上 下
6 / 14

しおりを挟む
『高校の時だって、宿題見せたりノート見せたり色々世話してたからさ、大丈夫なのかなって心配してたんだよね』
「え……?そうだったっけ?」
『そうだよ。けど、七瀬にとっての初恋で初彼だったしさ、余計なこと言って七瀬に嫌われても嫌だったから、あんまり言わなかったけど』
「そうだったんだね……!ごめんね、心配させて」
『ははは、変な話、七瀬が田中君と別れて安心した。でも、七瀬にしては思い切ったね。何かあったの?』
あっけらかんと友人にそう言われ、私は苦笑する。

「うーん、先が見えないなと思っただけ」
まさか、痴漢の愛撫の方が気持ち良すぎて、時哉の言葉に、行動に、会話に愛を感じられなくなったとは言えない。


『はは、それも七瀬らしい。とにかく、また新しい家にも遊びに行くね』
「うん、是非来て~。今度は駅前に商店街があるからさ、マミちゃんの好きな焼き鳥屋さんもあるし、総菜だけ買って家飲みするのも困らなそうだよ」
『え!いいねそれ!じゃあ今度の休みに行くわ!』
「ごめん、まだ段ボール片付け終えてない。あと二週間くらいしたら流石に落ち着くと思うから、また連絡するね」
『了解、楽しみに待ってる~』

二ヵ月あれば全部片付くと思っていた自分の計算が甘かった。
契約の解除に新しい家探しに引っ越しの段取りと並行して、時哉との別れ話と荷物の問題があった。
最終的に時哉の荷物を時哉の実家に送り付けるのが先になり、話し合いは後になってしまったのだがそれでも何とか折り合いがついて幸いだったと思っている。

お陰で新居は、引っ越してから二ヵ月も経つと言うのに全く片付いていない。
ただ、時哉の為に動くことがもうないので、ご飯や洗濯や風呂も自分のペースで動けるだけでも以前よりずっと身軽に感じていた。
ちょっとした小物も、私好みの可愛らしいものを買うと時哉が嫌がるから、自由に買えなかったのだ。

前のマンションは、自分の部屋であるにもかかわらず、気付けば家にいる時間が長い時哉の為の部屋になっていた気がする。

私が引っ越してから、当然あの痴漢には遭遇することがなくなっていた。
しかし、友人との電話から二週間ほど経過した月曜日、仕事を終えた私が少しだけ慣れてきた電車に乗り込むと、忘れられないコロンの香りが鼻をかすめた。

「久しぶりだね。引っ越しは落ち着いた?」
後ろから囁かれ、私はひゅ、と息を吸い込む。

嘘でしょ?何故?

今まで例の痴漢に対して、「痴漢」という認識はあっても「ストーカー」という認識はなかった。
しかしその時初めて「この男性は痴漢ではなくストーカーなのかもしれない」という考えに至って血の気が引く。

思えば、何故この痴漢は私が車両を変えても、時間を変えても、私の乗る電車がわかったのだろうか。
そのことに思い至った私の身体は、恐怖で勝手にガクガクと震え出す。

蒼白になった私の耳に口を寄せ、痴漢は尋ねて来た。
「……大丈夫?気分悪い?次の駅で降りて、医務室で寝かせて貰おうか」

私は首を振る。
痴漢のせいで気分が悪くなったのに、私を気遣うようなその低い声を聞いて、徐々に落ち着きを取り戻していった。

名前も知らないその痴漢は、初めて私の身体に触れることなく、他の乗客から私を守るように、庇うように、その大きな身体を盾にして立ち、私の空間を確保してくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

自習室の机の下で。

カゲ
恋愛
とある自習室の机の下での話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

練習なのに、とろけてしまいました

あさぎ
恋愛
ちょっとオタクな吉住瞳子(よしずみとうこ)は漫画やゲームが大好き。ある日、漫画動画を創作している友人から意外なお願いをされ引き受けると、なぜか会社のイケメン上司・小野田主任が現れびっくり。友人のお願いにうまく応えることができない瞳子を主任が手ずから教えこんでいく。 「だんだんいやらしくなってきたな」「お前の声、すごくそそられる……」主任の手が止まらない。まさかこんな練習になるなんて。瞳子はどこまでも甘く淫らにとかされていく ※※※〈本編12話+番外編1話〉※※※

処理中です...