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2章 カタハサルの決闘
19.ラタンジュの風
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◇
港町ラタンジュの北部の一帯は、古くからタマスと呼ばれていた。
タマスにはかつて大きな国が栄えたことがあり、ラタンジュもタマス王国の一部だったこともある。
タマスはかつて貿易の中心だった。北は陸路でローヌにつながっており、東はカタサハルにつながる。北方諸国と南方諸国をつなげる要所だったのである。
が、大型船の発明により、古都タマスの重要性は衰退した。港町ラタンジュにも、その他の周辺の都市にも独立されてしまい。今は小さな『タマス王国』という名前が残っているに過ぎない。
この都市を利用する旅人がいるとすれば、ザーザ砂漠を北部ルートで迂回するときに立ち寄るくらいだろう。要所としての価値ももはやなくなっている。
とはいえ、王国である。軍隊もいる。闘技場もある。王を守る戦士もいる。
そんな国に「宣戦布告をする」と聞かされたヴァルテリーナ王女は、何度も「本気ですか!?」とオレに尋ねた。
のちのち砂漠を横断するために、ラクダも二十数頭。タマス侵攻にしか使わないかもしれないが、荷車や搭乗用の馬車も数台入手した。私兵として傭兵も十数人。侍従など雑務用の奴隷も数十人雇った。
その全員を王女のコールにするのは大変な労力なので、リーダークラスの人物を数人、コールとして契約する。
コールとしての契約するには、王女の前に跪き、王女は手をかざす。コールのほうは胸に手を当てて、心の中で忠誠を誓えば良いのだ。コールが王女の所有物になったかどうかについては、王女には感覚でわかるのだという。
オレもこの儀式を、シュブドーの王に対して行ったはずだが、幼い頃のことなので覚えてない。
いきなり大量の部下を見せられ、数名とはいえ多数のコール契約をすることになった王女は、それだけでも驚いていたのに、これからすぐにタマスに侵攻すると聞いたものだから、驚きっぱなしだった。
「えーと、我々ラタンジュの風隊、かっこ仮、は、今からタマス国に侵攻します!
皆さん、がんばりましょう!
詳しくは、今夜の野営地点でお話します。では出発してください。」
バタバタな出発だった。
数日前からラタンジュ郊外の広場に仮設のテントを建てて、傭兵や奴隷を雇っていった。
その中から見込のありそうなものを王女のコールにしようと選別していく。
コールになったメンバーには、新たに任務を与え、スカウトのために繰り出したし、買い出しに行ってもらったり、さすがにこんな作業はしたことがなかったので、オレも精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
王女と一緒に馬車に乗り込んだ時は、不安そうな王女の質問に答えることができずに熟睡してしまっていた。
眠りながら、次の段取りを考えていた。夢の中でも、その作業をオレはしていた。
「まず、この旅団の名前を姫に決めてほしいのです。」
「ラタンジュの風のままでいいのでは?」
「ダメです。ラタンジュが戦争を起こしているように聞こえます」
「ルカ! 付きましたよ!」
王女の声でオレは目を覚ました。馬車は停止していた。
周囲は荒野。辺りは暗くなっていた。
夢を見ていたことに気づき、慌てて飛び起きてから、王女に振り向いた。
「姫は、この馬車の中でお待ち下さい。」
王女はそっぽを向けた。ヒシャーブの中から見える瞳は、従わないではなく、機嫌が悪いと言っていた。
オレは馬車を降りて、コールの契約を結んだ者たちだけを集めた。
コールたちには、おおよその計画は伝えていたが、他の奴隷たちから質問があれば、答えを用意しなければならなかった。見切り発車したような組織なので、走りながら問題点や改善点を埋めていくしかない。まるで、作ったばかりのイカダで出発して、海の上で緩んだ場所を応急措置していくような作業だった。
この旅団の一番の問題点は、時間制限がある点だった。
雇う期間を2週間と決めているのだ。国を持たない王女には、これだけの仲間を養っていける余裕はない。大商人イザークから得た資金が尽きれば、旅団は解散するしかない。
だが、そういう時限的な契約だったからこそ、短期間にこれだけの奴隷を集める事ができたとも言える。
物騒な「タマス侵攻」という言葉に、不満を漏らす参加者がいるのではないかと、オレは警戒していたが、意外にもその手の質問はなかった。むしろ、なにかの大会に参加して楽しんでいるような雰囲気だった。
質問が多かったのは、2週間後の対応のほうだった。
それらの声をまとめると、つまり「再雇用や継続雇用は無いのか?」ということだった。
皆さん、この集団がお気に召したようだ。
どうして、気に入ったのかアンケートを取りたい気分だったが、忙しいのでまたの機会に考えることにしよう。
コールとの話し合いを終えたオレは、急ぎ足で王女の待つ馬車に戻った。
王女に馬車から降りてもらい、アル専用の宿泊用のテントに入ってもらった。
テントは、コール契約した傭兵たちが交代制で護衛につくようになっている。
「もうしわけありませんが、しばらくヒシャーブは外さないでください。」
「わかってます。それより、これからどうする気なのですか? 侵攻するなんて正気とは思えません。」
王女は溜めていたものを吐き出すように、言った。
「国を作ります。国を持たなければ、国であるカタサハルと戦うのは無理です。カタサハルと戦えないようでは、父君も兄君も救えませんよ?」
「でも!」
王女は、何度も「でも」と言ったが次の言葉が出てこなかった。
王女の中で、知性と理性が戦っているようだった。知性ではオレの話を理解し。理性では前代未聞の行動に抵抗を示している。
「でも、タマスが我々の決闘を受け入れるとは思えません。」
王女の言うとおりだった。侵攻する側は、決闘か戦争かを選ぶことはできない。防衛側のタマスには戦争を選択することができる。戦争になれば、戦士の数で劣る我々に勝ち目はなかった。
我々が勝つには、タマスが決闘に応じるようにする必要があった。
「そうです。だから、姫にお願いがあるのです。」
オレは考えていた秘策を王女に打ち明けた。
「な、なんですって?」
オレの提案を聞き、王女は絶句した。
港町ラタンジュの北部の一帯は、古くからタマスと呼ばれていた。
タマスにはかつて大きな国が栄えたことがあり、ラタンジュもタマス王国の一部だったこともある。
タマスはかつて貿易の中心だった。北は陸路でローヌにつながっており、東はカタサハルにつながる。北方諸国と南方諸国をつなげる要所だったのである。
が、大型船の発明により、古都タマスの重要性は衰退した。港町ラタンジュにも、その他の周辺の都市にも独立されてしまい。今は小さな『タマス王国』という名前が残っているに過ぎない。
この都市を利用する旅人がいるとすれば、ザーザ砂漠を北部ルートで迂回するときに立ち寄るくらいだろう。要所としての価値ももはやなくなっている。
とはいえ、王国である。軍隊もいる。闘技場もある。王を守る戦士もいる。
そんな国に「宣戦布告をする」と聞かされたヴァルテリーナ王女は、何度も「本気ですか!?」とオレに尋ねた。
のちのち砂漠を横断するために、ラクダも二十数頭。タマス侵攻にしか使わないかもしれないが、荷車や搭乗用の馬車も数台入手した。私兵として傭兵も十数人。侍従など雑務用の奴隷も数十人雇った。
その全員を王女のコールにするのは大変な労力なので、リーダークラスの人物を数人、コールとして契約する。
コールとしての契約するには、王女の前に跪き、王女は手をかざす。コールのほうは胸に手を当てて、心の中で忠誠を誓えば良いのだ。コールが王女の所有物になったかどうかについては、王女には感覚でわかるのだという。
オレもこの儀式を、シュブドーの王に対して行ったはずだが、幼い頃のことなので覚えてない。
いきなり大量の部下を見せられ、数名とはいえ多数のコール契約をすることになった王女は、それだけでも驚いていたのに、これからすぐにタマスに侵攻すると聞いたものだから、驚きっぱなしだった。
「えーと、我々ラタンジュの風隊、かっこ仮、は、今からタマス国に侵攻します!
皆さん、がんばりましょう!
詳しくは、今夜の野営地点でお話します。では出発してください。」
バタバタな出発だった。
数日前からラタンジュ郊外の広場に仮設のテントを建てて、傭兵や奴隷を雇っていった。
その中から見込のありそうなものを王女のコールにしようと選別していく。
コールになったメンバーには、新たに任務を与え、スカウトのために繰り出したし、買い出しに行ってもらったり、さすがにこんな作業はしたことがなかったので、オレも精神的にも肉体的にも疲れ果てていた。
王女と一緒に馬車に乗り込んだ時は、不安そうな王女の質問に答えることができずに熟睡してしまっていた。
眠りながら、次の段取りを考えていた。夢の中でも、その作業をオレはしていた。
「まず、この旅団の名前を姫に決めてほしいのです。」
「ラタンジュの風のままでいいのでは?」
「ダメです。ラタンジュが戦争を起こしているように聞こえます」
「ルカ! 付きましたよ!」
王女の声でオレは目を覚ました。馬車は停止していた。
周囲は荒野。辺りは暗くなっていた。
夢を見ていたことに気づき、慌てて飛び起きてから、王女に振り向いた。
「姫は、この馬車の中でお待ち下さい。」
王女はそっぽを向けた。ヒシャーブの中から見える瞳は、従わないではなく、機嫌が悪いと言っていた。
オレは馬車を降りて、コールの契約を結んだ者たちだけを集めた。
コールたちには、おおよその計画は伝えていたが、他の奴隷たちから質問があれば、答えを用意しなければならなかった。見切り発車したような組織なので、走りながら問題点や改善点を埋めていくしかない。まるで、作ったばかりのイカダで出発して、海の上で緩んだ場所を応急措置していくような作業だった。
この旅団の一番の問題点は、時間制限がある点だった。
雇う期間を2週間と決めているのだ。国を持たない王女には、これだけの仲間を養っていける余裕はない。大商人イザークから得た資金が尽きれば、旅団は解散するしかない。
だが、そういう時限的な契約だったからこそ、短期間にこれだけの奴隷を集める事ができたとも言える。
物騒な「タマス侵攻」という言葉に、不満を漏らす参加者がいるのではないかと、オレは警戒していたが、意外にもその手の質問はなかった。むしろ、なにかの大会に参加して楽しんでいるような雰囲気だった。
質問が多かったのは、2週間後の対応のほうだった。
それらの声をまとめると、つまり「再雇用や継続雇用は無いのか?」ということだった。
皆さん、この集団がお気に召したようだ。
どうして、気に入ったのかアンケートを取りたい気分だったが、忙しいのでまたの機会に考えることにしよう。
コールとの話し合いを終えたオレは、急ぎ足で王女の待つ馬車に戻った。
王女に馬車から降りてもらい、アル専用の宿泊用のテントに入ってもらった。
テントは、コール契約した傭兵たちが交代制で護衛につくようになっている。
「もうしわけありませんが、しばらくヒシャーブは外さないでください。」
「わかってます。それより、これからどうする気なのですか? 侵攻するなんて正気とは思えません。」
王女は溜めていたものを吐き出すように、言った。
「国を作ります。国を持たなければ、国であるカタサハルと戦うのは無理です。カタサハルと戦えないようでは、父君も兄君も救えませんよ?」
「でも!」
王女は、何度も「でも」と言ったが次の言葉が出てこなかった。
王女の中で、知性と理性が戦っているようだった。知性ではオレの話を理解し。理性では前代未聞の行動に抵抗を示している。
「でも、タマスが我々の決闘を受け入れるとは思えません。」
王女の言うとおりだった。侵攻する側は、決闘か戦争かを選ぶことはできない。防衛側のタマスには戦争を選択することができる。戦争になれば、戦士の数で劣る我々に勝ち目はなかった。
我々が勝つには、タマスが決闘に応じるようにする必要があった。
「そうです。だから、姫にお願いがあるのです。」
オレは考えていた秘策を王女に打ち明けた。
「な、なんですって?」
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