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「きゃあああっっ!!誰かっ!!魔族よ!!」
お姉様の悲鳴を遠くに聞きながら、私はジュノに抱き抱えられたまま、街から森へ考えられない速さで移動していた。
「見ろよ!聖女様が魔族に!!」
「殺せ!魔族を殺せ!!」
「止めろ!聖女様を取り返せ!!」
皆が私を、聖女様と呼ぶ。
でも、私でなくてもきっと、構わないのだろう。
聖女の力さえあれば、私でなくても。
「大丈夫か?チェルシー」
黙ったままの私を心配して、ジュノが頭を優しく撫でながら耳元で囁いた。
私は、こくりと頷く。
音が届く訳がない、と思いながらも、私は思い切りジュノから貰った笛を吹いた。
それは、聖女として、第二王女としてしか生きて来なかった私が、国の為でもなく、誰かの為でもなく、自分の為にした、ただ一つの選択だった。
「この先の山脈を越えれば、俺の国だ。……でも、その格好じゃ寒すぎるな。よし、ちょっと俺に捕まってろ」
「──きゃああああっっ!!」
ジュノは、私を抱き抱えたまま、とあるモンスターと戦った。
私をモンスターから守りながら、体験したことのない速さで、ジュノは木々の枝を足場にして空高く舞い上がる。
恐怖と混乱で気絶した私は、気付けばそのモンスターの毛皮を纏って、いくつもの穴で掘られた住居らしきものが点在する場所にいた。
「お、やっと気付いたか。チェルシーはヤワだなぁ」
「……」
ジュノが規格外なのだろうが、多分感覚が違い過ぎて恐らくわかって貰えない。
私は沢山言いたいことはあるものの、開きかけた口を結局閉じた。
その途端、ぎゅむ、と鼻を摘まれる。
生まれて初めてそんなことをされて、私は目を瞬いた。
「なぁ、チェルシー」
「ふぁい、何でしょうか?」
ジュノは少し困ったように笑い、私の鼻から手を離してからこつん、とおでこを軽くぶつける。
地味に痛い。
ジュノのおでこは岩のように固かった。
でも、何故か彼の全ての動作は優しく感じる。
「これからは言いたいこと言って良いんだぞ?国が違うからって言葉足らずですれ違いになりたくない。むしろ思うことがあるなら話してくれ」
「……では、一度下ろして頂けますか?」
いつも、口を開くなと言われていた私は戸惑う。
本当に、質問しても、意見を言っても、この人は怒らないのだろうか?
無知を晒しても、馬鹿だと思っても、傍にいてくれるのだろうか?
ジュノが私を地面に下ろしたタイミングで、私は彼に話し掛けた。勇気はいるが、笛を吹いた時程ではない。
「あの」
「何だ?」
私が口を開けば、身体の大きな彼は、嬉しそうに笑って私を覗き込むように見下ろしてくる。
獅子に懐かれたような気分になり、つい笑いが漏れた。
お姉様の悲鳴を遠くに聞きながら、私はジュノに抱き抱えられたまま、街から森へ考えられない速さで移動していた。
「見ろよ!聖女様が魔族に!!」
「殺せ!魔族を殺せ!!」
「止めろ!聖女様を取り返せ!!」
皆が私を、聖女様と呼ぶ。
でも、私でなくてもきっと、構わないのだろう。
聖女の力さえあれば、私でなくても。
「大丈夫か?チェルシー」
黙ったままの私を心配して、ジュノが頭を優しく撫でながら耳元で囁いた。
私は、こくりと頷く。
音が届く訳がない、と思いながらも、私は思い切りジュノから貰った笛を吹いた。
それは、聖女として、第二王女としてしか生きて来なかった私が、国の為でもなく、誰かの為でもなく、自分の為にした、ただ一つの選択だった。
「この先の山脈を越えれば、俺の国だ。……でも、その格好じゃ寒すぎるな。よし、ちょっと俺に捕まってろ」
「──きゃああああっっ!!」
ジュノは、私を抱き抱えたまま、とあるモンスターと戦った。
私をモンスターから守りながら、体験したことのない速さで、ジュノは木々の枝を足場にして空高く舞い上がる。
恐怖と混乱で気絶した私は、気付けばそのモンスターの毛皮を纏って、いくつもの穴で掘られた住居らしきものが点在する場所にいた。
「お、やっと気付いたか。チェルシーはヤワだなぁ」
「……」
ジュノが規格外なのだろうが、多分感覚が違い過ぎて恐らくわかって貰えない。
私は沢山言いたいことはあるものの、開きかけた口を結局閉じた。
その途端、ぎゅむ、と鼻を摘まれる。
生まれて初めてそんなことをされて、私は目を瞬いた。
「なぁ、チェルシー」
「ふぁい、何でしょうか?」
ジュノは少し困ったように笑い、私の鼻から手を離してからこつん、とおでこを軽くぶつける。
地味に痛い。
ジュノのおでこは岩のように固かった。
でも、何故か彼の全ての動作は優しく感じる。
「これからは言いたいこと言って良いんだぞ?国が違うからって言葉足らずですれ違いになりたくない。むしろ思うことがあるなら話してくれ」
「……では、一度下ろして頂けますか?」
いつも、口を開くなと言われていた私は戸惑う。
本当に、質問しても、意見を言っても、この人は怒らないのだろうか?
無知を晒しても、馬鹿だと思っても、傍にいてくれるのだろうか?
ジュノが私を地面に下ろしたタイミングで、私は彼に話し掛けた。勇気はいるが、笛を吹いた時程ではない。
「あの」
「何だ?」
私が口を開けば、身体の大きな彼は、嬉しそうに笑って私を覗き込むように見下ろしてくる。
獅子に懐かれたような気分になり、つい笑いが漏れた。
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