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16 婚約者の初恋

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「……リナート様って、実は鍛えていらっしゃるのですか?」
「ははは、一応公爵家の跡取りですから。小さな頃から護身用に剣は習っているので、騎士団の団長くらいなら引き分けられますよ」
「そ、そうでしたか……」

マクシムの筋肉は、誰が見ても鍛えていることがわかるような、人に見せるための筋肉だったが、リナートのように、細く見えるのに実は鍛えている男性もいるのだと、初めて知った。
見た目で判断したことに恥ずかしくなった私は、赤くなった顔を両手で押さえる。


「もしかして、私に惚れてくださいましたか?」
にやっと笑うリナートは、以前のニコニコとした仮面を着けているときより、ずっと素敵で輝いて見えてしまう。

マクシムに助けられたとき、彼が輝いて見えた。
だからこれも、助けられたときに感じる、一種の錯覚かもしれない。

「ま、まだわかりません」
私がかろうじてそう答えると、リナートは今度は耐えられないとでもいうように、声を出して笑った。



***



「オレリア嬢は、お酒が飲めませんでしたよね? 何を飲みますか?」
「で、ではココアを」
「いいですね。私も同じものにします」
「いえ、リナート様は好きなものを頼んでください」
「はは、私はただ、オレリア嬢と同じものを飲みたいだけです」

生誕祭で打ちあがる花火を、私たちはココアを飲みながら貴賓席からゆったりと眺めた。
ロマンチックな光景に、以前はこんなムード満点な中でファーストキスをしたい、と思っていたことを思い出す。

「オレリア嬢、私との百日のお約束を、覚えていらっしゃいますか?」
リナートに問われ、私は頷いた。
「勿論です」
「では、私と婚約をして頂けますか?」

私は少し悩んで答える。
「……こんな私で、本当にいいのですか?」
「そんなオレリア嬢が、いいのです」
リナートは真剣な表情で頷いた。
しかし、思い込みで彼を傷つけた私に、彼から好かれるような魅力があるとは思えない。

返事をすることができない私に、リナートは教えてくれた。
「実は、私も恋愛結婚派なのです」
「え?」
「オレリア嬢の初恋は実りませんでしたが、今ここでオレリア嬢が頷いて下さるなら、一人の男の初恋は成就するということです」
「え? そ、そうなのですか?」

リナートは無表情でこくりと頷く。

なんとなくその様子に、昔王城で出会った一人の少年の面影が重なった。

貴族の子供たちの交流会で、もっと愛想をよくしろと親から言われ、ニコニコと笑っていた少年。
でもその目も声も全然笑っていなくて、気になった私は「笑わないでいいから、楽しいこと探そう」と一緒に虫を捕りに行ったり、馬を見に行ったり、図書室に籠ったり、色々構ったのだった。

少年は私に一度も笑うことはなかったけれども、声色で彼の好きなことと嫌いなことがわかったから、それを当てるのが楽しくて、そして驚く少年が面白くて、一日一緒に遊んだ。
彼の代わりに私がたくさん笑って、私たちはその場で別れたのだ。

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