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「……また失敗したのか」
五大貴族のひとつ、光の家門を受け継いだばかりのイングヴァル・ジユースは胸元にぶら下がった水晶にヒビが入っているのを確認し、ため息をついた。
ヒビの入った水晶は、これで4つ。
光の家門で生まれた子供は、五歳になった時から10の水晶が施されたネックレスを首にかける。その水晶は、持ち主の魔力を少しずつ少しずつ吸収して強力な魔石へと変化する。
火、水、風、土というわかりやすい家門に対して、光の家門は表向き「癒し」という立場で成り立っているが、実際は「癒し」ではなく「時」を操った。「時を遡って」怪我や病気を治す力を、対外的には「癒し」として公言している。
時を操るという能力は、口外するにはあまりにも危険過ぎる力であった。
下手をすれば、死者ですら蘇らせられる、という事である。
イングヴァルは、ヒビの入った水晶を撫でながら思考する。
水晶にヒビが入ったという事は、自分が能力を使って時を遡った事を意味する。しかし、自分が「何の為に」遡ったのかが、わからないのだ。
時を遡った場合であっても、自らの意思で行動を変える事はない、らしい。
欲しい対象のみ、記憶を持ったまま時を遡る。……つまり、行動を変える事が出来るらしい。人であれば、人の。物であれば持ち主の。
「……そんなに、手に入りにくい物なのか……?」
そもそも、自分が欲したものが毎回同じ物なのかどうかもわからない。
非常にレアな鉱物なのかもしれないし、非常にレアな素材なのかもしれない。マイペースで人に執着する事は殆んどない魔術師らしく、自分が欲した物はそんなところだろうとアタリをつけた。
欲しい物を所持する相手は、よっぽど頑固者なのだろう。金で解決しようとして失敗したのかもしれない。次は気を付けなければ。
ぼんやりと思考を巡らしていると、「エルド家から連絡が入っております」と侍従から声を掛けられた。
「……エルドが?珍しいな、何の用だ?」
マイペースな魔術師達が、五大貴族の招集会以外で連絡を取り合うのは稀だ。
「そう言えば、ストラーニャの即位式に行ったのはエルドだったか」
五大貴族の治める公国では、外交行事には交代で参加する。
エルド家からの連絡はそれに伴うものと思われたが、外交行事への参加報告はそれこそ五大貴族の招集会で報告するものであり、こうして招集会より前に何らかの連絡が入る事はまずない。
火の家門であるエルド家の次は、確かに自分が外交担当の順番であるが、普段ならそれも招集会で簡易的に任命するだけだ。
侍従から受け取った水晶を、台に乗せる。
水晶の中に、エルド家の当主が姿を現した。
「まずはジユースの継承、おめでとう」
「ありがとうございます、エルド卿。……で、何のご用でしょうか?」
単刀直入な物言いに、相手は気分を害する様子もない。魔術師は、無駄に時間を使うのが嫌いだ。
「先日、ストラーニャの即位式に行ったところで、アーネ王女から直々に人探しのご依頼を受けてしまったのだが。君の叔父上の話ではないかと思ってな」
「叔父上ですか?」
イングヴァルは片眉をすいとあげる。
叔父である人物は、イングヴァルにとってあまり馴染みがない。
魔術師の中でも非常に変わり者であり、各国を放浪する癖があった。よって、イングヴァルが小さな頃から殆んど公国にいなかったのだ。能力が高いのにも関わらず、魔術よりも国や文化、人や思想に興味を示す人だったと聞いている。
そんな叔父は、当然ジユース家に帰宅なんてしていない。
たまーにごく一方的に水晶でちょろっと連絡を取るばかりで、その自由さだけは魔術師らしいと言えた。
「ああ。何でもアーネ王女は昔交流があったらしい。相談したい事があるそうだ」
「叔父上に相談ですか……」
イングヴァルは顎に手を添えて逡巡する。こちらからは叔父に連絡が取れず、また所在も掴めない。断るか、それとも……
「気乗りしないのであれば、こちらから消息不明という返事をしておくが」
エルド卿は、隣国の王女の頼みをあっさりとなかった事にする提案をしてくれた。魔術師は、面倒が嫌いだ。だから、この提案は普段のイングヴァルにとっては渡りに船な筈であったのだが。
気になった。自分は殆んど接した事のない叔父という人間が、どんな人だったのか。叔父に、どんな相談事があるのか。そしてそれとは別に、ストラーニャは魔石の採掘国だから、もしかしたら自分が欲しがった物絡みなのかもしれないと単純に考えた。
「……いえ、私が直接やり取りを致します。ご連絡ありがとうございました」
イングヴァルが端的に窓口の交代を申し出れば、
「そうしてくれるか。では、任せた」
エルド卿はあっさりとそう言い、要件は済んだとばかりに水晶による映像は切れる。
「イングヴァル様がわざわざお相手なさるのですか?ストラーニャですよ?」
「ああ」
侍従が嫌そうに顔をしかめたところを見なかった事にして、イングヴァルはアーネ王女宛にへ急使の馬を出立させる様に指示した。
五大貴族のひとつ、光の家門を受け継いだばかりのイングヴァル・ジユースは胸元にぶら下がった水晶にヒビが入っているのを確認し、ため息をついた。
ヒビの入った水晶は、これで4つ。
光の家門で生まれた子供は、五歳になった時から10の水晶が施されたネックレスを首にかける。その水晶は、持ち主の魔力を少しずつ少しずつ吸収して強力な魔石へと変化する。
火、水、風、土というわかりやすい家門に対して、光の家門は表向き「癒し」という立場で成り立っているが、実際は「癒し」ではなく「時」を操った。「時を遡って」怪我や病気を治す力を、対外的には「癒し」として公言している。
時を操るという能力は、口外するにはあまりにも危険過ぎる力であった。
下手をすれば、死者ですら蘇らせられる、という事である。
イングヴァルは、ヒビの入った水晶を撫でながら思考する。
水晶にヒビが入ったという事は、自分が能力を使って時を遡った事を意味する。しかし、自分が「何の為に」遡ったのかが、わからないのだ。
時を遡った場合であっても、自らの意思で行動を変える事はない、らしい。
欲しい対象のみ、記憶を持ったまま時を遡る。……つまり、行動を変える事が出来るらしい。人であれば、人の。物であれば持ち主の。
「……そんなに、手に入りにくい物なのか……?」
そもそも、自分が欲したものが毎回同じ物なのかどうかもわからない。
非常にレアな鉱物なのかもしれないし、非常にレアな素材なのかもしれない。マイペースで人に執着する事は殆んどない魔術師らしく、自分が欲した物はそんなところだろうとアタリをつけた。
欲しい物を所持する相手は、よっぽど頑固者なのだろう。金で解決しようとして失敗したのかもしれない。次は気を付けなければ。
ぼんやりと思考を巡らしていると、「エルド家から連絡が入っております」と侍従から声を掛けられた。
「……エルドが?珍しいな、何の用だ?」
マイペースな魔術師達が、五大貴族の招集会以外で連絡を取り合うのは稀だ。
「そう言えば、ストラーニャの即位式に行ったのはエルドだったか」
五大貴族の治める公国では、外交行事には交代で参加する。
エルド家からの連絡はそれに伴うものと思われたが、外交行事への参加報告はそれこそ五大貴族の招集会で報告するものであり、こうして招集会より前に何らかの連絡が入る事はまずない。
火の家門であるエルド家の次は、確かに自分が外交担当の順番であるが、普段ならそれも招集会で簡易的に任命するだけだ。
侍従から受け取った水晶を、台に乗せる。
水晶の中に、エルド家の当主が姿を現した。
「まずはジユースの継承、おめでとう」
「ありがとうございます、エルド卿。……で、何のご用でしょうか?」
単刀直入な物言いに、相手は気分を害する様子もない。魔術師は、無駄に時間を使うのが嫌いだ。
「先日、ストラーニャの即位式に行ったところで、アーネ王女から直々に人探しのご依頼を受けてしまったのだが。君の叔父上の話ではないかと思ってな」
「叔父上ですか?」
イングヴァルは片眉をすいとあげる。
叔父である人物は、イングヴァルにとってあまり馴染みがない。
魔術師の中でも非常に変わり者であり、各国を放浪する癖があった。よって、イングヴァルが小さな頃から殆んど公国にいなかったのだ。能力が高いのにも関わらず、魔術よりも国や文化、人や思想に興味を示す人だったと聞いている。
そんな叔父は、当然ジユース家に帰宅なんてしていない。
たまーにごく一方的に水晶でちょろっと連絡を取るばかりで、その自由さだけは魔術師らしいと言えた。
「ああ。何でもアーネ王女は昔交流があったらしい。相談したい事があるそうだ」
「叔父上に相談ですか……」
イングヴァルは顎に手を添えて逡巡する。こちらからは叔父に連絡が取れず、また所在も掴めない。断るか、それとも……
「気乗りしないのであれば、こちらから消息不明という返事をしておくが」
エルド卿は、隣国の王女の頼みをあっさりとなかった事にする提案をしてくれた。魔術師は、面倒が嫌いだ。だから、この提案は普段のイングヴァルにとっては渡りに船な筈であったのだが。
気になった。自分は殆んど接した事のない叔父という人間が、どんな人だったのか。叔父に、どんな相談事があるのか。そしてそれとは別に、ストラーニャは魔石の採掘国だから、もしかしたら自分が欲しがった物絡みなのかもしれないと単純に考えた。
「……いえ、私が直接やり取りを致します。ご連絡ありがとうございました」
イングヴァルが端的に窓口の交代を申し出れば、
「そうしてくれるか。では、任せた」
エルド卿はあっさりとそう言い、要件は済んだとばかりに水晶による映像は切れる。
「イングヴァル様がわざわざお相手なさるのですか?ストラーニャですよ?」
「ああ」
侍従が嫌そうに顔をしかめたところを見なかった事にして、イングヴァルはアーネ王女宛にへ急使の馬を出立させる様に指示した。
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