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2章 カタハサルの決闘
3.海へ
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「まだ名乗っていませんでしたね。私の名はダオスタ。あなたのようなコールの売買を生業としている商人です。」
オレは、船の隅でうずくまっている巨大な男に目を向けた。その視線に気づき、ダオスタは付け足した
「あの奴隷の名前を知ってどうするのですか?
…ビドーです。ビドーと呼んでます。」
オレと商人のダオスタ、そしてダオスタの従者の巨大男ビドーは、ローヌの霧深い盆地を抜け出すと、シュブドー領内を西に向かった。西方にはシュブドーの王都へと続く大きな街道が整備されていた。
ダオスタがこの道を選んだのは、舗装された道があるからだ。舗装された道があれば馬車が通ることができる。ローヌとシュブドーの国境の近くの宿場町で、馬付きの馬車と馬車を操縦する御者を買い取ったダオスタは、オレと共に馬車に乗り込み、ビドーには走ってついてこさせた。
馬車は山道をしばらく進み、分かれ道で南に進路を変えた。まもなく海が見えてきて、入り江の港町に到着した。
ダオスタはそこで馬車などを売り払うと、今度は帆船を購入した。船も馬付きの馬車も高額なのだが、ダオスタは慣れた様子で取引を行っていた。
これが、コール商人というものか、とオレは観察を続けていた。
旅に慣れていると感じた。
南方の国々に行くには、ローヌの南方にある山地帯を超える必要がある。その山地は、シュブドー側にある山地帯より険しく細い山道しかなかった。しかも冬が近づいていた。山地帯には雪が積もり、険しさが増す。
だから、遠回りになったとしてもシュブドー側から海路で南下する道を選んだのだろう。
ダオスタは、馬車や船ををどこでどのくらいの価格で売っているのかもよく知っているようだった。相手の売人も顔なじみのようで、売買はスムーズに交わされた。ダオナスの行動には無駄がなく、物事が淡々と進んでいく。
オレは馬車の中から、久しぶりに海を見た。といっても日本で見た海だが。
この世界にも海があったのだと、改めて思った。
帆船が風に乗って南下し始めたころ、ダオスタが突然話しかけてきたので、オレは驚いた。ローヌを出発してから、食事も移動しながら干し肉をかじり、馬車の中では熟睡して会話なく、この商人は商品とは会話しないものかと思っていた。
だが、そうではなかったようだ。
ダオスタは、船に乗るのを急いでいただけで、本来饒舌な男だった。
「ビドーも商品なのか?」
ビドーは船を怖がっていた。乗り込むのも恐る恐るで、ようやく乗船すると頭を抱えて隅にうずくまってしまった。オレの家を壊すほどに豪快な男が、船をこんなにも怖がるとは、不思議だった。
ダオスタは首を振った。
「あれは人間的に言えば奴隷。動物的に言えば家畜です。コールではありません。ま、どうしても買いたいという人が現れれば、私は商人ですから売りますけどね。
ただ、コールではないので、私以外の命令を聞くかは不明です。フフフ。」
「人間じゃないのか?」
「はい。人間と魔獣を組み合わせて作った人形というべきものでしょうか?
詳しい作成方法は私も知りません。」
「オレも、そういう人形の材料にされるのか?」
「フフフフ。それを恐れていたのですか?
大丈夫です。そんなことにはなりません。ビドーを産んだ研究は絶えてます。作りたくても作れません。残念でしたね。フフフ。」
「シュブドーがオレを売ったというのは、本当なのか?」
「ええ、本当です。王様は手放したくなったようですけど、押し切られたようですよ。」
「押し切られた?」
オレは身体の向きを変えて、ダオスタを注視した。太陽は高く、ダオスタのヒジャーブ(布マスク)を照らし、影になって目の様子は見えない。
大きな波にぶつかり、船ががくんと揺れた。
ビドーのうめき声が聞こえた。
「ルカさんは、シュブドーのお偉いさんに目を付けられてしまわれたようですよ?
身を覚えありませんか?」
「…ギュネスか…」
「そんな名前でしたかね?私は大金を渡されましたので、自分の仕事をしたまでです。
王は渋ってましたが、高官らがローヌでの勝利はナイヤ・ガラの成果であって、負傷したルカさんはたまたま生き残れただけだと、説得されてましたよ。
それに、怪我人など使い物にならないと。
私が、怪我を負ったルカさんを高額で購入すると持ちかけると、気持ちが揺らいだようで。ついには手放す決心をされたのです。」
「……」
「ルカさんの購入費のほとんどは、雇い主さんが出していただいたものなので、私は実質無料でルカさんを得られたようなものです。
こんなに美味しい仕事は、なかなかありませんよ。」
「あのさ、オレにはありがたいんだけど、そんなにべらべら話していいの?」
我慢しきれなくなってオレが尋ねると、ダナオスは両手を広げてみせた。
「大丈夫です。口止め料は頂いてませんから。フフフフフ。それに…。」
「それに?」
「ルカさんには、ぜひとも生きてシュブドーに戻っていただきたいと思っているのです。フフフフ。」
「…」
ダナオスの意図がわからなくて、オレは黙っていた。
味方ではないようだが…敵ではないということなのだろうか? もしかして、逃してくれるのだろうか? とても好意的な笑い声には聞こえないが…。
「だって、面白くないですか? 死んだと思われた人間が、復讐のために故郷に舞い戻る。謀をしたものは驚き、恐怖するのです。」
この男は、混乱を望んでいるだけだった。
「とはいえ、今、南方地域は混沌としています。ルカさんが生き残る可能性はほぼありません。
だからこそ、頑張って生き延びてほしいのですよ。
私の話が、奮起の材料になれればと思うのですよ。フフフフフ。」
南方連合。
ローヌに派遣されるまでは、意識することもなかった国だった。
「連合はなくなったのか?」
「はい。偉大な王、カイザーアルが急死したことで、連合は少し前に崩壊したはずです。
だから、私はシュブドーに買い出しに行ったのです。」
「なぜ?」
「南方には大小の国家が無数にあります。カイザーアルがいた頃は、連合としてまとまっていましたが、今は争う対象です。
優劣を競うために、優秀な決闘戦士が必要です。自国に戦士がいればよいのですが、いない国は決闘戦士を他国から買うのです。
シュブドーは周辺統治も進み、国力も安定してます。不要な戦士も出てきてもおかしくありません。そんな戦士を安く購入し、必要としている国に高く購入していただく。
これが私どもの商売です。」
「なるほど。」
義肢装具士も、商売という言葉は無関係ではない。奉仕活動のように思われがちだが、義肢装具の提供もれっきとした商売なのである。必要としている人に、必要なものを売る。そのこと自体に変わりなかった。
人身売買が良いとは言えないが、はたしてコールは「人」なのだろうか?
オレは、船の隅でうずくまっている巨大な男に目を向けた。その視線に気づき、ダオスタは付け足した
「あの奴隷の名前を知ってどうするのですか?
…ビドーです。ビドーと呼んでます。」
オレと商人のダオスタ、そしてダオスタの従者の巨大男ビドーは、ローヌの霧深い盆地を抜け出すと、シュブドー領内を西に向かった。西方にはシュブドーの王都へと続く大きな街道が整備されていた。
ダオスタがこの道を選んだのは、舗装された道があるからだ。舗装された道があれば馬車が通ることができる。ローヌとシュブドーの国境の近くの宿場町で、馬付きの馬車と馬車を操縦する御者を買い取ったダオスタは、オレと共に馬車に乗り込み、ビドーには走ってついてこさせた。
馬車は山道をしばらく進み、分かれ道で南に進路を変えた。まもなく海が見えてきて、入り江の港町に到着した。
ダオスタはそこで馬車などを売り払うと、今度は帆船を購入した。船も馬付きの馬車も高額なのだが、ダオスタは慣れた様子で取引を行っていた。
これが、コール商人というものか、とオレは観察を続けていた。
旅に慣れていると感じた。
南方の国々に行くには、ローヌの南方にある山地帯を超える必要がある。その山地は、シュブドー側にある山地帯より険しく細い山道しかなかった。しかも冬が近づいていた。山地帯には雪が積もり、険しさが増す。
だから、遠回りになったとしてもシュブドー側から海路で南下する道を選んだのだろう。
ダオスタは、馬車や船ををどこでどのくらいの価格で売っているのかもよく知っているようだった。相手の売人も顔なじみのようで、売買はスムーズに交わされた。ダオナスの行動には無駄がなく、物事が淡々と進んでいく。
オレは馬車の中から、久しぶりに海を見た。といっても日本で見た海だが。
この世界にも海があったのだと、改めて思った。
帆船が風に乗って南下し始めたころ、ダオスタが突然話しかけてきたので、オレは驚いた。ローヌを出発してから、食事も移動しながら干し肉をかじり、馬車の中では熟睡して会話なく、この商人は商品とは会話しないものかと思っていた。
だが、そうではなかったようだ。
ダオスタは、船に乗るのを急いでいただけで、本来饒舌な男だった。
「ビドーも商品なのか?」
ビドーは船を怖がっていた。乗り込むのも恐る恐るで、ようやく乗船すると頭を抱えて隅にうずくまってしまった。オレの家を壊すほどに豪快な男が、船をこんなにも怖がるとは、不思議だった。
ダオスタは首を振った。
「あれは人間的に言えば奴隷。動物的に言えば家畜です。コールではありません。ま、どうしても買いたいという人が現れれば、私は商人ですから売りますけどね。
ただ、コールではないので、私以外の命令を聞くかは不明です。フフフ。」
「人間じゃないのか?」
「はい。人間と魔獣を組み合わせて作った人形というべきものでしょうか?
詳しい作成方法は私も知りません。」
「オレも、そういう人形の材料にされるのか?」
「フフフフ。それを恐れていたのですか?
大丈夫です。そんなことにはなりません。ビドーを産んだ研究は絶えてます。作りたくても作れません。残念でしたね。フフフ。」
「シュブドーがオレを売ったというのは、本当なのか?」
「ええ、本当です。王様は手放したくなったようですけど、押し切られたようですよ。」
「押し切られた?」
オレは身体の向きを変えて、ダオスタを注視した。太陽は高く、ダオスタのヒジャーブ(布マスク)を照らし、影になって目の様子は見えない。
大きな波にぶつかり、船ががくんと揺れた。
ビドーのうめき声が聞こえた。
「ルカさんは、シュブドーのお偉いさんに目を付けられてしまわれたようですよ?
身を覚えありませんか?」
「…ギュネスか…」
「そんな名前でしたかね?私は大金を渡されましたので、自分の仕事をしたまでです。
王は渋ってましたが、高官らがローヌでの勝利はナイヤ・ガラの成果であって、負傷したルカさんはたまたま生き残れただけだと、説得されてましたよ。
それに、怪我人など使い物にならないと。
私が、怪我を負ったルカさんを高額で購入すると持ちかけると、気持ちが揺らいだようで。ついには手放す決心をされたのです。」
「……」
「ルカさんの購入費のほとんどは、雇い主さんが出していただいたものなので、私は実質無料でルカさんを得られたようなものです。
こんなに美味しい仕事は、なかなかありませんよ。」
「あのさ、オレにはありがたいんだけど、そんなにべらべら話していいの?」
我慢しきれなくなってオレが尋ねると、ダナオスは両手を広げてみせた。
「大丈夫です。口止め料は頂いてませんから。フフフフフ。それに…。」
「それに?」
「ルカさんには、ぜひとも生きてシュブドーに戻っていただきたいと思っているのです。フフフフ。」
「…」
ダナオスの意図がわからなくて、オレは黙っていた。
味方ではないようだが…敵ではないということなのだろうか? もしかして、逃してくれるのだろうか? とても好意的な笑い声には聞こえないが…。
「だって、面白くないですか? 死んだと思われた人間が、復讐のために故郷に舞い戻る。謀をしたものは驚き、恐怖するのです。」
この男は、混乱を望んでいるだけだった。
「とはいえ、今、南方地域は混沌としています。ルカさんが生き残る可能性はほぼありません。
だからこそ、頑張って生き延びてほしいのですよ。
私の話が、奮起の材料になれればと思うのですよ。フフフフフ。」
南方連合。
ローヌに派遣されるまでは、意識することもなかった国だった。
「連合はなくなったのか?」
「はい。偉大な王、カイザーアルが急死したことで、連合は少し前に崩壊したはずです。
だから、私はシュブドーに買い出しに行ったのです。」
「なぜ?」
「南方には大小の国家が無数にあります。カイザーアルがいた頃は、連合としてまとまっていましたが、今は争う対象です。
優劣を競うために、優秀な決闘戦士が必要です。自国に戦士がいればよいのですが、いない国は決闘戦士を他国から買うのです。
シュブドーは周辺統治も進み、国力も安定してます。不要な戦士も出てきてもおかしくありません。そんな戦士を安く購入し、必要としている国に高く購入していただく。
これが私どもの商売です。」
「なるほど。」
義肢装具士も、商売という言葉は無関係ではない。奉仕活動のように思われがちだが、義肢装具の提供もれっきとした商売なのである。必要としている人に、必要なものを売る。そのこと自体に変わりなかった。
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