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僕は真典様に拾われる前、街をさ迷い人からの施しを求めるただの乞食だった。
周りには僕と似たような乞食が何人もいて、一番下っぱだった僕は、寝床を提供される代わりに一番始めに物ごいをしなければならなかった。
物ごいをすると、大抵避けられる。相手が優しければ何か食べ物をくれるけれど、相手が悪ければ殴られる。
乞食の仲間は、僕を使って相手がどんな人間か見極めていた。
だから、真典様に物ごいをしたのも僕が一番始めだった。
「間山のお坊っちゃんよ」
「あら、随分と大きくなられたこと」
街の人間が遠巻きにその一行を避ける中、そんな立派な人達を見たことのなかった僕らは、そのきらびやかな装いにしばらく呆けていた。
けれども我に返った年長の乞食は「お、お前、早くしろよっ!!」と言って僕の背中を蹴り、僕はその一行の交通を妨げるようにして倒れ込んだ。
「あ、あの──」
僕が顔を上げると、目の前にいた武士の格好をした人間が二人、スラリと剣を抜く。
「間山の前に立ち塞がるとは、失礼な小童だな」
きゃああ、と街の人間の悲鳴が聞こえ、ガラガラ、と火の粉が降りかからないように人々が扉を閉める音がした。
助けを求めて仲間を振り返れば、散り散りに逃げていく彼らの後ろ姿。
その時、「待って」と、凛とした声が響く。
斬ろうと剣を振り上げていた武士達は、僕を斬らずに刀を納める。
冷や汗が僕の額を流れ、ごくりと唾を飲み込んだ。
その武士達の間をすり抜けてきた少年は凄く綺麗な衣装に身を包んでいて、年は僕よりも少し上のように見えた。
「坊っちゃん」
「坊っちゃま、汚いです」
「真典様、お近づきになってはなりません」
慌てて止める家臣達を片手で制しながら、その少年は僕に笑いかけた。
「……君、大丈夫?」
「は、はい……、すみません、でした……」
流石に少年の差し出した手を握れば問題になりそうなことを理解出来た僕は、直ぐに立ち上がってパタパタと埃をはらう。
僕の着ている布切れはいくら払っても埃が舞うのだけど、その少年の前では少しでも綺麗にしていたくて、自分が恥ずかしくて、何故か涙ぐんだ。
「君、僕に何か用だったの?」
「……あ、あの……」
「乞食ですよ、坊っちゃん」
「行きましょう」
家臣がそう言うのを聞いて、僕は布切れを握りしめて俯き、道を開けた。
「ふーん、乞食。なら、親はいないってこと?」
その少年に蔑まされた気がして、縮こまる。
「そうですよ、間山家の跡取りが関わってはなりません」
「じゃあさ、うちに来る?」
「真典様!」
え、と思った僕が顔をあげると、真典様と呼ばれた少年はにっこりと笑って僕を真っ直ぐに見ていた。
乞食仲間以外で真っ直ぐに僕を見てくれる人なんて殆どいなくて、心臓が震えたのをよく覚えている。
「この前、僕の毒味係が死んだばかりじゃない?僕、もう大事な家臣が死ぬのを見たくないんだ。だから、彼に任せたいと思って」
「いや、それは──」
「こんな、身分のない者に間山の敷居を跨がせるなんて、旦那様が反対なさるに決まってます」
「いやしかし、旦那様なら……」
家臣達はその場でああだこうだ言っている中、僕は何を言われたのか理解出来ずに呆然と突っ立っていた。
「ねぇ、君はここを離れても構わない?」
少年……真典様にそう聞かれて、僕はこくりと頷く。
街には全く未練がないし、先程真典様が助けてくれなければ、きっと僕はあのまま斬られて死んでいた。
ならば、彼が毒で死ぬのを僕が助けることが出来ればいいんじゃないかと思った。
周りには僕と似たような乞食が何人もいて、一番下っぱだった僕は、寝床を提供される代わりに一番始めに物ごいをしなければならなかった。
物ごいをすると、大抵避けられる。相手が優しければ何か食べ物をくれるけれど、相手が悪ければ殴られる。
乞食の仲間は、僕を使って相手がどんな人間か見極めていた。
だから、真典様に物ごいをしたのも僕が一番始めだった。
「間山のお坊っちゃんよ」
「あら、随分と大きくなられたこと」
街の人間が遠巻きにその一行を避ける中、そんな立派な人達を見たことのなかった僕らは、そのきらびやかな装いにしばらく呆けていた。
けれども我に返った年長の乞食は「お、お前、早くしろよっ!!」と言って僕の背中を蹴り、僕はその一行の交通を妨げるようにして倒れ込んだ。
「あ、あの──」
僕が顔を上げると、目の前にいた武士の格好をした人間が二人、スラリと剣を抜く。
「間山の前に立ち塞がるとは、失礼な小童だな」
きゃああ、と街の人間の悲鳴が聞こえ、ガラガラ、と火の粉が降りかからないように人々が扉を閉める音がした。
助けを求めて仲間を振り返れば、散り散りに逃げていく彼らの後ろ姿。
その時、「待って」と、凛とした声が響く。
斬ろうと剣を振り上げていた武士達は、僕を斬らずに刀を納める。
冷や汗が僕の額を流れ、ごくりと唾を飲み込んだ。
その武士達の間をすり抜けてきた少年は凄く綺麗な衣装に身を包んでいて、年は僕よりも少し上のように見えた。
「坊っちゃん」
「坊っちゃま、汚いです」
「真典様、お近づきになってはなりません」
慌てて止める家臣達を片手で制しながら、その少年は僕に笑いかけた。
「……君、大丈夫?」
「は、はい……、すみません、でした……」
流石に少年の差し出した手を握れば問題になりそうなことを理解出来た僕は、直ぐに立ち上がってパタパタと埃をはらう。
僕の着ている布切れはいくら払っても埃が舞うのだけど、その少年の前では少しでも綺麗にしていたくて、自分が恥ずかしくて、何故か涙ぐんだ。
「君、僕に何か用だったの?」
「……あ、あの……」
「乞食ですよ、坊っちゃん」
「行きましょう」
家臣がそう言うのを聞いて、僕は布切れを握りしめて俯き、道を開けた。
「ふーん、乞食。なら、親はいないってこと?」
その少年に蔑まされた気がして、縮こまる。
「そうですよ、間山家の跡取りが関わってはなりません」
「じゃあさ、うちに来る?」
「真典様!」
え、と思った僕が顔をあげると、真典様と呼ばれた少年はにっこりと笑って僕を真っ直ぐに見ていた。
乞食仲間以外で真っ直ぐに僕を見てくれる人なんて殆どいなくて、心臓が震えたのをよく覚えている。
「この前、僕の毒味係が死んだばかりじゃない?僕、もう大事な家臣が死ぬのを見たくないんだ。だから、彼に任せたいと思って」
「いや、それは──」
「こんな、身分のない者に間山の敷居を跨がせるなんて、旦那様が反対なさるに決まってます」
「いやしかし、旦那様なら……」
家臣達はその場でああだこうだ言っている中、僕は何を言われたのか理解出来ずに呆然と突っ立っていた。
「ねぇ、君はここを離れても構わない?」
少年……真典様にそう聞かれて、僕はこくりと頷く。
街には全く未練がないし、先程真典様が助けてくれなければ、きっと僕はあのまま斬られて死んでいた。
ならば、彼が毒で死ぬのを僕が助けることが出来ればいいんじゃないかと思った。
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