上 下
54 / 68
2章 カタハサルの決闘

15.訪問者

しおりを挟む
 カタサハルへ行くためのルートについては保留となった。どのルートにもリスクがあり慎重にならざるを得なかった。なにより情報収集が必要だった。

「とりあえず、今日のところはお休みください。姫様が休んでいる間、オレも考えておくので。」

 王女は素直に同意すると薄い布で仕切られた部屋の一角で眠りに入った。すぐに寝息が聞こえてきた。
 この部屋は、宿屋の中でも一番大きく奥にも寝室が用意されていた。だが、奥の寝室は、裏庭からの侵入の恐れがあった。王女を一人だけにするわけにもいかず、仕方なくこの部屋で休んでいただくことになった。窮屈きゅうくつな日々が続く。
 オレもこの共同生活にれてきていたが、王女も休息と決めるとすぐに就寝しゅうしんできるようになっている。彼女が、以前より安心して眠ることができると喜んでくれているのがせめてもの救いだった
 竜人アル人間コールも、寿命や成長の仕方は大きくは変わらない。彼女の年齢は十八。オレより一つ若かった。そんな女の子が信頼できない部下と共にはるばる旅をしてきたのかと思うと、不憫ふびんに思えた。

 ヴァルテリーナ王女は、政略結婚のごたごたに巻き込まれていた。

 竜人アルたちは人間コールに比べ圧倒的に数が少ない。女性の割合は更に低い。加えて、一人の女性が産める子供の数も少なかった。そのため、女性種は、種の保存のために戦争や外交の材料にされることが多かった。
 
 小国だったカタサハルの王は、国を守るために大国と王女の婚姻こんいんの約束を取り付けた。望んだ結婚ではなかったが王女は父親の決定をこばむことはなかった。祖国と家族を守るため、そして竜人アルとしての宿命を受け入れていたからだ。
 だが、大国とのつながりをこころよく思わない他国が反発した。婚姻こんいんが決定する前に、カタサハルを滅ぼそうとしたり、王女の兄たちを誘惑して、妨害ぼうがい工作を行ったのだ。
 カタサハル内外で、王女の知らない条約や盟約が複数交わされ、王女の婚姻相手が本当は誰なのかわからなくなってしまった。王と息子たちの関係も悪化して、国内でも小競り合いや陰謀が巻き怒るようになり、周辺国も自国の主張を通すために隣国りんごく同士で争うようになった。

 そんなときに事件が起きた。カタサハルの隣国りんごくの一つが、多くのコールとともに消滅しょうめつしたのである。アルは「約束を守る」ことを条件に、コールを支配する力を与えられている。よって約束を守れなかったアルは自分のコールと共に世界から抹殺まっさつされるのである。天罰と称する呪いだった。

 この事件が、王女が自ら立ち上がるきっかけだった。父の交わした約束を守れば兄が消滅するかもしれない。兄の盟約に従えば父が消滅するかもしれない。どちらも守るためには王女が自分の意思で行動し、決闘で父と兄を従わせるしかないと思ったからだった。
 
 オレは、すでに王女ヴァルテリーナの願いを叶えたいと思おうようになっていた。
 父や兄を身を案じる優しい性格にかれたのかもしれないし、王女という身分でありながら一人で果敢かかんに戦おうとする強さやひたむきさに心を動かされたのかもしれない。もちろんそのような美談びだんではなく、王女の所有物としての魔力によってそう思うようにコントロールされている可能性もある。
 いずれにしても、この神経をすり減らされる毎日を乗り切るためには、自分をふるい立たせるための意義が必要だった。

 トントン。二度、小さく戸を叩く音が聞こえた。しばらくして、トンと一度叩かれ、再び二度、やはり小さな叩く音がした。
 王女に用事があるときの侍従じじゅうからの合図だった。
 オレは用心しながら、扉を開けた。

 侍従じじゅう長の男が立っていた。
 王女の用ではなく、オレへの面会を求める者がいるという。
 追い返すべきか、とたずねられたので、目隠しして連れてくるように命じた。

 誰だろう? オレを王女から遠ざけるためのわなかもしれない。緊張が走った。

 左手にはすでに痛みはない。だが、完治にはもう少し時間がかかる。
 万が一に備えて、左手を補強するための装具を用意しておきたかったが、王女の側から離れる事ができない以上、素材の調達に出かけることもできない。
 
 しばらくすると、再び部屋の戸を叩く侍従じじゅう長の合図があった。

 外には、黒い布の袋をかぶせられた男が立っていた。

「武器の携帯はありませんでした。」

 侍従じじゅう長が言ったので、オレは「ご苦労」と答え、男を部屋に入れた。

 オレは腰の剣を抜いた。男は明らかに怪しい。この地方では見ることのないシュブドーの隊服姿だった。所属は第二兵団、グレーの隊服。
 男のひざ裏を蹴り、床にひざをつかせた。

「動くな」

 小さな声で脅すと、男はうなずいて素直に従った。

 覆面ふくめんを外して顔を確認したかったが、この部屋には素顔のままの王女がいる。本来であれば、別の部屋で男の素性を確認すべきだが、王女の側を離れるわけにもいかない。

「何者だ」

 剣を突きつけてたずねた。王女の部屋を血でよごしたくはないが、わななら迷うべきではない。

「シュブドーのレシーです。」

 若い男の声だった。レシー? そんな名の知り合いがいただろうか。ローヌの患者の誰かだろうか。

「元ギュネス隊長の部下のレシーです。今は、ガラ家に仕えてます。この生命、ルカ様に頂いたと思っております」

 思い出した。ベスネで人質を取って立てこもった兵士だ。その後、ローヌに駐屯ちゅうとんしているシュブドーの陣営に潜入するために協力してくれた。

「レシーか?」

「はい。最後に、貴方のりをいただきました。おかげでうたがわれずに除隊じょたいできたのです。」

 なつかしさで、思わず覆面ふくめんを取ってみたくなる。顔も見たいし、話もしたい。

「何しに来た?」

 だが、オレは剣を突きつけたまま尋ねた。オレはもうシュブドーの人間ではないのだ。

「ナイヤ様に行方を探すように命じられました。奴隷どれい商人に連れさらわれたルカ様を探し、はるばる南方まで訪れたのです。サロスの商人の噂からたどり、この街にルカ様が滞在されていると知りました。命じられたから探したのではありません。私自身、ルカ様のご無事を確認したかったのです。」

 レシーは泣いていた。部屋の砂岩の床石に涙の水滴が染み落ちていた。

 遠い異国の地まで来て、さぞ苦労したことだろう。オレなんかを慕ってくれて。目頭めがしらが熱くなった。
 オレは、レシーに耳打ちした。
 明日の夜、この街の港の酒場で会えないかと尋ねた。

 黒い袋をかぶれされたまま、レシーはうなずいた。

「元職場の友人だった。スカウトされたが断った。丁重に送り返してくれ。」

 侍従じじゅう長はオレの指示に従った。レシーは帰っていった。

 ヴァルテリーナ王女が目覚めたら、レシーのことを話さなければならない。
 そして、かねてから考えていた計画を実行すべきだと思った。
 オレは左腕の布を外して、添え木をつけ直した。布ではなく、アメクモの糸で作った布を巻いた。動きやすくするためだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

愛してしまって、ごめんなさい

oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」 初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。 けれど私は赦されない人間です。 最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。 ※全9話。 毎朝7時に更新致します。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...