貴方が与えるものならば

イセヤ レキ

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結局、真典様の提案は「屋敷に戻って、旦那様の許可が降りたら」という条件付きで採用された。

僕は真典様の籠の直ぐ側に侍り、真典様いわく「時間潰し」という名目で語らいながら間山家に一緒に向かうことになった。

「君、名前は?」
「僕は……きょう、です」
「へぇ。どんな字を書くの?」

文字を知らない僕は、答えられなかった。

「ええと……僕が生まれた年が、作物が凄く不作だったらしくて……そこから毎年、不作が続いてしまったらしくて……」
「……成る程、凶、か」


真典様は不機嫌そうに呟き、僕は何か粗相をしたのかと思って口をつぐむ。

「……君の名前さ、桔梗にしない?」
「えっ?」

真典様は、籠からすい、と手を伸ばす。

「あの花。桔梗って言うんだ。君に似て、綺麗な花でしょう?」
「え?あの……」

道端に咲く花の名前なんて、気にしたことがなかった。
それは、僕には勿体ない程、綺麗で……道端に佇む姿は、僕に似ていた。


「嫌だった?」
「いえ、あの……嬉しい、です」
「そう?なら良かった、これからよろしくね、桔梗」
「……はい、ありがとうございます……」


僕は、新しく与えられた名前が嬉しくて、桔梗、と何度も呟いた。



その後、屋敷について、無事に旦那様の許可が降りて。

僕は真典様の毒味係として、末端の家来として間山家に雇われた。

末端であるのに、乞食だった頃とは違って何もかもが幸せだった。

厠の掃除だって、喜んでした。

乞食だった頃は、厠だって使えなかったから。

真典様が食す物はどれも美味しく、これを毎食一口食べられるなら、死んでも良いと、比喩ではなく思った。

「……桔梗、待って」
「は」

真典様は、僕が啜ろうとしていたお椀を掴み、匂いを嗅ぐ。

「ちょっとこれ、飲んで?」

そして徐に、食事を運んできた者にそれを渡した。


それは僕の仕事なのに……!

真典様に、不要と思われたのだと思った僕は、唇を噛んだ。
けれども、真典様の行動を止められる者はいない。


「……あ、あの……」
「飲んで?」


にっこりと笑う真典様はいつも通りなのに、その者はカタカタと身体を震わせる。

流石にその様子を、怪訝に感じる僕ら。

「お前、まさか……」

家臣の一人が、その者に近付いた時だった。



「うああ!!」
「──真典様っ!」
「桔梗!」



その者の動きは、随分とゆっくりに見えた。

僕の仕事は毒味だけど、真典様の命を守ることが僕の使命で。

だから、僕は真典様の前に躍り出て、その者が突き出した短刀を自分の身体で受け止めた。
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