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2章 カタハサルの決闘
24.捕虜13号
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◇
「温室育ちが、あんな戦士を持っているとは驚いた。準備不足だった。また来る。」
対戦後、盗賊団のリーダーは王女にそう言い残して去ったらしい。盗賊団の大軍勢も、タマスの駐屯地から撤退していった。
オレは、タマスで最上の贅沢行為とされる入浴をして、サソリの体液などをきれいに落としてから、王女の元に戻った。
王女の部屋は、急遽用意されたタマス女王専用のフロアの一角にあった。もともとは外国の高官をもてなすためのフロアだった。『ラタンジュの風』旅団のメンバーも、このフロアに滞在することになっていた。
「おケガはありませんか?」
オレの顔を見るなり、王女は近づいてきて心配そうな声で言った。
かわいい主である。心が暖かくなった。
「大丈夫です。勝ててよかったです。」
「ご無事で何よりです。」
勝利のことよりも、オレの身体を気づかってくれる王女であった。
「勝ててよかった」というのは本心である。
自信があったわけではない。
以前サソリタイプの魔獣と戦ったことがあるし、イタチが小型のサソリを捕食するために戦っているのを見たことがあったので、スムーズに作戦を立てることができた。だが、それが巨大サソリに通じるかはまったくの未知の領域だった。
盗賊団の兵士が、愚かだったのか、油断していたのか、サソリのトラブルを予測していなかったことも、オレに優位に働いた。もし、もっと優秀な兵士がサソリの背中を守っていたなら、苦戦させられただろう。
「それでサソリを操る方法はわかったのですか?」
盗賊団のリーダーは笑っていたが、虫を操る方法は今後の戦いにおいて重要になるだろう。コントロール方法が判明すれば、妨害や除去方法も検討できるかもしれない。飼育方法があるなら、こちらも飼育して戦力の強化を図るべきだろう。
傍から見えれば楽勝に見えたかもしれないが、オレには安心材料はなかった。しっかり、次の対戦のことを考えるべきだった。
戦いの話ばかりで王女には不憫だが、理解してほしかった。
「それが…。」
王女は、返答に困っていた。
「なにか、言いにくい話ですか?」
言葉を選ぶように、王女は、オレがこの部屋にやってくるまでに起こった出来事を話始めた。
◇
タマス王が暮らす王宮殿から、遠く離れた場所にタマスの牢獄はあった。
一般の犯罪者はもちろん、捕虜や人質までもが、タマスではこの牢獄に送られることになっている。
犯罪者が脱獄して、王宮に侵入し、王族や高官を脅かさないようにするための予防措置ということだが、オレなら重要な者の監視は王宮の近くでやる。王宮周辺のもっとも警備が手厚いところのほうが、脱獄を封じることができるからだ。
「脱走だ! 囚人が逃げたぞ!」
案の定、オレがタマス牢獄の門をくぐったときに、警備の兵たちの大声が聞こえた。
ふと見ると、きょろきょろと辺りに目を配って、挙動不審な老人がいるではないか。薄汚れたボロボロのローブを身に纏い、三角帽を隠すように両手に抱えている。
白く長い口ひげは、絡まった糸のようにほつれ、散らかっている。
「!」
その老人は、オレに気づいて、慌てた表情になった。
深いシワはそれらしいが、日に焼けた黒い肌だけが、魔術師にふさわしくなかった。肌が黒っぽいものだから、白目が鮮やかに顔に浮かび上がっている。
「ばあたれ! みのがっせ!」
そう言って、老人は逃走しようとしたので、オレは素早く近づき、折れそうな細い腕をねじ上げて、捕まえた。
「うわうわうわーーー。がががががあ。たいたい!」
あまりに痛がるので、手を離してやった。
近づいてわかったのだが、老人は服からなのか、体臭なのか、酷い悪臭を漂わせていた。食べ物が腐ったような匂いと、獣のような匂いだった。
「ばうばう。なにすっだ!」
日に焼けた老人は、こりずに逃亡しようとしたので、足を払ってやると、ひっくり返るように尻もちをついた。
「かーーー。どつうーーー。なにすっだ! もう!」
顔を引きつらせて怒ってオレを叩こうとするが、手が届かない。
こんな身体能力の低い奴が、よく脱走できたなと感心した。
それにしても、奇妙な喋り方をする老人だった。この地方の人間ではないのか?
「あ!」
大声を出したのは、牢獄の警備兵だった。尻もちをついている老人見て、駆け寄ってきた。
近づくと、今後はオレの首に巻いてある赤いスカーフを見て、ハッとして敬礼した。赤いスカートは、タマス王直属の高官であることを意味する。
「閣下、この者は脱獄を企てたものです。閣下が、その…、捕縛してくださったのですか?」
「ルカと呼んでくれ。怪しいから捕まえた。」
若いとは言えない警備兵は緊張した面持ちで立っていた。
「ル、ルカ様、このことは、その王様には、な、な、内密にということは可能…で、」
オレは、つい鼻だけで笑ってしまった。
「脱獄されたわけじゃないから、報告する気はないよ。ところで、尋ねたいことがある。」
「はい! なんでしょう! 何なりとお申し付けください!」
告げ口されないと知った警備兵は急に元気になった。
「捕虜13番に会いたい。案内してほしい。」
「あ、捕虜13番は、そこにいる脱走を企てたものであります。」
オレは驚き、老人を見直して。老人は、ふてくされたような目でオレを見た。
◇
「虫に詳しい奴がいる。そいつをあんたらにくれてやるよ。」
それが盗賊団のリーダーが残した言葉だった。
その後、タマスの正門の前に、一騎の盗賊団のラクダが近づいてきて、落としていったのが、魔術師の格好をした汚い老人、捕虜13号だった。
王女の前に引っ張ってこられた老人は、奇妙な言葉で叫びまくり話しが通じない。強烈な悪臭も漂わせるので、王女は気分が悪くなり、面談を継続することができなかった。
というわけで、オレがが戻ってくるまでこの老人は牢獄に捕虜として送られることになり、脱走を企てたところでオレに捕まったということだった。
「みらく、らったー。みらく、らったじゃー。」
タマスで入浴するには、貴重な水を使わなければならない。当然、捕虜に使うものではない。だがオレは、タマス女王の側近としての特権を使用し、捕虜13号を入浴させた。
ボロの魔術師の服を剥ぎ取られ、お湯の中に投げ込まれ、侍従たちの手によって磨き上げられた老人は、最後には香料オイルを塗りたくられ、ようやく悪臭を漂わせなくなった。
綺麗な服も与えられ、見てくれだけは高貴な老貴族になった。
「気持ちよかったみたいだな。よかったなじいさん。」
オレが話しかけると、急に老人は周囲を気にし始めた。きょろきょろと何かを探しているようだった。
「みしゃーの、まろほうは? ぬぐうは? まじゃだ?」
はっきりいって、何言っているのか意味不明だ。
だが、オレにはなんとなく何を言っているのかがわかった。
「服と帽子は、洗濯に出した。あとで返すよ。」
「ととか…。」
捕虜13号から、情報を聞き出せなかったことを、王女は恥じていたのだ。しかし、それは無理からぬこと。王女が悪いのではなく、この捕虜13号が独特すぎるのだ。
「じいさん。あんたも日本に留学してたんだろ?」
老人は、目を見開き、頷いた。
「オレも、日本にいたんだ。」
老人は、立ち上がり、目に涙を溜めた。故郷の仲間に数年ぶりに会えたというような顔をしていた。
オレが微笑んで、手を差し出すと、老人はがっしりとその手を握った。
「温室育ちが、あんな戦士を持っているとは驚いた。準備不足だった。また来る。」
対戦後、盗賊団のリーダーは王女にそう言い残して去ったらしい。盗賊団の大軍勢も、タマスの駐屯地から撤退していった。
オレは、タマスで最上の贅沢行為とされる入浴をして、サソリの体液などをきれいに落としてから、王女の元に戻った。
王女の部屋は、急遽用意されたタマス女王専用のフロアの一角にあった。もともとは外国の高官をもてなすためのフロアだった。『ラタンジュの風』旅団のメンバーも、このフロアに滞在することになっていた。
「おケガはありませんか?」
オレの顔を見るなり、王女は近づいてきて心配そうな声で言った。
かわいい主である。心が暖かくなった。
「大丈夫です。勝ててよかったです。」
「ご無事で何よりです。」
勝利のことよりも、オレの身体を気づかってくれる王女であった。
「勝ててよかった」というのは本心である。
自信があったわけではない。
以前サソリタイプの魔獣と戦ったことがあるし、イタチが小型のサソリを捕食するために戦っているのを見たことがあったので、スムーズに作戦を立てることができた。だが、それが巨大サソリに通じるかはまったくの未知の領域だった。
盗賊団の兵士が、愚かだったのか、油断していたのか、サソリのトラブルを予測していなかったことも、オレに優位に働いた。もし、もっと優秀な兵士がサソリの背中を守っていたなら、苦戦させられただろう。
「それでサソリを操る方法はわかったのですか?」
盗賊団のリーダーは笑っていたが、虫を操る方法は今後の戦いにおいて重要になるだろう。コントロール方法が判明すれば、妨害や除去方法も検討できるかもしれない。飼育方法があるなら、こちらも飼育して戦力の強化を図るべきだろう。
傍から見えれば楽勝に見えたかもしれないが、オレには安心材料はなかった。しっかり、次の対戦のことを考えるべきだった。
戦いの話ばかりで王女には不憫だが、理解してほしかった。
「それが…。」
王女は、返答に困っていた。
「なにか、言いにくい話ですか?」
言葉を選ぶように、王女は、オレがこの部屋にやってくるまでに起こった出来事を話始めた。
◇
タマス王が暮らす王宮殿から、遠く離れた場所にタマスの牢獄はあった。
一般の犯罪者はもちろん、捕虜や人質までもが、タマスではこの牢獄に送られることになっている。
犯罪者が脱獄して、王宮に侵入し、王族や高官を脅かさないようにするための予防措置ということだが、オレなら重要な者の監視は王宮の近くでやる。王宮周辺のもっとも警備が手厚いところのほうが、脱獄を封じることができるからだ。
「脱走だ! 囚人が逃げたぞ!」
案の定、オレがタマス牢獄の門をくぐったときに、警備の兵たちの大声が聞こえた。
ふと見ると、きょろきょろと辺りに目を配って、挙動不審な老人がいるではないか。薄汚れたボロボロのローブを身に纏い、三角帽を隠すように両手に抱えている。
白く長い口ひげは、絡まった糸のようにほつれ、散らかっている。
「!」
その老人は、オレに気づいて、慌てた表情になった。
深いシワはそれらしいが、日に焼けた黒い肌だけが、魔術師にふさわしくなかった。肌が黒っぽいものだから、白目が鮮やかに顔に浮かび上がっている。
「ばあたれ! みのがっせ!」
そう言って、老人は逃走しようとしたので、オレは素早く近づき、折れそうな細い腕をねじ上げて、捕まえた。
「うわうわうわーーー。がががががあ。たいたい!」
あまりに痛がるので、手を離してやった。
近づいてわかったのだが、老人は服からなのか、体臭なのか、酷い悪臭を漂わせていた。食べ物が腐ったような匂いと、獣のような匂いだった。
「ばうばう。なにすっだ!」
日に焼けた老人は、こりずに逃亡しようとしたので、足を払ってやると、ひっくり返るように尻もちをついた。
「かーーー。どつうーーー。なにすっだ! もう!」
顔を引きつらせて怒ってオレを叩こうとするが、手が届かない。
こんな身体能力の低い奴が、よく脱走できたなと感心した。
それにしても、奇妙な喋り方をする老人だった。この地方の人間ではないのか?
「あ!」
大声を出したのは、牢獄の警備兵だった。尻もちをついている老人見て、駆け寄ってきた。
近づくと、今後はオレの首に巻いてある赤いスカーフを見て、ハッとして敬礼した。赤いスカートは、タマス王直属の高官であることを意味する。
「閣下、この者は脱獄を企てたものです。閣下が、その…、捕縛してくださったのですか?」
「ルカと呼んでくれ。怪しいから捕まえた。」
若いとは言えない警備兵は緊張した面持ちで立っていた。
「ル、ルカ様、このことは、その王様には、な、な、内密にということは可能…で、」
オレは、つい鼻だけで笑ってしまった。
「脱獄されたわけじゃないから、報告する気はないよ。ところで、尋ねたいことがある。」
「はい! なんでしょう! 何なりとお申し付けください!」
告げ口されないと知った警備兵は急に元気になった。
「捕虜13番に会いたい。案内してほしい。」
「あ、捕虜13番は、そこにいる脱走を企てたものであります。」
オレは驚き、老人を見直して。老人は、ふてくされたような目でオレを見た。
◇
「虫に詳しい奴がいる。そいつをあんたらにくれてやるよ。」
それが盗賊団のリーダーが残した言葉だった。
その後、タマスの正門の前に、一騎の盗賊団のラクダが近づいてきて、落としていったのが、魔術師の格好をした汚い老人、捕虜13号だった。
王女の前に引っ張ってこられた老人は、奇妙な言葉で叫びまくり話しが通じない。強烈な悪臭も漂わせるので、王女は気分が悪くなり、面談を継続することができなかった。
というわけで、オレがが戻ってくるまでこの老人は牢獄に捕虜として送られることになり、脱走を企てたところでオレに捕まったということだった。
「みらく、らったー。みらく、らったじゃー。」
タマスで入浴するには、貴重な水を使わなければならない。当然、捕虜に使うものではない。だがオレは、タマス女王の側近としての特権を使用し、捕虜13号を入浴させた。
ボロの魔術師の服を剥ぎ取られ、お湯の中に投げ込まれ、侍従たちの手によって磨き上げられた老人は、最後には香料オイルを塗りたくられ、ようやく悪臭を漂わせなくなった。
綺麗な服も与えられ、見てくれだけは高貴な老貴族になった。
「気持ちよかったみたいだな。よかったなじいさん。」
オレが話しかけると、急に老人は周囲を気にし始めた。きょろきょろと何かを探しているようだった。
「みしゃーの、まろほうは? ぬぐうは? まじゃだ?」
はっきりいって、何言っているのか意味不明だ。
だが、オレにはなんとなく何を言っているのかがわかった。
「服と帽子は、洗濯に出した。あとで返すよ。」
「ととか…。」
捕虜13号から、情報を聞き出せなかったことを、王女は恥じていたのだ。しかし、それは無理からぬこと。王女が悪いのではなく、この捕虜13号が独特すぎるのだ。
「じいさん。あんたも日本に留学してたんだろ?」
老人は、目を見開き、頷いた。
「オレも、日本にいたんだ。」
老人は、立ち上がり、目に涙を溜めた。故郷の仲間に数年ぶりに会えたというような顔をしていた。
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