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2章 カタハサルの決闘
17.決起計画
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レシーより先に酒場を出ると、外は騒がしかった。
ベージュのマントを身につけた者同士が、剣と剣を交えて戦っている。酒場でよくおきる喧嘩かと思ったが、様子がちがった。
一対一で戦っていた兵士の元に、新たな兵士が駆けつける。数的不利になった一人の兵士はたまらず逃げだした。
そこに別の二人が駆けつけると、今度は逃げていた一人が引き返してきて、三対二になる。今度は、二人組のほうが逃げだす番だった。
ベージュのマントはカタサハル兵であることを示していた。
マントに隠れて今は見えないが、レザーメイルの胸には中央に太陽の印と二本曲刀のエンブレムが付いているはずである。加入したばかりのオレにはまだ支給されていないが、それがカタサハル兵士の制服である。
カタサハルの兵士同士が街の至るところで乱戦を行っているのである。
オレは慌てて緑のフードを深く被った。顔を隠しつつ、急ぎ足で帰路につく。
しかし、戦っている兵士たちに見覚えがなかった。王女に同行していたカタサハルの護衛兵士ならば、夜の薄暗い街灯の中で戦っていたとしても一人ぐらいは認識できてもおかしくないはずだった。
兵士の数の多さから、どこかに潜んでいたか、ラタンジュに新たにやってきた兵士たちにちがいないと思った。
「ルカ! 大丈夫ですか?」
部屋に戻ると、王女が不安そうな顔でオレを迎えた。
「すみません。遅くなりました。」
「私は大丈夫です。貴方が捕まったのではないかと、心配だったのです。」
防具屋の側でも、カタサハル兵同士のいざこざがあったようだ。王女はその騒ぎで目を覚ましたらしい。
「ルカの言う通りでした。あのままあの宿にいたら、捕まっていました。」
「思ったよりも早かったです。危なかったです。」
「お互い、私を隠したと思っているようです。」
街で争う兵士たちは、カタサハルの王派と王子派の兵士らしい。お互い相手側が王女を隠したと思い込んで、争う状態になったようだ。
すでに防具屋の周辺では静けさが戻りつつあったが、王女はまだ心配そうに窓の外の様子を見ていた。
「私たちは見つかりませんか?」
「大丈夫だと思います。」
「ここは、カタサハルではなくラタンジュ。外国です。他国で、騒ぎを犯しすぎれば、ラタンジュの統治者も黙ってないはずです。家一軒一軒調べることができない以上、追跡の目はここまでは届かないと思います。」
「そうですか…。」
王女は少し安心したようにため息をついた。そして、思い出したように言葉を続けた。
「そういえば、仲間の方には会えたのですか?」
「会えました。それでお聞きしたいのですが、姫様はこの街からどうやってサロスに行かれたのですか? ダオスタとどのようにして連絡を取り合ったのですか?」
「この街には、ダオスタの秘密の店があるのです。王族、つまりアルだけが知る店です。表向きは美術品を取り扱う貴族専用の店ですが、『奴隷の絵』が欲しいと言うとオークションの日程を教えてくれるのです。」
「姫様は、そこで自分の名を名乗られたのですか?」
「どうしてですか?」
王女は怪訝な顔をした。オレに警戒力が足りない、と問題を指摘されるかと思ったのかも知れない。
「ダオスタは、姫様がサロスに来られることを知っていたようなんです。オレは最初、オークションに出品される予定だったのですが、急遽姫様の奴隷にさせられたのです。
ダオスタは、姫様の窮状も知っていたようですが、なんらかの情報がないと、サロスに姫様直々に来られるとは予測できなかったと思います。
その店で姫様が名乗ったからではないでしょうか?」
王女は観念したように目をつむった。
「…名乗りました。そのほうがうまくいくと思ったから…」
王女は反省している様子だが、オレは反省を促したいのではなかった。単にダオスタとの連絡方法を知りたかっただけである。
「OKです。その店の場所を教えてください。
それとダオスタに手紙を書いてほしいのです。」
「店には、私が案内しましょうか?」
王女は顔をあげた。何かしたい!と顔が言っている。役に立ちたいのだろう。健気な方だ。
「案内は無理です。おそらくカタサハルの兵士も、その店を見張っていると思います。」
「そうですね…。」
王女はがっかりしていた。
「手紙はオレがレシーに渡します。レシーはシュブドーの兵士なので、カタサハルもさすがに手出ししないと思います。その美術品の店には、オレも行けないので、レシーに行ってもらうつもりです。」
「手紙に何を書くのですか? 彼に迷惑をかけることはしたくありませんが…」
王女は、不安そうな表情をしながらも、強いな眼差しを見せた。追い詰められた身だというのに、気丈にも、誰かに甘え力にすがろうという気持ちにはならないようだ。プライドが高いというより、純粋で育ちが良いからだろう。
「わかってます。お金や人出を借りようとは思ってません。ただ、船を貸してもらいたいだけです。ダオスタの邪魔にならない範囲で、ある荷物を一緒に運んでもらおうと思ったのです。」
王女は黙って聞いていた。荷物の中身まで聞こうとはしなかった。
「では、ルカのために友人の頼みを聞いてほしいというような手紙でいいのですか?」
「まあ、そんな感じですが、『ルカのために』のところは『私のために」にしておいてください。」
「……わかりました。どちらにせよ、これは私のためなのですから、そのように書きましょう。」
「助かります。」
「あとは何をすれば?」
「あとは、ゆっくりお休みください。明日も、私は出かけなければなりません。軍資金を調達してきます。」
「軍資金?」
「お金です。それで人を雇います。軍とまではいきませんが、部隊を作って、ラタンジュ周辺の国に宣戦布告するつもりです。」
「宣戦布告?」
王女は絶句した。
「やはり、戦争するのですね…。」
怯えたように目を細める王女だった。
「しっかりしてください。戦争になるかならないかは、姫様次第です。
姫様はアルなのですから、決闘を申し込むことができます。
最終的にはこの決闘によって、王や兄上を破らなければならないのです。
戦争を回避しつつ、問題を解決するには、この方法しかないのです。」
「そうですね…。そうですね…。」
王女は不安げに手を胸の前に合わせて震えていた。
ベージュのマントを身につけた者同士が、剣と剣を交えて戦っている。酒場でよくおきる喧嘩かと思ったが、様子がちがった。
一対一で戦っていた兵士の元に、新たな兵士が駆けつける。数的不利になった一人の兵士はたまらず逃げだした。
そこに別の二人が駆けつけると、今度は逃げていた一人が引き返してきて、三対二になる。今度は、二人組のほうが逃げだす番だった。
ベージュのマントはカタサハル兵であることを示していた。
マントに隠れて今は見えないが、レザーメイルの胸には中央に太陽の印と二本曲刀のエンブレムが付いているはずである。加入したばかりのオレにはまだ支給されていないが、それがカタサハル兵士の制服である。
カタサハルの兵士同士が街の至るところで乱戦を行っているのである。
オレは慌てて緑のフードを深く被った。顔を隠しつつ、急ぎ足で帰路につく。
しかし、戦っている兵士たちに見覚えがなかった。王女に同行していたカタサハルの護衛兵士ならば、夜の薄暗い街灯の中で戦っていたとしても一人ぐらいは認識できてもおかしくないはずだった。
兵士の数の多さから、どこかに潜んでいたか、ラタンジュに新たにやってきた兵士たちにちがいないと思った。
「ルカ! 大丈夫ですか?」
部屋に戻ると、王女が不安そうな顔でオレを迎えた。
「すみません。遅くなりました。」
「私は大丈夫です。貴方が捕まったのではないかと、心配だったのです。」
防具屋の側でも、カタサハル兵同士のいざこざがあったようだ。王女はその騒ぎで目を覚ましたらしい。
「ルカの言う通りでした。あのままあの宿にいたら、捕まっていました。」
「思ったよりも早かったです。危なかったです。」
「お互い、私を隠したと思っているようです。」
街で争う兵士たちは、カタサハルの王派と王子派の兵士らしい。お互い相手側が王女を隠したと思い込んで、争う状態になったようだ。
すでに防具屋の周辺では静けさが戻りつつあったが、王女はまだ心配そうに窓の外の様子を見ていた。
「私たちは見つかりませんか?」
「大丈夫だと思います。」
「ここは、カタサハルではなくラタンジュ。外国です。他国で、騒ぎを犯しすぎれば、ラタンジュの統治者も黙ってないはずです。家一軒一軒調べることができない以上、追跡の目はここまでは届かないと思います。」
「そうですか…。」
王女は少し安心したようにため息をついた。そして、思い出したように言葉を続けた。
「そういえば、仲間の方には会えたのですか?」
「会えました。それでお聞きしたいのですが、姫様はこの街からどうやってサロスに行かれたのですか? ダオスタとどのようにして連絡を取り合ったのですか?」
「この街には、ダオスタの秘密の店があるのです。王族、つまりアルだけが知る店です。表向きは美術品を取り扱う貴族専用の店ですが、『奴隷の絵』が欲しいと言うとオークションの日程を教えてくれるのです。」
「姫様は、そこで自分の名を名乗られたのですか?」
「どうしてですか?」
王女は怪訝な顔をした。オレに警戒力が足りない、と問題を指摘されるかと思ったのかも知れない。
「ダオスタは、姫様がサロスに来られることを知っていたようなんです。オレは最初、オークションに出品される予定だったのですが、急遽姫様の奴隷にさせられたのです。
ダオスタは、姫様の窮状も知っていたようですが、なんらかの情報がないと、サロスに姫様直々に来られるとは予測できなかったと思います。
その店で姫様が名乗ったからではないでしょうか?」
王女は観念したように目をつむった。
「…名乗りました。そのほうがうまくいくと思ったから…」
王女は反省している様子だが、オレは反省を促したいのではなかった。単にダオスタとの連絡方法を知りたかっただけである。
「OKです。その店の場所を教えてください。
それとダオスタに手紙を書いてほしいのです。」
「店には、私が案内しましょうか?」
王女は顔をあげた。何かしたい!と顔が言っている。役に立ちたいのだろう。健気な方だ。
「案内は無理です。おそらくカタサハルの兵士も、その店を見張っていると思います。」
「そうですね…。」
王女はがっかりしていた。
「手紙はオレがレシーに渡します。レシーはシュブドーの兵士なので、カタサハルもさすがに手出ししないと思います。その美術品の店には、オレも行けないので、レシーに行ってもらうつもりです。」
「手紙に何を書くのですか? 彼に迷惑をかけることはしたくありませんが…」
王女は、不安そうな表情をしながらも、強いな眼差しを見せた。追い詰められた身だというのに、気丈にも、誰かに甘え力にすがろうという気持ちにはならないようだ。プライドが高いというより、純粋で育ちが良いからだろう。
「わかってます。お金や人出を借りようとは思ってません。ただ、船を貸してもらいたいだけです。ダオスタの邪魔にならない範囲で、ある荷物を一緒に運んでもらおうと思ったのです。」
王女は黙って聞いていた。荷物の中身まで聞こうとはしなかった。
「では、ルカのために友人の頼みを聞いてほしいというような手紙でいいのですか?」
「まあ、そんな感じですが、『ルカのために』のところは『私のために」にしておいてください。」
「……わかりました。どちらにせよ、これは私のためなのですから、そのように書きましょう。」
「助かります。」
「あとは何をすれば?」
「あとは、ゆっくりお休みください。明日も、私は出かけなければなりません。軍資金を調達してきます。」
「軍資金?」
「お金です。それで人を雇います。軍とまではいきませんが、部隊を作って、ラタンジュ周辺の国に宣戦布告するつもりです。」
「宣戦布告?」
王女は絶句した。
「やはり、戦争するのですね…。」
怯えたように目を細める王女だった。
「しっかりしてください。戦争になるかならないかは、姫様次第です。
姫様はアルなのですから、決闘を申し込むことができます。
最終的にはこの決闘によって、王や兄上を破らなければならないのです。
戦争を回避しつつ、問題を解決するには、この方法しかないのです。」
「そうですね…。そうですね…。」
王女は不安げに手を胸の前に合わせて震えていた。
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