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2章 カタハサルの決闘
12.海と船
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船の大きさが、そのまま国の強さを表す。説明を受けなくても、そのくらいならオレにもわかった。
港に停泊する大型帆船に埋もれるようにして、カタハサルが用意した商船が浮かんでいた。
港に渡されたはしごを渡って、商船の甲板に上がると、白いドレス姿に白いヒシャーブで顔を覆った女性が待っていた。
「ダオスタ。急ぎのようと聞きしましたが?」
小柄な体から鈴のように澄んだ若い女の声が発せられた。待っていた、という気持ちが入っていた。
「お待たせして申し訳ありません。姫様にお見せしたい商品がありまして、連れてまいりました。」
「え? オークションに出されなくてよいのですか?」
ダオスタの突然の思いつきで、オレはカタサハルに売られることになったようだ。姫様というのはどういうことだろう? この女性は王族なのだろうか?
「お父上が倒れられたとお聞きしました。一刻も早く国にお帰りになりたいでしょう。あと二日も姫様をサロスで待たせるわけには参りません。」
「見知らぬ私たちのために…、そんなお気遣いまで…。
なんと御礼を申し上げればよいのか…。」
女はヒシャーブの布の奥から、じっとダオスタを見つめていた。
ダオスタのほうは、甲板にあがったときから両手を顔の前に組んでお辞儀の姿勢をとったままだった。
「どこかでお会いしましたか?」
女はなにかに気づいたように言った。だが、ダオスタが「いいえ」と答えたので、「そうですか…」と残念そうにつぶやいた。
「奴隷を紹介していただけますか?」
気を取り直すように、女は言った。
ダオスタは組んだ手を外して、オレとレトワールに目をやった。
「ルカと…その友人です。」
オレはぎこちなく、レトワールは流れるように臣下のお辞儀をした。
右手を腰の後ろに、左手を胸の前に、片膝をついて顔を伏せる。そのまま立ち上がることもあるが、今回は跪いたままだった。
「友人?名前は?」
気になったようで、すぐに女はダオスタに聞き返した。
「元テゼルのレトワール・ジュラと申します」
はっきりとした声でレトワールが答えた。さすがは名門貴族の出。別に張り合う気はないが、臣下の礼も満足にできない自分が惨めに思えてしまう。
「あの神聖国の? 存じてます。
その、…ご無念でしたね…。」
「辺境の我が国のこともご存知でしたか、恐れ入ります。」
レトワールは爽やかに答えた。
レトワールが言うように、この女性は只者ではないようだった。この世界でも国と国の争いに主体的に関わるのは男であり、その性質上、世情に詳しいのも男だった。女が詳しいことといえば、国内の誰々が格好いいとか、どの店の料理がうまいとか、最近の流行のファッションアイテムはなんだとかが普通である。
「こちらの方は?」
白いドレスの裾が、オレの目の前に立った。
「ルカと申します。武勇に長け、知己も溢れる逸材です。姫様のお力になるものでございます。」
驚くべきダオスタの紹介にオレは、嘘ばっかり、と思った。
女もダオスタの言葉を鵜呑みにはできなかったようだ。
「そうですか…。でも、この者は、その……貴族ではないようですが……。」
「貴族ではありませんが、実力は保証いたします。」
「……ダオスタ。
まさかとは思いますが、私が女だからではありませんよね?
確かに我が国は疲弊しています。用意できた資金もわずかです。
ですが、私は国に優秀な戦士を連れ帰る必要があるのです。
どうか、誠実な対応をお願いします。お金ならなんとかします…。」
女は疑っているようだった。
オレは、ごもっとも、と思った。
「とんでもありません。確かにルカは怪我もしていますし、貴族でもありませんが、実力は本物です。姫様を騙そうなどそんな恐れ多いこと、私の商人としての魂を賭けても、偽りなどございません。」
「では、そのレトワールと、この者を交換できませんか?」
「そ、それは…。」
この姫様は、なかなか交渉上手のようだ。オレに価値があるなら、レトワールと交換しても構わないだろう?と言っているのだ。ダオスタは、どう切り返すのだろうか?
だが、ダオスタは意外な人物に助けられた。
「恐れながら申し上げます。
ルカと私では、海とこの船を比べるようなものでございます。」
発言したのは、レトワールだった。
「どういうことです?」
女の澄んだ声が少し濁っていた。平静を装っていても、さすがに苛立ちを隠せなかくなってきたようだ。
「私は、見た目も家柄もよいですが、この船と同じように、それは見せかけです。
でも、このルカは素朴で家柄も水のように平凡ですが、秘めたる力を持っています。大波を起こせばこの船を飲み込むのは容易く、怒れば嵐を起こすことさえも可能です。まさに海ごとくです。
海は普段は穏やかですが、その姿は真の姿ではないのです。」
「……。」
女はしばらく黙っていた。視線を足元の甲板に向けてなければならないオレには見えないが、女から品定めをされているように感じた。
「海ですか…。
砂漠の国では、海の偉大さがよく分かりません。
船よ。貴方の言葉信じます。」
「ありがとうございます。」
レトワールが答えた。女は、澄んだ声を取り戻していた。
「ダオスタ。あなたを疑ったこと謝ります。」
「いえ、もったいないお言葉です。」
ダオスタがうやうやしく頭を下げるのを感じた。
「家臣を説得してきます。お金も用意します。
ダオスタの言葉に甘えて、今日中にはサロスを出航したいと思います。
皆さん、また今夜お会いしましょう。」
そういうと、女の足音が甲板から離れ、港の中に消えていった。
ふー。とオレは息を吐き出した。緊張から解放されて、伸びをした。
「レトワールさん。助かりました。」
ダオスタがほっとしたような声で礼を述べた。
「いえ、私もあの姫を助けたくなりました。
ダオスタさんの気持ちもわかりましたし。」
オレは釈然としなかった。あれほど反対していたはずのレトワールは、急にオレのことを海だとかなんとか言って、カタサハルに売り込んだ。
「なんか、オレがカタサハルに行けばハッピーエンドみたいな雰囲気になっているけど、二人とも忘れていると思うぞ?」
「なにがです?」
「なにが?」
ダオスタとレトワールが、一緒にオレに振り返った。
「オレはそんなに役には立たないと思うぞ?」
ダオスタとレトワールはお互いに見合うと、オレのことは無視して会話をはじめた。
「海と船なんて、洒落た表現をよく思いつきましたね?」
「このくらいテゼルの貴族としては常識の範疇ですよ。」
カタサハルもテゼルのようにあっさり滅亡したって、オレは知らないからな!
港に停泊する大型帆船に埋もれるようにして、カタハサルが用意した商船が浮かんでいた。
港に渡されたはしごを渡って、商船の甲板に上がると、白いドレス姿に白いヒシャーブで顔を覆った女性が待っていた。
「ダオスタ。急ぎのようと聞きしましたが?」
小柄な体から鈴のように澄んだ若い女の声が発せられた。待っていた、という気持ちが入っていた。
「お待たせして申し訳ありません。姫様にお見せしたい商品がありまして、連れてまいりました。」
「え? オークションに出されなくてよいのですか?」
ダオスタの突然の思いつきで、オレはカタサハルに売られることになったようだ。姫様というのはどういうことだろう? この女性は王族なのだろうか?
「お父上が倒れられたとお聞きしました。一刻も早く国にお帰りになりたいでしょう。あと二日も姫様をサロスで待たせるわけには参りません。」
「見知らぬ私たちのために…、そんなお気遣いまで…。
なんと御礼を申し上げればよいのか…。」
女はヒシャーブの布の奥から、じっとダオスタを見つめていた。
ダオスタのほうは、甲板にあがったときから両手を顔の前に組んでお辞儀の姿勢をとったままだった。
「どこかでお会いしましたか?」
女はなにかに気づいたように言った。だが、ダオスタが「いいえ」と答えたので、「そうですか…」と残念そうにつぶやいた。
「奴隷を紹介していただけますか?」
気を取り直すように、女は言った。
ダオスタは組んだ手を外して、オレとレトワールに目をやった。
「ルカと…その友人です。」
オレはぎこちなく、レトワールは流れるように臣下のお辞儀をした。
右手を腰の後ろに、左手を胸の前に、片膝をついて顔を伏せる。そのまま立ち上がることもあるが、今回は跪いたままだった。
「友人?名前は?」
気になったようで、すぐに女はダオスタに聞き返した。
「元テゼルのレトワール・ジュラと申します」
はっきりとした声でレトワールが答えた。さすがは名門貴族の出。別に張り合う気はないが、臣下の礼も満足にできない自分が惨めに思えてしまう。
「あの神聖国の? 存じてます。
その、…ご無念でしたね…。」
「辺境の我が国のこともご存知でしたか、恐れ入ります。」
レトワールは爽やかに答えた。
レトワールが言うように、この女性は只者ではないようだった。この世界でも国と国の争いに主体的に関わるのは男であり、その性質上、世情に詳しいのも男だった。女が詳しいことといえば、国内の誰々が格好いいとか、どの店の料理がうまいとか、最近の流行のファッションアイテムはなんだとかが普通である。
「こちらの方は?」
白いドレスの裾が、オレの目の前に立った。
「ルカと申します。武勇に長け、知己も溢れる逸材です。姫様のお力になるものでございます。」
驚くべきダオスタの紹介にオレは、嘘ばっかり、と思った。
女もダオスタの言葉を鵜呑みにはできなかったようだ。
「そうですか…。でも、この者は、その……貴族ではないようですが……。」
「貴族ではありませんが、実力は保証いたします。」
「……ダオスタ。
まさかとは思いますが、私が女だからではありませんよね?
確かに我が国は疲弊しています。用意できた資金もわずかです。
ですが、私は国に優秀な戦士を連れ帰る必要があるのです。
どうか、誠実な対応をお願いします。お金ならなんとかします…。」
女は疑っているようだった。
オレは、ごもっとも、と思った。
「とんでもありません。確かにルカは怪我もしていますし、貴族でもありませんが、実力は本物です。姫様を騙そうなどそんな恐れ多いこと、私の商人としての魂を賭けても、偽りなどございません。」
「では、そのレトワールと、この者を交換できませんか?」
「そ、それは…。」
この姫様は、なかなか交渉上手のようだ。オレに価値があるなら、レトワールと交換しても構わないだろう?と言っているのだ。ダオスタは、どう切り返すのだろうか?
だが、ダオスタは意外な人物に助けられた。
「恐れながら申し上げます。
ルカと私では、海とこの船を比べるようなものでございます。」
発言したのは、レトワールだった。
「どういうことです?」
女の澄んだ声が少し濁っていた。平静を装っていても、さすがに苛立ちを隠せなかくなってきたようだ。
「私は、見た目も家柄もよいですが、この船と同じように、それは見せかけです。
でも、このルカは素朴で家柄も水のように平凡ですが、秘めたる力を持っています。大波を起こせばこの船を飲み込むのは容易く、怒れば嵐を起こすことさえも可能です。まさに海ごとくです。
海は普段は穏やかですが、その姿は真の姿ではないのです。」
「……。」
女はしばらく黙っていた。視線を足元の甲板に向けてなければならないオレには見えないが、女から品定めをされているように感じた。
「海ですか…。
砂漠の国では、海の偉大さがよく分かりません。
船よ。貴方の言葉信じます。」
「ありがとうございます。」
レトワールが答えた。女は、澄んだ声を取り戻していた。
「ダオスタ。あなたを疑ったこと謝ります。」
「いえ、もったいないお言葉です。」
ダオスタがうやうやしく頭を下げるのを感じた。
「家臣を説得してきます。お金も用意します。
ダオスタの言葉に甘えて、今日中にはサロスを出航したいと思います。
皆さん、また今夜お会いしましょう。」
そういうと、女の足音が甲板から離れ、港の中に消えていった。
ふー。とオレは息を吐き出した。緊張から解放されて、伸びをした。
「レトワールさん。助かりました。」
ダオスタがほっとしたような声で礼を述べた。
「いえ、私もあの姫を助けたくなりました。
ダオスタさんの気持ちもわかりましたし。」
オレは釈然としなかった。あれほど反対していたはずのレトワールは、急にオレのことを海だとかなんとか言って、カタサハルに売り込んだ。
「なんか、オレがカタサハルに行けばハッピーエンドみたいな雰囲気になっているけど、二人とも忘れていると思うぞ?」
「なにがです?」
「なにが?」
ダオスタとレトワールが、一緒にオレに振り返った。
「オレはそんなに役には立たないと思うぞ?」
ダオスタとレトワールはお互いに見合うと、オレのことは無視して会話をはじめた。
「海と船なんて、洒落た表現をよく思いつきましたね?」
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