしまった。

 ラタンジュに到着したとき、「もう、折返おりかえし地点に着いてしまったのか…」と寂しさを覚えるほどだった。日頃の王女の側近としての、面倒な仕事からも開放され、オレは久しぶりに青空を見たように感じた。

 イザークの店を尋ねると、イザークは留守でいなかったが、約束の大金は用意されていた。
 金貨の詰まった大きな布袋3つ分が荷車に乗せてあり、オレは酷使させてしまったタマス国の馬に謝りながら、荷車を引かせることにした。

 この金貨を持ってタマス国に戻るのは、難しかった。盗賊の心配もあるが、それ以上に重たすぎて馬が疾走できなくなることが問題だった。。
 前回の30万の時は、やとった者たちにその場で現金支給していったので、金貨の重さの心配をする必要がなかったのだ。

 どうしようと悩んでいると、オレに近づいてくる人物があった。

「あなたは、護衛のルカ様ですよね?!」

 オレは、そういわれて相手の顔に見覚えがあることを思い出し、心臓が飛び上がるほど慌てた。その人物とは、サロスからラタンジュまで一緒に活動した王女の侍従長だった。
 この侍従長とカタサハル兵の護衛の目を盗んで、オレはここラタンジュで王女を逃亡させたのだ。

 やばい、フードで顔を隠すのを忘れていた! ここには、カタサハルの追手がいたんだ。

「話せば、殺す。」

 オレは咄嗟とっさに怖い言葉を口にして、相手を威圧いあつした。もちろん本心ではない。あせっているだけだ。苦し紛れの時間稼ぎだ。

「大丈夫です。私は、追手ではありません。」

 もちろん、信用できない。オレは、この侍従長の顔をつぶしたのだ、うらまれていたとしても不思議ではなかった。

 そんなオレの心を見透みすかしたかのように、かつて侍従長だった男は南方諸国特有のフードから顔を出し、ヒモでたばねていた長い後ろ髪をほどいた。

「え?女?」

「はい。他の侍従にも秘密にしておりましたが、私は女です。」

 さらに、侍従長だった女は、右手を見せた。恐ろしいことに小指が第二関節から失われていた。王女の護衛を果たせなかった罰なのだろう。

「私は、主人から追放されました。もはや、姫様を追う必要もないのです。」

 そこまで言うと、侍従長はオレを大通りの影になった通路脇に引っ張っていった。
 引っ張る力は確かに弱々しく女の力だった。
 オレは、拒むことなく、侍従長と通路の影に入った。

「お願いがあります。末端まったんで構いません。のあらためて姫様侍従にさせていただきたいのです。」

 オレは返答に困った。こくなようだが、追放されたという話と、小指を失っただけでは、信用することはできない。たとえば、家族を人質に取られていて、仕方なくスパイ行為を行った。というような日本のテレビドラマみたいな設定も考えられる。

「私は、姫様のそばつかえている内に、そのお人柄にかれたのです。でも、私には別の主人がいたので、真の侍従にはなることができませんでした。だから、ルカ様がうらやましかった。
 あの日のことを覚えていますか?
 ルカ様の元に、シュブドー王国の兵士が尋ねてきた日のことです。」

 もちろん覚えている。あの出会いが、逃亡のきっかけになったのだ。

「私は、あの日のことを主人に報告しませんでした。私が報告していれば、あの兵士は主人の手のものにらえられていたでしょう。」

「なぜ?
 なぜ、報告しなかった?」

「信じてもらえないかもしれませんが、王女様を守るためです。私は死を覚悟してました。こんな嫌な仕事をするくらいなら、死んだほうがましだとも感じていました。でも、生き残ることができました。今度は、自分がこの人と思う人の元で働きたいのです。私には、戦う力はありませんが、侍従としてのスキルには自信があります。」

 よほど自信があるのだろう。彼女のひとみの強さは、意識の高さをあらわしていた。
 その表情は、オレの日本の親方に少しだけ似ていた。

「……わかった。
 侍従にする約束はできないが、君を連れて行こう。雑用なら仕事があると思う。」

 熱意に押されてオレは承諾しょうだくしてしまった。スパイのうたいが消えたわけではない。だけど、オレは真剣な彼女の目を信じたくなってしまった。

「じゃあ、行きましょう!」

「え? どこに?」

「銀行です。あのような大金は、銀行に預けるべきです。大金を持っていては、危ないですし、何より移動の邪魔になるばかりです。」

「でも、銀行って…。」

 元侍従長は髪の毛を素早くたばねると、フードの後ろに隠し、表情を変えて元の男性っぽいキリリとした顔になった。
 そして、オレの方を向くと、今度は女性っぽいやわらかい頬でにっこり微笑んだ。

「行きましょう♪」

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