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「私が欲していたのは、貴女だったのか。やっと……手に入れた」
アーネは、父も兄も暗殺せず、帝国に嫁ぐ代わりに公国に嫁いだ。
初めてイングヴァルと対面した時、前回の人生で求婚してきた一人がイングヴァルであった事をアーネは思い出す。
そして、今回も。
初めて訪れた公国の街の宿に、イングヴァルはわざわざ出向いてくれた。
そんな彼と少し話せば、何故か彼に求婚されたのだ。
いきなりの事だし、予想もしていなかった。
しかし、どうせこの人生もやり直しになるだろう。
諦めにも似た気持ちで、アーネはイングヴァルの求婚を受けた。
一度だけ。
一度だけでいいから、ストラーニャという国ではなく、自分の為に選択をしたかった。
厄介払いが出来る上、公国に嫁ぐならば公国の弱味や内情を探ってこいと王はアーネを送り出す。
大変な日々を過ごす国民を見捨てる行為だと自分を責めながらも、人を……身内を自らの手で殺さずに済む事にホッとする、そんな相反した感情を内包しながら嫁ぐ道程。
貧しいストラーニャの田舎から公国に入国した瞬間から一気に雰囲気が変わり、夫となる人物に迎えられ、大行列での歓迎に面食らった。
まるで拐われるかの様に、あっという間に夫となるイングヴァルの屋敷へ移動し、その日のうちに盛大な結婚式が催され、公国の五大家門の当主が一堂に会するのをアーネは初めて見た。
結婚式のドレスは何故かアーネの好みやサイズにぴったりで、ストラーニャから着いてきてくれた侍従や侍女が何人か公国の人間だったと初めて知った。
その日の夜、アーネは緊張した面持ちでベッドで待機する。アーネは人生を何度も繰り返したが、誰かと閨を共にするのは初めてだった。しかし、一度目の人生で帝王と結婚した際、やはり同じ様にベッドで緊張しながら朝まで待ち続けた事を思い出して、少し俯く。
帝国と違って、今回は望まれて嫁いで来た。だから、今度はあんな……恥ずかしくも、情けない気持ちは味わわなくてすむ筈なのだが、どうにも自信が持てずにいる。
相手がどうでも良い人であれば、恐らくこんな気持ちにならなかっただろうと、アーネは思った。
王女であるアーネは異性の顔をまじまじと見つめる事を控えるものと育てられている為気付くのが遅れたが、イングヴァルは、昔自分に色々教えてくれた家庭教師によく似ていた。それだけでも好印象であるのに、彼の視線に含まれる優しさ、そして自分の気のせいでなければ好意をのせた眼差しに、勝手に胸が高鳴ってしまうのだ。
閉ざされたドアが二度叩かれ、アーネの胸が緊張できゅう、と痛んだ。「はい」声が震えない様に気をつけて返事をしても、手は小刻みに震える。
「失礼します」
夫であるイングヴァルが薄暗い部屋に入室し、後ろ手に扉が閉められた。
「……」
「……」
お互いの視線が絡み合う。
イングヴァルの瞳には、優しさや好意ではなく、明確な情欲が浮かんでいた。
「……綺麗だ。あなたを手に入れた事で、私は全ての幸運を使い果たしたのかもしれない」
イングヴァルがそう言いながら、アーネに近寄る。アーネが怖がらない様に、身体ひとつ分開けて、ベッドに座った。
「……私は、綺麗なんかではありません。何度も何度も、罪を犯しました」
アーネは視線を膝に落とし、膝に置いた手を強く握る。
イングヴァルと初めて会った日。求婚されて、最初は断った。澄んだ瞳を持つ、この魔術師を巻き込む訳にはいかないと思ったから。
けれども、イングヴァルははっきりとこう言った。
「あなたの過去を含めて、愛すると誓う」
アーネが、何度も人を殺めた事実を知る訳がないのに。それでもそう言われて、アーネの心は揺らいだのだ。
「良いですよ。何度間違えても、最終的に私の下へ来て下さるのであれば。あなたがどんなに罪深くても、私はあなたを許しましょう」
「……でも、イングヴァル様は私の罪をご存知ありません」
「あなたはストラーニャに残された唯一の良心ですからね。聞かなくても、想像はつきます」
微笑みながら、「触っても?」とイングヴァルはアーネに優しく問う。
こくりと頷いたアーネの頬を伝う涙をイングヴァルは優しく両手で受け止めて、そのままそっと顔を上げさせた。
「今回は、あなたの涙を拭う事が出来て良かった……」
イングヴァルがゆっくりと顔を近付ければ、アーネは長い睫毛を下げて瞼を閉じた。
「……、ん……っ、ふ……」
触れるだけの唇は、角度をつけ、深い口付けへと変化していく。
「……口を開いて……」
イングヴァルに乞われるままおずおずとアーネが薄く唇を開けば、ぬるりとした感触が口内に侵食してきた。
それがイングヴァルの舌先である事に驚いたアーネは、名を呼ぼうと口をしっかりと開いてしまう。
「んん……っっ」
これ幸いとばかりに侵入を深くしたイングヴァルの舌は、アーネの舌を絡めとっては我が物顔で口内を掻き回す。
「ん、ふぅ、……はぁ……っっ」
ぴちゃぴちゃと淫らな音を二人で鳴らす頃には、アーネは息も絶え絶えにくたりと身体から力を失っていた。
アーネは、父も兄も暗殺せず、帝国に嫁ぐ代わりに公国に嫁いだ。
初めてイングヴァルと対面した時、前回の人生で求婚してきた一人がイングヴァルであった事をアーネは思い出す。
そして、今回も。
初めて訪れた公国の街の宿に、イングヴァルはわざわざ出向いてくれた。
そんな彼と少し話せば、何故か彼に求婚されたのだ。
いきなりの事だし、予想もしていなかった。
しかし、どうせこの人生もやり直しになるだろう。
諦めにも似た気持ちで、アーネはイングヴァルの求婚を受けた。
一度だけ。
一度だけでいいから、ストラーニャという国ではなく、自分の為に選択をしたかった。
厄介払いが出来る上、公国に嫁ぐならば公国の弱味や内情を探ってこいと王はアーネを送り出す。
大変な日々を過ごす国民を見捨てる行為だと自分を責めながらも、人を……身内を自らの手で殺さずに済む事にホッとする、そんな相反した感情を内包しながら嫁ぐ道程。
貧しいストラーニャの田舎から公国に入国した瞬間から一気に雰囲気が変わり、夫となる人物に迎えられ、大行列での歓迎に面食らった。
まるで拐われるかの様に、あっという間に夫となるイングヴァルの屋敷へ移動し、その日のうちに盛大な結婚式が催され、公国の五大家門の当主が一堂に会するのをアーネは初めて見た。
結婚式のドレスは何故かアーネの好みやサイズにぴったりで、ストラーニャから着いてきてくれた侍従や侍女が何人か公国の人間だったと初めて知った。
その日の夜、アーネは緊張した面持ちでベッドで待機する。アーネは人生を何度も繰り返したが、誰かと閨を共にするのは初めてだった。しかし、一度目の人生で帝王と結婚した際、やはり同じ様にベッドで緊張しながら朝まで待ち続けた事を思い出して、少し俯く。
帝国と違って、今回は望まれて嫁いで来た。だから、今度はあんな……恥ずかしくも、情けない気持ちは味わわなくてすむ筈なのだが、どうにも自信が持てずにいる。
相手がどうでも良い人であれば、恐らくこんな気持ちにならなかっただろうと、アーネは思った。
王女であるアーネは異性の顔をまじまじと見つめる事を控えるものと育てられている為気付くのが遅れたが、イングヴァルは、昔自分に色々教えてくれた家庭教師によく似ていた。それだけでも好印象であるのに、彼の視線に含まれる優しさ、そして自分の気のせいでなければ好意をのせた眼差しに、勝手に胸が高鳴ってしまうのだ。
閉ざされたドアが二度叩かれ、アーネの胸が緊張できゅう、と痛んだ。「はい」声が震えない様に気をつけて返事をしても、手は小刻みに震える。
「失礼します」
夫であるイングヴァルが薄暗い部屋に入室し、後ろ手に扉が閉められた。
「……」
「……」
お互いの視線が絡み合う。
イングヴァルの瞳には、優しさや好意ではなく、明確な情欲が浮かんでいた。
「……綺麗だ。あなたを手に入れた事で、私は全ての幸運を使い果たしたのかもしれない」
イングヴァルがそう言いながら、アーネに近寄る。アーネが怖がらない様に、身体ひとつ分開けて、ベッドに座った。
「……私は、綺麗なんかではありません。何度も何度も、罪を犯しました」
アーネは視線を膝に落とし、膝に置いた手を強く握る。
イングヴァルと初めて会った日。求婚されて、最初は断った。澄んだ瞳を持つ、この魔術師を巻き込む訳にはいかないと思ったから。
けれども、イングヴァルははっきりとこう言った。
「あなたの過去を含めて、愛すると誓う」
アーネが、何度も人を殺めた事実を知る訳がないのに。それでもそう言われて、アーネの心は揺らいだのだ。
「良いですよ。何度間違えても、最終的に私の下へ来て下さるのであれば。あなたがどんなに罪深くても、私はあなたを許しましょう」
「……でも、イングヴァル様は私の罪をご存知ありません」
「あなたはストラーニャに残された唯一の良心ですからね。聞かなくても、想像はつきます」
微笑みながら、「触っても?」とイングヴァルはアーネに優しく問う。
こくりと頷いたアーネの頬を伝う涙をイングヴァルは優しく両手で受け止めて、そのままそっと顔を上げさせた。
「今回は、あなたの涙を拭う事が出来て良かった……」
イングヴァルがゆっくりと顔を近付ければ、アーネは長い睫毛を下げて瞼を閉じた。
「……、ん……っ、ふ……」
触れるだけの唇は、角度をつけ、深い口付けへと変化していく。
「……口を開いて……」
イングヴァルに乞われるままおずおずとアーネが薄く唇を開けば、ぬるりとした感触が口内に侵食してきた。
それがイングヴァルの舌先である事に驚いたアーネは、名を呼ぼうと口をしっかりと開いてしまう。
「んん……っっ」
これ幸いとばかりに侵入を深くしたイングヴァルの舌は、アーネの舌を絡めとっては我が物顔で口内を掻き回す。
「ん、ふぅ、……はぁ……っっ」
ぴちゃぴちゃと淫らな音を二人で鳴らす頃には、アーネは息も絶え絶えにくたりと身体から力を失っていた。
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