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1章 ローヌの決闘

8.医務室の戦い

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「本当に治せるんだろうな…」
 は、ナイヤの声。

「嘘だったら承知しないからな!」
「王様のお気に入りでも許さんぞ!」
「医者でもないのに、治療できるのか?」
 は、とりまきの声だった。

 医務室は模擬戦を中断した戦士たちでいっぱいになっていた。

「あんなセリフを吐いておいて治療できなかったら、生き恥ですよね」
 さわやかな毒舌も聞こえた。

「いつのまに、ロゼまでいる!」

「当然です。私は秘書ですから。ナイヤ様を守るのも務めですから。教官からもくれぐれも頼むと仰せつかっています」

「……」

 兵団街の医務室(つまり病院)は、王国が平穏なときは利用者も少ない。
 それが、今日は決闘デュエル隊の半数近くが訪れたものだから、賑やかだった。
 治療を待つ他の兵団関係者が、けむたそうにこちらを見ていた。

「ここは病院だぞ!静かにしろ!」
 とオレが言っても、
「最下位が調子に乗るな!」と誰もオレの注意を聞くものはいなかった。

 ところが、
「ここは治療の場だ! 静かにしろ!」
 とオレと同じセリフを別の者が言うと、振り向いた戦士たちは黙ってしまった。

 そこには、いかにも医者というような格好の白髪交じりの男が立っていた。

「これはどういうことだ。戦争でもあったのか?」

 とっさに前に出たのはロゼだった。
「医長様、私は第一兵団のロゼと申します。我が隊のナイヤ・ガラの怪我を診察していただきたいのです」
 
「ガラ家のご令嬢が怪我?」
 医長は眉をまげて、椅子に座っているナイヤを見た。

「ガラ嬢…。騎士団最強と言われた貴方が、決闘デュエル隊で怪我をされるとは不調続きですな」

 ナイヤは表情を変えなかったが、ひざの上のこぶしに力が入るのがわかった。

「逆です先生! もともとナイヤは怪我をしていたのです。怪我が無ければ、勝ったのはナイヤです。」

 オレは口出ししてしまった。

「なんだね君は?」
 医長の鋭い視線がこちらに向いた。

「オレはルカと言います。留学先で義肢装具ぎしそうぐ技術の習得を目指してました」

「なるほど、、、それで?」

「おそらくナイヤは左ひざに異常を抱えてます。先生に診ていただき診断と治療方針の作成をお願いしたいのです」

「ふむ」
 白髪交じりの医長はナイヤの足元に腰を下ろすと、首を左右に振って軽く眺めた。

「痛みはあるのですか?ガラ様」

「いや、普段はない。時々、痛むだけだ」

「ふむ。では、2、3日休息されれば問題ないでしょう。今は、任務も軽くなられたでしょうから、いくらでも休むことはできるはずです」

 医長は立ち上がって足元を軽く手で払った。

「それだけ?」
 驚いたオレが口を出すと、医長は前より厳しい目でこちらに振り返った。

「私の診断にケチをつけるのかね?。
 私はこの医務室を管理を任されている上級コール、ケルナー。
 医師でもない一介の兵士が意見できるのかね?」

 オレはすぐに反論しようとしたが、ロゼに背中から膝蹴ひざげりを食らって倒されて、押さえつけられてしまった。

「医長様、すみません。この子、留学が長くて、まだ礼儀がなってないんです。きっちり教育しておきますので~」

 ケルナー医長は、冷たい視線を向けたが、何も言わずに背を向けた。

「それでは、他の患者がいますので用がなければお帰りください」


 オレは口を押さえつけられたまま隊のものに抱えられ、第一兵団の宿舎に運ばれた。
「ルカさんのバカ!」
「なんなんだ! あのヤブ医者!」
 解放されたオレは、怒りを吐き出した。と思ったら、ロゼのほうが先に叫んでいた。

「え?」
 なぜ、オレが怒られなければならない?

「死にたいんですか!
 相手は、ケルナー医長ですよ! 王宮の医官だったこともある人ですよ!
 知り合いもえげつない高位こういの役職が多いのですよ!
 あーー、そうだった。留学長くて、極度きょくど世情せじょううとい男だった。こいつは!」

 ロゼはカンカンだった。顔をフグのようにふくらませて怒っていた。

「それよりも!
 ナイヤ様にご迷惑がかかるんですよ!
 ナイヤ様だけじゃなくて、決闘デュエル隊の評判にも傷がつくし、私の立場も危うくなっちゃうでしょ!
 バカバカバーカ!」

「秘書官。そのぐらいでやめておけ。悪意でやったことではないだろう?」

 ロゼがあまりに怒っているので、ナイヤが止めた。

「これで分かっただろう? 私には怪我はないのだ。この程度は怪我に入らないのだ」

 オレは全然納得できなかった。
 でも、とりあえず謝ることにした。シュブドー王国の悪しき風習を忘れていたのは確かだったから。

「すみませんでした。悪かったです。オレがアホでした。」

 素直にオレが謝ったので、胸をなでおろすもの、無念そうなもの、疑うもの全員の視線が集まっていた。
 謝罪はする。
 でも、オレはあのやぶ医者の判断に納得するつもりはなかった。

「だから、ナイヤさんの診察も治療もオレがします!」

 皆、耳を疑うような表情でオレを見ていた。

「ルカさん!医長様が許すはずが…!」

「わかっているロゼ。医務室は使わない。医師の診察もはぶく」

 ロゼの発言を遮ると、いつもナイヤの近くにいる大柄おおがらの戦士(たしかランキングは2位か3位)が声を上げた。

「おまえ分かってないな。ケルナーがなぜ診察しなかったのか…」

 その戦士の言葉を今度は、ナイヤが遮った。

「タイユ!いい」
 そして、オレに向き合った。

「ルカ。
 ケルナーは私もあまり好きではないが、怒らせても面倒が増えるだけだそ?
 それに、あれでもこの国では名医と呼ばれている。
 そのケルナーが休養するように言ったのだから、それでよいのではないか?」

 オレは笑った。

「まず、、、ナイヤさんはおとなしく休養しないでしょ」

 のどをつまらせたナイヤの代わりに、大きくうなずいたのはタイユだった。大柄な戦士は笑みを浮かべていた。

「そもそも休養が良いかはわかりません。それで治る場合もあります。でも、治らない場合もあります。
 休養すればどうしても筋力がおとろえてしまうので、返って回復が遅くなることもあります」

 全部、親方の言葉の受け売りだった。
 決闘デュエル隊の戦士たちがオレの言葉に耳をかたむけ始めていた。

「あと、さっきは本当に軽率でした。上級者相手にまずかったと思います。オレのミスです。
 でも、
 ナイヤさんが騎士に戻れれば、問題ないでしょ」

 騎士の身分階級なら、医長の上をゆく。
 ナイヤは、オレと目を合わせて、ニヤリと笑った。

「そうだな。」
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